久寿餅(くずもち)と発酵小麦デンプン
最終更新日:2023年6月9日
久寿餅(くずもち)と発酵小麦デンプン
2023年6月
東京農業大学農学部デザイン農学科 教授 野口 治子
【要約】
久寿餅とは、小麦でん粉を発酵させた発酵小麦デンプンを原料とした和菓子で、軟らかく歯切れの良い食感が特徴である。久寿餅特有の食感には、小麦でん粉の“発酵”が重要であり、発酵期間中にでん粉粒とでん粉の構造が変化していた。発酵物の中には乳酸菌やでん粉分解能を有する微生物が存在しており、これらの作用が小麦でん粉の特性変化に関わっていた。発酵により小麦でん粉の性状が変化したことで久寿餅の内部は特徴的な構造となり、特有の食感を形成した。
はじめに
「くずもち」には、関西を中心に全国で知られている「葛餅」と東京、神奈川、千葉を中心とした関東で親しまれている「久寿餅」があり、どちらもでん粉に水を加え、加熱して作られる。葛餅はマメ科植物のクズの根より抽出したでん粉(葛粉)を原料としており、吉野葛や吉野本葛などが有名である。葛餅は、葛粉に砂糖と水を加え、加熱しながら全体が透明になり粘りがでるまで練りあげて作られ、透明で軟らかな食感が特徴である。一方、久寿餅(写真)は長期間発酵させた小麦でん粉(以下「発酵小麦デンプン」という)を原料としており、発酵原料には麩製造で副生する小麦でん粉が用いられている。発酵小麦デンプンを原料とする久寿餅は、乳白色の外観で、軟らかいが弾力のある食感と粘りが小さく歯切れがよいのが特徴である1)。2種類のくずもちの違いは、でん粉の起源植物と原料でん粉の発酵の有無であり、この違いが外観や食感の特徴に影響している。特に、発酵小麦デンプンから作られる久寿餅は、長期間の発酵工程を含む和菓子として独特の存在であることから、今回は久寿餅の成り立ちと久寿餅の食感が形成されるまでのメカニズムについて紹介する。
1.久寿餅の由来と麩
久寿餅は、江戸時代後期の関東地方周辺が発祥とされており、江戸の庶民の間では寺社参道の名物として親しまれてきた。その様子は江戸時代後期から明治にかけての庶民の生活を描いた世渡風俗図会に記されている(図12))。令和においても、東京の亀戸天神や池上本門寺、神奈川の川崎大師周辺には、数軒の久寿餅屋が店を構えており、昔ながらの製法で作られる久寿餅を楽しむことができる。
久寿餅と麩には深い関わりがある。麩の製造3)4)では、最初に小麦粉に塩と水を加えこねて生地を作る。この生地を水でもみ洗いするとでん粉は水とともに洗い流され、小麦タンパク質であるグルテンが採集される。グルテンに、もち米の粉を合わせて蒸したりゆでたりして加熱したものが生麩、小麦粉を合わせて焼いたものが焼麩となる。グルテンを採集した残り、つまり洗い流された小麦でん粉(以下「漿粉」という)を含んだ懸濁液を発酵させたものが発酵小麦デンプンであり、発酵小麦デンプンからは久寿餅が作られる。
麩の原形となる麪筋(メンチン)は南北朝時代または室町時代に中国から僧侶によって伝えられた。精進料理の一つとして受け入れられ、社寺や御所のある京都を中心に発展し、さまざまな種類の麩が作られるようになった。江戸時代になると麩の作り方は全国に伝わり、庶民にも広まった。また、江戸時代は本格的な小麦の栽培が始まった時期でもある3)。このような麩と小麦が庶民に身近なものとなった時代背景から、江戸時代後期に久寿餅が生まれ庶民に親しまれるようになったと考えられる。
久寿餅そのものの成り立ちには諸説あり筆者も調査しているところだが、江戸時代以前には漿粉は食用とされることはなかったようである。江戸時代中期に寺島良晏によって編まれた「和漢三才図絵」の巻第百三、小麦の項においても漿粉について、「〜水にまぜると糊になる。表具屋で用いる。」5)と書かれており、掛け軸や屏風などの作製の際、紙の接着に用いられていた。漿粉に水を加え煮て作られた糊は新糊と呼ばれ、接着力が強く乾燥すると硬くなる性質で、現代でも屏風などの表具制作で用いられている。また、大寒の日に炊いた糊をかめに入れ、床下などの冷暗所で数十年寝かせたものは古糊と呼ばれ、糊付けした後も接着面がこわばらず、水を含むとはがれやすい特性を持つことから、現代においても文化財の修復に接着剤として用いられている6)。
