ビール系酒類とでん粉
最終更新日:2017年2月10日
ビール系酒類とでん粉
2017年2月
独立行政法人酒類総合研究所 主任研究員 日下 一尊
1.ビールの歴史と種類
ビールの発祥については、古代メソポタミアに最古の記録が残されている。また、約4400年前の古代エジプトの壁画には、当時のビール造りの様子が詳しく描かれており、既に麦芽によるでん粉の糖化が行われるなど、現代のビール造りの基礎が出来上がっていたことが分かっている。実験考古学的なアプローチに基づき再現された当時のビールは、ホップの苦味や炭酸ガスは含まれないものの、十分なボディー感がある優れた品質とされている1)。 その後、ビールは主にヨーロッパで、病原菌を含まない安全で栄養価の高い飲料として重要な意味を持ち、地域ごとに独自の発展を遂げた。
ビール史における三大イベントは、15世紀ごろに広まったホップの使用、19世紀のチェコにおけるピルスナーの発明およびビールの近代化における三大発明(リンデによるアンモニア冷凍機、パスツールによる低温殺菌およびハンセンによる酵母の純粋培養)である。近代化によりビール産業は大量生産による工業化が進んだ。
ビールの種類は、上面発酵酵母によるエールと下面発酵酵母によるラガーに大別される。歴史の長いビールのタイプの多くは広義のエールに分類され、現在、クラフトビールで流行している苦味の強いインディアペールエールや、フルーティーなバナナ香が特徴的なヴァイツェン、濃色で香ばしさが特徴のスタウトなどが含まれる。ラガーには、世界で最も飲まれているビールのタイプであるピルスナー、濃色のメルツェン、濃醇なボックなどが含まれる。
ビールの原料については、有名な1516年のドイツのビール純粋令では、「大麦、ホップおよび水」とされているが、古くから小麦、果汁など、さまざまな副原料が使用されている。現在では、新興国を中心に飲みやすさを出すために比較的多くの副原料が使用されるほか、クラフトビールにおいて個性を出すためにさまざまな副原料が使用されている。
日本の酒税法では、ビール系酒類は、「ビール」、「発泡酒」および「その他の発泡性酒類」の品目からなる。品目および麦芽比率により税率が異なり、麦芽比率50%未満のものはビールより低い税率となっている。原料について、麦芽、ホップおよび水以外の副原料は政令で、麦、米、トウモロコシ、でん粉、糖類などが定められており、でん粉は主要な副原料の一つである。
2.近年の市場動向
2015年の世界のビール生産量は、約1億8900万キロリットルで2005年と比べて17.3%増加している2)。 先進国では漸減傾向にあり、新興国では増加傾向にある。ビール系酒類の国内生産量は約500万キロリットルで世界第7位である。
世界のビール市場は、相反する二つの大きな流れの中にある。一つは、2000年代に本格化した世界規模での寡占化の流れである。2016年に世界首位のアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)による世界第2位のSABミラー(イギリス)の買収が決定し、世界シェア3割を占めるに至った。もう一つの流れは、先進国におけるクラフトビールの流行に象徴される多様化であり、ヨーロッパ各地の伝統的なビール造りが再評価されている。米国においては、1990年代から始まったクラフトビールの流行が2010年以降加速し、2015年にはクラフトブルワリーは約4200場、市場シェア12.2%となった3)。 クラフトビールの市場規模拡大に伴い、原料の生産拡大や、製造設備、製造技術者養成機関などのインフラが整い、クラフトビール製造への参入がさらに容易になるという好循環が先進国に伝播している。
国内のビール市場については、1994年の酒税法改正による、いわゆる地ビール解禁から20年超が経過し、クラフトブルワリーは253場(平成26年度。発泡酒を含む)となった4)。 クラフトビールの流行により、ビールの多様性に対する消費者の理解が進み、ピルスナーのシェアが依然として高いものの、大手メーカー製品を含め、さまざまなタイプのビールが販売されるようになった。
3.ビールの製造方法
ビールの製造工程は、原料を糖化して麦汁を製造する「仕込工程」、麦汁に含まれる糖分を酵母の働きによりアルコールに変える「発酵工程」およびその後の「熟成・パッケージング工程」からなる。
仕込工程は、原料に由来するビールの成分・品質を決定づける最も重要な工程であり、さらに以下の工程に細分される。
(1) 糖化:
仕込湯に粉砕した麦芽、でん粉など副原料を加えたもろみを徐々に昇温しつつ、麦芽に含まれる酵素によってでん粉を麦芽糖などに分解する工程(詳しくは後述)。
(2) ろ過:
もろみに含まれる麦芽の穀皮により、もろみ自らをろ過し、清澄な麦汁を得る固液分離工程。
(3) 煮沸:
