てん菜を原料とした機能性素材
最終更新日:2012年3月9日
てん菜を原料とした機能性素材〜ベタインの利用〜
2012年3月
財団法人十勝圏振興機構 研究開発課 副課長 葛西 大介
帯広畜産大学 食品科学研究部門 助教 韓 圭鎬
日本甜菜製糖株式会社 食品事業部食品事業課 副課長 名倉 泰三
【要約】
現在、てん菜からは砂糖だけでなくラフィノースやベタイン、イノシトール、オリゴ糖液糖、ビートファイバー、ビートセラミドなど、さまざまな機能を有する食品素材が商品化されています。中でもベタインは平成21年度から文部科学省地域イノベーション戦略支援プログラム(都市エリア型)十勝エリア事業(通称:とかちABC(Agri-Bio Cluster)プロジェクト)における研究テーマとして取り上げられ、十勝地域のアグリバイオクラスター形成のための核となる食品素材のひとつとして期待されています。本稿では、とかちABCプロジェクトにおける研究成果を交えたベタインの利用について紹介します。
1.ベタインとは
ベタインはトリメチルグリシンとも呼ばれるアミノ酸の一種(図1)で、その名もてん菜の学名(Beta vulgaris)に由来しています。エビ、カニ、タコ、イカ、貝類などの水産節足動物や軟体動物に多く含まれることが知られており、植物ではイネ科の麦類(麦芽)、ヒユ科(旧アカザ科)(注1)のてん菜やホウレンソウ、キノコ類に多く含まれ、浸透圧調節物質として植物の耐塩性に寄与しているといわれています。食品素材としては、てん菜糖蜜由来のベタインが既存添加物名簿に収載され、用途として調味料に分類されています。
(注1)APG分類体系による
2.ベタイン製造法
ベタインは製糖工場で産生するてん菜糖蜜を原料にしています。国内で食品ベタインを手がける日本甜菜製糖株式会社の工場では、糖蜜中のベタインやラフィノース(注2)などの有用成分を他成分クロマトグラフィー技術で分画し、結晶化工程を経て高純度の製品が作られています(図1)。
(注2)ラフィノース:食すると腸内ビフィズス菌が増え整腸効果があるオリゴ糖の一つで、アトピー性皮膚炎改善作用が報告されている。高純度結晶で吸湿しない特性がある。
3.ベタインの特性
ベタインは無臭の白色結晶で、一般のアミノ酸類と比較して水に溶け易く、20℃において100gの水に160g溶解し、水溶液はpH5程度を示します。安定性が高く、200℃以下では分解が起こらず、酸、アルカリ、酵素などに対しても極めて安定しています。また、構造上、遊離のアミノ基を持たないため、他のアミノ酸のような糖類との加熱反応による褐変(メイラード反応)が起こりません。
味質は少し苦味のある甘味を持ち、甘味度はベタインの10%溶液で砂糖のほぼ半分に相当しますが、味質はかなり異なります。ベタインのもつ苦味は食塩の鹹味と相性が良く、食塩存在下では気になりません。
前述のとおり自然界に広く存在し、食材を通じて古くから摂取しているため、食経験上安全性の高い素材で、公的機関による反復投与試験(慢性毒性試験、発がん性試験)および遺伝毒性試験(復帰突然変異試験、染色体異常試験、小核試験)の結果からも安全であることが確認されています。また、てん菜由来であるため、アレルゲン(特定原材料等25品目)の問題もありません。
4.用途(期待できる効果)
世界的に見るとベタインの最大使用分野は飼料業界であり、コリン欠乏による家畜の脂肪肝や成長阻害を防止する目的で飼料に添加されています。国内で見るとベタインの持つ高い保湿性を利用して、化粧品の素材としての需要が多いと言えます。食品分野では、ベタインの調味料としての利用があり、カニ風味かまぼこ等の水産加工食品の呈味増強(うま味、甘味)に用いられます。また、塩味や酸味の強い食品の味をまろやかにする効果が知られており、例えばイカ塩辛の塩なれや、pH調整剤として使用される有機酸製剤の酸味・酸臭改善用に添加されます。これらの効果は粉末ラーメンスープやめんつゆ(図2)、生ハム、畜肉のしぐれ煮などにも利用が期待できますし、酸味の強いジャム類や果汁飲料(図3)、酢飲料、ドレッシングなどへの活用やオリジナル調味料として、いわゆる「留め型(注3)製剤」などの開発も可能です。さらにはメイラード反応を起こさないため、白さが必要な水産珍味にも利用されています。ベタインは水分活性低下作用も知られており、塩辛、珍味などに活かされていますが、畜肉加工品にも有用で、ジャーキー類やミートボール惣菜などへの利用も期待できます。
(注3)留め型:一般にはプライベートブランドのことを指すが、ここでいう留め型とは特定のユーザー企業だけのために製造されたオリジナル製剤で全品買い取り商品。