2.久寿餅と発酵
久寿餅より以前には食用とされていなかった小麦でん粉が江戸の庶民に人気の菓子となったのには、“発酵”が鍵であると考えている。著者らの研究において、発酵小麦デンプンと発酵させていない小麦でん粉を用いて、糊液の粘度変化と糊液を冷やし固めたゲル(モデル久寿餅)の物性比較を行い、小麦でん粉の特性に対する発酵の影響を検証した。発酵小麦デンプンを水と共に加熱−冷却したときの糊液の粘度は、小麦でん粉に比べて粘度が低く、冷却しても粘度の増加は見られなかった(図2)。
糊液より作成したモデル久寿餅の外観は、発酵小麦デンプンの方が明度(L*値)と透明度が高く、低温(4度)で保存しても色調変化は小さかった。モデル久寿餅の物性は、発酵小麦デンプンが軟らかく、付着性の少ない、噛み応えがない餅となった(図3)7)。
これらのことにより、発酵小麦デンプンは、糊液の粘りが小さく、軟らかいゲルを形成すること、ゲルは硬くなりにくい、老化しにくい性質を持つことが明らかとなった。久寿餅の食感は軟らかく粘りが少ないことが特徴であり、発酵小麦デンプンはそれに近い性質を示した。つまり、久寿餅の独特な食感は、発酵が小麦でん粉の性質を変化させることで作られていたのである。
3.小麦でん粉の発酵
(1)発酵小麦デンプンの発酵工程8)
発酵小麦デンプンの発酵工程を図4に示した。小麦粉に水を加えて混捏し、生地を水洗いするとグルテンが残り、小麦でん粉は水とともに洗い流される。グルテンからは麩がつくられ、でん粉を含む懸濁液は、ふるいにかけられグルテンの残渣が取り除かれた後、発酵槽へと移される。でん粉懸濁液を静置するとでん粉は沈殿するので、上澄み部分は取り除かれる。数回分のでん粉をまとめて屋外の発酵槽へと移し、1年半から2年程度発酵が行われる。発酵中にでん粉が発酵槽の底に堆積してくるので、ある程度の期間が過ぎるといくつかの発酵槽に堆積したでん粉は1カ所の発酵槽にまとめられる。この時、でん粉の上下の入れ替え(天地替え)や蒸発した分の水を追加する作業が行われる。発酵が終わると発酵槽からでん粉を取り出し、水切りして完成となる。発酵初期は界面に固形物(タンパク質)が浮遊しているが、発酵が進むと消失し、でん粉は沈殿するので上澄みの濁度は低下する。グルテンから分離した小麦でん粉懸濁液と発酵液のpHを測定したところ、懸濁液はpH6.9と中性であったが、発酵槽に移行させるとpH4.2となり、発酵期間を通じて酸性(pH1.9〜4.2)であった。各発酵液中からは乳酸が多く検出されており、乳酸菌により発酵液の酸性が維持されていると考えられた。
(2)発酵期間における微生物叢の変化
発酵の出発点である小麦でん粉懸濁液は中性でにおいもないが、発酵が進むにつれて発酵液は酸性となり、次第に強いチーズのようなにおいがしてくる。発酵槽の表面には初期には細かな気泡が見られる。このような発酵物の変化は微生物の働きによるものと考え、各工程における微生物(細菌、乳酸菌、カビ・酵母)の生菌数を測定し、発酵における微生物叢の変化を調べた。発酵槽に移す直前の一時貯蔵、発酵1日目、1〜12カ月と発酵終了した発酵小麦デンプンより採取した発酵物の中の微生物を中性と酸性の培地を用いて培養した。調査の結果、各発酵物から細菌、乳酸菌、カビ・酵母の微生物が分離され、生菌数や各微生物の存在比率は変化していた(図5)。また、酸性の培地でも微生物は増殖しており、発酵期間と同じ酸性環境でも生育できることを確認した9)。さらに詳細に微生物種の変化を調べたところ、各期間により存在する微生物の種類は変動しているが、いずれの微生物も発酵直前の一時貯蔵の発酵物より分離された微生物群に含まれていた。このことから、一時貯蔵の槽にいる微生物が発酵のスターターの役割を果たしていると推測した9)。発酵槽は屋外にあるため外気温に応じて発酵槽中の温度も変化する。また、天地替えの作業により発酵槽へ酸素が供給され、加水により有機酸が薄められpHが一時的に上昇する。このような環境変化の影響を受け、微生物叢は変化するものと考えられる。
