内外の伝統的な砂糖製造法(19)
最終更新日:2013年1月10日
内外の伝統的な砂糖製造法(19)〜インドの薄茶色の砂糖<カンサリとラワ>〜
2013年1月
昭和女子大学 国際文化研究所 客員研究員 荒尾 美代
インドの砂糖製造の統計数字を見ると、白糖であるチニ(chini、日本のグラニュー糖に似ている)の他に、グル(gur)とカンサリ(khandsari)という砂糖の名称が出てくる。グルは分蜜されていない、日本でいえば「黒砂糖」に相当する砂糖であるが、茶色っぽいものや、赤っぽいものもあり、2012年8月号で紹介したバングラデシュのグルと同様の製法である。
では、カンサリというのが、どのような砂糖であるのか。日本では、「搾汁液を清浄化した後、オープン・パンで煮詰め、分蜜した砂糖」などとわずかな説明があるにすぎず、その現物や製造方法を記した報告はなく、デリーのスーパーで探してみても見つからず、インド人に聞いてみても知らないという。統計に名称が出ているのに、その実像が私にとって「謎」だった。そこで、カンサリを探す調査を決行した。北部インド横断の旅(図1)。その際に見つけた農村部ならではの伝統的な砂糖、ラワ(rawa)、ラヴァ(rava)(以下ラワとのみ記す)も今回紹介したい。
グルの生産者のみならず、市場をはじめとした小売業者などほとんどの人が、カンサリという砂糖のことを知らなかった。似たような発音であるカンド(Khand)については、砂糖全般のことを指すと教えてくれた人もいたが、カンサリは知らないという答えだった。
インド人の通訳とドライバーももちろん知らず、「そんな砂糖はないよ!」と言って、家に帰りたがっている様子がアリアリとしていた。探すこと8日目、やっとウッタル・プラデシュ(UTTAR PRADESH)州の一部で、カンサリを砂糖の名称として知っていた人を見つけることが出来た時には、天にも昇る気持ちだった。さらにたまたま通りに立っていた人に聞いてみると、その人はラブ(rab)と呼ばれる結晶とモラセスの混合物を再加熱してグルを作っている工場のオーナーで、カンサリは作っていなかったが、カンサリを作っている工場を紹介してもらう幸運に恵まれた。
さて、やっとたどり着いたウッタル・プラデシュ州のカンサリ工場での製造法を、以下に記そう。
1.ローラー式モーターによる圧搾機でさとうきびの茎からジュースを抽出する。
2.「品」の字型に配置した3つのオープン・パンで、さとうきびジュースを煮詰める。
3.濃縮糖液をバケツに入れて、屋内にある攪拌機の中に運び入れ、攪拌する(写真1)。
4.攪拌機の中の下部の栓を抜いて、結晶とモラセスの混合物であるラブをバケツに移す。
5.バケツから遠心分離器にラブを移し入れる(写真2)。
6.遠心分離機を約70秒回し、あらかたモラセスを取り除く(写真3)。
7.ブルー色素が入った水を回っている遠心分離機の中に何回か注入する(写真4)。
8.遠心分離機の下部を開いて、周りに付着している出来上がったカンサリを下に落として取り出す(写真5)。
近代的大工場ミルでは、さとうきびジュースの煮詰めは真空結晶缶を使用して行うが、カンサリは屋外の鍋、すなわち覆いのないオープン・パンで煮詰める。このオープン・パンは、グル製造をはじめとして、古くから行われていた伝統がある。インドの統計数字の分類で「グル・カンサリ」と両者を並べて記されているのは、どちらもオープン・パンで作られ、ミルの真空結晶缶のパンと区別してのことだろう。
遠心分離機で分蜜を行う際に注入する、ブルーの水溶液にはびっくり仰天!作業している人に「なぜ、ブルーの色素を入れているのか?」と聞くと、「輝きを出すため」という答えだった。よく、砂糖が白いのは漂白しているからと誤解を受けるが、この工程は漂白ではないことを強調しておこう。
