ジャガイモシロシストセンチュウ抵抗性でん粉
原料用ばれいしょ品種「フリア」
最終更新日:2021年11月10日
ジャガイモシロシストセンチュウ抵抗性でん粉
原料用ばれいしょ品種「フリア」
2021年11月
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター
寒地畑作研究領域 畑作物育種グループ 主任研究員 浅野 賢治
【要約】
2015年に国内で初めてばれいしょの重要害虫であるジャガイモシロシストセンチュウ(Gp)の発生が確認された。発生地域ではGp密度の検出限界以下までの低減を目指し緊急防除が行われている。Gp抵抗性品種は緊急防除終了圃場でのばれいしょ栽培再開に不可欠である。本稿ではGpの発生を受けて開発したGp抵抗性でん粉原料用ばれいしょ品種「フリア」の開発の経緯や特性について紹介する。
はじめに
2015年に北海道内の一部の圃場において、日本で初めてジャガイモシロシストセンチュウ(Globodera pallida、以下「Gp」という)の発生が確認され、2021年5月までに4市町の圃場で発生が確認された。発生地域では現在も植物防疫法に基づく緊急防除が実施されており、Gp発生が確認された圃場ではばれいしょを含むナス科作物の栽培が原則禁止され、防除区域内で生産された作物の移動が制限されるなど地域農業に大きな影響を与えている。緊急防除ではGp密度を検出限界以下まで低減させることを目指し、Gp密度低減効果のある捕獲作物の栽培などが行われている(中西 2019)。発生地域ではばれいしょは秋まきコムギ、てん菜と共に輪作体系上の基幹作物として位置付けられており、緊急防除終了圃場でのばれいしょ栽培再開の要望は高い。令和2年4月23日付け農林水産省消費・安全局長通知の「ジャガイモシロシストセンチュウ再発防止対策指導要領」では、Gpが検出限界以下となった圃場においてナス科植物の栽培を行う場合には「Gpに対して相当の抵抗性を有していると認められる品種を選択すること」としており、緊急防除終了後のばれいしょ作付再開には抵抗性品種の開発が不可欠である。発生が確認された4市町のうち、1町では地域全体で防除が終了し、その他の地域でもGpが検出限界以下となる圃場が増えてきている。
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)北海道農業研究センターは、国内の主なばれいしょ育種機関と連携し2016年度から2020年度まで農林水産省の革新的技術開発・緊急展開事業(うち先導プロジェクト)において、Gp抵抗性品種の開発に取り組んできた。本稿では、先導プロジェクトにおいて開発したGp抵抗性でん粉原料用品種「フリア」の開発経緯や特性について述べる。
1.ジャガイモシストセンチュウ類の特徴
Gpは1972年から国内での発生が確認されているジャガイモシストセンチュウ(G. rostochiensis、以下「Gr」という)と酷似しており、形態的・生態的に区別するのが難しい。GpとGrはともにばれいしょやトマトなどの寄主作物が栽培されると土壌中のシスト内で卵がふ化して幼虫となり、寄主作物の根に侵入して定着し、根内で養分を奪って成長する。雌成虫は球形に膨らみ、雄成虫と交尾後体内に産卵し、やがて表皮が硬くクチクラ化してシストを形成し、卵を内包して10年以上生存可能な耐久態となる(奈良部 2016)。卵は堅い殻に保護されているため、乾燥や低温などに高い耐性を持ち長期間土壌中で生存することができる。コムギやてん菜などの非寄主作物が栽培されている間はシスト内で休眠状態にある一方で、ばれいしょやトマトなどの寄主作物が栽培されるとそれらの根から分泌されるふ化促進物質に反応し、卵からふ化し再び根に寄生して成長、産卵を行い増殖するというサイクルを繰り返す。この長期間生存し、寄主作物が栽培されるとふ化して増殖するという性質からジャガイモシストセンチュウ類の防除は非常に困難であるとされている。
ジャガイモシストセンチュウ類は、ばれいしょなどのナス科植物の根に寄生し、植物から養分を吸収することで、植物の生育を阻害し減収や枯死の原因となる。また、植物防疫法の規定によりジャガイモシストセンチュウ類が一度でも確認された圃場では種いもを生産することが出来ないこととなっており、わが国のばれいしょ生産に対する被害は甚大である。わが国での安定的なばれいしょ生産継続のために、ジャガイモシストセンチュウ類の拡大防止は重要な課題である。
