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「高齢者ソフト食」とでん粉

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最終更新日:2017年6月9日

「高齢者ソフト食」とでん粉

2017年6月

高齢者ソフト食研究会 会長(農学博士・管理栄養士) 黒田 留美子

【要約】

 高齢者ソフト食は、そしゃく・えん下などに障害のある高齢者が(1)安心して食べられる(2)おいしく食べられる−ことはもちろん、私たちが普段食べるような料理と見た目が変わらない、一つの料理として仕上げるのが特徴である。高齢者ソフト食を通じて、食べる喜びや楽しい時間も一緒に味わってもらいたい。

はじめに

 近年、わが国においては、生活環境の改善、食生活や栄養状態の改善、医療技術の進歩など、人を取り巻く環境の向上が主たる要因となって、死亡率の低下あるいは平均寿命の伸長などにより急速な勢いで高齢者の割合が増加している。

 その一方で、生活水準の向上に伴い、人々の意識やライフスタイルが大きく変わり、結婚、出産の目的や必然性が大きく変化してきた。すなわち、女性の経済的自立が進み、必ずしも結婚を人生の目標とは考えない若者が増加するとともに、個々の価値観に基づいて生活設計する人々が少なくない。このような社会的背景を反映して、少子化と高齢化が同時進行し、他の先進国以上のスピードで少子高齢化が進み、今や大きな社会問題となってきている。

 高齢者とは一般に65歳以上を指し、総人口に占める65歳以上の人口の割合(高齢化率)が7%になった社会を高齢化社会と言う。日本では昭和45年に7%を越えており、その後も高齢者人口は増え続け、現在(平成27年10月1日現在)の高齢化率は26.7%に達し、「超高齢社会」を迎えている (図1)。これに伴い、年金制度や介護保険制度、経済に及ぼす影響などさまざまな社会的課題が露出してきている。同時に、高齢者一人ひとりと向き合ったとき、単に平均寿命を延ばすだけでなく、健康寿命を延ばし、人間としての尊厳を保ちながら健康で自立した生活を維持していけるよう、相談体制の充実や地域全体で支援する環境づくりを進めていかなければならない。

図1 高齢化の推移

 他方、個々の家庭の現状を見ると、介護が必要な高齢者が増加するだけでなく、介護をする立場の人も高齢化しており、要介護者を支える人の数も、体力も不足してきていることなどから、こうした家庭環境下では、日常生活の基本的な営みであり、健やかで心豊かな生活を送るために欠くことができない食生活や食事内容が貧弱なものになりがちである。食事という行為には、身体にとって重要な栄養素であるPFC(Pはタンパク質、Fは脂質、Cは炭水化物)をバランスよく補給し、身体の機能を維持するという役割に加え、食品・食材の姿形(料理構成)や彩りなどの見た目あるいは食事という行為そのものを通じて、(1)人を安堵させる(2)楽しませる(3)安全・安心を与える−などの文化的・精神的な要素が含まれている。

1.高齢者ソフト食の開発

 そしゃく・えん下などに障害のある高齢者に対して、今でも多くの高齢者施設では、そしゃくの代行として食材を通常の調理の後、細かく刻んで与えるという、いわゆる「きざみ食」「極きざみ」や、食材に水分を加えてスープ状にしたミキサー食が提供されている。しかし「きざみ食」は、主にそしゃく機能が低下した患者などに多く提供されてきたものであるため、えん下障害のある高齢者などにとっては、誤えんのリスクが高くなるということのほか、口の中に食べかすがたまるなどして口腔内が不潔になることが多い。また「きざみ食」は、その見た目から食事を楽しめるとは言い難く、そのために喫食量の減少も懸念される。

 そこで筆者は、高齢者施設「ひむか苑」(宮崎県宮崎市)において、そしゃく・えん下障害のある高齢者にも安心かつ安全で、おいしく食べられる食事の開発に取り組んだ。平成6〜9年までには完全に(しょっ)(かい)を作る食事が出来上がり、これを「高齢者ソフト食」と命名し、現在に至っている。その開発は現在も継続している。

 「高齢者ソフト食」は、口に取り込みやすく、そしゃくしやすく、そしゃくしている間に口腔内で食塊が容易に形成され、かつ、移送しやすく、さらにえん下がしやすいという特徴を有しており、そしゃく・えん下の軽度障害者から、「きざみ食」が提供されてきた者まで、幅広く適応可能となった。

 また、その安全性は、えん下造影診断により確認できており、臨床的に栄養状態の改善も認められ、科学的根拠を得ている。こうした改善により、高齢者の栄養状態は向上し、ひむか苑では誤えん性肺炎が9年には完全になくなった。かつ喫食量が増加して生活の質も向上した。