谷口学氏によれば、わが国でもブルー溶液を使用していたことが、『糖業便覧』(精糖研究会、1937年)の中に、「僅少の色の調整するに群青又はインダスレン青(Indaslen Blue)の液を作り、之を絹濾にし分蜜の際砂糖に注射すれば視覚に変化を及ぼし色を向上せしむ」と記されているという(谷口学『続砂糖の歴史物語』(信陽堂印刷)1999年、389頁)。 前号で、18世紀のフランスでの精製法を紹介したが、その中で、ブルーの紙で円錐形の砂糖の塊を包んで出荷していたという話を書いた。ブルー色を利用することは、古今東西、同じなのかもしれないが、現在の日本では使用されていない。
遠心分離機を使用しない「分蜜」砂糖ラワ
結晶とモラセスを分離させるために、手動式の遠心分離機を、ウッタル・プラデシュ州の隣のビハール(BIHAR)州の砂糖プランターが購入したのが、1870年代といわれている。遠心分離機は、ミルでも使用されており、現代の製糖業には不可欠な分蜜機械だ。
そのような機械がなくても、「分蜜」した砂糖をわざわざ作る習慣が、農村部に残されていた。
ビハール州では、農民が自家用に作る伝統的な砂糖ラワを見つけた。一応、「分蜜」するのだが、その方法はいたってシンプルだ。グルを作る人々が、自家用に1壺か2壺作っている。なお、ラワを専門に商品として作っている農家は、私の調査範囲では確認できていない。
ラワ生産は、大きな結晶を作り、基本的には結晶「ダナ(dana)」とモラセス「カシュ(kass,kash)」を分離させることを目的としている。ラワの名称は茶色がかった結晶に対して使い、粘液状のモラセスと区別して称しているものの、結晶とモラセスの半固化状態の混合物をもラワという人もいた。
ラワ生産を採録した地には3つのシーズンがあり、3月から5月が夏で、この時期に食すことを目的として生産している。
ラワの製造は、初冬から始まるグル製造の終了時期に行う。しかし、さとうきびを刈り取ってグルを製造する時期は製造者によって、またさとうきびの量によっても異なる。少量しかグルを作らない人は、11月にはグル製造が終了するのでその時期に作り、3月半ばにグル製造を終える人は3月半ばに作る―と、ラワを作る時期は一定でない。
さとうきびの品種には、結晶が大きくサラサラになるラワに適したものと、結晶がパウダー状で、ベトついてラワには適さないものがあるという。ラワは、自家用に作られるだけなので、農家はラワではなくグルを作るうえでの土壌適性、栽培効率などを考えて、栽培品種を選んでいる。
こうした背景から、自家用にラワを作る農家は、減少の一途をたどっている。作るのを止めた人は、その理由として、ラワに適した品種は、水が多くいることと害虫に弱いこと、そして手間がかかるからという理由を挙げている。また、ラワ自体にバクテリア等が発生しやすいという事情もあると聞いた。
では、次に圧搾・煮詰め工程、結晶化、分蜜工程の概要を順に紹介しよう。
圧搾・煮詰め工程
さとうきびの圧搾は、垂直ローラーの間にさとうきびの茎を入れて行う。ローラーを回転させる必要があるのだが、牛にローラーの周りをグルグルと歩かせて行っているところもまだ見られた(写真6)。
煮詰め工程は、グルと同様であるが、濃縮糖液を取り出す温度がグルよりも低く、Bx.(ブリックス:糖度)も低い。したがって、ラワ用に濃縮糖液を取り出したあと、さらに煮つめて、グルを作ることができる(写真7)。
ラワ用に濃縮糖液を取り出すタイミングは、親指と人差し指か中指の間に糖液を少し取り、2本の指を引き離した際に糸状の細い線ができた時である。また、濃縮糖液を箆から垂らし、玉になってポタポタと落ちる時、または、粘性をもち流れるような状態になった時でタイミングを見るという生産者もいた。グル用のタイミングは、前者が指の間で伸ばして太い線ができた時、後者は太い線になって落ちる時である。
結晶化工程
