野良イモ対策と環境負荷低減を両立する最適な土壌凍結深
最終更新日:2018年4月10日
野良イモ対策と環境負荷低減を両立する最適な土壌凍結深
2018年4月
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター
生産環境研究領域 寒地気候変動グループ グループ長 広田 知良
【要約】
北海道・道東地方において、土壌凍結深の長期的な減少傾向に伴い、収穫漏れしたばれいしょの越冬・雑草化する野良イモの問題解決するために開発された雪割りによる土壌凍結制御技術手法は、凍結する深さを30センチメートル前後に制御することで野良イモを防ぎつつ、畑からの温室効果ガスの放出や肥料成分の流出も抑えられることを明らかにした。開発した新たな最適土壌凍結深による制御は、気候変化への適応にとどまらず、気候変化の緩和、農業生産性の向上、そして環境負荷の低減も同時に実現可能となる1)。
はじめに
北海道東部(道東)は、寒さが厳しく積雪が少ないため、冬に畑の土が凍結する。しかし近年、道東地方では初冬の積雪量が増加し、土壌凍結が浅くなってきている
2)。その結果、畑で収穫漏れしたばれいしょが凍結死せず、翌年に雑草化し「野良イモ」となる問題が十勝地方、オホーツク地方で深刻化している。野良イモは、雑草として畑地の肥料分を収奪して輪作の後作物の生育を阻害する他、病害虫の温床、異品種イモの混入要因にもなる。十勝地方は1戸当たりの畑面積が数十ヘクタール以上にも及ぶ大規模畑作地帯である。野良イモの防除には人力による抜き取り作業を強いられ、暑い農繁期に1ヘクタール当たり1人で数十時間にも及ぶ重労働を要す。その対策として、生産者により畑の雪を縞状に除雪して土壌を人為的に凍らせて野良イモを凍結死させる「雪割り」が十勝地方で始まった(
写真)。しかし、勘と経験による雪割りでは野良イモ発生防止の確実性に問題があった。そこで私たちは「雪割りによって土壌凍結深を制御する手法」を開発し
3)、雪割りによりイモの越冬を効果的に防止できる方法を提案した。雪割りの作業時間は1ヘクタール当たり数十分程度であり、大幅な省力化が実現した。さらに、本手法をサポートする情報がWeb発信され、十勝地方で利用されている
7)。この場合、野良イモ防除を確実に実施し、かつ過度な土壌凍結による悪影響の懸念を抑える観点から、最適な土壌凍結深は30〜40センチメートルとしていた
3)4)。
過度な土壌凍結の悪影響とは、一般に、土が深く凍ると融雪水が土中に浸透し難くなることで、畑の土壌の乾きや地温の上昇が遅れ春作業の開始が遅れる5)という営農上の問題に加えて、土壌凍結が深く、畑の土壌が湛水条件になると温室効果ガスでありオゾン層破壊ガスである一酸化二窒素(N2O)の土からの排出量が増加するという環境上の問題があることも明らかになっている8)。従って、土壌凍結深は野良イモ発生を十分抑えられる範囲でできるだけ浅く制御する必要がある。一方、土が深く凍ることが化学肥料などに由来する硝酸態窒素の地下水・河川・海への流出を抑え、水質汚染を防ぐという環境保全的側面もある6)。そのため、これらの環境に与える影響も考慮し、野良イモ防除などの生産性の向上と環境負荷低減を両立する最適な土壌凍結深の探査を行ったので、この成果を紹介する1)。
1.野良イモ防除などの生産性向上と環境負荷低減を両立する土壌凍結深
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)北海道農業研究センターで2005年から2013年にわたり火山灰土壌の畑で自ら蓄積したデータを統合的に精査することで、農業生産性を高めつつ環境負荷を小さく抑える土壌凍結深制御の目標値を探査した。年最大凍結深が28センチメートルより深ければ野良イモの発生はほぼ抑制できることが確認され、また、土壌凍結深が深くなることにより融雪水が浸透しにくくなる効果が強くなることと、硝酸態窒素が融雪水に流されず土に残りやすくなることとがバランスする年最大凍結深が33センチメートルであることを見い出した(
図1、
2)。一酸化二窒素の排出リスクは年最大凍結深が深いほどそのリスクは高まる傾向があったことから従来提案していた年最大凍結深40センチメートルより浅く土壌凍結深を制御することが望ましいと考えられていたところ、農業生産性の向上と環境負荷の低減を両立する土壌凍結深制御の目標値として新たに、年最大凍結深約30センチメートル(28〜33センチメートル)を提案した
9)。なお、透水性の低い
圃場では土壌凍結深が33センチメートルでは融雪水が浸透しにくくなる可能性があり注意が必要である
1)。
2.今後の展望
土壌凍結深を深さ30センチメートル前後に適切に制御することは、農研機構北海道農業研究センターで開発した雪割りによる土壌凍結深制御手法を用いることにより達成可能である。従って、農業生産性の低下や環境負荷の増大といった副作用を起こさない野良イモの退治を、生産者自身による雪割りで実現することが可能となる。さらに、硝酸態窒素の残留の効果は、野良イモ対策を主たる目的としない、生産性向上のための土壌凍結深制御へと発展する。土壌凍結深30センチメートルの達成により、畑地の物理性改善や窒素溶脱低減を介して作物の生産性が向上することも、この後の研究・技術開発で明らかにされたところである9)。