2.高齢者ソフト食とは

 高齢者ソフト食が「安心に食べられる」「おいしく食べられる」理由は、次の通り。
 

○舌で押しつぶせる程度の硬さ   

口の中でばらつかず、まとまりある食塊   

胃まで送り込みやすく、飲み込みやすい   

見た目が美しく、食欲をそそる   

(1)舌で押しつぶせる程度の硬さ

 歯や舌などに問題があったり、まひがあったりすると、食べ物を上手にかみ砕くことができず、飲み込みがうまくできなくなる。高齢者ソフト食は、かみ砕く機能が弱い方にも対応できるよう、舌で押しつぶせるくらいの硬さにしている。一般家庭などでありがちな例では、高齢者のかむ機能が弱い場合、介護者は食材をより軟らかくしようとするが、口の中でばらけないようなある程度まとまりのある硬さがないと食べ応えがないため、高齢者は食事に対して満足感を得ることができない。舌でつぶせる硬さであれば、例え、かむ機能に障害がない健常な人でも十分に満足感を得ることができる。1品でも、2品でも家族と同じ料理を食べられるということは、高齢者にとって幸せなことなのである。

(2)口の中でばらつかず、まとまりある食塊

 私たちの体は、食べ物を口に入れたとき、唾液と混ぜ合わせながらかんでまとまった塊、「食塊」にした後、喉を通過するようにできている。粉薬をそのまま飲んだとき、気管に入ってむせてしまうように、料理もバラバラの状態で飲み込むと誤えんの原因になるため、まとまりのある食塊を作ることはとても重要なことである。高齢者ソフト食は、でん粉などで食材をつなぎ合わせ、あらかじめまとまりを持たせているため、口の中で食塊を作ることが困難な方でもスムーズに飲み込むことができる。

(3)胃まで送り込みやすく、飲み込みやすい

 食塊を食道から胃に送り込むとき、滑りが悪いものは喉につかえて誤えんの原因になる。そのため、高齢者の飲み込みの妨げにならないよう、介護食は滑りがよく、胃に送り込みやすいものでなければならない。高齢者ソフト食は、滑りが良い食材を選んだり、油脂やでん粉などの食材を「つなぎ」として使ったりすることで、食道から胃への送り込みをスムーズにさせている。

(4)見た目が美しく、食欲をそそる

 食べる機能が衰えた高齢者が「食べたい」と思う、おいしそうな見た目の料理を提供することも必要である。食事は、見た目、香りや匂い、味付け、温度などを満たして、初めて食べたいと思う料理になる。そこで、高齢者ソフト食は、食彩や切り方、形や香り、盛り付けにこだわり、一つの料理として仕上げるのが特徴である。その中で大切にしていることは季節感である。ひな祭りにはちらし寿司、桜の季節には桜餅、冬至にはかぼちゃ料理など季節の食、誕生日や敬老の日には祝いの膳など、四季折々に食卓に変化を持たせることに気を配っている。

 介護食は、栄養バランスや摂取カロリーを意識することはもちろん大切であるが、食べる喜びや楽しい時間も一緒に味わってもらいたいという、おもてなしの心を込めることも忘れてはならない。

図2 高齢者ソフト食の位置付け(肉じゃがを例に)

3.介護食に求められるもの

 日本人の毎日の食事における主食は米であり、高齢者施設においてもそれは変わらない。高齢者施設の食事の基本は、米を主食として魚介類、大豆、野菜、肉類などをバランスよく組み合わせた、日本型食生活を実践することが望ましい。

 米を使用した料理の中でも高齢者に好まれるものはお寿司である。「高齢者ソフト食」の五目寿司、にぎりなどは、私たちが普段食べるようなものと見た目が変わらないものを提供している(写真)。

写真 お米を使った「高齢者ソフト食」

 食べる機能が衰えた高齢者にとって、「きざみ食」や普通に炊いたご飯は口の中でばらけて誤えんの恐れがあり、お寿司は本来、提供することが難しい料理の一つである。高齢者ソフト食では、米の炊き方、水の割合、「つなぎ」として添加する食材の組み合わせを調整することで、粘り具合(付着性)・まとまりやすさ(凝集性)・軟らかさ(硬度)を一定の範囲に収め、高齢者でも安心して食べられるお寿司を完成させた。その後、この調理工程を数値化し、再現性を得ることができたことから、「高齢者ソフト食」が全国的に広まってきている。

