抗う蝕性サイクロデキストラン混合甘味食品の開発
最終更新日:2011年9月9日
抗う蝕性サイクロデキストラン混合甘味食品の開発
2011年9月
株式会社シー・アイ・バイオ 代表取締役社長 宮城 貞夫
はじめに
最も代表的な甘味食品が砂糖であることに異論は少ないと思われる。
また 砂糖は、単に甘味料というよりも、食品として日常的に多く摂取されており、極めて好ましい甘味があり、熱に安定で、体内ですばやく吸収されてエネルギー源となる、安定である、防腐作用がある、利用される食品の加工性を向上させるなど多くの優れた性質を有している。
砂糖は、このように甘味料としては最も優れた食品であるといえるが、数少ない欠点として、う蝕(虫歯)誘発性を有することがあげられる。この欠点がもしも大きなコスト上昇なしに解消あるいは軽減できるならば、一部の高価な代替甘味料などは必要とされなくなるだろうし、相当量の需要が見込まれるものと考えられる。このため、この砂糖に代わるう蝕予防用の甘味料として、これまでにさまざまなタイプの代替甘味料が開発、生産されている。
現在、う蝕予防をうたった市販代替甘味料としては、人工甘味料(サッカリンやアスパルテームなど)、糖アルコール類(エリスリトール、キシリトールなど)、砂糖の構造異性体(*注1)(パラチノース、トレハロースなど)、グリコシルオリゴ糖(イソマルトース、パノースなど)などがある。
しかしながら、これらは、砂糖に比べて相当に高価であったり、後述するように砂糖の共存下では、そのう蝕誘発性防止が出来ない等々それぞれに問題点があり、現在のところ、う蝕予防のための代替糖として完全に砂糖と代わり得る優良な甘味料はまだ登場してないということができる。
(*注1)分子式が同じで構造が異なる化合物
1.サイクロデキストランの発見と実用化
このようなさまざまなタイプの、そして数々の砂糖代替甘味料が開発、登場しつつあったさなかの、約20年前の1993年に、(財)野田産業科学研究所の小熊哲哉博士、農林水産省・食品総合研究所(現独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所、以下同じ)の小林幹彦博士らにより、新しい環状イソマルトオリゴ糖(Cycloisomaltooligosaccharide、サイクロデキストラン、略してCI)を発見したこと、そしてこのCIに、砂糖などが誘発するう蝕を抑制する優れた機能のあることが明らかにされた。
筆者らは、このCIが、しょ糖を原料として製造されるものであることと、さらに虫歯菌によってしょ糖などから合成、形成される不溶性グルカン(歯垢の原因物質)の生成を強く阻害する機能があり、虫歯の予防効果が期待出来ることに注目し、2002年から農林水産省・食品総合研究所の指導の下、このCIの製造技術開発及び機能性研究に取組んで来たところ、ようやく本年5月、MF(精密濾過)、UF(限外濾過)、NF(ナノ濾過)の各種膜を用いた膜分離技術を用いて抗う蝕性サイクロデキストラン混合物の低コスト製造法を開発し、口腔内スプレー方式による「液体歯磨き」の生産販売のほか抗う蝕性砂糖シロップなどの開発生産に取組みつつある。以下にその実用化に向けた取り組みについて紹介する。
2.CIとは
CIは、グルコース(ぶどう糖)が環状につながったオリゴ糖の1種で、Bacillus circulans sp.T-3040株などの細菌が生産する酵素(サイクロデキストラン合成酵素)によりデキストラン又はでん粉から合成可能である。通常は、まずさとうきび(砂糖)を原料にしてデキストランを生産し、次にこのデキストランを原料にしてバイオ技術により製造される。7〜13個のグルコースがα―1,6グルコシル結合で環状に連結した、新しいタイプの高溶解性環状イソマルトオリゴ糖であり、「サイクロデキストラン」という名称は、サイクロデキストリン(CD)とよく似た構造から対照的に称されている(図1参照)。
CIの大きな特徴は、優れた抗う蝕(虫歯予防)機能と包接機能(*注2)とを併せもつことであり、例えば、歯垢の生成抑制や口臭等の包接抑制、或いは、食品や工業品などのマスキングや可溶化、安定化等の諸機能を有するところから現在いろいろな利用法が期待されている素材である。
