みどりの食料システム戦略
最終更新日:2021年11月10日
みどりの食料システム戦略
〜食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現〜
2021年11月
農林水産省 大臣官房バイオマス政策課長 秋葉 一彦
1.はじめに
皆さま方におかれましては、平素より農業の振興にご尽力を賜り、心より感謝申し上げます。
さて、近年、温暖化の影響で、今後も安心して農業を続けることができるだろうかという心配を持たれる方も多いと思います。実際、毎年多くの地域で気象災害が発生し、高温による作物の生育障害も頻発しています。また、肥料等の農業資材は輸入に依存していること、農業従事者の減少や高齢化が進んでいることなど、持続的に農業を営むことのリスクが増大しています。また、世界に目を向ければ、持続可能な開発目標(SDGs)や環境への対応が重要となっており、我が国の食料・農林水産業においても的確に対応する必要があります。
このような危機感のもと、農林水産省では、昨年12月に、農林水産大臣を本部長とするみどりの食料システム戦略本部を設置し、本年5月に、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する新たな政策方針として、「みどりの食料システム戦略」を決定しました。
本稿では、我が国の農林水産業が置かれている現状及びみどりの食料システム戦略の概要についてご紹介します。
2.我が国の農林水産業が直面する課題
日本の年平均気温は、100年当たり1.26度の割合で上昇しており、世界平均の2倍近い上昇率で温暖化が進んでいます(図1)。農林水産業は気候変動の影響を受けやすい産業であり、高温による品質低下や、降雨量の増加、災害の激甚化により、さまざまな被害が発生しています。
2015年の国連総会で採択されたSDGsに多大な影響を与えた考え方に、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)というものがあります(図2)。これは、気候変動、窒素とリンの循環、生物多様性の損失、化学物質による汚染など、人類が今後何世代にもわたって発展・繁栄を続けるための定量的な地球の環境許容量のことであり、この境界を越えると、大規模で急激な、あるいは不可逆的な環境変化が発生するリスクが高まるという考え方を示したものです。既に、種の絶滅の速度と窒素・リンの循環については、高リスクの領域にあると考えられています。
SDGsの17のゴールを階層化したとき、森林、土壌、水、大気、生物資源など自然によって形成される資本(自然資本)は他のゴールを達成するための土台となります(図3)。自然資本から生み出される様々な便益を受け、我々の社会は成り立っています。農林水産業は、適切に行われなければ生物多様性を含めた自然資本の劣化の原因にもなりますが、やり方次第でその維持・増大に貢献することも可能です。つまり、自然資本に配慮した農林水産業は、その維持・増大を通じて、社会・経済・環境の持続可能性の向上に貢献することができます。
一方、我が国の農林水産業の従事者は年々高齢化するなど、労働不足等の生産基盤の脆弱化が深刻な課題となっています。里山林の利用減少や農林業の担い手の不足による耕作放棄地の増加等により、従来、身近に見られた生物種の減少が見られるとともに、鳥獣被害の深刻化にもつながっています。
また、コロナ禍では、穀物輸出国が輸出規制を行うなどサプライチェーンの混乱が発生しました。我が国は、農林水産物のみならず、食料生産を支える尿素、塩化カリウム、リン酸アンモニウムなどの化学原料やエネルギーも定常的に輸入に依存していることから、農林水産物や肥料、飼料などを輸入から国内資源へ転換していくことも重要です。
3.課題解決に向けた取組の現状
農林水産省では、気候変動に適応する持続的な農業の実現に向け、高温耐性品種の開発・普及、温暖な気候を好む作物への転換などの対策を行っています。また、農作物のゲノム情報や生育等の育種に関するビッグデータを整備し、これをAI(人工知能)や新たな育種技術と組み合わせて活用することで、従来よりも効率的かつ迅速に育種をすることが可能となる「スマート育種システム」を開発し、気候変動に対応する品種などの迅速かつ効率的な開発を目指しています。
また、労働力不足が深刻化する中、生産性を飛躍的に高めるロボット、ICT(情報通信技術)などの先端技術の活用が不可欠となっており、例えば、ドローンを使って害虫被害の確認を行い、ピンポイントで農薬を散布することで、農薬使用量を10分の1程度(企業公表値)に削減することが可能です。このように、スマート農林水産業や農林業機械の電化などを通じて、高い労働生産性と持続可能性を両立する生産体系への転換を推進していくことが重要です。