4.高齢者ソフト食を家庭で作るための五つのポイント

 高齢者ソフト食は、普段の調理にほんの少し工夫を加えるだけで、家庭にある道具と身近な食材で作ることができる。
 マスターすべきは、次の五つのポイントの通り。

(1)食材は軟らかいものを選ぶ

 高齢者ソフト食作りは、まず食材選びが大切である。できるだけ軟らかい食材を選ぶ。

 野菜は、繊維が少ないもの、軟らかいもの、根菜類などが適している。かぼちゃや里芋などは、冷凍食品の方が軟らかいものもあるので、積極的に活用するのも手である。そして何より、野菜は旬のものを使うと栄養価が高く、おいしさも増す。肉類は、脂肪が多い方が軟らかく食べられる。その中で、ひき肉(粗びきではないもの)や薄いしゃぶしゃぶ肉を選ぶのがベストである。脂肪の摂り過ぎを気にする方もいると思われるが、病気などで控えなければならない方以外は、少々脂のあるものの方が高齢者ソフト食に適している。

 また、高齢者にとって食べ慣れた地場の食材を活用することは、食べる喜びにつながるため、積極的に取り入れてほしい。

(2)切り方や下処理で、食べやすく

 野菜の皮や繊維があるとかみ切れなかったり、喉に引っ掛かったりするため、皮をむき、キャベツや白菜などの繊維が多い野菜は繊維に対して直角に切るのが基本である。また、薄く切る、つぶす、隠し包丁を入れるなど食べやすさを意識した切り方も必要である。肉類は、筋を切ったり、叩いたりして軟らかくする。圧力鍋を使って軟らかくするのも良い。

(3)油脂を使い、喉の滑りを良くする

 油脂(植物性・動物性)を加えれば、口腔内の滑りが良くなる上、こくがプラスされて、おいしさが増す。

 炒めたり、揚げたりする以外にも、オリーブ油やごま油、ピーナッツバターなど風味のある油を直接食材や料理に絡めると、味に変化が出てうま味もアップするため、積極的な活用をお勧めする。

(4)食材を「つなぎ」にして、食塊を作る

 高齢者ソフト食は、硬い食材やばらつきやすい食材をすり身状、ミンチ状、裏ごしなどをした後、食材をつなぎとして加えて再成型する調理法が特徴である。つなぎにする食材は、喉の滑りを良くする油脂類やとろみを出すでん粉などが適している。

 例えば、ばれいしょでん粉(片栗粉)は、味が淡白で他の食材の味を邪魔しないため、幅広く活用できる。また、じゃがいもを裏ごししたものを「つなぎ」とすることも可能である。ただし、つなぎとして使用する場合、食材の特性・物性を生かしつつ、料理全体の味や食感のバランスが崩れないよう、多少の調整は必要である。

(5)二段調理で軟らかく、とろみで食べやすく

 野菜や肉類などの硬い食材を軟らかく仕上げるには、一度、焼いたり、蒸したり、揚げたりしてから、本来の調理をする二段調理が適している。

 えん下障害のある方には、でん粉などでとろみを付けて、喉の滑りを良くすることが必要である。高齢者ソフト食では、料理にあんをかけたり、汁物には水溶き片栗粉でとろみを付けたりする。中でも、だし汁をベースにした「銀あん」を良く使うので、覚えておくと便利である(図3)。

図3 とろみ付けには「銀あん」を活用

おわりに

 健康に生きるためには、食べ物を摂取し、そしゃく、えん下、消化、吸収、排せつという生理作用がスムーズに機能しなければならない。しかし、人は誰しも年を重ねれば身体機能が衰える。加齢による摂食・えん下機能障害の主な原因は、歯の欠損などによるかむ力の低下、唾液量の減少、飲み込む力の低下、胃での消化が遅くなるなどの消化吸収機能の低下が挙げられる。また、脳卒中などの病気の後遺症によるまひによってもたらされることもある。

 機能障害が生じると、食欲が低下し、食事の内容も偏ったものになるため、栄養不足を招くことになり、結果、体力の低下へとつながる。こうした「食べる障害」に対応した食事として開発したのが、高齢者ソフト食である。

 かんだり、飲み込んだりする機能が衰えた方でも食べられるので、機能の低下の進行を遅らせることにも役立つ。また、食べることで栄養状態が改善し、自分の口で食べられる喜びを取り戻すことができれば、老化も遅らせることができるのではないかと期待する。


文献
1)黒田留美子(2014)『奇跡の高齢者ソフト食』小学館
2)黒田留美子(2012)『いつもの材料でつくる 高齢者ソフト食メニュー88』鉱脈社
このページに掲載されている情報の発信元
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