特異なゲル物性を生み出す酵素処理でん粉「E−スターチ」
最終更新日:2017年8月10日
特異なゲル物性を生み出す酵素処理でん粉「E−スターチ」
2017年8月
【要約】
グリコ栄養食品(本社大阪府大阪市)は、でん粉ゲルがでん粉粒から溶出したでん粉成分(matrix)の網目の中に膨潤したでん粉粒(filler)が捕捉された複合体であるという「filler in matrix」構造を持つことに着目し、新たなでん粉物性改良技術「E−スターチ技術」を開発した。この技術を用いて調製されたでん粉GMIXシリーズは、従来の化学修飾では実現できなかった特異なゲル物性を示しており、新たなでん粉利用の価値を生み出し、さまざまな食品および工業用途への利用が広がる素材である。
はじめに
でん粉は、アミロースとアミロペクチンの二つのグルコースポリマーから構成され、でん粉粒の形で植物の貯蔵組織に存在している。でん粉粒は水を加え加熱すると膨潤し、糊化する。さらに糊化したでん粉を冷却すると老化と呼ばれる現象を示し、糊液濃度が高い場合、液状からゲル状への変化をもたらす。でん粉は、食品をはじめ多種多様な産業で使用される重要な原料である。中でも、でん粉糊液のもたらす粘度や、でん粉ゲルが生み出す弾力は、食品の物性を形成するために多く活用されている。このようなでん粉の物性は、アミロース/アミロペクチン比率や、でん粉の化学修飾や酵素処理により制御することができる。一般的な化学修飾としては、リン酸架橋化(注1)、アセチル化(注2)、ヒドロキシプロピル化(注3)などの方法があり、不溶性でん粉粒を用いて修飾を施す。一方、酵素処理としては、でん粉を一旦糊化させ、加水分解酵素や転移酵素を作用させる方法であり、グルコースやマルトースなどのでん粉分解物を調製する際に用いられる。
われわれは、これら従来の方法とは異なる、新たな物性改良方法を探索し、でん粉のfiller in matrix構造に基づく物性改良技術「E-スターチ技術」を2009年に確立した1) 。
(注1)でん粉分子間の水酸基がリン酸で架橋されており、でん粉粒の膨潤や糊化が抑制される。
(注2)でん粉分子がアセチル基によってエステル化されており、糊化温度が低下し、低温での安定性に優れる。
(注3)でん粉分子がヒドロキシプロピル化されており、親水性が増大する。さらに老化に対する安定性が付与されている。
1.E−スターチ技術
でん粉粒は加熱に伴い膨潤し、さらにでん粉粒から一部の成分が溶出する。でん粉ゲル中では、この溶出した成分(matrix)が膨潤したでん粉粒(filler)の周囲を覆う。すなわち、
図1に示すfiller in matrix構造を形成していると考えられている
2)、3)。filler部分の硬さや、matrix部分の弾力度合いが、でん粉ゲルの物性を変化させ、結果的にでん粉を用いた食品の物性に影響を与えていると考えられる。
われわれの開発した「E-スターチ技術」は、filler部分の制御を化学修飾で、matrixの制御を酵素処理により実現する技術である。特に通常の酵素処理は、でん粉糊液に酵素を作用させ、でん粉を低分子化することをイメージされるが、われわれはでん粉を糊化させずに、でん粉粒を維持した状態で酵素処理を行う技術を確立した。
2.限定的加水分解がゲル物性に与える影響
2種類のでん粉加水分解酵素である、Aspergillus niger由来α-アミラーゼ(α-AMA)、またはBacillus amyloliquefaciens由来α-アミラーゼ(α-AMB)を用い、E-スターチ技術により2種類の酵素処理でん粉を調製し、各でん粉を用いたでん粉ゲルを作成し、破断点におけるヤング率よりゲル物性を評価した
4)。ヤング率は、硬さや弾力を評価する指標であり、破断点におけるヤング率が高ければ、その物体は硬く、弾力を持つと考えられる。
図2に示した通り、α-AMB処理でん粉から調製されたゲルは、未加工でん粉ゲルに比べ、ヤング率は若干低下しており、「酵素による加水分解=低分子化」により引き起こされたと考えられる。ところが、α-AMA処理でん粉ゲルは、未加工でん粉ゲルに比べ、ヤング率が3.9倍に増加しており、酵素処理により弾力が上昇するという、驚くべき効果が確認された。この特異的な物性について、さらに動的粘弾性測定により詳細な解析を行った。その結果、α-AMA処理でん粉は、未加工でん粉に比べ、周囲からの力の影響を受けにくい高い弾性率を持つ特異なゲルを形成していることが確認された
5)。
α-AMA処理でん粉が生み出す特異的なゲル物性のメカニズムについて研究を進め、でん粉ゲル中の微細な構造変化が、ゲル物性に大きな影響を与えることを突き止めた。でん粉ゲルの溶出成分に含まれるアミロースが、老化に伴い二重らせんを形成し、架橋点を生み出す。これが、溶出成分が形成する網目構造に関与していると考えられる。未加工でん粉ゲルでは、溶出成分中にアミロペクチンも多く、これがアミロースの二重らせん形成を妨げ、架橋点が少なくなる。一方、α-AMA処理でん粉ゲルでは、溶出成分中にアミロペクチンが少なく、その結果、アミロース分子により形成される架橋構造が多くなる。このことが、α-AMA処理でん粉が、未加工でん粉に比べ、高い弾性率を持つ特異なゲル物性を示す要因であると考えられる5)。