参考資料
1)Y.Yanai、Y. Iwata、T. Hirota(2017)「Optimum soil frost depth to alleviate climate change effects in cold region agriculture」『Scientific Reports』(7)44860; doi: 10.1038/srep44860
2)T.Hirota、Y. Iwata、M. Hayashi、S. Suzuki、T. Hamasaki、R. Sameshima、I. Takayabu(2006)「Decreasing soil-frost depth and its relation to climate change in Tokachi, Hokkaido, Japan」 『Journal of the Meteorological Society of Japan』(84)pp.821-833
3)T.Hirota,T、K.Usuki、M.Hayashi、M.Nemoto、Y.Iwata、Y.Yanai、T.Yazaki、S.Inoue(2011)「Soil frost control: agricultural adaptation to climate variability in a cold region of Japan」『Mitigation and Adaptation Strategies for Global Change』(16.)pp.791-802.
4)広田知良(2013)「土壌凍結深の制御による野良イモ対策技術の開発」『砂糖類・でん粉情報』(2013.11)pp.35-39. https://www.alic.go.jp/joho-d/joho08_000357.html(アクセス日:2018年3月8日)
5)Y.Iwata、M. Hayashi、S. Suzuki、T. Hirota、S. Hasegawa(2010)「Effects of snow cover on soil freezing, water movement, and snowmelt infiltration: A paired plot experiment」『Water Resources Research』 (46)W09504,doi:10.1029/ 2009WR008070.
6)Y.Iwata、T. Yazaki、S. Suzuki、T. Hirota(2013)「Water and nitrate movements in an agricultural field with different soil frost depths: field experiments and numerical simulation」『Annals of Glaciology』(54)pp.157-165.
7)T.Yazaki、T. Hirota、Y. Iwata、S. Inoue、K. Usuki、T. Suzuki、M. Shirahata、A. Iwasaki、T. Kajiyama、K. Araki、Y. Takamiya、 K. Maezuka(2013)「Effective killing of volunteer potato (Solanum tuberosum L.) tubers with soil frost control using agrometeorological information–an adaptive countermeasure to the climate change utilizing climate resources in a cold region」『Agricultural and Forest Meteorology』 (182-183)pp.91-100.
8)Y.Yanai、T. Hirota、Y. Iwata、M. Nemoto、O. Nagata、 N. Koga(2011)「Accumulation of nitrous oxide and depletion of oxygen in seasonally frozen soils in northern Japan–Snow cover manipulation experiments」『Soil Biology and Biochemistry』 (43)pp.1779-1786.
9)北海道立総合研究機構農業研究本部、農研機構北海道農業研究センター(2018)「土壌凍結深制御技術による畑地の生産性向上」 http://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kenkyuseika/gaiyosho/30/f2/12.pdf (アクセス日:2018年2月25日)
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