ブラジルにおけるキャッサバおよびタピオカでん粉の生産動向
最終更新日:2020年9月10日
ブラジルにおけるキャッサバおよびタピオカでん粉の生産動向
2020年9月
【要約】
タピオカでん粉およびその原料であるキャッサバの生産は、ブラジルにおける重要な産業の一つである。キャッサバは主に同国の北部、北東部および南部を中心に栽培されているものの、タピオカでん粉生産は、工業が発展している南部に偏在している。このような同国内の地域差が、キャッサバの供給量と価格の不安定な状況を招き、タピオカでん粉輸出の足かせとなっている。
はじめに
南米にあるブラジルでは、日本の約22.5倍という広大な国土を背景に大規模農業が展開され、タピオカでん粉の原料となるキャッサバ(写真1〜3)は、ポルトガルによる植民地化が始まる16世紀以前から栽培されてきた。国連食糧農業機関(FAO)によれば、2018年には世界第5位の生産量を誇り、同国においてはサトウキビ、大豆、トウモロコシに次ぐ主要農産品(生産量ベース)として挙げられる。
しかし、輸出志向型の砂糖や畜産物と異なり、キャッサバおよびタピオカでん粉生産は主に国内市場向けとなっており、輸出は米国や近隣の南米諸国など向けにごく少量しか行われていない。これは、タピオカでん粉の輸出量が、不安定な国産キャッサバの供給量に合わせて大きく変動するためであり、安定した出荷が困難となっていることによるものである。
本稿では、国内の重要な産業であるものの、国際展開に課題が残るブラジルのキャッサバおよびタピオカでん粉生産の特徴や動向について紹介する。
なお、本稿中の為替レートは2020年7月末日のTTS相場の値であり、1ブラジル・レアル=22.29円である。
1.キャッサバの生産動向
(1)主要生産地域
ブラジル地理統計院(IBGE)によると、キャッサバの主要生産地域は北部、北東部および南部であり、北部のパラー州および南部のパラナ州の2州で総生産量の約40%を占めている(図1、2)。
北部と南部では地域的特色が異なっており、北部および北東部では主食としてキャッサバ粉
(注1)の消費量が多いこと、また、北東部の内陸は乾燥地帯となっており牧草が育ちにくいため、家畜の飼料としてキャッサバの需要が高いことが特徴として挙げられる。一方、南部では亜熱帯地域で降雨量が比較的多く、また工業が発展しているためキャッサバの加工技術が発達、普及している。
(注1)乾燥したキャッサバを挽いて粉にしたもの。北部および北東部では、コメと共に主食の一つとなっている。
(2)生産動向
ブラジルにおけるキャッサバの作付面積および生産量を見ると、2008年をピークに減少傾向に転じ、2017年に作付面積は128万ヘクタール(前年比10.6%減)とかなりの程度減少し、生産量は1850万トン(同12.0%減)と1998年以来、19年ぶりに2000万トンを割った。翌2018年も作付面積は122万ヘクタール(同4.4%減)、生産量は1765万トン(同4.6%減)と、ともにさらに減少した(図3)。これは、国民所得の向上を背景に、特に北部および北東部においてキャッサバ粉を中心としていた食生活が多様化したことで、キャッサバ粉の消費量が顕著に減少している(注2)ことが一因として考えられる。
(注2)IBGEによると、2008年におけるキャッサバ粉の年間消費量は、北部で1人当たり24キログラム(2002年比30.4%減)、北東部で同10キログラム(同36.9%減)と、ともに6年間で大幅に減少した。
キャッサバの単収を見ると、全国平均は1ヘクタール当たり14.4トンとなっている(表1)。地域別に見ると、北東部は乾燥地帯で干ばつなどの影響を受けやすいため、同8.7トンと全国平均を40%近く下回っている。一方、南部は亜熱帯地域に属し、安定的に栽培が可能であることから、同21.0トンと全国平均を大幅に上回り、南部産は品質も高いとの評価も得ている。
(3)キャッサバ農家への支援
ブラジルにおけるキャッサバ農家の経営形態は家族経営が主流で、所得が低い世帯も多いため、ブラジル農牧食糧供給省(MAPA)の「全国家族経営農家強化プログラム」の対象となるケースが多い(注3)。当プログラムは、農家の生産性向上と雇用の増加を通して、社会的不均衡を是正することを目的に1996年に策定されたもので、種苗の調達資金などの融資、営農指導、農村ツーリズムの推進、食品加工の技能教育、農業保険への加入促進などが行われている。