濃縮糖液を素焼の壺(チャルア charua)に入れ、泡が上がってきたら、棒でかきまぜる。再び泡が上がってきたら、同様に棒でかきまぜる(写真8)。そのまま、1日から3日、家の中か軒先の涼しいところに置いておく。
この段階で、壺の中の状態は、結晶が下部に沈んでいてモラセスが上にある場合、結晶が上部に認められる場合、全体が半固化状になっていると思われる場合がある。
その後、壺の口を布などで塞ぎ、結晶が下部に沈んでいてモラセスが上にあるように製造する人は、15日から20日ほど置いておく。結晶が上部にあるか、全体が半固化状態に作る人は、同様に壺の口を塞ぎ、2カ月から6カ月置いておく(写真9)。この期間は長いほどいいということであった。
分蜜工程
結晶とモラセスの状態は、さとうきびの品種と状態、製造工程、気候などによって左右されると考えられるものの、毎年同様の操作をしているとの証言から、生産者それぞれが、意図的に独自の分蜜法を採っていると考えられる。その方法は、以下の4通りである。
1.壺の中の上部にあるモラセスを、スプーンで取り除く。
2.壺の中の上部にあるモラセスを、壺を傾けて別の容器に取り除く。
3.壺の中の上部にあるモラセスを、壺をさかさまにしてモラセスを落下させる(写真10)。
4.壺の中の上部に結晶が存在し、すでに上部は重力による自然分蜜が起きている(写真11、12)。
ラワを食するのは、暑い時に体を冷やすという目的が主であるので、その頃までに、特に上記4の場合は、暖かくなるにつれ結晶の周りのモラセスが溶解して重力によって落下し、壺の上部側から分蜜が促進すると考える。
また、いずれのケースもラワの保存はそのまま壺の中においてである。壺から出して乾かす操作を行うという人はみられなかった。
ラワの特色は、グルよりも、結晶が大きいことだ。そして、グルが全く分蜜をしないのに比べて、ラワは少し分蜜されているので、結晶の周りにモラセスがついていて、茶色っぽい。ラワを食べさせてもらうと、黒蜜風味が口の中に広がり、ジョリっとした結晶の食感が楽しめ、そのままでもおいしい。グルを作る人々が、わざわざラワを作る気持ちがわかるような気がした。
ラワを作る理由は、前述のように暑い時に食べると、体が冷えて涼しくなるからと考えられており、夏に水に混ぜて飲むという食し方が一般的である。また、ラワはチニよりもおいしいことから、ミルクに混ぜて飲む、チャパティ(イースト菌を使用しないパンの1種)と一緒に食べるという嗜好的要因もあるようである。一方、グルは、体を温める砂糖と考えられていた。固形であるグルの食し方は、そのままかじったり、ミルクの中に入れたり、水に溶かしてジュースにして飲むなどで、特にグルでなければならない菓子には、祭の際につくるプワ(puwa)が挙げられる。チニの使用は、もっぱらミルク入り紅茶であるチャイに入れるという。チャイは、あちこちの農家で飲ませてもらったが、使用していたのは真っ白いチニだった。
グルを作っているある農家は、15人家族で年間自家製のグルを約200キログラム、購入するチニを約100キログラム、自家製ラワについては約10キログラムを消費しているという。
「砂糖の使い分け」は、砂糖製造の歴史あるインドならではの文化といえよう。
インドは、広い。まだまだ、伝統的な砂糖が、そして製造法が残っている可能性がある。まだ見ぬ伝統的な砂糖を探し求める旅は、続きそうである。
*本稿のカンサリについては、平成24年5月10日第110回精糖技術研究会年次大会で発表している。ラワについては、平成21年5月14日第107回精糖技術研究会年次大会において発表、および「北インドの砂糖生産−グルとラワの製法を中心に−」『製糖技術研究会誌』Vol.57(2009)に論文として掲載されているので、こちらも参照されたい。
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