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さとうきびの台風対策

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最終更新日:2011年4月8日

さとうきびの台風対策 〜潮風害判定法とかん水による塩分除去技術〜

2011年4月

鹿児島県農業開発総合センター徳之島支場 園芸土壌研究室 主任研究員 井上 健一

【要約】

 南西諸島は台風の常襲地帯であり、降雨を伴わない場合は、しばしばさとうきびに対する甚大な潮風害がみられ、収量の低下だけでなく、糖度の低下にもつながる。そこで、台風襲来後のかん水の判断のための簡易な判定法を開発するとともに、潮風害軽減のためのかん水法等を明らかにした。判定については、安価なECメーターを用いることで、潮風害を受けたかどうかの判定が可能であった。また、EC値0.2ms/cm以上の場合、潮風害が大きくなるが、台風通過後1日以内にかん水を行うことによって、被害を緩和することができる。

はじめに

 南西諸島は台風の常襲地帯である。台風の接近は基幹作物であるさとうきびの生育を促進する水をもたらす一方で、倒伏や葉の裂傷などの直接的な被害を及ぼす。さらに、沿岸部の波が砕けて飛沫となり、海塩粒子が濃縮されながら陸上へと運ばれる。台風通過時に降雨を伴わない、あるいは通過後に降雨がみられない場合は、裂傷した葉に海塩粒子が付着し、しばしば甚大な被害(図1、潮風害)をもたらす。

 さとうきびの潮風害対策としては直接当たる風を防風林などによって弱めることと葉に付着した塩分を洗い流す対策が考えられる。さとうきび栽培における防風林については、砂糖類情報2008年4月号5月号(安庭)に詳細に記されており、ここでは割愛する。一方、付着した塩分を洗い流す対策については、野菜の育苗中の苗などでは一般的に行われているが、さとうきびでは栽培面積が広く、今までは困難であった。
 
 
 近年、島嶼地域では、作物の生産性向上等を目的として大規模な畑地かんがい排水事業が進行し、畑にかん水を行えるスプリンクラーが設置されつつある。このため、付着した塩分の除去が容易になったが、水資源は限られているため、必要な地域を特定し、かん水を行うことが望ましい。また、潮風害の症状は、塩分が葉に付着後1日以上経過してから現れるので、被害を極力抑えるためには迅速な判断が必要となる。さらに、どれくらいのかん水を行えば十分な除塩が行えるのか、いつまでに行えば良いのか明らかでなかった。

 そこで、台風通過後のかん水の必要性を判断するための簡便な方法(潮風害判定法)を開発するとともに、かん水が必要と判断された場合の効率的なかん水時期、量(塩分除去技術)を明らかにしたので以下に紹介する。

1.潮風害判定法

(1)塩分濃度簡易測定法

 さとうきび潮風害の発生程度は葉に付着した塩分量によって異なる。植物体に付着した塩分量をなるべく正確に測るためには原子吸光光度計やイオンクロマトグラフィ−などを用いた方法があるが、技術が必要で時間もかかる。さらに、普及機関や製糖会社はこれらの高価な機材を持ち合わせていない。一方、土壌中の塩類濃度の目安を知る方法として、安価で操作が簡単な電気伝導度(Electrical Conductivity:EC)計(以下、ECメーター)が用いられている。

 そこで、ECメーターを用いて葉に付着した塩分量を推定する方法を考案した。水に溶けている塩分量が多ければ電気が通りやすく、少なければ通りにくい性質を利用して、さとうきびの葉に付着した塩分の多少を知ることができる。この簡易測定法の手順を以下に示す(図2)。
 
 
(1)さとうきびの新葉から数えて3〜5枚目を採取する。

(2)中肋(ちゅうろく)(葉の中央を走る太い葉脈)を除いた葉を約1cmに細断し、よく混合する。

(3)容量200mLの広口ビンに細断した葉5g入れ、蒸留水100mLを加え、30回振とうし、葉面に付着した塩分を抽出する。なお、蒸留水がない場合、水道水でも代替可能であるが、その場合、水道水だけのEC値も測定し、サンプルの測定値から差し引く必要がある。

(4)抽出液のEC値を測定する。振とう後、放置時間が長くなるとEC値が高くなるため直ちに測定する必要がある。

(2)かん水が必要な地域は

 潮風害を抑制するには、台風通過後、まだ、被害が目で見ても分からない状態のさとうきびに対して、かん水の必要性を判断する必要がある。先に述べた簡易測定法を用いて、潮風害による被害(葉身、葉鞘の枯れ)がどの程度のEC値で発生するのか検討した。

