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メキシコにおけるさとうきび産業の現状と世界の動向

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最終更新日:2010年8月4日

メキシコにおけるさとうきび産業の現状と世界の動向

2010年8月

琉球大学農学部 河崎 俊一郎・冨永 淳・川満 芳信

<はじめに>

 近年、世界のさとうきび産業では食料としての砂糖生産だけでなく、バイオマスエネルギーとしての利用・研究が活発に行われている。沖縄県のさとうきび産業を見ても、宮古島や伊江島で行われている「E3プロジェクト」や、琉球大学の行っている「バガス炭」の研究など、さとうきびをバイオマス資源として利用する試みが盛んになっている。
 
 今回、我々が参加した国際甘蔗糖技術者会議(ISSCT:International Society of Sugar Cane Technologists)は、3年に1度開かれる、今大会で27回目となる非常に大きなさとうきび関連の国際会議である。今年は、メキシコ合衆国(以下「メキシコ」)において、本会議とその前の2日間で行われるプレ−コングレスを合わせて7日間の日程で行われた。ISSCTは一般的な学会とは異なり、研究者だけでなく、技術者や生産者までも参加する点が特徴である。
 
 今大会でも200報を超える多くの研究発表が10分野(Agricultural Engineering、 Agronomy、 Breeding、 Entomology、 Molecular Biology、 Pathology、 Co-products、 Factory Engineering、 Factory Processing、 Management)に分かれて行われた。我々、琉球大学からも「Agronomy」と「Entomology」の2分野で発表を行い、多くの質問や意見をいただいた。また、プレ−コングレスでは、メキシコにおけるさとうきび産業の現状について4分野(Agronomy、Co-products、Factory、Breeding)で見学会が行われ、我々は「Agronomy」と「Co-products」の視察を行った。本報告ではプレ−コングレスで見たメキシコのさとうきび産業の現状と、興味深かった講演をいくつか挙げて紹介したい。
 
 
 
 
 
 

<開催地 メキシコ>

 メキシコは、ラテンアメリカの最北に位置し、人口1億778万人(2006年)、総面積197万平方キロメートルの国である。古くから高度な文明が栄え、紀元前2万年頃から人間が居住していたと考えられている。1521年から300年にわたりスペインの植民地であったため、原住民であるインディオとスペイン系白人との混血であるメスティーソが多く、スペイン語が公用語である。また、作物の歴史から見ても、トウモロコシの原種と言われる「テオシント(Teosinte)」が生育する地としても有名である。
 
 メキシコには31の州があり、標高の高低差が大きいため、地域によって気象が大きく異なる。例えば、首都であるメキシコシティーは標高2268メートルの高地にあるため、年間を通じて月の最高気温と最低気温の差が大きいのに対し、ベラクルス州は標高0メートルの低地であり、年間を通じて温暖な気候である。また、降雨量もメキシコシティーとベラクルスでは大きく異なる(図3)。このような温暖で適度な降雨量がある点が、ベラクルス州がメキシコ全体の砂糖生産量の40%を占めるさとうきびの主要産地となっている要因と言える。
 
 
 
 
 メキシコでは15の州でさとうきびの栽培が行われており(図4)、メキシコ全体のさとうきび栽培耕地面積は70万ヘクタール(日本の約23倍)であるが、一般的に1農家当たりの栽培耕地面積は小さく、3ヘクタール以下の農家が70%を占めている。
 
 単収はヘクタール当たり70トン(最大で同74トン)と日本のそれとほぼ同程度である。メキシコの主な栽培品種はMEX 69-290、MEX 79-431、MEX 57-473、ITV 92-1424、ATEMex 96-40、LGM 92-159だが、さとうきび栽培地域が海抜0メートルの低地から1500メートルの高地にわたっているため、同一品種を栽培していても地域によって収量は異なる。
 
 
 
 

<メキシコのさとうきび産業の現状>

1.メキシコにおける大規模点滴かんがいシステムとさとうきび栽培工程について

 ベラクルスから約52キロメートル離れたTamarindoにある製糖企業、「INGENIO LA GLORIA、 S.A.」にて大規模点滴かんがい設備と、メキシコにおけるさとうきびの植付けから収穫までの工程を視察した。この企業の研究施設では80ヘクタールのほ場で点滴かんがいを行っている。約1キロメートル離れた川から垂直タービンのポンプ(125馬力)で毎秒70リットルの水を汲み上げ、ほ場内にある貯水場に集められる。そこからほ場全体に設置された太さの異なるかんがいパイプやチューブを通してかんがいが行われている(図5)。
 
