生分解性マルチフィルムによるかんしょ栽培の省力化
最終更新日:2020年2月10日
生分解性マルチフィルムによるかんしょ栽培の省力化
2020年2月号
鹿児島県経済農業協同組合連合会 園芸事業部 園芸資材課
独立行政法人農畜産業振興機構 調査情報部 企画情報グループ
【要約】
生分解性マルチフィルムは、圃場にすき込むことで分解され、収穫時の剥ぎ取り作業が不要なことから省力化につながり、年々利用が拡大しています。鹿児島県経済農業協同組合連合会では独自に生分解性マルチフィルムを開発し、かんしょを中心に普及を進めています。
はじめに
かんしょ栽培におけるマルチフィルム(以下「マルチ」という)の使用は、雑草の防除や地温の保持などの効果により生育の安定に役立ちます。一方で、収穫時のマルチの剥ぎ取り作業は人力で行われていることが多く、規模の拡大や農家の高齢化に伴い、作業負担はさらに大きくなり、作業の省力化が望まれています。生分解性マルチは圃場にすき込むことで、土壌中の微生物により分解されることから、剥ぎ取り作業が不要で、収穫時の作業量の低減に有効です。鹿児島県経済農業協同組合連合会では、JAグループで初めて独自に生分解性マルチを開発し、鹿児島県の基幹作物であるかんしょを中心に普及を進めています。本稿ではこの生分解性マルチを用いたかんしょ栽培の省力化の取り組みについて紹介します。
1.開発の経緯
〜奥さんの負担を軽くするために〜
今回開発した生分解性マルチ「あいさいマルチ」の名前には「愛する妻」と「愛する野菜」の2つの意味が込められています(写真1)。かんしょ栽培では一般的に1月ごろから育苗作業が始まり、春先から初夏にかけて植え付けが行われ、秋から12月上旬ごろにかけて収穫が行われます(図1)1)。慣行の収穫作業ではまず茎葉処理(地上部のつるを切ること)を行い、マルチフィルムの除去作業、いもの掘り取りと続きます。昔から多くのかんしょ農家では、旦那さんが茎葉処理を行い、奥さんが後ろからついていきながら、マルチの剥ぎ取り作業を行うのが一般的でしたが、茎葉処理のペースに合わせてマルチを剥ぎ取り土を落としていくのは重労働である上、マルチをたたんで処理場まで持っていく作業なども発生します。また、茎葉処理の際にマルチに切り込みを入れてしまうと、途中でマルチが破けることによりさらに作業負担が増してしまうことから、旦那さんは慎重に作業を進めていかなければならず、作業効率が落ちてしまいます。このような労力の削減を望む声に応えて、平成20年ごろから生分解性マルチの開発に取り組み、奥さんの作業負担を軽くするとともに、愛する野菜がすくすくと育つことに期待を込めて、あいさいマルチと名付けました。
〜農家とともに開発〜
当初は既存の生分解性マルチの活用も検討しましたが、一般の非生分解性マルチ(以下「通常マルチ」という)より高価であることに加え、鹿児島県に広く分布するシラス台地(火山灰噴出物などが堆積した台地で保水性に乏しく、乾燥に強いかんしょの栽培に向いている)などでは分解が遅いなど、より使い勝手の良い素材、製品を求める声があったことから、独自に開発を進めることになりました。地元の農家、農協、資材メーカー、行政機関などと相談しながら栽培試験を重ねることで、4年ほど前にようやく求める品質のものが完成し、徐々に受注も増えています。
〜廃プラスチック処理費用の高騰で高まる需要〜
販売の拡大には、廃プラスチックの輸出規制によるマルチ処理費用の高騰も背景にあるとみられます。以前は海外に資源として輸出されるなどして処理されていた廃プラスチックですが、主要な輸出先であった中国が平成29年末に輸入を禁止したことから、日本国内での処理費用が上昇しています。さらに、海洋プラスチックごみ問題が国際的な関心を集める中、令和元年5月に「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約」(以下「バーゼル条約」という)の締約国会議では、バーゼル条約の規制対象に汚れたプラスチックごみを追加する改正が採択されるなど、今後の処理費用のさらなる高騰につながる動きが見られています2)。通常マルチの価格優位性は、このような廃棄処理コストの上昇を背景に低下しており、ますます生分解性マルチへの注目が高まりつつあることなどから、その利用も拡大しています(図2)。なお、今回開発したあいさいマルチは、環境への影響などについても農家に安心して使用していただけるよう、グリーンプラ識別表示制度(生分解性の基準と、環境適合性の審査基準を満たした商品に「グリーンプラ」のマークと名称の使用を認める日本バイオプラスチック協会が管理する制度)の認定を受けています。