(*注2)包接機能:分子空間に他の分子を取り込む性質のこと。
3.サイクロデキストランの抗う蝕作用
う蝕は、原因微生物、食物、歯質及び時間の4因子が関わる多因性の感染症疾患であるため、これを防ぐには原因のいずれかを取除くことが有効となる。即ち歯垢の形成を抑制する、歯垢や酸産生の基質となる糖質の摂取量を制限する、酸による脱灰作用を受け難いように歯質を強化又は保護する−などである。
CIには、このうちの歯垢の形成に関与する不溶性グルカン合成酵素(GTF)の働きを強く阻害する機能性があることが明らかになっている。
これまでに、前述の小林博士、小熊博士、食品総合研究所の舟根和美博士らが行なった研究によれば、CIは、実験に用いた全てのGTF標品のグルカン合成活性とスクラーゼ(*注3)活性を強く阻害し、人工プラーク(実験において人工的に発生させる歯垢)形成を効果的に抑制、その阻害反応はGTFに特異的であり、たん白質、唾液、しょ糖などが高濃度に存在してもCI自体のGTF阻害機能は影響を受けないと結論している。
(*注3)しょ糖の加水分解を触媒する酵素。しょ糖の分解が阻害されると、不溶性グルカンの原因物質であるグルコースの産生が抑制される。
4.サイクロデキストラン混合物として砂糖から製造
CIは、2種類の酵素を2段階に用いて砂糖から製造される。先ず、しょ糖(砂糖)にLeuconostoc属菌などが生産するデキストラン合成酵素を作用させるとしょ糖が分解されてフラクトースを遊離すると共にグルコース部分を転移して主としてα―1,6結合からなるα―グルカン(デキストラン)が合成される。
さらにこのデキストランにBacillus circulans sp. T-3040菌が生産するCI合成酵素を作用させると分子内転移反応でCI-7(7個のグルコースが重合したCI)〜CI-12(12個のグルコースが重合したCI)等の環状イソマルトオリゴ糖類が合成される(図2参照)。
CIは現在、CI-7からCI-12までが混合状態のままで MF,UF,NF3種類の分離膜を用いてろ過生産されており、初発原料の砂糖に対するCI粉末の歩留は、現在のところ15%程度である。
5.「虫歯にならない或いはなりにくい砂糖」の製造について
前項に記した通り、CIは、通常各種CI類のほか、デキストラン、イソマルトオリゴ糖、灰分などの混合物即ちCImixとして生産される。CImixの成分内容は別表の通りで、全CI類の含有量は26〜28%程度であるが、抗う蝕性と包接性の両機能を有する。
CImixは、砂糖からの不溶性グルカン形成を阻害し、それ自身から不溶性グルカン形成もされず、酸の産生もない。従って、CImix単独では、う蝕特定保健用食品としての条件をクリヤーし、抗う蝕性ということが出来る。
しかしながら、CI自体には甘味がなく、従ってCImixだけでは製品に出来ないのが問題である。そうかといって、砂糖との混合物即ち砂糖の共存下では、口中の虫歯菌が活性を保っているため、虫歯菌が砂糖を資化して乳酸などの有機酸類を産生し続けることになるので、他の虫歯予防をうたった代替甘味料、例えば糖アルコール類などと同じく、抗う蝕性とはいえなくなる。
しかしながら、ここで95%の砂糖と5%のCImix、さらに食品添加物のホップ苞抽出物(β酸)を混合調製して、虫歯菌による酸産生試験を行って見たところ、虫歯菌の活性が抑制を受けると同時にGTFの産生も少なくなり、この少なくなったGTFをCImixが抑制するためと考えられるが、試験開始して16時間後もPHが5.7以上に維持できることが確認された(国際特許出願PCT/JP2011/63543「抗う蝕性組成物の製造方法」参照)。ここにはじめて「虫歯にならない砂糖シロップ」の製造が可能であることが確かめられたのである(図3、4参照)。
6.おわりに
当社は、新規素材CIの唯一の製造販売企業として、虫歯の抑制および質の高い食生活の実現に寄与すべく、安全で優れた機能性素材であるCIを利用した関連製品の全国への供給を目指して行く考えである。
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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