ジャガイモシストセンチュウ類の拡大防止対策として、ばれいしょの連作を避け輪作体系を守る、作業機械に付着した土壌の洗浄を徹底し発生圃場の土壌が未発生圃場に持ち込まれないようにすると言ったまん延防止策に加え、発生圃場では捕獲作物の栽培や土壌消毒を行うことなどが挙げられる(浅野ら 2017)。また、抵抗性品種の作付けも拡大防止対策として重要である。これは抵抗性品種の栽培がジャガイモシストセンチュウ類の増殖を抑制し、密度低減効果を期待することができるからである。なお、GrとGpに対する抵抗性は全く別のものであり、Gr抵抗性品種であってもGpに対しては感受性の品種やその逆もある。わが国ではGpとGrの発生地域は重なっており、両種が混在している事例が多く見られたことから、両種に対する抵抗性を併せ持つ品種が求められている。
2.開発の経緯
先導プロジェクトでは、プロジェクト終了までに既存品種並みの収量性を有し、栽培によりGp密度を低減させられる品種を開発することを目標とした。特に、発生地域での主要な用途であるでん粉原料用の抵抗性品種の開発を最優先し、それ以外の用途の産地にも発生が拡大した際の対策として生食用、業務加工用、ポテトチップス用、暖地二期作向けなどの各用途の抵抗性品種開発も進めた。また、上述の様に開発する品種にはGpとGrに対する抵抗性を併せ持つことも求められた。
抵抗性品種の開発を交配から始めた場合、抵抗性品種が開発されるまでに最短でも10年程度かかり、そこから種いも増殖を経て一般に出回る様になるまでにはさらに3年程度かかる。迅速な抵抗性でん粉原料用品種開発を求めるニーズに対応するために、既存品種や海外から導入された品種、保存していた遺伝資源などの中から抵抗性と収量性を併せ持つ品種を選抜することを最優先し、複数の材料について圃場での栽培特性、収量性などを評価すると共に抵抗性の評価を行った。2016年以降、北海道農業研究センターや道総研北見農業試験場での栽培試験に加え、現地での栽培試験、各種病害虫抵抗性評価試験、でん粉品質評価試験を実施した結果、「フリア」がGp発生地帯のでん粉原料用品種として優れていることが明らかとなった。「フリア」はフランスのばれいしょ育種会社であるGermicopa社によって、「G88TT270004」を母、「Florijn」を父として育成されたGp抵抗性のでん粉原料用品種であり、日本での普及を目指してGp発生確認以前から導入されていた品種である。2018年には試験結果を元に、現地生産者団体から北海道の「馬鈴しょ地域在来品種等の増殖申請受入要領」に基づく原原種の増殖申請が行われた。農研機構種苗管理センターでは、Gp発生に伴い新設されたGp抵抗性品種緊急増殖施設を活用して、「フリア」の原原種生産を通常より前倒しで行っていたことから、速やかな種苗の配付が可能となり2021年から現地での本格的な栽培が開始されている。
3.「フリア」の特性
「フリア」の草型は「コナフブキ」の“茎型”、「コナヒメ」の“中間型”に対して“葉型”、草姿は「コナフブキ」同様の“やや直立”である。茎長は「コナフブキ」「コナヒメ」よりやや短い(図1)。花の色は「コナヒメ」と同じ白で、自然結果は「コナヒメ」と同様にほとんど見られない。塊茎の形は「コナフブキ」の“短卵形”に対して“円形”、目の数は「コナヒメ」同様の“やや少”、目の深さは「コナフブキ」より深い“中”である。塊茎の皮色は「コナフブキ」の“淡ベージュ”に対して“黄”、目の基部の色は「コナフブキ」の“赤”、「コナヒメ」の“白”に対して“黄”、表皮のネットは「コナフブキ」同様の“少”、肉色は「コナフブキ」の“白”に対して“淡黄”である。塊茎の光反応によるアントシアニン着色の強弱は「コナフブキ」同様の“無又は極弱”である(表1、図2)。
上いも重は「コナフブキ」の“中”に対し“重”、上いも数は「コナフブキ」の“やや少”、「コナヒメ」の“中”に対して“多”、上いもの平均重は「コナフブキ」の“重”、「コナヒメ」の“やや重”に対して“中”となっているように、「フリア」は「コナフブキ」「コナヒメ」よりも上いも数が多く、小玉である。上いも収量は「コナフブキ」「コナヒメ」よりも多収だが、でん粉価が「コナフブキ」より4%ほど低く、でん粉収量では「コナフブキ」と同程度となる。熟期は「コナフブキ」並の晩生であるが、試験地や年次によって傾向が異なっており、「コナフブキ」より熟期が遅くなることもある(表2)。