 かんがい装置から供給される水量は圧力により自動制御されており、ほ場には毎時2.2リットルの水が供給されるようになっている。この施設の最大の特徴は、汲み上げた水に化学肥料や殺菌剤などを混和させることにより、ほ場全体の肥培管理や除草、防菌を効率的に行っている点である。メキシコではかんがいを行うほ場は年々増加傾向にあるものの、その割合は依然として低く、全体の38%程度である。今回視察を行ったかんがい施設はその先端を担うものと言えよう。
 
 
 次にメキシコにおけるさとうきびの栽培について視察を行った。今回視察を行ったほ場では、土壌改良用にエタノール蒸留残さ液(Vinasse)を使用している点が興味深く、施用量は10倍希釈液でヘクタール当たり1200キロリットルであった。また、株出し栽培時には化学肥料と共にフィルターケーキの施用も行われており、この施用量はヘクタール当たり15トンであった。このほかに、収穫後の鞘頭部や葉をほ場にすき込む試みも行われており、さとうきびの循環型栽培が積極的に行われている印象を受けた(図6)。
 
 しかしながら、メキシコでは収穫時に葉を焼く「バーンハーベスト」を行っている農家が最も多い。これは栽培時にさとうきびにより固定された炭素を循環させる「カーボンニュートラル」の面から見れば、非常に無駄であり、今後の改善が望まれる。葉の焼かれた茎は、人力により刈り取られた後、ピッカー(Picker)によりトラックに積み込まれ、メキシコではこのピッカーを利用した収穫が90%を占める(図7)。
 
 
 
 
 
 

2.バイオエタノール生産について

 プレ−コングレス2日目には糖みつからバイオエタノールを生産する工場、「DESTILERIA DEL GOLFO ; S.A. DE C.V.」の視察を行った。この施設では、高さ約30メートルの蒸留装置1棟と高さ約10メートルの発酵タンク8棟を備えており、年間のバイオエタノール生産量は130トンである(図8)。さらに、深さ5メートル、長さ50メートル、収容能力3万トンの糖みつ貯蔵庫を3棟備えており、糖みつ1トンから生産されるバイオエタノールの量が282リットルであることを考えると、この施設のバイオエタノール生産能力の高さが伺える(図9)。
 
 この施設では糖みつ1トン当たり120ドル(約1万2000円)で取引が行われていのだが、ここで非常に興味深い点は、糖みつの糖含有率の高さである。一般に、日本のさとうきび糖みつの糖含有率は50〜60%であるのに対し、この施設で扱われているものは64%と高く、このことが糖みつ1トン当たりから生産されるバイオエタノール量が高い要因の一つと言えよう。また、蒸留の過程で生産される蒸留残さ液の量は、バイオエタノール1リットル当たり10リットル(糖みつ1トン当たり2.8キロリットル)であり、宮古島で生産される量の約半分である(バイオエタノール1リットルあたり蒸留残さ液18リットル)。宮古島のように、地下ダムを保有しているため蒸留残さ液を畑に還元しにくい状況にある地域にとっては、蒸留残さ液の生産量を低く抑える必要があり、今回視察した施設の技術は大変参考になるものであった。
 
 また、この施設ではメキシコの製糖期に当たる11〜5月には、搾汁液そのものからバイオエタノールを生産し、その際の電力を100%バガスで供給するシステムを作り、1日あたり190キロリットルのバイオエタノールを生産するプロジェクトが進行していた。こうしたことが今後、メキシコではさらなるバイオエタノール産業の盛り上がりが予想される。
 
 
 
 
 
 

<発表で見た世界の動向>

 ISSCTの発表は各分野(10分野)に分かれて行われた。我々琉球大学からは下記に示す題目で、「Agronomy」と「Entomology」の2分野から発表を行った。
 
1.Influence of bio-ethanol distillation residue on water quality of an underground dam. (Agronomy)
 
2.Effects of fipronil bait on sugarcane yield in Okinawa, Japan.(Entomology)
 