5.ベタインの新たな可能性(健康機能性)
ベタインにはアテローム性動脈硬化の独立した危険因子として知られているヒトに有害なアミノ酸・ホモシステインを低減する作用があり、2011年4月には欧州食品安全機関(EFSA)はベタインの健康強調表示を認めています。
また、ベタインは家畜のコリン欠乏性脂肪肝を改善する目的で飼料に用いられていますが、ヒトでの有効性については未だ明確なデータは蓄積されていません。とかちABCプロジェクトでは帯広畜産大学が中心となり、ベタインの肝機能保護作用を確認するために非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)モデルマウスを用いて脂肪肝抑制効果を検討するとともに、D-ガラクトサミン(D-GalN)投与による肝障害誘発ラットを用いてベタインの予防機能について検討しました。
NASHモデルマウスでの試験では、5週齢のNASHモデルマウスに対してベタイン(50mg/体重kg回)を1日2回3週間経口投与して病理組織学的解析を行いました。その結果、ベタイン投与群の肝細胞には脂肪沈着、膨化および壊死の抑制が観察され(図4)、統計的有意差が認められました。コントロール群と比較して肝重量体重比も有意に上昇し、幹細胞の正常化が示唆されたことから、ベタイン投与によって肝細胞への脂肪沈着を抑制する効果が確認され、NASHの予防効果があることが示唆されました。
肝障害誘発ラットでの試験では、D-GalNの単回投与(400mg/kg)22時間後に、誘発された肝障害により上昇したラットの血清中酵素活性を測定しました。その結果、AST、ALT、LDH、ALP(注4)値においてベタイン1%添加食群で正常食コントロール群と同程度に有意な低下が見られました(図5)。また、D-GalNにより阻害される肝臓中グルタチオン(GSH)の合成はベタイン投与群ではその合成阻害を防ぐ効果が見られました。このときの関連酵素を見ると抗酸化酵素であるGR、GST、GPx(注4)値の低下も抑制されており、これらの活性阻害の防止がD-GalNによる酸化ストレスを除去し、肝障害の進行を防ぐ役割を果たすと思われます(図6)。
(注4)AST(アスパラギン酸トランスアミナーゼ)、ALT(アラニントランスアミナーゼ)、LDH(乳酸デヒドロゲナーゼ)、ALP(アルカリフォスファターゼ)、GR(グルタチオン還元酵素)、GST(グルタチオン-S-トランスフェラーゼ)、GPx(グルタチオンペルオキシダーゼ)
これらの結果から、ベタインは肝臓からの脂肪排出を促進、または肝臓への脂肪流入を抑制して脂肪沈着(1st hit)を低減させる効果と、脂肪肝から肝炎への進行にあたり解毒作用を有するGSH産生を維持して酸化ストレス(2nd hit)を除去し、炎症や肝細胞障害、肝の線維化への進行を防ぐ効果があることが示唆され、脂肪肝予防効果や肝障害抑制効果を持つことが明らかとなりました(図7)。
6.今後の課題と展望
ベタインの利用については、これまで飼料、化粧品が主で、食品への利用は水産食品の一部に限られていたと言えます。加工食品にベタインを添加した際に期待される効果は風味、保存性、物性(食感)、色調などより幅広い分野での利用が期待されています。
今後は畜産加工食品や農産加工食品での用途開発を進め、北海道らしい食品素材として普及、活用していきたいと思います。
一方、健康機能性では脂肪肝予防や進行する脂肪性肝炎、肝硬変、肝がんの予防食品としての可能性を示しました。今後はこの知見をもとにヒトでの有効性について試験を行い、栄養ドリンクや健康補助食品といった食品分野での利用についても開拓していきたいと思います。
7.終わりに
「とかちABCプロジェクト」は北海道、帯広市が共同申請者となり、平成21〜25年度の予定で採択された事業です。帯広畜産大学、(財)十勝圏振興機構が中核機関となり、他にも大学や公的試験研究機関及び民間企業の参画により、十勝エリアに集積する資源を活用した食品素材の機能性研究と事業化、商品化を行うとともに、「食の安全性」を高次元で実証する検査技術の開発、実用化に取組んでいます。
これらの素材や技術を地域活性化の核(コア)として活用し、その高度利用による地域内システムの構築を行うことで、十勝型産業振興モデル「とかちアグリバイオクラスター(Tokachi Agri-Bio Cluster)」の実現を目指しています。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713