「フリア」の欠点の一つとして小玉であることが挙げられる。小玉はハーベスターからこぼれ落ちて掘り残しとなり、翌年以降の野良いもの原因となる。野良いもは後述するような問題点があることから、「フリア」の栽培時には栽培法によってなるべく大玉化することが推奨される。ばれいしょは一般的に株間を広げることおよび増肥することにより大玉化する。「フリア」の小玉性の改善を目的とし、疎植と増肥を組み合わせた試験を実施した結果、栽植密度および施肥量に対する反応はおおむね「コナフブキ」と同様であることが明らかになった。すなわち、疎植や増肥で大玉化し、両者を組み合わせることにより最も大玉化でき、でん粉収量も多収となる。増肥は基肥窒素増と開花期追肥のいずれの方法でも大玉化の効果が見られ、増肥によるでん粉価の低下は見られなかった(図3)。
4.病害虫抵抗性
Gr抵抗性遺伝子H1による抵抗性品種では、Grのシスト着生はほとんど見られないほぼ完全な抵抗性を示す。一方、Gp抵抗性は抵抗性遺伝子をもつ品種であっても一定数のGpシストが着生するが、感受性品種に比べその数が少ないという定量的な抵抗性を示す。そのため、Gp抵抗性は標準品種との比較により抵抗性を1(弱)―9(強)の9段階のスコアで評価している(坂田ら 2020)。「フリア」のGp抵抗性は“やや強(スコア7)”であり、Gp発生圃場の土壌で感受性品種をポット栽培した場合、Gp密度は栽培前に比べ10倍程度増加するのに対して、「フリア」では3割減とやや低下する(図4)。また、現地Gp発生圃場での栽培試験でも、「フリア」を栽培すると栽培前に比べてGp密度が4割程度減少することが確認された。Grに対する抵抗性も有していることから、Gr密度も他のGr抵抗性品種栽培時同様に低下する。「コナフブキ」がジャガイモYウイルス(PVY)によるYモザイク病に対して“強”であるのに対して、「フリア」では“弱”であり、PVYを接種すると、葉脈えそ、モザイク、れん葉などの症状が現れる。疫病抵抗性は“強”であるが夏疫病の発生は見られるため、疫病の適期防除が出来なかった際のリスク低減としては有効であるが、無農薬栽培は推奨できない。
5.でん粉品質
「フリア」のでん粉は平均粒径が「コナフブキ」より大きく「コナヒメ」並である。リン含量は「コナフブキ」「コナヒメ」よりも高いが離水率は「コナフブキ」並である。糊化特性では糊化開始温度は「コナフブキ」「コナヒメ」並、最高粘度は「コナフブキ」より高く、ブレークダウン(注)は「コナフブキ」より大きい。白度は「コナフブキ」より低く「コナヒメ」並である。実需者によるでん粉を用いた加工製品(さつま揚げ、せんべいなど)の評価試験でも、製品の仕上がりに「コナフブキ」と若干の違いはあるものの、大きな差ではなく「コナフブキ」に近い物性であることが明らかとなった。以上から「フリア」のでん粉は「コナフブキ」に近い特性を有し、一般的なばれいしょでん粉として実用上問題無い品質であると言える。
(注)でん粉と水を撹拌しながら加熱すると、でん粉が糊化し粘度が上昇する。そのまま温度を上昇させ、撹拌を続けるとでん粉粒が崩壊し、粘度が低下する。最も粘度が高いピーク粘度と粘度が低下した後の粘度の差をブレークダウンと言い、でん粉品質の指標の一つとなる。
6.栽培上の注意点
緊急防除終了圃場ではばれいしょの作付けが再開されているが、Gp密度が検出限界以下になっても、Gp感受性品種の作付けは再発リスクを高めるため避けるべきである。また、海外では既存の抵抗性を打破したGpの出現、すなわち、これまで有効だった抵抗性品種を栽培しても増殖可能なGpが出現したという報告がある(Mwangi et al., 2019)。この点はこれまでに打破された報告がないGrとは大きく異なり、まん延防止策を考える上でも非常に重要な点である。日本でも同様の事例が起こる可能性に留意し、「フリア」の栽培に際しては薬剤や捕獲作物を利用して密度を十分低減させた圃場で栽培すること、連作は決して行わないよう適正な輪作体系を維持することが非常に重要である。さらにはやや小玉であるため、掘り残しによる野良いもが発生しやすい。野良いもの発生は輪作の効果を低下させるため、野良いもの発生を低減させることは重要である。前述のように栽植密度をやや疎植にして、窒素を多く施肥することで大玉化し掘り残しを減らすようにするとともに、雪割りや圧雪などの野良いも処理を適切に実施することが望ましい。
