香川大学発の新機能糖質「希少糖」
最終更新日:2018年2月9日
香川大学発の新機能糖質「希少糖」
2018年2月
国立大学法人香川大学 医学部細胞情報生理学 教授 徳田 雅明
1.希少糖とは
「希少糖」という言葉は、香川大学名誉教授の
何森健先生が2000年ごろに提案した造語である。希少糖とは「自然界に存在量が少ない単糖(糖の機能的最小単位)とその誘導体」とすることが、香川大学に本部を置く国際希少糖学会(https://sites.google.com/site/raresugars/)によって定義されている。自然界に大量に存在するブドウ糖をはじめとする7種類の単糖は天然型単糖とも呼ばれ、生命のエネルギー源となっているとともに、でん粉や砂糖などの糖質、核酸などの構成糖などの状態で広く存在している。これに対し、希少糖はその種類が約50種類(中でも六炭糖は約30種類)と非常に多いが、これら全てを合わせても、地球上での存在量は0.1%程度と考えられている(
表)。
香川大学では、これら50種類を超える希少糖の大量生産技術を確立して、多種多様な希少糖の生産ができるようになった。そして、希少糖の基礎的研究や応用的研究が可能となってきた。単糖のように小さな分子には機能性がないとされてきた。しかし、D-グルコースはその血中濃度が上がると、膵臓ランゲルハンス島のβ細胞からインスリンの分泌を促すという生理機能を有している。われわれは、希少糖にもこうした機能があるのではないかと仮定し、研究を続けてきた。そして、希少糖が想像以上にDNAやタンパク質、糖鎖、脂質などとの相互作用を持つことや、さまざまな機能を持つことが分かってきた。
2.D-プシコース(D-アルロース)の機能
D-プシコースはケトースに属する六炭糖であり、D-フラクトース(果糖)のC-3位の異性体(エピマー)である。D-プシコースの物理化学的性質は、D-フラクトースと似ているが、甘味度は砂糖の7割程度の清涼感のあるキレの良い甘さを持っている。自然界ではズイナの葉に数%程度含まれることが示された(
写真1)。香川大学が調べた数多くの植物・野菜の中で、これまでに見つかった唯一のD-プシコース含有植物であるので、われわれはズイナを「希少糖の木」と呼んでいる。D-プシコースはD-フラクトースを原料として、何森教授が1991年に香川大学農学部の土中で発見した微生物が持つ酵素(D-tagatose 3 epimerase)が反応して、3位のエピ化
(注)が起こることにより生産できる(酵素法)。またD-プシコースは、D-フラクトースを含む食品(果物や野菜など)を加熱することにより、一部が化学変化して生じることも判明した(化学法)。われわれは、毎日0.1〜0.2グラム程度摂取していることも分かった。
注:複数の不斉炭素原子(互いに異なる四つの原子または置換基が結合する炭素原子)を持つ化合物の一つの不斉炭素原子の立体配置が反転すること。
体内に摂取されたD-プシコースは、7〜8割が小腸で吸収されて血中に現れる。D-プシコースはD-フラクトースと同じく小腸のグルコーストランスポーター5(GLUT5)を介して小腸粘膜細胞に取り込まれ、GLUT2を介して毛細血管に向けて出されると考えられる1)。血液中のD-プシコースは血液脳関門を通過できない。また、生体内で代謝を受けずに24時間以内に99%以上が尿中に排せつされるため蓄積性はない。また、小腸で吸収されず大腸に到達した残り2〜3割も腸内細菌によってもほとんど分解されず便中に排せつされるので、エネルギー値はほぼゼロカロリー(1グラム当たり0.2キロカロリー)である1)。
D-プシコースの第一の機能は、血糖値上昇抑制作用である。ラットなどの動物およびヒト(健常者、糖尿病境界型)で確認されており、ヒトにおける75グラムD-グルコース負荷試験において、D-プシコース5グラムで明確に認められた。糖尿病予備軍においても有効であった1)。
でん粉や砂糖などの糖質とD-プシコースを一緒に食べた際の血糖値上昇抑制作用機序としては、α-グルコシダーゼ、スクラーゼなど糖質を分解する消化酵素の阻害作用により腸から吸収可能なD-グルコースやD-フラクトースができる量が減る1) ▽小腸においてグルコーストランスポーター(SGLUTやGLUT2)におけるD-グルコースやD-フラクトースの吸収を抑える1)▽腸から吸収されたD-プシコースは、肝臓でグルコキナーゼを活性化し、血液中から肝臓内にD-グルコースが取り込まれグリコーゲンが合成される1)▽小腸からのGLP-1(glucagon like peptide-1)の分泌を促進して膵臓からのインスリン分泌を促しインスリン抵抗性を改善する2)‐などのメカニズムが判明した。われわれは、D-プシコースの5グラム入ったスティックシュガーを、特定保健用食品として消費者庁に申請している。今後、糖尿病や糖尿病予備軍の人たちにD-プシコースを応用できる日も遠くないと思われる。
D-プシコースには抗肥満作用も期待できる。肝臓や筋肉における脂肪蓄積抑制作用は、ラットやマウスなどにより確認されている。抗肥満の作用機序としては、糖の吸収抑制によるカロリー制御はもちろんのこと、肝臓における脂肪酸合成に関わる酵素の阻害や、エネルギー消費の促進が報告されている。さらに、D-プシコースは食後の脂肪の燃焼を促進することが動物とヒトにおいて示された3)。
このように、D-プシコースは自然界に存在する単糖であり、単にノンカロリー甘味料であるだけでなく、糖代謝・脂質代謝に対して抑制的な作用を持ち、過食に偏りがちな現代人を生活習慣病から守ってくれる新素材と言える。またその安全性もヒト試験で確認されており、米国食品医薬品局(FDA)からも食品に与えられる安全基準の合格証(GRAS Notice No. GRN 000498)を獲得した。今後、糖尿病(インスリン抵抗性)や肥満などメタボリックシンドロームの予防・改善が期待される食品素材としての大規模な展開が考えられる。
3.D-アロースの機能
