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砂糖産業と地球環境問題

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最終更新日:2010年6月3日

砂糖産業と地球環境問題

2010年6月

NPO法人国際資源活用協会 理事 太田 正孝

1.地球環境問題の最近の流れ

 地球温暖化の原因は産業革命以後のCO2排出量急増が主因であるとの科学的見解は、一部に異論(赤祖父俊一アラスカ大名誉教授など)はあるものの、国際的には確かなものとして、どのように対応策をとるかが世界的に緊急の政治課題となっている。
 
 2009年末、コペンハーゲンでの国連気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)では、世界約190ヵ国の政府指導者が一堂に集まり温暖化防止に議論を重ねた。だが、先進国と経済発展を優先する発展途上国の意見対立が解けず、具体的な削減数値宣言までは至らなかった。
 
 しかし、地球温暖化防止への共通認識は一定程度形成され、55カ国が2020年までの温室効果ガス(GHG)削減のなど努力目標を今年の1月末に提出した。ちなみにこの55カ国で世界GHGの78%を排出しているという。
 
 日本では環境省が2005年度から「自主参加型国内排出量取引制度」(JVETS)を実施し、2008年には経済産業省等関係省庁も含め、化石燃料などのエネルギー起源のCO2に限定し、企業が自主削減目標を設定する「排出量取引の国内統合市場の試行的実施」へと発展した。だが、この施策は試行的・自主的要素が強く、効果は疑問視されているため国際的な評価は低い。
 
 なお、製糖業界は、精糖工業会が日本経団連の進める「環境自主行動計画」に参加している。
 
 2009年鳩山内閣が誕生し、日本の地球温暖化防止政策は新時代を迎え、昨年9月国連総会で条件(すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意が前提)付とはいえ、2020年までに1990年比25%削減を表明し、世界の注目を集めるようになった。
 
 日本政府は、「主要国の意欲的な目標への合意を前提にして、2020年に温室効果ガス排出量を1990年比25%削減する」との中期目標を盛り込んだ「地球温暖化対策基本法案」を今年4月20日国会に提出、5月18日に衆院本会議で可決され、参院に送付された。削減の施策として国際的にも通用する国内排出量取引制度の導入、また排出温暖化ガスに税金をかける環境税の創設も設定している。しかしながら、海外からのクレジット購入による多大な社会的コスト発生など、25%削減には相当な困難が予想されている。
 
 一方、東京都は一歩先に、今年4月から大規模オフィスや工場など約1400事業所に今後5年間でCO2排出6〜8%削減という「総量規制」を課し、削減できない場合に、他事業所削減分の購入義務を負うことを盛り込んだ、都独自の排出量取引制度を実施することになった。今後国が実施する取引制度との整合性が懸念される。
 

2.さとうきびとてん菜(ビート)と地球環境問題

(1)優れたCO2吸収能力とエタノール収量

 さとうきびとてん菜は空気中のCO2を吸収して砂糖を生成する植物である。
 
 さとうきびはC4植物(光合成の初期段階で、炭素4個の化合物を生成する植物)であるのに対し、てん菜は稲・麦など多くの植物と同じようにC3植物(初期段階で炭素3個の化合物を生成する植物)である。
 
 一般的に、C4植物はC3植物より光合成効率が良いとされており、C4植物であるさとうきびも大気中のCO2吸収体として優れた能力を発揮する。また、てん菜もC3植物ではあるが、光合成速度は高い。弘前大学地域共同センター客員教授伊藤汎氏によると、さとうきびの一日当たり乾物生産量は1平方メートル当たり37グラム、光合成効率3.8%である一方、C3のてん菜は同31グラム、4.3%と、他の多くのC3植物(稲・麦;同18〜27グラム;1.7〜2.9%)に比べ圧倒的に高い。つまりさとうきび、てん菜は農作物の中でCO2吸収力という面で、地球環境対策に有効な作物といえる。
 
 またバイオエタノール生産に関連しアメリカ農務省がまとめた「原料別耕地面積あたりのエタノール収量」によると、さとうきびがもっとも多く1ヘクタール当たり5191リットル、次いでてん菜が同3854リットル、 以下、ばれいしょの同2797リットル、とうもろこし同2133リットル、さつまいも同1777リットルなどを大きく引き離している。
 

(2)耕作段階でのCO2排出

 植え付けから収穫までの耕作段階のCO2排出原単位(一定の活動を行う際に排出したCO2累積量を単位質量あたりに換算)は、てん菜では施肥肥料の製造過程で最も多く、次に農業機械の燃料からで、この両者で7割近くなる。さとうきびでは農業機械の燃料消費、肥料の順になる。
 