これらの微生物の働き、特に微生物が生産する酵素が小麦でん粉の性質を変化させると予想し、でん粉を分解するα-アミラーゼ、食物繊維を分解するセルラーゼ、タンパク質を分解するプロテアーゼの3種の酵素を生産する微生物の探索を行った10)。α-アミラーゼ生産菌とプロテアーゼ生産菌はすべての発酵期間で、セルラーゼ生産菌は一時貯蔵を除く発酵期間で確認された。アミラーゼ生産菌については酸性条件でも酵素を生産することや生でん粉分解能を有する菌も存在することを確認した。発酵中と同じ酸性環境下で生育が可能であり、小麦でん粉に作用できる酵素を生産する微生物が複数分離されたことから、これらが発酵小麦デンプンの特性形成に関与すると考えられる。
(3)でん粉の変化
発酵期間中に小麦でん粉がどのように変化するのかを調べるため、でん粉の外観の変化を観察した(図6)。小麦でん粉には大粒子と小粒子の2種類があり、発酵後には大粒子の一部が崩れたような形状のでん粉が見られ、その割合は発酵後期に多く観察された9)。さらに、発酵前後のでん粉を調べたところ、小麦でん粉を発酵させるとアミロース含量は減少し、アミロペクチンの分岐鎖は短くなっていた7)。このように、発酵中に小麦でん粉粒の形状とでん粉を構成する糖鎖の長さも変化することで、でん粉の粘度やゲル物性が変化し、発酵小麦デンプンに特徴的な性質が形成されていく。先にも述べたように、発酵小麦デンプンから作ったモデル久寿餅の硬さは発酵していない小麦でん粉から作った餅とは異なる特徴を示しており、この違いは発酵によりでん粉の構造が変化したことが原因となっていた。
4.久寿餅の食感
久寿餅は、発酵小麦デンプンと水のみで作られており、その味は淡泊であることから、久寿餅のおいしさは食感にあると考えた。久寿餅の食感を団子やわらび餅、ようかんといったでん粉を主原料とする和菓子と比べてみると、久寿餅の硬さは団子と同じくらいだが、付着性は小さいことがわかり、久寿餅の特徴である歯切れの良さを反映していた1)。この食感の違いは、食品内部の微細構造の違いにあると考え、久寿餅と団子の内部構造を電子顕微鏡にて観察した(図7)3)。久寿餅の内部にはでん粉粒が数多く観察されたのに対し、付着性の高い団子は網目構造がほとんどであり、でん粉粒は観察されなかった。さらに久寿餅のでん粉粒以外の部位を高倍率で観察すると、細かい網目構造であることが明らかとなった。
でん粉を主原料とするゲル状食品は、でん粉を大量の水とともに加熱して作られる。でん粉粒は水とともに加熱すると水を取り込み、さらに加熱すると膨潤したでん粉粒は崩壊する。でん粉粒より溶出したでん粉は、冷却する過程で互いに網目構造を形成する。この網目構造の違いとでん粉粒の存在が、各和菓子の食感の違いとなっている。発酵小麦デンプンは、発酵による小麦でん粉の分子構造の変化に伴い加熱後の挙動が変化し、久寿餅の内部にでん粉粒が残存し、緻密な網目状構造を形成していた。このことが、久寿餅が団子など他の和菓子とは異なり、久寿餅特有の食感を有する要因となっている。
5.発酵小麦デンプンの発酵の特徴
久寿餅に特有の食感は他の和菓子とは異なる内部構造に起因するものであり、発酵小麦デンプンでのみその構造が観察された。では、発酵小麦デンプンの特性を生み出す鍵となった“発酵”の特徴とはどのようなものだろうか。