2.省力化の効果と使用上の留意点
〜作業の省力化と経営安定に向けて〜
かんしょの収穫にかかる時間は10アール当たり20時間を超え、各種作業の中でも最も多くを占めています(図3)。生分解マルチを活用することで、マルチの剥ぎ取りにかかる作業、その後の処理にかかる作業の労働時間の削減が見込めます。
このため、余力を面積の拡大に充てることや、大麦などの後作の圃場準備を適期に実施することにより収量の向上が期待できるなど、農家の経営の安定につなげることができると考えています。
一方で、通常マルチに比べて高価な資材となることから、地元の工場で製造することにより流通経費を削減する他、JAグループのプライベートブランドとして広告費用などをカットすることにより、従来の生分解性マルチと比較して価格を抑え、経営負担の軽減を図っています。
〜使用上のポイント〜
生分解性マルチの使用に当たっては、いくつか留意点があります。まず、通常マルチと比較すると縦に裂けやすいため、マルチの展張作業時にテンションを緩めに調整する必要があります(写真2)。次に、収穫後は、分解したマルチの他の圃場や周辺畜舎などへの飛散を防ぐために、すぐに複数回すき込みを行う必要があります(写真3)。速やかにすき込みを行うことで飛散を防ぐとともにマルチの分解が促進され、圃場残さによる腐食の増加も進みます。また、製品の特性上長期保管ができないため、保管状態に注意するとともに、購入後は1年以内に使用する必要があります。
この他、地域などによって異なる使用上のポイントがあることから、各地域の農協と連携しながら、動画による正しい使い方の講習会を開催しています。
おわりに
あいさいマルチの出荷量から推測する使用面積は約330ヘクタールで、そのうち約300ヘクタールをかんしょが占めています。かんしょ全体の作付面積全体からの割合はまだ多くないものの、徐々に普及が進みつつあります。かんしょでの実績を踏まえ、サトウキビやサトイモなど他の作物向けの製品の開発も行っています。サトウキビの例では、栽培の北限地である種子島が降霜地帯に位置するため、マルチ栽培が推奨されていますが、剥ぎ取りの労力を削減することによる省力化やマルチ利用率の向上による収量の増加が期待されています。サトイモの例では、収穫時の剥ぎ取り作業を懸念することなく、マルチの上からしっかりと培土を行うことにより生育の安定、収量の向上につながることが期待できるなど、収穫時の省力化のみならず、生分解性マルチの特長を生かした栽培技術の構築に向けて検討を行っています。生分解性マルチの活用が、かんしょを含めた農家の皆さまの省力化の一助となり、経営の発展につながることを期待しています。
〔鹿児島県経済農業協同組合連合会への取材を基に農畜産業振興機構が構成〕
参考文献
1)宮部芳照(2019)「鹿児島県におけるかんしょ栽培の機械化の現状と課題について(前編)」『砂糖類・でん粉情報』(2019年4月号)独立行政法人農畜産業振興機構
2)外務省「バーゼル・ロッテルダム・ストックホルム三条約 合同締約国会議」〈https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ge/page23_002960.html〉(2019/12/5アクセス)
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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