3.酵素処理と化学修飾の併用による新しいでん粉の創造
従来、でん粉ゲルの物性を高める方法として確立している化学修飾技術と、われわれが新たに開発した酵素処理技術を組み合わせ、新たな加工でん粉が開発できないか、検討を行った。化学修飾としてはリン酸架橋化を、酵素処理としてはα-AMA処理を用い、α-AMA処理リン酸架橋でん粉を調製し、そのゲル物性に与える影響をヤング率により評価した
6)。
図3に示した通り、未加工でん粉ゲルに比べ、リン酸架橋でん粉ゲルは、ヤング率が1.8倍程度の増加であったが、α-AMA処理リン酸架橋でん粉ゲルは、未加工でん粉ゲルに比べ4倍に増加しており、リン酸架橋でん粉ゲル以上の驚くべき弾力上昇が確認された。従来、でん粉ゲルの弾力増加の技術として、リン酸架橋化が実施されているが、一定以上の高度なリン酸架橋化はでん粉の膨潤を抑制してしまい、逆にゲル形成を阻害してしまう。すなわち、リン酸架橋化によるでん粉ゲルの弾力付与には限界がある。しかし、α-AMA処理技術とリン酸架橋化技術を組み合わせることにより、リン酸架橋技術の生み出す強固なゲル物性を維持したまま、α-AMA処理により、さらに弾力を高めることが可能であることが確認された。すなわち、「E-スターチ技術」は、これまでにない新たなでん粉ゲル物性を生み出す画期的な技術であると考えられる。
4.従来の天然でん粉と加工でん粉の用途
本来、でん粉は水を加えて加熱することにより糊液となり、その増粘効果を多様な範囲で利用されてきた。また、このでん粉糊液は冷却するとゲル化が起こる。このゲル化現象についても食品における保型性の向上、弾力性の向上、硬さの向上といった面で利用されている。
ところが、昨今のライフスタイルの変化とともに流通経路を含めた食品に求められるニーズも多様化してきており、天然でん粉では対応できなくなってきている。
そして、生鮮食品よりも加工食品が食卓を占めるようになってきており、天然でん粉よりも加工でん粉が広く使用されるようになってきている。
天然でん粉に化学修飾を施す加工でん粉の開発によって、さまざまな機能を付与してきた。例えば、低温での保存時の物性の変化を防ぐためにアセチル化やヒドロキシプロピル化によって低温での安定性を高めている。でん粉は加熱によって糊化させてから使用されることが多いが、低温で保存中に老化するという欠点を持っている。でん粉を水とともに加熱すると、でん粉を構成するグルコース内の隣接する水酸基同士の水素結合が緩められでん粉は糊化を起こすが、時間の経過とともに水素結合が復活する。このことを老化と言い、低温ほど起こりやすい。この老化により食品のテクスチャーの変化や離水を起こす。そして、水酸基の一部をアセチル基やヒドロキシプロピル基によって置換することにより老化現象を抑制している。
一方、酸性域や高い加熱によってでん粉の粘度は低下する。リン酸架橋化によりでん粉の分子構造が安定化され、酸性域の食品や高い加熱工程を必要とする食品に対しても使用しやすい。
また、高度にリン酸架橋を施すことにより、でん粉加水分解酵素で消化されにくくなり、食物繊維様の機能性を持たせることも可能である。
さらには、グルコースの水酸基をオクテニルコハク酸基と置換することにより乳化性を持たせるといった機能も付与できる。
このようにでん粉に化学修飾を行う加工でん粉の開発によって、多様なニーズに対応している。
しかし、これらの化学修飾によるでん粉の加工技術は食品添加物の一つとして、使用する薬品などに制限があり、新たな性質の付与や使用できる領域の拡大は難しくなってきている。
化学修飾によって機能を付与することはできるが、一方では欠点も付与される。例えば、アセチル化やヒドロキシプロピル化によって耐老化性は付与されるが、保型性や弾力は乏しいものになる。
また、リン酸架橋化によって酸性や高熱での安定性は付与されるが、逆に低い温度での安定性は失われ、非常に老化しやすい加工でん粉になる。
さらに、加工でん粉についてもでん粉特有ののり感や付着性を持っており、使用できる食品も限定される。
5.E−スターチ技術の特徴
われわれが開発した酵素処理技術を行うことにより、(1)特異な弾力を持ったゲル形成力(2)でん粉特有ののり感が少ない(3)のり感が少ないために口溶けが良好であり、また口の中で広がる香りも阻害しにくい−といった特徴を有することが分かっている。
そこでわれわれは、本技術(でん粉粒への酵素処理)を用いることにより、特に加工でん粉に酵素処理技術を併用することによって、新規な加工でん粉の製品化を実現した。