D-アロースは、D-グルコースのC-3位エピマーの六炭糖アルドースであり、最近になってインドの海藻や胎児のさい帯血に含まれていることが報告された。D-アロースは、D-プシコースを原料としてラムノースイソメラーゼにより酵素法で生産されている。D-アロースは、甘味度は砂糖の8割程度で、砂糖に近い自然な味質を持つ。経口摂取したD-アロースは代謝を受けず、24時間以内に9割以上が尿中に排せつされるため、摂取されたD-アロースの大部分がエネルギーとして利用されない。
D-アロースは抗酸化作用を有することが示されている。カテキンやビタミンCなど還元力を機序とする抗酸化剤とは異なり、種々のストレス時に細胞から発生する活性酸素を抑制することが特徴である。血管内皮などの細胞から発生する活性酸素が血圧上昇を誘発する一因となっているが、D-アロースは血管での活性酸素産生を抑え、血圧上昇を抑制した4)。この他にも、活性酸素が関与する種々の病態(脳梗塞、心筋梗塞などの虚血性疾患、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患、肝臓移植や皮膚移植など)において、いずれもD-アロースが抗酸化物質として働いているエビデンス(科学的根拠)がある5)。
D-アロースのもう一つの特筆すべき作用にはがん細胞増殖抑制作用がある6)。D-アロースががん細胞に作用するとがん抑制遺伝子産物であるTXNIP(Thioredoxin interacting protein)の発現を促進することを明らかにした。TXNIPはがん細胞の細胞分裂を抑制するのでがん細胞が増えない。動物実験においてもがん細胞の増殖をD-アロースが抑えることを示すことにも成功している。D-アロースを、前がん状態の患者や今後発がんの可能性の高い病態の方に「予防的に用いる」というような用法が可能であるかもしれない。D-アロースは、医療用食品、医薬品、医薬部外品としての開発などにつながっていくと思われる。
4.今後の展望
希少糖プロジェクトでは、これまで香川県、香川大学を中心とした産学官連携事業として研究が進められ、希少糖D-プシコースなど数種の希少糖を含む「希少糖含有シロップ」が平成25年に事業化された7)。
27年3月に世界保健機関(WHO)が新指針を出した。それによると「1日の摂取カロリーに砂糖などの甘味糖質が占める割合を5%未満に抑えることが望ましい」としている。つまり砂糖を1日25グラム以内に抑えるということである。日本人の砂糖の1日当たりの平均摂取量は約50グラム程度であるから、約半分にカットすることが必要になるが、簡単なことではない。カロリーがゼロな上に機能性を持つ希少糖を活用することにより、食生活・食習慣を大きく変えることなくこの目標を達成することができると考えている。
希少糖には今回取り上げたD-プシコースやD-アロース以外にも多くの種類があり、機能解明の研究を継続して実施することが重要である。このような優れた糖質素材の存在を広く浸透させることがわれわれの使命であり、香川発、日本発の機能性素材として世界に向けて発信し、生活習慣病など闘う世界中の人々に貢献していきたいと考えている。「希少糖」の持つ力(機能)を発掘して生活習慣病を減らせる日は近いかもしれない。
参考文献
1)Hossain A, et. al. (2015)「Rare sugar D-allulose: Potential role and therapeutic monitoring in maintaining obesity and type 2 diabetes mellitus」『Pharmacology& Therapeutics』(155)pp.49-59.
2)Iwasaki Y, et. al.(2018)「GLP-1 release and vagal afferent activation mediate the beneficial metabolic and chronotherapeutic effects of D-allulose」『Nature Communications』9(1)pp.113-29.
3)Kimura T, et. al.(2017)「Rare sugars, d-allulose, d-tagatose and d-sorbose, differently modulate lipid metabolism in rats」『Journal of the Science of Food and Agriculture』doi: 10.1002/jsfa.8687.
4)Kimura S, et. al.(2005)「D-allose, an all-cis aldo-hexose, suppresses development of salt-induced hypertension in Dahl rats」『Journal of Hypertension』23(10)pp.1887-94.
5)Liu Y, et. al.(2014)「The effects of D-allose on transient ischemic neuronal death and analysis of its mechanism」『Brain Research Bulletin』(109)pp.127-31.
6)Yamaguchi et. al.(2008)「Rare sugar D-allose induces specific up-regulation of TXNIP and subsequent G1 cell cycle arrest in hepatocellular carcinoma cells by stabilization of p27kip1」『International Journal of Oncology』32(2)pp.377-85.
7)松崎 隆司(2015)『香川発 希少糖の奇跡:太りにくい「夢の甘味料」』日経BP社、ISBN 978-4-8222-2084-6
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