ラーズィー(854頃−925/935年)によれば、砂糖は調和のとれた熱の食べ物であり、洗浄力があり、胸や肺の痛みに効く。ただ結核患者は砂糖をとらないようにするすることが肝要である。バラ水(水蒸気蒸留の技術を用いてバラの芳香を抽出した水)に砂糖をいれて煮れば、腹部にもっとも寒で、もっとも軽い飲み物となる。またスミレの葉水に砂糖を加えて煮れば、胃にもっとも柔らかく、もっとも優しい飲み物となる。
シャリーフ・アルイドリースィー(注)(1100−65年)は述べる。砂糖にバターを混ぜて飲めば、尿閉(膀胱内にたまった尿をうまく排出できない状態)に効き目がある。これがもっともすぐれた薬であることは、経験によって確かめられている。また湯に溶いて飲めば、声のかすれに効き、これを続けて飲めば、咳や呼吸困難を治めることができる。
(注)ノルマン・シチリア王国のルッジェーロ2世に仕えたアラブ人地理学者であるが、医学にも造詣が深いことで知られた。シャリーフの呼称は、預言者ムハンマドの子孫であることを示す。
以上を要約すれば、長い経験によって、砂糖は胃病や眼病に効果を発揮し、利尿剤や鎮痛剤ともなることが分かっていた。また膀胱・腎臓・肝臓などにやさしく、咳や呼吸困難を治めると同時に、胸の痛みを和らげる効能があるものとみなされていたのである。
続いて取り上げるのは、マムルーク朝の第5代スルタン・バイバルス(在位1260−77年)の侍医をつとめたイブン・アンナフィース(1288年没)である。シリアのダマスクスに生まれ、そこで医学・文法学・論理学・法学などを学んだ後、マムルーク朝の首都カイロへ移住し、スルタン・バイバルスの侍医に抜擢された。臨床医学にすぐれ、当時から「第二のイブン・スィーナー(注)」との呼び声が高かった。主著は80巻に及ぶ膨大な『医学百科全書』(アブダビ、発行年不明)であり、イブン・アンナフィースは、この書の第15巻第9講「砂糖の諸規則」で砂糖の種類や性質、あるいはその薬効などをさまざまに論じている。薬効についての主な論点は以下の通りである。
(注)ブハラ生まれの医学者で、ラテン名はアヴィケンナ。980−1037年。アラビア語の主著『医学典範』のラテン語訳は、17世紀までヨーロッパの医学校で教科書として用いられた。