以下に、既に商品化に至っている商品について、その特徴と用途面について述べる。
6.GMIXシリーズの応用例
現在、各種化学修飾の特徴も踏まえて、E-スターチ技術を活用した商品の開発を行っている。これらのE-スターチ技術を活用した商品を“GMIX”というブランドにて数種類の商品を発売した。これらの商品は従来の加工でん粉との差別化だけでなく、その特異な性質を生かして、増粘剤代替、タンパク質素材代替のための素材としての取り組みも実施している。
ウインナーやハムなど畜肉加工品の分野では、古くからでん粉または加工でん粉が利用されてきた。しかし、十分な弾力を付与できていないこと、またでん粉特有ののり感によって使用量に制限があった。一方、大豆タンパクや乳タンパクなどタンパク質素材も利用されてきたが、非常に高価であること、また添加することにより食品本来の風味を低下させる問題があった。そこでのり感が少なく、かつ独特なゲル化力を持つ「GMIX-E226」を中心に利用範囲が広がってきている。
水産練り製品の分野では減塩に取り組んでいる。かまぼこなど水産練り製品の製造において、主原料であるすり身を塩ずりすることによって、その独特の弾力を付けている。つまり、塩ずりを行わなければあるいはその工程に使用する塩を低減すれば満足した弾力を持つかまぼこはできない。そこで「GMIX-SA1」を使用することにより、塩ずり工程中に使用する塩を低減しても十分な弾力を有する水産練り製品を製造することを可能にした。
半液体食品(ドレッシング類、フィリング類)では粘度を持たせるために増粘多糖類やでん粉が使用されている。ここでもでん粉固有ののり感が食感に悪影響を与えることがしばしば発生する。「GMIX-F1」を使用することにより、でん粉特有ののり感がなく、口溶け感良好な半液体食品を製造することができる。また、こういった粘調目的で利用される食品群においては、口の中で広がる香りは非常に重要である。でん粉もしくは加工でん粉は粘度を付与する代わりに口の中で広がる香りを阻害することがしばしば発生するが、E-スターチ技術を用いれば、その独特の物性により、口の中で広がる香りを阻害しにくいことも分かってきている。
他にも、「GMIX-E246」を中心に、保型力やのり感が少ない特徴を生かしたデザート類や和洋菓子類への利用も広がってきている。
おわりに
現在、既にE-スターチ技術を活用した商品が数種類発売されているが、さまざまな起源のでん粉×化学修飾による加工×酵素処理の組み合わせによって更なる商品化が期待できる。また、今後ますます多様化する食品のニーズに対応するために、新たな特性を把握し、E-スターチ技術を使用した商品のラインアップ化を充実させていきたい。
参考文献
1)T. Ichihara、J. Fukuda、 T. Takaha、Y. Yuguchi and S. Kitamura(2014)「Limited hydrolysis of insoluble cassava starch granules results in enhanced gelling properties」『J. Appl. Glycosci』(61)pp.15-20
2)J.O. Carnali and Z. Zhou(1996)「An examination of the composite model for starch gels」『J. Rheol』(40)pp.221-234
3)H. Goesaert、 K. Brijs、 W.S. Veraverbeke、 C.M. Courtin、 K. Gebruers and J.A. Delcour(2005)「Wheat flour constituents: how they impact bread quality, and how to impact their functionality」『Trends Food Sci. Technol』(16)pp.12-30
4)市原敬司、福田純矢、高橋早苗、栗田賢一(2016)「酵素処理澱粉「E-スターチ」の開発」『応用糖質科学』(6)pp.43-48
5)T. Ichihara、J. Fukuda、T. Takaha、S. Suzuki、 Y. Yuguchi and S. Kitamura(2016)「Small-angle X-ray scattering measurements of gel produced from α-amylase-treated cassava starch granules」『Food Hydrocolloids』(55)pp.228-234
6)市原敬司、福田純矢、 高橋早苗、 鷹羽武史、 北村進一(2015)「酵素処理技術を用いた新規リン酸架橋タピオカ澱粉の開発」『日本食品科学工学会誌』(62)pp.207-211
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