その他、北部のパラー州では、キャッサバ農家の90%以上が家族経営であることに加えて、最大のキャッサバ生産地であるものの、単収が南部と比較して低いことからタピオカでん粉製造工場の誘致が困難といった問題を抱えているため、同州独自のプログラムとして別途、農家への技術指導などを行う「キャッサバ生産インセンティブプログラム」(注4)が、2018年から実施されている。
(注3)対象農家は、家族労働のみで生産している農家であること、年間所得が35万レアル(780万円:その50%以上が農業所得)以下であること、一定面積の農地を所有していること(地域によって異なる。例:パラナ州では80ヘクタール)などの要件がある。
(注4)当プログラムはキャッサバの増産を通した生活レベルの向上を目的として、州政府および研究機関であるブラジル農牧研究公社(Embrapa)の協力の下、単収向上のための優良品種の普及や、生産コストの増加要因となる雑草管理の指導などが行われている。
コラム1 ブラジルにおけるトウモロコシおよびコーンスターチの生産(1)
ブラジルはコーンスターチの生産国としても知られるが、コーンスターチの原料となるトウモロコシは近年、同国における生産の増加が顕著な作物の一つであり、2018/19年度(10月〜翌9月)において、世界第3位の生産量を誇る。
同国における最大のトウモロコシの生産州はマットグロッソ州、次いでパラナ州、ゴイアス州と中西部を中心としており、この3州のトウモロコシの生産量は、同国の総生産量のうち約60%を占めている(コラム1−図1、2)。
ブラジル国家食糧供給公社(CONAB)によると、トウモロコシの生産量は2000年代に入ってから急増しており、2010年代の年平均増加率は7%を超えている(コラム1−図3)。これは(1)トウモロコシの単収が向上していること(注) (2)ブラジル国内の養豚や養鶏の飼養頭羽数の増加に伴って飼料用トウモロコシの需要が急増していること(3)国際市場における需要の高まりを受け輸出機会が増加していること―などが要因として挙げられる。ただし、同国では、第2作トウモロコシ(大豆の収穫後に播種を行う秋植え)の生産が中心となっているため、トウモロコシの生産量は大豆の作付けや収穫時期の変動によって増減する傾向にある。
2018/19年度は、第2作トウモロコシの作付けが順調に進んだことや、生育中の天候に恵まれたことで、生産量は1億トン(前年度比24.0%増)と大幅に増加し、過去最高の生産量となった。
(注)ブラジルのトウモロコシの単収は、1980/81年度から現在までに3倍以上に増加しており、2018/19年度には1ヘクタール当たり5719キログラムとなっている。しかし、同1万1000キログラムを超える米国にはまだ及ばない。
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2.タピオカでん粉の生産動向
サンパウロ大学農学部応用経済研究センター(CEPEA)によると、ブラジルはもともとキャッサバ粉の生産を中心としてきたが、1980年代にタピオカでん粉の製造へ転換が進み、現在では大手企業を中心に天然でん粉から化工でん粉へ生産を移す動きが見られる。
(1)主要生産地域
タピオカでん粉は、工業が発展している南部および中西部を中心に生産されている(図4)。タピオカでん粉生産量第1位を誇るパラナ州は亜熱帯地域であるため、年間を通してキャッサバの収穫が可能であり、かつ品質が高いという特徴がある。続く第2位のマットグロッソドスル州はパラナ州よりも気温が高く、品質も高い(水分含有量が少なく、相対的にでん粉含有量が多い)ことから、同州でタピオカでん粉製造企業数が増加している状況である。
(2)生産動向
