糖質制限は本当に健康に良いのか
最終更新日:2014年6月10日
糖質制限は本当に健康に良いのか
2014年6月
浜松医科大学 名誉教授
NPO法人「食と健康プロジェクト」理事長 高田 明和
「糖尿病、あるいは肥満を防ぐには糖質を制限することが必要だ」と主張する人たちがいる。その理由として、肥満は体の脂肪が増えることであり、その主な原因は血糖値の上昇にあるとする。実際、最近の学説では肥満について、血糖値の上昇によるインスリンの作用であるとする説が有力になってきている。
肥満についての今までの考え方は、摂取するカロリー量が消費するカロリー量よりも多い場合に、その差が脂肪として蓄えられるというものであった。しかし、カロリー量を一定にしても摂取する食事の内容によって肥満になったりならなかったりする。
図1は種々の食事法の体重への影響を調べたものである(Gardner,C.D. et al. JAMA 297;969,2007)。これによるとアトキンス法と言われる高タンパク質、低糖質の食事が最も体重を減らし、高糖質の食事は体重を減らさない。
このような結果から、最近では肥満について、血糖値が上がるとインスリンが放出され、インスリンが脂肪細胞にブドウ糖を取り込ませ、それが肥満の原因になるという説が出されている。
問題は、「体重増加が本当に糖尿病などの原因になるか」ということである。日本でも報告されているが、体重と死亡率の関係はUカーブを描く。欧米ではBMI25から30のいわゆる過体重の人が最も死亡率が高いと報告されている(Romero-Carrel,A. et al. Lancet 368;666,2006)。
さらに糖尿病と体重の関係を調べると、図2に示すように、BMI22.5から24.9までの人の糖尿病の危険率を1とすると、BMI22.5から29.9までは有意の差がなく、糖尿病の危険率はBMIの増加とともに高くなっていない。むしろBMI22.4以下の人は、35までの人よりも糖尿病の危険率が高いのである(de mulsert R. et al.J.Am.Soc.Nephrol.18;967,2007)。
オランダの研究によると、むしろ体重の軽い人の方が肥満者よりも透析患者の率が高いことが示されている(図3)。この理由として、Schwartz M.W.&Porte,D.Jr.(Science 375;307,2005)は、「血糖値が下がると、脳はブドウ糖を取り込むために、体の細胞がインスリンに反応しないようにする。それによりブドウ糖が細胞に取り込まれないようになるからだ」と言っている。これは細胞がインスリン抵抗性(インスリンが作用しにくい状態)になっているということである。
では、「脂肪は本当に肥満の原因なのか」という問題が起こる。表1に示すように脂肪摂取の量を増やしても体重は増えないのだ。ただ、中性脂肪(トリグリセリド)が増えるのである(Willet,W.C.& Leibel,R.L. Am.J.Med.113;475,2002)。しかし、中性脂肪の増加は動脈硬化、血栓を誘発するので決して良いことではない(中嶋克行、The Lipid 18;48,2007)。中性脂肪はレムナント(レムナント・リポ蛋白。中性脂肪を多く含むリポ蛋白のこと)を増やし、レムナントは動脈硬化、血栓の危険因子だからである。つまり、脂肪が悪いのは肥満を引き起こすからではないのだ。
低糖質食は確かに体重を減少させる。しかし、それが結果的に死亡率を高めるのか、あるいは心筋梗塞などの血栓症を引き起こすのかということをヒトについて検証しなくてはならない。
最近、国立国際医療研究センターの能登らは、今まで発表された低糖質食の死亡率、心血管障害への影響のメタ解析(注)を行った(Noto,M. et al. PLoS ONE 2013.8(1)255030,Jan.25)。
図4は4つの研究の結果を示している。糖質制限をした際に死亡率に変化がなければ危険率は1になり、1以上なら危険率が増すことを示している。図に示すように低糖質食の場合には危険率は1以上、つまり死亡率が増加する。さらに低糖質に加え、高タンパク食を摂取した場合にも死亡率は増加していることが示される。
では、心血管疾患による死亡率はどうだろうか。図5に示すように糖質制限食でも糖質制限に高タンパクを摂取させた場合にも心血管疾患による死亡率は増しているのである。
(注)メタ解析とは、複数の臨床研究データを収集・統合し、統計的方法を用いて解析すること
われわれのプロジェクトでは、「砂糖がブドウ糖に比べて血糖値を上げない。従って、肥満の原因にならない」ということを示した(尾ら、砂糖類・でん粉情報2013.10)。しかし、これも程度の問題である。砂糖をブドウ糖の3倍摂取すれば砂糖はブドウ糖よりも危険なのである。同じことは糖質全体についても言えるのだ。糖質は私たちの体にとって欠かせない。これを極端に減らせばメタ解析が示すように健康に良くないのだ。しかし、では、増やせば良いのかということになるが、これも程度の問題で中性脂肪の増加をもたらし、血栓症を引き起こす。
糖尿病という病気は血糖が高くなることは事実である。しかし、低糖質食を取れば糖尿病にならないということはない。では、糖尿病になっている患者にはどうだろうか。表2に示すように糖尿病患者を極端に低血糖にすると、低血糖の症状がない場合には別に問題はないが、低血糖の症状(意識障害、けいれんなど)がある場合には死亡率が増している。つまり、糖尿病の患者を極端に低血糖にすると死亡率は増加してしまうし、低血糖の悪い副作用も多く出るのである(Zaoungas,S.NEJM 363,1410,2010)。このことは糖尿病の治療にも極端な低糖質摂取がよくないことを示している。つまり、血糖値をある程度維持することは健康な人にも糖尿病患者にも必要なのだ。
日本では、あるものの摂取が良いということになると、摂取すればするほど良いと考え、ある食品の摂取が悪いということになると、減らせば減らすほど健康になると考える人が多い。糖質制限を主張する人たちはその典型のように思える。
最後に脳と血糖の関係について述べる。脳はブドウ糖以外をエネルギー源として使うことができない。つまり、糖質を制限すると脳へのエネルギーが足りなくなるのだ。そのために、脳は体がインスリンに反応しないようにして、ブドウ糖が末梢で使われないようにする。つまり細胞はインスリン抵抗性になるのだ。これは糖尿病につながる。
私たちの脳は全面的にブドウ糖に依存したシステムを持っているのである。そのために糖質を制限するとさまざまな障害を来すことになることを理解しなくてはならない。
高田明和(たかだ あきかず)
浜松医科大学名誉教授、NPO法人「食と健康プロジェクト」理事長。ニューヨーク州立大学助教授、浜松医科大学教授を歴任。専門分野は「生理学」「血液学」「脳科学」。NPO法人「食と健康プロジェクト」を立ち上げ、砂糖などの摂取による生理的代謝などについて研究を行う。
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