さらに、我が国は肥料原料を輸入に依存していますが、地球全体でみれば窒素やリンの過多が問題となっています。国内で調達可能な産業副産物を活用した肥料は、低コストでの土壌改善に資するだけでなく、家畜排せつ物の処理や食品リサイクルなどにも貢献します。未利用資源を活用することで、輸入に依存しない肥料の製造を目指すことが重要です。
加えて、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産方法である有機農業は、近年、国内外の有機食品市場の規模が拡大していることに対応して、国内の取組面積も徐々に拡大しています。
4.SDGsや環境をめぐる課題と国内外の動向
2050年に世界の人口は97億人に達すると見込まれ、深刻な水不足や経済活動に伴う環境破壊の拡大、気候変動のさらなる進行により穀物価格の上昇による食料不安等のリスクが増大するなどとしてさまざまな国内外の関係機関が警鐘を鳴らしています。
既に諸外国では、環境や健康などに関する戦略を国際ルールに反映させる動きが出ており、EUや米国が意欲的な動きを見せており、特に欧州委員会は、EUの食料システムをグローバル・スタンダードにすることを目指すとしています。本年は、国連食料システムサミットをはじめとして国際会議が多数開催され、我が国でも、SDGsも踏まえ、次世代が安心できる持続可能な食料供給システムを構築していく必要があります。
5.みどりの食料システム戦略の策定
これらの状況を踏まえて、農林水産省では、令和3年5月12日に、「みどりの食料システム戦略」を公表しました(図4)。
「みどりの食料システム戦略」では、2050年までに、(1) 農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現(2)化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減(3)化学肥料の使用量を30%低減(4)耕地面積に占める有機農業の取組面積を25%(100万ヘクタール)に拡大―など、全体で14の目標を掲げており、革新的な技術・生産体系の開発、その後の社会実装により実現していくこととしています。また、本戦略には、個々の技術の研究開発・実用化・社会実装に向けた2050年までの工程表を掲載し、従来の施策の延長ではない形で、サプライチェーンの各段階における環境負荷の低減と労働安全性・労働生産性の大幅な向上をイノベーションにより実現していくための道筋を示しています(図5)。
具体的な取組の一例として、さとうきびや甘藷生産においては自動操舵システム、ドローンを活用した農薬散布、自動かん水システムといったスマート農業技術の導入による労働時間や使用資源の削減・有効活用や生分解性マルチの導入による廃棄作業およびコストの削減、さとうきび由来のバガス(搾汁後の残渣)や家畜排せつ物などの有機資源を有効活用した土づくりなどが挙げられます。
本戦略は、これら生産現場の取り組みに限らず流通・加工・消費に関わるさまざまな関係者がそれぞれの理解と協働の上で実現するものであり、また、欧米とは気候条件が異なるアジアモンスーン地域の新しい持続的な食料システムの取組モデルとして、国際ルールメーキングに参画することも目指します。
6.おわりに
農林水産省では、令和4年度概算要求に、「みどりの食料システム戦略推進総合対策(30億円)」を新規に計上していますが、これは、環境負荷軽減に資する導入可能な技術を組み合わせ、持続的な農業を進める上でのモデル産地を作っていこうという予算です。農業者や事業者、自治体から構成される協議会などで活用いただくイメージです。ぜひご活用いただきたいと思います。
今後、現場との意見交換も随時行う予定です。本稿の読者におかれましても、気軽にお問い合わせいただければ幸いです。皆さまのご健康とますますのご発展を祈念いたします。
みどりの食料戦略WEBページ
URL:
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/index.html
秋葉 一彦(あきば かずひこ)
【略歴】
千葉県出身(山武市(旧成東町))
平成4年3月 農林水産省入省(農蚕園芸局蚕業課)の後、富山県砺波農業改良普及センター、植物防疫課、東北農政局企画調整室、技術会議技術安全課、農林漁業金融公庫食品加工課、農村振興農村政策課、生産局園芸作物課を経て
平成27年1月 生産局農産部農業環境対策課鳥獣災害対策室長
10月 農村振興局農村政策部農村環境課鳥獣対策室長
28年1月 政策統括官付経営安定対策室長
29年7月 生産局技術普及課長
31年4月 大臣官房参事官(経理)
令和3年7月 大臣官房環境バイオマス政策課長(現職)
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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