 1課題目はバイオエタノールの蒸留残さ液が宮古島の地下ダムの水質に与える影響について行った実験であり、2課題目は2006年より日本のさとうきび栽培地域で使用されるようになったFipronilベイト剤の効果について調査した内容である。両発表とも各分野の専門家から多くの貴重な意見や質問を受けた。
 
 この会議を通して、「Sustainability: 持続可能性」というキーワードが、今回のメキシコ大会の発表や講演をつないでいたような印象を受けた。最終日の世界自然保護基金(WWF)のClay氏の講演では、増え続ける人口と相対して限られた資源から生産を行い、消費していく社会に対して「Use less to supply more」という課題を明示した。
 
 さらに、「What to think(何を考えるのか)ではなくHow to think(どのように考えるか)」が重要だと続け、そのヒントとしてスターバックスのカフェ・ラテがつくられるまでの水の量という「ものさし」を例にして、生産過程で水がどれだけ使われるのかが視覚的にわかりやすく講演された(図10)。
 
 Clay氏が掲げた「It is impossible to awake the one who pretends to sleep(眠っているふりをしている人の目を覚ますのは不可能である)」というメッセージは、さとうきび由来のバイオエタノールなどを含むバイオマス産業に対して、「持続可能性」というアプローチの必要性を厳しく訴えているともとれるように思える。「持続可能性」という考え方の重要性を否定する人はいないと思うが、では、このような新たな価値となり得る「持続可能性」に対して、どのように評価するのか、言いかえれば、どれくらい持続可能なのか?を示す「ものさし」は何なのか?このような疑問に対するヒントが、フランスのレ・ユニオン島から参加されていた研究者のCorcodel氏の発表から得られた。
 
 
 
 レ・ユニオンの製糖工場では、さとうきびの葉や鞘頭部は製糖過程のエネルギーとして利用されており、いわゆるCo-generationという形をとっている。彼が注目したのは、エネルギーという「ものさし」であった(図11)。さとうきびの品種ごとに、生産される糖の量だけでなく、どれだけの生産エネルギー効率があるのか、製糖にとって省エネなさとうきび品種は何なのか、という疑問に対する一つのヒントであったと確信している。今や、バイオエタノールへの期待が世界的に高まる中、このようなアプローチは必須であると考えられる。
 
 
 Corcodel氏は我々が2008年10月にレ・ユニオン島で開かれたプロセッシングのワークショップで知り合った研究者で、葉が付いたままさとうきびを収穫しCo-generationで稼働する大きな製糖工場のイメージが氏の発表を理解するのに大いに参考になった(レ・ユニオン島でのワークショップについては「砂糖類情報 No.151(2009年4月号)」に掲載)。
 
 すなわち、さとうきびは砂糖の原料でもあるが同時にエネルギー源でもある。そこで、Corcodel氏が提案したのが、Energy content(エネルギー含量)という新しい「ものさし」であった。すなわち、さとうきびがどれくらい太陽エネルギーを固定したかということを示す熱量である。従来のバイオマスという漠然とした量ではなく、その質をエネルギーという視点で表現していることが斬新で理解しやすかった(図12)。ユニークなのは、これまで邪魔者扱いされていた繊維質(バガス)が最も単位重量当たりのエネルギー生産量が多いという点である。
 
 このような「ものさし」で、異なるさとうきび品種における単位土地面積当たりのエネルギー含量を比較してみると、収量だけでは見えてこない品種の特性が見えてくる(図13)。さらに重要な点は、このような新しく生まれた価値を評価し、きちんと農家に還元しようとしている取り組みであった。バガスに価値が見い出された今、2009年から農家にさとうきび1トン当たり13ユーロ(約1600円)(83ユーロ/メガワット)支払われている。「これはさとうきびが、もはや砂糖のみを目的として栽培されるのではないことを示している(氏の論文から引用)」という結論には説得力があった。なお、Corcodel氏の発表スライドは、以下のURLから閲覧できる。
 
 
 
 
 
 
 
 大会の最終日に2013年の第28回大会の開催地がブラジルに決まった。ブラジルは今やさとうきび産業を牽引する国であり、今大会以上に白熱した議論が交わされると思われる。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:情報課)
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