 日本におけるさとうきびとてん菜の耕作段階でのCO2排出原単位を比べると、てん菜のほうが農業機械燃料、肥料、農薬でのCO2排出量が多く、単位収穫量当たりにおいても排出量は多くなる。しかし、てん菜はさとうきびに比べ糖分含有率が高いので生産ショ糖分当たりにすると逆転する。
 さとうきびのCO2排出量を日本とタイとで比べると、収穫したさとうきびの輸送ではタイのほうが長距離となり、CO2排出量が多いが、その他の要素では日本農業の特徴である狭い農地での機械化と多肥・多収策の結果、さとうきびのCO2排出量がタイに比べ圧倒的に多い(*1)。
 

(3)砂糖製造に伴うCO2排出

 さとうきびから甘しゃ糖を製造する場合、圧搾能力約1000トン以上の製糖工場では燃料にさとうきびの搾りかす(バガス)を使い、化石燃料はほとんど使わない。バガスはバイオマス燃料であり、燃やしても吸収したCO2が大気中に戻るだけであり、CO2を増やさないので、「カーボンニュートラル」としてCO2排出量に加算されない。ブラジルなど諸外国で圧搾能力が大きくバガスが大量に余る工場では、発電能力を大きくし、地元電力会社に売電を行っている。その結果、電力会社の化石燃料発電を減らし、その国のCO2排出量削減に貢献している。
 
 一方、日本のように、小規模な工場で限られたさとうきび量での甘しゃ糖製造ではトン当たりのCO2排出原単位は高い(*1)。しかし、今後は余熱によるバガス乾燥、島内の他のバイオマス燃料の利用などによってCO2排出量を減らし、地球環境対策に取り組むべきであろう。
 
 てん菜糖製造ではビートパルプは飼料などに使われ、工場内エネルギー源には化石燃料を使っており、前述の甘しゃ糖製造と比べると圧倒的にCO2排出量が多い。国内外のさとうきびから甘しゃ原糖を経て国内で精製する精製糖よりもCO2排出原単位が高い。農林水産省ホームページに掲載されている精糖工業会と日本ビート糖業協会の燃料起因のCO2排出原単位をみると、てん菜糖工場はさとうきびの精製糖工場の約4倍となっている。そこで今後、CO2排出量を減らすことを考える必要がある。
 

3.避けられないカーボンフットプリントへの対応

 2008年7月に閣議決定された「低炭素社会づくり行動計画」における「見える化」の一つとして、商品へのカーボンフットプリント(CFP)表示が盛り込まれた。2009年度には制度普及のための試行的な導入実験を行ない、食品産業の一部も参加した。CFP制度とは「商品・サービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでの、ライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して、商品およびサービスに簡易な方法で分かりやすく表示する仕組み」と定義されている。
 
 CFP制度は、地球環境問題に関心を持った一般消費者が増え、CO2削減に努力している企業の社会的評価が高まっていることへの対応である。この点、フード・マイレージ(食物がそこに届くまでの輸送距離に重量を乗じた数値)で素地のあったEU、特にイギリスでは2007年からCFPの試行導入が行われた。対象商品には英国の製糖会社のWhite granulated sugarも名を連ねている。フランスの大手スーパーでは商品価格表にCFPを表示し、レシートに購入商品のCO2排出量の合計を表示している。韓国でも同じようにCFPの試行が行われている。日本の大手スーパーでは関東地区5店で店独自の商品と一部食品メーカーも参加し、12品目についてCFPを表示している。
 
 日本でのCFP表示試行は一般消費者に近い流通業者と経済産業省の主導で行われている。ただ、さとうきびやてん菜など農産物を砂糖に加工する業界としては、原料の作柄が天候に左右され、耕作者も不特定多数であり、毎年各種原単位も異なるため、機械・電器業界と違った表示の難しさがある。
 
 しかし消費者により近く、大量の砂糖を原料に使う飲食品業界からは、納入する砂糖のCO2排出量データを求めてきている。これに対応するデータは少ない。積み上げ方式で地道に砂糖のCO2排出量算出を試みた報告は、本誌に掲載された報告書(*1)以外、ほとんど見られない。
 
 2009年3月には経済産業省がCFP表示制度の商品種別算定基準(PCR=Product Category Rule)を公表した。CPF表示試行事業参加事業者はその規定に沿って原案策定計画を登録し、PCRの認定を受け、算定結果と表示方法の検証を受けねばならない。他の食品業界もこのPCR規定に沿って進めており、既にインスタントコーヒー、米菓、ハムソーセージ類などが認定を受けている。砂糖や水飴を使うキャンデーも認定を受けているものがある。
 
