南大東島向けさとうきび新品種「Ni29(農林29号)」の特性と利用
最終更新日:2012年7月10日
南大東島向けさとうきび新品種「Ni29(農林29号)」の特性と利用
〜収量の高位安定と収穫の早期化をとおした生産性の改善に向けて〜
2012年7月
沖縄県農業研究センター 作物班 研究主幹 伊禮 信
【はじめに】
南西諸島の持続的発展には、さとうきびの生産性改善が欠かせない。それに向け、沖縄県農業研究センター(旧、農林水産省さとうきび育種指定試験地)では、気象災害に強い、株出し収量が多い、早期収穫が可能、黒穂病に強いといった特性を持つ優良品種の開発を進めている。
南大東島は、沖縄本島から約400km離れた東の海上に位置する小さな島である。他の離島と同様、さとうきび作・糖業が島の重要な産業として位置づけられている。強酸性で保水性の乏しい土壌が分布し、年間の日照量が多く、降水量は少なく、台風が常襲し、さとうきびを生産するにも厳しい自然環境の島である。生産者1戸あたりの圃場面積は大きく、早くから機械化栽培が行われ、栽培事情もまた、他の地域とは様子が異なる。
南大東島の主要品種は、台湾から導入した「F161」である。機械化栽培での有用特性が評価される一方、糖度上昇が遅く糖度が低い、干ばつ条件への適応性や株出し性が劣るといった欠点も持つ。同地域に適した品種が限られることもあり、30年以上にわたって「F161」のみに頼るような状態が続いてきたが、前述の厳しい環境もあいまって、不安定な生産(収量、糖度、糖量)という大きな問題も常に抱えてきた。その解決に向け、南大東島に適応性が高く、収量性や株出し性に優れる早期高糖な品種が強く望まれていた。
そのニーズに応え、さらに、収量の高位安定と収穫の早期化をとおした総体としての生産性の改善を目指し、早期収穫に適した「Ni29」を開発した。
ここでは、「Ni29」の来歴や特徴を紹介するとともに、栽培上の注意や、活用への期待に触れる。
1.品種の来歴と特徴
(1)来歴
「Ni29」は、沖縄県農業研究センター(当時は沖縄県農業試験場、以下育成地)で行った人工交配の後代から選抜・育成した品種である。種子親として早期高糖性の沖縄育成系統「RK87-81」を、花粉親には葉の病害に強く耐倒伏性で多収の台湾育成品種「F172」を用いた。先に育成した「Ni28(農林28号)」と同じ組み合わせである(図1)。1996年に沖縄県農業研究センター宮古島支所(当時は沖縄県農業試験場宮古支場)で交配種子を播種し、翌年から選抜を開始して1999年に系統名「RK97-7020」を付した。2000年から県内各地での試験に供試した結果、南大東島において、特に早期高糖性に優れると評価された。2010年に南大東島に向けた沖縄県の奨励品種に採用され、品種登録申請ののち、2011年には農林水産省から「さとうきび農林29号」の認定を受けた。
(2)形態および生態的な特性
「Ni29」は、「F161」、「Ni9」に比べ立葉である。葉長は「F161」より長く、「Ni9」よりも短い(図2)。葉鞘には毛群がある。茎の形態や色は「F161」や「Ni9」と類似するが、両品種に比べて茎が太く、髄孔が大きい(図3)。芽子は「F161」、「Ni9」と異なり、“卵円形”でやや小さく、芽子の背面には浅い芽溝がある(図4)。これらの点から、「F161」など、他の品種との識別が可能である。
発芽性、萌芽性は「F161」に劣るが、「Ni9」と同等で、実用上の支障は無い。分げつ性は「F161」並みである。生育初期の伸長性は「F161」より良く、茎の直立性や耐倒伏性に優れる。収量性は“多”で、南大東島における株出しで「F161」よりも多い。脱葉は「F161」同様に容易である。出穂は「F161」より多く、「Ni9」よりは少ない。黒穂病抵抗性、葉焼病抵抗性、さび病類抵抗性はともに“中”である。風折抵抗性は「F161」と同程度である。
登熟性は「F161」、「Ni9」よりも早く、収穫期の蔗汁糖度、純糖率および可製糖率は「F161」に比べ明らかに高い。収穫後の品質劣化の程度は「F161」に比べると大きいが、「Ni9」よりも小さく、実用上の支障は無い。