「フリア」は、「馬鈴しょ地域在来品種等の増殖申請受入要領」に基づき種いもの増殖が行われている。本制度は、原則として申請のあった地域での種いも増殖を認めるものであるため、申請が行われていない地域での栽培を希望する場合には、本制度に基づき新たに申請する必要がある。しかしながら現時点での種苗管理センターにおける「フリア」の原原種生産数量は限られており、当面は発生地域とその周辺地域に優先的に作付けることが、Gpの封じ込めのために重要であると考える。
7.「フリア」の普及面積と今後の課題
「フリア」の本格的な一般栽培は2021年度から始まり、正確な作付面積は公表されていないが、原原種の出荷計画量からの推定では2021年は100〜200ヘクタールで栽培されているとみられる。現時点で四つの生産者団体から原原種生産の申請が上がっており、今後も1000ヘクタール程度まで普及すると見込まれる。一般栽培開始後これほど速やかに普及するばれいしょ品種は少なく、Gpが発生地域においていかに大きな問題であり、Gp抵抗性品種に対するニーズが大きいかがよく分かる。しかしながら、「フリア」では小玉ででん粉価が低いことに加え、普及に伴いいも離れの悪さという新たな欠点も明らかとなってきており、「フリア」に代わる抵抗性品種を望む声がすでに出てきている。今後「フリア」の欠点を改良した品種の開発を急ピッチで進めなければならない。
また、でん粉原料用以外の産地でもGpの発生が確認されているが、現時点では国内に「フリア」以外に実用的な抵抗性品種はなく、でん粉原料用以外の品種を求める産地に向けた抵抗性品種を開発することも重要である。Gp抵抗性品種の開発は道半ばであり、「フリア」の後継となるでん粉原料用品種の他、さまざまな用途で優れたGp抵抗性品種を育成することはGpの再発やまん延を防止し、今後も安定してばれいしょ生産を継続するために不可欠である。これからも産地の期待に応えられるGp抵抗性品種を育成出来るよう研究を進めたい。
謝辞
「フリア」の開発は、農研機構生研支援センター革新的技術開発・緊急展開事業(うち先導プロジェクト)「北海道畑作で新たに発生が認められた難防除病害虫ジャガイモシロシストセンチュウおよびビート西部萎黄ウイルスに対する抵抗性品種育成のための先導的技術開発」(ID:16802900)の支援を受けて実施したものである。
引用文献
・中西靖裕(2019)「植物防疫法に基づくジャガイモシロシストセンチュウの防除対策の実施状況」『砂糖類・でん粉情報』2019年5月号 pp.50–51.独立行政法人農畜産業振興機構
・奈良部孝(2016)「ジャガイモシロシストセンチュウの形態と生態の特徴」『いも類振興情報』129巻pp.3–7.
・浅野賢治、串田篤彦、奈良部孝(2017)「ジャガイモシロシストセンチュウ対策に係る海外先進地事例調査報告」『農研機構研究報告 北海道農業研究センター』(206),pp.21-48. 農研機構 北海道農業研究センター
・J. M. Mwangi, B. Niere, M.R. Finckh, S. Krüssel S. Kiewnick (2019) Reproduction and life history traits of a resistance breaking Globodera pallida population. J. Nematol. 51 pp.1-13.
・坂田至、相場聡、奈良部孝、浅野賢治(2020)「バレイショのジャガイモシロシストセンチュウ抵抗性検定マニュアル」〈https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/bpmanual.pdf〉(2021/10/11アクセス)
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