砂糖 砂糖分野の各種業務の情報、情報誌「砂糖類情報」の記事、統計資料など

ホーム > 砂糖 > 調査報告 > さとうきび > 沖縄の黒糖産業、コロナ禍の苦境をバネに新しい市場を切り拓く

沖縄の黒糖産業、コロナ禍の苦境をバネに新しい市場を切り拓く

印刷ページ

最終更新日:2023年10月10日

沖縄の黒糖産業、コロナ禍の苦境をバネに新しい市場を切り拓く

2023年10月

那覇事務所 坂上 大樹

【要約】

 沖縄県で生産される黒糖は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響により需給バランスが大きく乱れ、令和3年6月には製糖事業者や卸売業者が抱える在庫量が年間生産量の約2倍に相当する1万6000トンに達した。

 しかし、製糖事業者などは、この苦境にある状況を逆手に取り、多面的、多層的なプロモーションによって、1年余りでその在庫量を5分の1まで縮減させた。
 

はじめに

 約2年前、新型コロナウイルス感染症の感染拡大(以下「新型コロナ」という)の影響により乳製品の需要が減少し、原料となる生乳がかつてない規模で余ったものの、官民挙げての消費喚起の取り組みによって、その危機が回避されたことは記憶に新しい。

 では、それとほぼ同時期に沖縄県で生産される黒糖もかつてない規模で余り、生産する事業者、産地が苦境に立たされていたことをご存じだろうか。

 県内で含みつ糖工場を運営する法人4者が加盟する沖縄県黒砂糖協同組合(以下「黒砂糖組合」という)によると、沖縄県産黒糖の需要量は年間約7000〜7500トンとされ、欠品しない程度の在庫量を確保することを考慮すると、生産量は8000トン程度を維持することが望ましいといわれている。

 しかし、原料となるサトウキビについて、(1)品種改良や台風対策が進められてきたこと(2)近年、沖縄へ接近した台風は幸い被害の程度や規模が小さいものであったこと−などの好条件が重なったことで、平成28砂糖年度(注1)以降は豊作基調となり、黒糖の生産量が9000トンを超えることも珍しくない状況となった(図1)。

 これに加え、新型コロナの影響により、業務用を中心に需要が落ち込んだことで需給バランスが大きく乱れ、令和3年6月には製糖事業者や卸売業者が抱える在庫量が年間生産量の約2倍に相当する1万6000トンに達した。
 

(注1)砂糖年度(SY)とは、当該年の10月1日から翌9月30日までの期間をいう。
 




 黒糖は、生乳と異なり賞味期限が長いことから、直ちに廃棄の危機に直面することはなかったものの、沖縄県の離島はサトウキビ作を中心とする農業とその関連産業が最も重要な産業であり、島の人々の暮らしを支えていることから、その販売不振は同県で大きな衝撃を持って受け止められた。

 このため、関係団体では、問題の解消に向けてさまざまな企業と連携しながら新たな販路を目指す取り組みが行われ、1年余りで3300トン(令和4年9月末時点)まで在庫を縮減させた。そこで本稿では、その取り組みの一例を紹介するとともに、わが国の砂糖の消費量が減少している現状にあって、これほど短期間に需要・消費の拡大を成功させた要因について整理する。
 

1.黒糖をめぐる情勢

(1)黒糖と含みつ糖

 砂糖は、サトウキビまたはてん菜の糖汁を煮詰めたとき、糖みつを分離するか、しないかの製法の違いによって区分することができる。前者を分みつ糖、後者を含みつ糖と言う。

 サトウキビを原料とする含みつ糖のうち、黒糖は、サトウキビを搾り、そこから不純物を取り除いた後、加熱・濃縮していき、その後、撹拌(かく はん)しながら空気を含ませて冷却したものを指し、加工黒糖は、黒糖に原料糖や糖みつを加えて製造されたもので、年により味にバラつきのある黒糖と比べ品質が安定しており、パウダー状のもの、成形されたものなどさまざまな加工が施されて流通している(図2)。

 また、グラニュー糖や上白糖などの砂糖の中間製品とも言える「原料糖」と、それを製造する際の副産物「糖みつ」を混合して製造されたもの(以下「加工糖」という)も、黒糖と同じ含みつ糖の一種として流通している。

 四国地方東部で伝統的に生産されている和三盆は、精製する工程があるものの、それを職人による手仕事で行うことで、製品に糖みつが適度に含まれることから、含みつ糖の仲間である。
 
1

(2)国内の産地

 国産の黒糖は、鹿児島県南西諸島および沖縄県に立地する含みつ糖工場を中心に生産が行われ、鹿児島と沖縄の両県合わせて53工場が操業を続けている。

 黒糖の国内生産量(約9000トン)の約9割を沖縄県産が占め、沖縄県内では伊平屋島、伊江島、粟国島、多良間島、小浜島、西表島、波照間島、与那国島の8島(以下「8島」という)が主な産地である(図3)。

 これらの島が主産地となった理由は諸説あるが、そもそもサトウキビは、収穫後の時間の経過とともに品質が低下するため、製糖工場の近くでしか生産できないという特性があり、耕地面積が限られる離島では生産できるサトウキビの量に限界があることから、大規模な設備で大量生産を前提とする分みつ糖工場よりも小規模な含みつ糖工場を整備する方が適しているとされる。
 