 2004年に徳之島に暴風域を伴い接近した台風18号と23号(いずれも通過後の降雨ほとんどなし)通過後にさとうきびの被害程度を調査するとともに、葉を採取しEC値を測定した。台風18号による潮風害は激しく、最も被害が大きかった伊仙町では、栽培面積の14.4%が被害を受けた(徳之島さとうきび生産対策本部調べ)。この調査を基に被害程度とEC値の関係をみると、EC値0.2(ms/cm*注)以上で被害が大きくなることがわかった(図3)。したがって、EC値0.2以上の地域は積極的にかん水を行う必要がある。

(*注)ms/cm:ミリジーメンスパーセンチメートル。電気の流れやすさを表す伝導率の単位。
 
 

2.かん水による塩分除去技術

(1)塩分除去はどの程度まで行えばよいか

 潮風害を受けた時は、収量、品質を確保するために除塩を行うことが望ましい。濃度が異なる塩水をさとうきび春植え栽培に散布した結果、推定甘蔗糖度に違いがみられた。潮風害を受けると光合成量が不足するとともに新葉形成のために体内の同化産物が消費されるため、品質の低下につながる。さとうきびの買い取り単価は糖度によって決められるため、糖度低下を招かないレベルまで葉に付着した塩分を洗い流す必要がある。

 そのためには、簡易測定法によるEC値をかん水後0.1程度まで低減させる必要がある(図4)。また、塩分の葉への付着が収量の低下を招いた年もあり、このような場合は、かん水によって収量の低下を軽減することが可能となる。
 
 

(2)かん水量はどれくらい必要か

 限られた水資源を無駄にしないためにも、除塩に必要なかん水量を知る必要がある。塩水を散布して1日後にかん水を行い、かん水量とEC値の関係から、必要なかん水量を推定した。葉面への付着塩分量にかかわらず、かん水量20mmまでは、かん水量に伴って除塩の効果も向上した。しかし、かん水量が20mmを超えると除塩の効果は変わらなくなった(図5)。

 この関係から判断すると、台風通過後のEC値が0.3程度まではかん水量10〜15mm程度で十分な除塩効果が得られるといえるが、少ない(5mm)と十分な除塩が行えない(図6)。一方、海岸に隣接する圃場の付着塩分量は著しく多いため、さらに多量のかん水を行うか、防風林の整備、あるいは耐塩性の強い他作物への転換等の検討も必要であろう。
 
 

(3)かん水をいつまでに行えば良いか

 葉に塩分が付着した場合、極力早くかん水を行った方が潮風害を抑制できる。かん水開始時期と除塩効果の関係を検討した結果、被害程度がEC値で0.3程度であれば、10mm、24時間以内のかん水処理によって、葉に付着した塩分を洗い流し、糖度への影響がないレベルまでEC値を低下させることができた(図6)。

 したがって、台風通過後、1日以内を目安にかん水を行うことが望ましい。しかし、通過後の吹き返しの風向きとスプリンクラーの設置位置との関係によっては、直ちに十分なかん水を行えないことも想定される。例え潮風害で葉身が枯れたとしても、さとうきびは高い再生力を持ち合わせていることから、早く新葉を展開させるためにも、被害がみられた地域では速やかにかん水を行うことが必要である。
 
 

3.今後の展開

 台風襲来時における、さとうきびへのかん水による収量・品質の低減を抑制する技術について述べた。本技術の効果を最大限に活かすためには、いち早くかん水必要地域を特定することが重要である。台風の進路や強さを基に被害発生地域の特定や被害程度の予測が出来れば、潮風害の被害を大きく低減できる可能性が考えられる。

 山形県では、台風襲来時の調査を基に、水稲の潮風害を予測するリスクマップの作成を試みているが、それによると、一般的には海岸線からの距離が近いほど海塩粒子の飛散量が多く被害程度が大きくなる。しかし、地形や建物によって風速が変化するため、リスクマップの精度を向上させるにはこれらを考慮する必要があるとしている。徳之島における台風襲来時の調査でも、海岸線(リーフ(岩礁)海岸の場合はリーフの端から)からの距離が近いほど被害程度が大きくなる傾向であった。徳之島など南西諸島においても、今後は、地理的情報を加味し、リスクマップを作成することが望まれる。このような情報が得られれば、潮風害を直接的に軽減する防風林の設置計画にも活用できるものと思われる。

4.最後に

 台風襲来後に現地圃場を調査すると、潮風害を受けたであろう地域において、畑かん施設が整備されているにもかかわらず、かん水が行われていない場合も多くみられる。今後は、農家の水の有効利用に対する認識を高め、畑地かんがい施設を有効に活用するためにも、関係機関一体となって本技術の普及を進める必要がある。
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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