改正前の種苗法では、育成者権者の利益保護と円滑な種苗の流通の確保を図る観点から、育成者権者等の行為等により登録品種の種苗、収穫物または加工品が譲渡されたときは、当該登録品種の種苗を生産する行為および当該登録品種を品種の育成に関する保護を認めていない国に対し種苗を輸出する行為(最終消費以外の目的で収穫物を輸出する行為を含む。以下同じ)を除いて、当該登録品種の育成者権の効力は、その譲渡された種苗、収穫物または加工品の利用には及ばない。このため、正規に入手した種苗をUPOV
(注1)加盟国(ただし当該品種を保護対象としている国。以下同じ)へ持ち出す行為は改正前の種苗法では合法となっていた。これは海外へ品種の流出を防止するにはUPOV加盟各国で登録し保護をすれば良いとの条約上の考え方である。
しかし、近年、我が国で育成された登録品種の種苗が、育成者権者の意思に反して海外に流出し、流出先で増殖・産地化が行われる事態が生じている。例えば、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)が育成したシャインマスカットの種苗は、中国や韓国へ流出し、東南アジア等で中国産や韓国産のシャインマスカットが販売されている(図)。
また、令和2年に農林水産省が補助事業で行った調査では、中国と韓国でインターネット販売されている種苗の中に、日本で品種登録されている名称と同じものが36品種あることが判明した(Web調査のため、名称だけの冒用なのか本物であるかは不明)。これらは、我が国で開発された品種が海外で評価を表している一面ではあるが、裏腹に、我が国の農業者の潜在的な販売先の喪失に繋がっており、その逸失利益は計り知れない。このように品種の管理が緩すぎたことで、我が国におけるさらなる新品種の育成意欲や農業者の輸出意欲を阻害していることも容易に考え至る。
また、農作物の中には、栽培条件等により、品種の特性が十分に発現せず、収穫物の品質が大きく左右されるものも存在するところ、国内においても、特に、主要農作物や果樹の主たる育成者権者である都道府県の意図に反する地域に種苗が流出し栽培され、品質が育成者権者の求める品質に達しない品質の生産物が出荷されるようなこととなれば、登録品種の評価の低下を招くとともに、各地で戦略的に取り組まれてきた地域ブランド化の妨げとなり、農業者の意欲をも阻害する事態にもつながる。
さらに、改正前の種苗法では育成者権者等が登録品種の種苗等を譲渡した場合、その転売が行われたとしても個体数を増やすといった行為がない限りは育成者権の効力が及ばない。このため、育成者権者が、登録品種の種苗の輸出を制限したい、地域ブランド確立のため収穫物の生産を自県内に制限しブランド産地化を図りたい、といった意思を有していたとしても、この意思に反する行為を防ぐ余地がなかった。
こうした事情を踏まえ、登録品種の流出等を防ぎ、新品種の育成に対するインセンティブを確保する観点から、改正法では、出願者が、品種登録後に当該品種の種苗の海外流出を制限できる制度、また、国内の栽培地域を制限することがきる制度を創設した。
なお、海外への流出および無断増殖・栽培を防止するためには、改正法施行後も流出・無断栽培リスクの高い海外で品種登録し、侵害等に対応することが重要である。このため、農林水産省では今後も海外出願等を支援していくこととしている。
また、改正前の種苗法で努力義務とされていた登録品種である旨の表示についても、意図せぬ権利侵害を防ぐ観点から、登録品種の種苗を業として譲渡またはその広告等をする者に対して登録品種である旨の表示を法定義務に位置付けて実効性を担保している。さらに、改正種苗法では海外持ち出しを制限する旨等を品種登録出願時に農林水産大臣に届け出ることで、登録後に海外持出等の行為に適切に育成者権を行使できることとなる。このため、水際対策にも非常に有効であると考えている。なお、具体的な届け出方法や表示方法については手引きを参照されたい
(注2)。
(注1)UPOV(ユポフ:INTERNATIONAL UNION FOR THE PROTECTION OF NEW VARIETIES OF PLANTS)条約は、1968年に発効し、締約国は全世界で77カ国・地域となっている。新しく育成された植物品種を各国が共通の基本的原則に従って保護することにより、優れた品種の開発、流通を促進し、もって農業の発展に寄与することを目的とする。このため、UPOV条約においては、新品種の保護の条件、保護内容、最低限の保護期間、内国民待遇などの基本的原則を定めている。
(注2)「利用制限届出の手引き」https://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-36.pdf