一般的なでん粉を原料とした発酵、例えば日本酒におけるアルコール発酵の場合、でん粉は麹菌の酵素作用により糖へと分解され、酵母が糖を原料にアルコール発酵を行う。発酵後に出来上がるのは液体の酒である。しかし、発酵小麦デンプンの場合、発酵が完了しても小麦でん粉は固体のままであり、液体になることはない。これには二つの要因がある。一つ目は原料の小麦でん粉が生(非加熱)であること。日本酒の場合、原料米は蒸してから使用される。これは加熱しでん粉を糊化させることで、微生物の酵素を働きやすくするためである。逆に非加熱の生でん粉だと酵素作用を受けにくくなる。二つ目は、発酵環境が酵素作用に適していないことである。酵素作用が円滑に進むためには温度とpHが重要となる。発酵小麦デンプンの場合、屋外で発酵を行うため平均温度は15度前後と低めであり、発酵槽のpHは3前後と酸性状態であり、微生物の生育も制限されるレベルの環境である。このため、発酵小麦デンプンにおける発酵では、でん粉の分解は制限されるため、長期間の発酵であっても発酵物が液体まで分解されることはない。制限がある発酵環境ではでん粉の一部分のみが変化するにとどまるため、これが久寿餅のおいしさにとってはちょうどいい具合の発酵となっているのである。
おわりに
麩が日本に伝来してから江戸時代後期まで、麩製造の副生物であった小麦でん粉は糊として利用されていた。しかし、麩が庶民の食べ物となり小麦でん粉が多く生成されるようになると、酸性環境で発酵させた発酵小麦デンプンとこれを原料とした久寿餅が生まれた。食品として未利用であった小麦でん粉を久寿餅として食用に利用したことは、江戸時代の飢饉における食糧難から庶民を救ったとも伝えられており、未利用資源の有効活用といえるだろう。
近年、植物性タンパク質の需要の高まりにより、大豆タンパク質とともに小麦タンパク質であるグルテンも注目されている。グルテンを乾燥させ粉末化した活性グルテンは、練り製品の品質改良剤・増粘剤や小麦粉の品質改良素材として広く用いられている。グルテンが工業的に生産されるようになっても、麩製造と同様に小麦でん粉が副生している。著者らは、発酵小麦デンプンの発酵技術を応用した加工でん粉など、食品素材の開発に取り組んでおり、新たな小麦でん粉の活用法となることを目指している。
参考文献
1)風見真千子ら(2016)「発酵小麦デンプンを原料とする久寿餅の特性」『日本食品保蔵科学会誌』42.pp.149-153
2)清水晴風『世渡風俗圖會巻七』国立国会図書館デジタルコレクション
表紙〈https://dl.ndl.go.jp/pid/2550819/1/1〉
くず餅のページ〈https://dl.ndl.go.jp/pid/2550819/1/28〉
3)松本講二編(2013)『食品産業辞典』改訂第九版上巻(日本食糧新聞社)pp.489-491
4)宮崎祥子(2017)『お麩ができるまで』(岩崎書店)
5)寺島良晏著、島田勇雄ら訳注(1991)『和漢三才図絵18』(平凡社)pp.128
6)早川典子(2007)「古糊−「伝統的な材料」を化学の目から−」『化学と教育』55(2).pp.60-63
7)野口治子ら(2016)「久寿餅原料である発酵小麦デンプンの性状」『日本食品保蔵科学会誌』42.pp.197-202
8)野口治子(2017)「久寿餅と発酵小麦デンプン−発酵過程における微生物とデンプンの特性変化」『日本醸造協会誌』112.pp.114-115
9)入澤友啓ら(2014)「発酵小麦デンプンの発酵期間におけるデンプン粒と微生物叢の変化」『日本食品保蔵科学会誌』40.pp.171-176
10)野口治子ら(2021)「久寿餅原料の発酵期間における酵素生産菌の探索」『伝統食品の研究』48.pp.19-24
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