(3)原料茎の特徴
慣行の栽培・収穫時期(春植え、春植え収穫後の株出し、いずれも1月〜2月の収穫)における原料茎の特徴を表に示す。「Ni29」は、育成地において、茎が太く、一茎重が重く、早い時期からブリックスが高い。南大東島における春植えでは、原料茎数が少なく、茎長が短くて一茎重が軽いが、早い時期からブリックスが高い。一方、株出しでは、原料茎数が多く、茎長が長くて太く、一茎重が重い。
(4)早期収穫への適性
「Ni29」の早期高糖性、株出しでの多収性に注目し、南大東島において、夏植え型1年栽培(夏に植えて早期に収穫し、さらに株出しを早期に収穫するような新しい作型)で「Ni29」の早期(11月)収穫試験を行った。その結果、新植、株出しのいずれにおいても、「F161」よりも原料茎重が重く、甘蔗糖度が高く、可製糖量が多かった。新植と株出しの甘蔗糖度の平均は12.8%で、南大東島で「F161」を用いた平年の操業開始時に匹敵し、本品種の最大の特徴である早期収穫への適性が明らかとなった(図5)。
2.栽培における注意点
「Ni29」は、早期収穫でその優良性を示す。一方、2月〜3月の遅い収穫では、茎の海綿化に伴い一茎重が減少するなどの傾向も目立つ。本品種の十分な活用には、夏植え型1年栽培の導入も含め、早期収穫の実施を検討する必要がある(図5)。
原料茎の特徴からも明らかなように、南大東島で慣行の春植えを行った場合、「Ni29」の収量は、原料茎数が少なく、原料茎長が短いことに起因して、「F161」にやや劣る。その対策として、南大東島では、慣行の約1.3倍の苗を投入して密植栽培を行っている。これにより、高い品質はそのままに、同様に密植した「F161」よりも収量増が見込める。現在のところ、「Ni29」の適用地域は、南大東島という特殊な地域のみである。今後、他の地域への導入を考える場合、前述のような密植も考慮しながら、十分な試作を経て検討を進める必要があると考える。
「Ni29」の風折抵抗性は「F161」と同程度であるが、育成過程における沖縄本島北部、石垣の試験において、6月〜7月の台風により、「NiF8(農林8号)」以上の風折茎を生じたことがある。南大東島内での作付け圃場、他の地域への導入を考える場合、前述した密植に加え、風折被害の少ない圃場を選択するなどの留意が必要と考える。
3.「Ni29」活用への期待
南大東島の不安定な生産は、南西諸島のさとうきび作を代表するものとも言える。不安定な生産の改善に向けては、新品種による収量改善とともに、労働力の分散や土地利用効率の高度化など、持続可能な生産体系もあわせて考えていかなければならない。そのためには、収穫の早期化、それぞれの品種特性に応じた活用など、地域的な取り組みが必要である。南大東島では、先に育成した「Ni26」、「Ni28」に「Ni29」を加え、そのような取り組みに向けた品種基盤づくりが進みつつある。戦略的な作付けや収穫の体系づくり、新しい作型である夏植え型1年栽培の導入など、実現に向けては課題も多いが、「Ni29」の早期収穫への適性を活かし、収穫の早期化をとおした生産性改善への取り組みが進むことに期待を寄せている(図6)。
4.おわりに
「Ni29」は、南大東島で利用可能な、早期収穫に向けた新品種である。本品種、および、先に育成した「Ni26」、「Ni28」の開発と実用にあたっては、南大東島における歴年の現地試験が必須であった。それぞれの品種の適性や有用性を見出だし、新品種となるに至ったのは、大東糖業(株)やアグリサポート南大東(株)など、現地関係者の御尽力があってのことである。同地域の生産性改善に向けた品種基盤づくりが進んできたことに深謝する。
南西諸島は、数多くの島嶼からなる。それぞれの地域に適合した品種育成と利用が、総体としてのさとうきび生産性の改善につながると考える。南大東島を各地域に即した品種育成・生産性改善に向けた取り組みの好例としつつ、引き続き、同島を含む各地域に適した優良品種の育成を進めていきたい。
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