直近6カ年におけるタピオカでん粉の生産量を見ると、42万〜75万トンで推移している(表2)。生産量は、おおむね原料であるキャッサバの生産量に合わせて増減しているが、2016年から2年連続で減少しているのは、ブラジル全体における経済の後退(注5)が影響しているとみられている。2018年は回復して、53万6611トン(前年比27.1%増)と前年から大幅に増加し、2019年は60万トンを超えると予測されている。また、2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大する中、CEPEAなどがタピオカでん粉製造企業を含むでん粉産業関係者166人を対象に行った調査によると、感染の拡大防止を目的に人の移動などが厳しく制限されたことで、従業員の出勤や原料の調達が困難となり、調査対象の6割弱で減産となっているとの回答があった(2020年7月30日時点)。
なお、タピオカでん粉は天然でん粉と化工でん粉に分けられ、それぞれの生産量のデータは公表されていないものの、現地関係者によると、総生産量のうち約70%が天然でん粉、残り約30%が化工でん粉に当たると言われている。
(注5)IBGEによると、ブラジルの実質GDP成長率は2015年にマイナス3.5%、2016年にマイナス3.3%、家計支出はそれぞれマイナス3.2%、マイナス3.8%となった。
(3)消費動向
タピオカでん粉生産量のうち80%程度が食品向けとなっており、タピオカでん粉そのものとして流通する他に、タピオカ(注6)、パスタ、ビスケット、ポンデケージョ(注7)、食肉加工品(注8)用途でも流通している(表3)。中でも、国内外における食肉の需要増加に伴い、食肉加工メーカーへの出荷割合が増加している。
残りが工業用などで、製紙向けが最大となっている。これはタピオカでん粉の透明度が高いためで、主に高級紙に用いられている。
(注6)タピオカでん粉に水と保存剤を加えたもの。タピオカはフライパンに敷いて加熱すると固まり、それにジャムなどの具材を入れて、クレープのように巻いて食べる(写真4)。主に北東部で食されているが、近年、南部や南東部でも普及し、需要が増加している。
(注7)主にブラジルで朝食や軽食として親しまれているパンの一種。タピオカでん粉とチーズが1:1の割合で入っている。なお、ポンデケージョには、化工でん粉が用いられることが多い。
(注8)つなぎとしての働きがあり、主にソーセージに用いられている。タピオカでん粉はコーンスターチと比較して低温で糊化するという特性を有し、加工時における食肉への影響が少ないとして高く評価されている。
コラム2 ブラジルにおけるトウモロコシおよびコーンスターチの生産(2)
ブラジルで生産されたトウモロコシは、国内では主に飼料用およびコーンスターチ向けを含む工業用として流通している。
トウモロコシの需要の内訳を見ると、2010/11年度(10月〜翌9月)は、国内向け飼料用が約3分の2を占めており、主に国内需要を中心としていた(コラム2−図)。しかし、2018/19年度には、飼料用の需要は依然として高く増加しているものの、それを上回る形で、輸出向けが2010/11年度から4.3倍(注1)、工業用が同1.9倍と大幅な増加が見られた。
(注1)2019年は、トウモロコシの最大の生産国である米国の天候不順とブラジルの通貨レアル安により国際競争力を増して、輸出量は4272万トン(前年比86.2%増)と大幅に増加した。そのうち、日本向けが673万トン(同28.3倍)で最大の輸出相手先となった。
IBGEの工業生産年次調査(2017年)によると、ブラジルには32社のコーンスターチ製造企業があるが、大手企業の寡占が進んでいる。また、同国にはコーンスターチの業界団体が存在しないため、一般的なコーンスターチの生産量は公表されていないものの、同調査によると、コーンスターチおよび糖化製品(注2)の生産量は年間156万〜200万トンとなっている(コラム2−表)。
ブラジルのコーンスターチはタピオカでん粉と同様、主に国内市場で消費される。最も普及しているコーンスターチ製品は、1930年からブラジルで現地生産されているマイゼーナ(Maizena)である。同製品は、ブラジルの家庭ではばれいしょでん粉と同様にとろみ付けなどの用途で使用されており、同製品名がコーンスターチの代名詞となっているほど、消費者に浸透しているという。
(注2)ブラジルのタピオカでん粉製造企業による糖化製品の製造はほとんど行われていないため、本稿では糖化製品はコーンスターチ由来とみなす。