 ただ、「水飴については日本スターチ・糖化工業会技術委員会にてコーンスターチ・異性化液糖・水飴製造のライフサイクルGHG排出量が算出されているデータを使う」とされ、砂糖については「砂糖業界にて砂糖製造ライフサイクルGHG排出量の算出ができていないので3EID(国立環境研究所の産業連関表による環境負荷原単位データブック)対応CO2排出係数データベースをあてはめる」と同商品のPCR原案に書かれている。食品加工の原材料として多方面に使われている砂糖も実態に合ったデータをいち早く砂糖業界自ら提供することが期待される。
 
 

4.精製糖工場と地球環境問題

 地球環境問題は世界的に重要な政治課題でもある。また一般消費者の強い関心事であることに加え環境税、排出権取引制度などからコストアップ要因にもなり、企業にとって、今後の経営上無視出来ない経済的課題でもある。今までコスト、品質、サービスをいかに調整し、ステークホルダーの満足が得られるかが経営の座標軸であったが、今後はこれに加え地球環境問題への対応の軸も考えねばならない。
 
 精糖工業会の環境関連報告をみると、近年、溶糖量が減っていることもあるが、製糖工程の改善もあり、2008年のCO2実総排出量は1990年比25%減少し、重油から都市ガスへの転換でCO2排出原単位も9.5%減少している。
 
 日本では低糖度原糖、多種多様な製品品種、超高度な製品品質などの条件下のため、抜本的な製糖・精糖システムの省エネ・省CO2の技術開発は未だ試みられていないようである。条件は異なるが海外の製糖工場では省エネ型・CO2排出抑制型製糖プロセスが開発、実施されている。
 
 その一つとして、アラブ首長国連邦のドバイで1997年末から1時間当たり100トンの生産量で運転している超大型精製糖工場「Al Khaleej Sugar」がある。高糖度原糖を使い、製品糖種を絞り、さらに連続結晶缶等省エネ型機械装置や、省エネ型煎糖システムを採用している。このような徹底した省エネ型の工場設計を行った結果、買電力も含め原糖1トン当り総エネルギー使用2450メガジュール(注)(精糖工業会2007年度実績から推計した原糖1トン当たりの総エネルギー値はA重油換算で約4700メガジュール)を達成したと報告している(*2)。
 
(注)メガジュール:熱量を表す国際単位。1メガジュール=238.889キロカロリー。
 
 また前述のように、甘しゃ糖工場ではCO2排出量ゼロのバガスを燃料に使い、総CO2排出量を削減している工場があるが、南アフリカのTongaa Hulett Sugarではさとうきびからショ糖を浸出した甘しゃ汁を通常清浄し、Ultra Filtration(限外ろ過(注)) で濾過後、脱塩・脱灰して、EU規格の精製糖品質に匹敵する白糖を直接作って輸出しているとの報告がある(*3)。注目すべき点は脱塩後の排水はカリウム肥料として自己農園用に、高糖度廃蜜は関係会社のアルコール発酵用に供給して合理化をはかっていることである。
 
(注)限外ろ過:液体のろ過方法の一種。孔経が分子サイズに近いフィルターを使用する。中空糸膜を使った家庭用浄水器はその一例。
 
 バイオマス燃料を有り余るほど持っている甘しゃ糖工場が精製糖相当の品質のグラニュー糖を再溶解せず直接生産できることは、従来の精製糖概念から大きく外れるが、精製糖業界から見て将来脅威になる要素を持っている。
 
 海外の製糖工場は、稼働率などの面で日本と比べると圧倒的に有利であり、日本に比べればエネルギー原単位・CO2排出原単位はかなり低い。日本における精製糖のCO2排出原単位を国際的に比較すれば、単なる省エネだけでなく根本的な対応を検討する必要も考えられる。CO2排出量削減は公害と違って国内だけでなく地球規模的なものであり、国内で削減できなくても世界の何処かで削減すればよいわけで、海外への技術・資金の供与による排出量取引CDM(Clean Development Mechanism)や、国内外でのカーボンオフセット方法など対応の仕方がいろいろと考えられる。
 
 各企業が省エネ・省CO2・創エネの技術開発を進めるとともに、各糖業会がそれぞれの主要製品について信頼の置けるライフサイクルGHG排出原単位を算出し、消費者・ユーザーに情報提供し、更に砂糖業界が一歩進んだ地球環境対応策を進めることが期待されている。
 

参照文献

(*1)砂糖類情報;2008年1月号
(*2)Sugar Ind. Technol. #751(1999)
(*3)Sugar Industry/Zuckerindustrie 132(2007)
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:情報課)
Tel:03-3583-8713