麦汁にホップを加えて煮沸する工程。麦汁に香ばしさとホップの苦味・香りを付与し、余剰タンパク質を熱変・析出させる。
(4) ワールプール・冷却:
ワールプール槽の円周方向に麦汁の流れを作ることにより、固形分を底面中央に集積し、底面端から清澄な麦汁を引き抜く固液分離工程。麦汁は冷却後、発酵タンクに送られる。
発酵工程は、酵母の発酵に由来するビールの成分・品質を決定する工程である。ビールのタイプによって使用される酵母は異なり、ピルスナーなどのラガービールでは低温発酵性に優れ沈降性が比較的高い下面発酵酵母を、エールでは高温発酵性とエステル生成能に優れ浮遊性が高い上面発酵酵母をそれぞれ使用する。発酵温度や日数はビールのタイプによって異なり、ピルスナーは8〜12度で10日程度、エールは15〜25度で5日程度の発酵をそれぞれ行う。
熟成・パッケージング工程では、発酵後のビールを0度付近で1週間から3カ月程度低温熟成させることにより、風味の荒さを落ち着かせる。大手ビール会社の製品の多くは、精密ろ過によって、清澄なテリの良い生ビールに仕上げられる。一方、多くのクラフトビールでは、生きた酵母を少量含んだままの濁った状態で出荷される。
4.ビール醸造におけるでん粉の性質と役割
糖化工程において、でん粉の分解は、麦芽に含まれるα-アミラーゼおよびβ-アミラーゼによって行われる。α-アミラーゼはでん粉の糖鎖を大まかに切断してオリゴ糖を生成し、β-アミラーゼはでん粉およびオリゴ糖の糖鎖を端から細かく切断して麦芽糖を生成する。麦芽由来のα-アミラーゼおよびβ-アミラーゼは、それぞれ約73度および約63度で最も活性が高く、より高温では熱により変性して活性を失う。糖化工程は、多くの場合、もろみを糖化開始の約45度から糖化終了の約76度に段階的に昇温する方法(インフュージョン法)によって行われる。そのため、糖化工程では、まず63度付近でβ-アミラーゼが働き、続く昇温中にβ-アミラーゼが失活した後、73度付近でα-アミラーゼが働く。その結果、でん粉から麦芽糖への完全分解は行われず、オリゴ糖がある程度残ることとなる。オリゴ糖は、酵母によっても発酵しないためビールに残留する。オリゴ糖が多いと、ボディー感のあるビールになり、少ないとキレの良いビールになる。そこで醸造家は、糖化工程でもろみを63度付近と73度を保持する時間を変えることなどで、設計通りの酒質になるようオリゴ糖の量を調節している。
ビール原料に含まれるでん粉について、最も重要な性質は糊化温度が低いことである。麦芽に含まれる主要なでん粉は、麦芽製造工程において麦芽中の酵素により部分的に分解される結果、元の大麦のでん粉よりもやや低い55〜70度の糊化温度であり、糖化工程において十分に糊化・糖化される。ビール系酒類の副原料としてよく使用されるコーンスターチは、糊化温度が62〜74度であるため、麦芽と同時にもろみに加えるだけで使用できる。
一方、副原料として米を使用する場合には、米でん粉の糊化温度は80度を超えるため、低温のもろみに別途煮沸した米を少量加えるなどの工程が必要となる。
副原料に求められる性質は、糊化温度のほか、特に脂質などのビールの風味を損なう成分を含まないことである。この点、でん粉は穀物より優れており、雑味の少ないクリアな風味のビール造りに適している。エキス収得についても、麦芽のエキス収得は75%程度であるのに対し、でん粉は90%を超え、優れた副原料といえる。また、糖類と比較した場合には、でん粉は仕込工程の調節により、オリゴ糖の量を製品ごとに最適化できる点で柔軟性が高い。一方、糖類は例えばマルトースシロップなどを使用することで、マルトースの比率を非常に高くすることができるといった利点がある。
おわりに
さまざまなタイプのビールにはそれぞれの良さがある。また、同じピルスナーでも、オールモルトビールには芳醇な味わいがあり、でん粉など副原料を使用した製品には、すっきりした飲みやすさといった多様性がある。ビール造りは奥深く、醸造家は製品ごとに原料・製造方法を洗練させ美味しいビールを造っている。手に取ったビール製品にでん粉などの表示を見つけたときには、そこに込められた醸造家の思いを想像していただきたい。
1)石田秀人(2003)「古代エジプト 古王国時代ビール復元」『日本醸造協会誌』Vol.98,pp.23-30, 2003
2)キリン株式会社『ニュースリリース』2016年「「キリンビール大学」レポート2015年世界主要国のビール生産量」
3)Brewers Association『Number of Breweries』
4)国税庁『酒のしおり』平成28年3月
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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