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(4)価格動向
キャッサバおよびタピオカでん粉の価格は相関関係にあるが、2018年以降の推移を見ると、最高価格と最低価格の差が2倍以上あり、非常に値動きが激しい(図5)。価格変動は、主にキャッサバの供給量に左右されるが、現地関係者によると、広大な国土を有するブラジルでは主産地間でのキャッサバの生育に差が生じることが多く、例えば南部のパラナ州で供給量が安定していても、干ばつ被害で北東部などの供給量が減少した場合、南部に原料を求めることがあり、それが価格を押し上げる要因になっているという。供給量と価格が不安定なため、契約による安定した供給が求められる国際市場への対応が困難なことから、輸出量および輸出単価も大きく変動している(図6)。
また、タピオカでん粉はキャッサバ処理の機械化が進んでいないことが生産コスト削減のネックとなっており、トウモロコシの増産によって生産コストが低下したコーンスターチとの価格差は30%程ある(注9)。
(注9)タピオカでん粉とコーンスターチは主に化工でん粉の分野で競合関係にある。両者の価格差が大きくなると、タピオカでん粉が持つ品質面での優位性(低温での糊化など)を価格差で賄えなくなり、タピオカでん粉の代替としてコーンスターチが使用されることとなる。
(5)タピオカでん粉製造企業
ブラジルにおけるタピオカでん粉工場(写真5〜7)数は70前後で推移しており、過去10年で大きな変化は見られない(表4)。そのうち約60%は天然でん粉のみの取り扱いであり、残りは化工でん粉も製造している。このように工場数が一定であるところ、稼働率は約30〜46%と低く、課題の一つとなっている。
タピオカでん粉製造企業は原材料の供給面から、以下の三つに分類される。
(1)自家生産したタピオカでん粉を出荷する企業(約20%)
(2)自家生産に加えて、状況に応じて他社のタピオカでん粉も仕入れ、出荷する企業(約80%)
(3)すべて他社からタピオカでん粉を仕入れ、出荷する企業(ごく少数)
大半の企業は(2)に該当するが、これはキャッサバ供給量の不安定さが影響しているとみられ、状況に応じて他社製のでん粉を調達することで生産を賄っている。(3)に該当する企業は主に化工専門企業であるが、これらは化工でん粉の中でもより高度で特殊な製品に特化して製造している。
(6)でん粉製品の流通
食品用途のタピオカでん粉をはじめとするでん粉製品は、(1)代理店や卸売業者を介す場合(2)小売に直接販売される場合―があるが、(1)は主に小規模な小売店や地方向けの販売ルートとなっており、大手企業は(2)のルートでの販売が多いのが特徴である(図7)。これは、少数の寡占状態となっている大規模小売業者は代理店を介さずに交渉が可能であることや、流通の間に業者が入るごとに積み上がるブラジルコスト(注10)などの積み上げを避けるためである。
工業用に製造されるでん粉は、企業が直接販売を行う場合と代理店を介す場合がある。特殊なものでない限り、ユーザーの購買の便宜上、代理店経由での販売が多いのが特徴である。
(注10)ブラジルは税務、労務、物流、治安などでさまざまな課題を抱えており、これらを総称して「ブラジルコスト」と言う。
おわりに
世界有数のキャッサバ生産国であるブラジルは、世界有数の需要国でもあり、キャッサバおよびタピオカでん粉生産は、同国の生活などを支える重要な役割を果たしている。
しかし、主要生産地域である北部と南部では気候や経済状況が異なる状況にあり、特に北部や北東部では安定したキャッサバの生産や、タピオカでん粉製造工場の誘致が課題となっている。このような状況を受けて、MAPAや研究機関などでは、従来から原料の生産性向上策をはじめとしたさまざまな施策により事態の改善に取り組んでおり、さらなる効果発現を目指し州独自による展開も始まっている。今後、こうした動きが奏功し、キャッサバの供給量と価格の安定化が図られていくのか、引き続き同国におけるキャッサバおよびタピオカでん粉の生産や輸出の動向に注目していきたい。
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