2

(3)黒糖生産を支える仕組み

 8島は、沖縄振興策の一環として、サトウキビ生産者に対して生産コストと販売価格の差額相当分が助成されている(注2)

 含みつ糖工場は、自治体が建物を所有し、事業者に管理を委託するという仕組みで運営されており、近年はHACCPに沿った衛生管理やバイオマス発電の導入などによる近代化を図るため、国などからの支援を受けて工場の建て替え・新設が進んでいる(表)。また、製糖期の労働力を安定的に確保するための宿泊施設や労働環境の整備も進められており、生産者、製糖事業者、行政が一体となって含みつ糖工場の操業とサトウキビ生産を維持し、ひいては離島の経済、社会、暮らしを支えている。

(注2)厳密には含みつ糖工場を通じて、本来の原料代に当該差額相当分が上乗せされて支払われている。なお、1トン当たりの手取り額は、砂糖の価格調整制度の対象地域の生産者と同水準(2万2000円程度)と推測される。
※砂糖の価格調整制度の概要は、当機構ホームページに掲載する「各種業務の実施に関する情報(砂糖)」<https://www.alic.go.jp/content/001170282.pdf>を参照されたい。


 
3

(4)黒糖などの流通状況

 わが国で流通する黒糖は、「沖縄県産」「鹿児島県産」「海外産」の三つがあり、沖縄県産が占める割合が最も多いものの、海外産とほぼ拮抗している現状にある(図4)。海外産の輸入国の内訳を見ると、「中国」と「タイ」がそれぞれ40%台を占める。

 関係者によると、家庭用(小袋)は流通量全体の1割にも満たないものの、ほぼ国内産が占めるのに対し、流通量の大部分を占める業務用は海外産と競合している。業務用の用途は、主にかりんとう、あめ、和菓子などを中心とする菓子、パン、飲料、焼酎などの酒類のほか、加工黒糖の原料として仕向けられている。

 1キログラム当たりの単価を見ると、沖縄県産はこの6年ほどは燃油や資材などのコスト上昇分を販売価格に反映せざるを得ない状況などから、約390円で推移しているのに対し、海外産は190円を下回る水準で200円以上安い(図5)。

 また、加工黒糖や加工糖などの黒糖以外の含みつ糖も競合する存在で、その流通量は1万6000トン程度と推計され、含みつ糖流通量全体の約40%〜50%を占めると推計される。加工黒糖は、沖縄県産黒糖を原料に用いたものも数多く出回っていることから、相互に利益のある共生関係の場合もあるが、商品に含まれる黒糖の使用割合がわずかでも、沖縄県産黒糖を100%使用している場合には原材料名に「沖縄県産」と表示して、訴求することもできることから、沖縄県の製糖関係者にとって悩ましい一面がある。

 なお、8島にある含みつ糖工場では、黒糖のみを生産し、加工黒糖や加工糖の製造は行われていない。

 今般の在庫過剰について、関係者からは「約10年前に、台風や天候不順などによるサトウキビの不作で生産量が6000トンを割り込み、その後もしばらく生産が低迷したことで、市中の沖縄県産黒糖が品薄状態となり、価格も高騰したことで安価な海外産黒糖や加工黒糖にシェアを奪われることとなったことも遠因」と指摘する声もある。



 
4

2.販路拡大を目指す業界の新たな試み

 これまでも、製糖事業者や業界全体でさまざまな認知度向上、販路拡大の取り組みが行われてきたが、ここではコロナ禍においてどのような取り組みが行われてきたのかにフォーカスを当てて紹介する。
 

(1)沖縄県黒砂糖協同組合の取り組み

 黒砂糖組合は、加工黒糖や海外産黒糖との差別化を図るため、8島で生産され、サトウキビの搾り汁を煮詰めてそのまま固めたものを「沖縄黒糖」と定義し、地域団体商標にも登録し、ブランドの認知度向上に努めてきた。

 そうした中、新型コロナという前例のない状況下においては、ブランドだけでは太刀打ちできないばかりか、少人数の組織であるため、日々の業務に追われ、単独では販路の開拓につなげる営業や情報収集に十分な人員と時間を投下することが難しい状況に直面した。また、廃業の危機に追い込まれかねない切迫した事態に置かれている含みつ糖工場の現状について、取引のある実需者や流通業者の間で十分に認識されていなかったことも大きな問題の一つとなっていた。

 そこで、団体や企業の枠を超えて対話し、この危機に対してどう解決していくかを一緒に検討する機会を創出するとともに、これまでアプローチすることが難しかった領域や、必ずしも情報が行き届いていない層へ沖縄県産黒糖の魅力を発信する手段として、「沖縄黒糖サミット」を令和3年に初めて開催した(写真1)。

 このイベントで最も特筆すべきは、業界全体で抱える在庫量など産地にとって不利益となりかねない情報の開示に踏み切ったことである。過去に生産過剰となったとき、買い叩かれた経験もあり、これまで実需者や流通業者に対し在庫量などの具体的な数値を開示することに業界内では慎重な声も多かったというが、この決断には「何とかして現状を打破したい」「負の連鎖を断ち切りたい」という切実な思いが透けて見える。

 その上で、「資材高騰や需要の減退などで業界がかつてない危機に直面し、もしこの状態が今後も続けば、多くの工場が廃業しかねない」と、正直に苦しい状況を訴えた。



 

 第1回は、新型コロナがまだまだ予断を許さない中で、手探りの状態での開催であったと言うが、業界初の試みという目新しさに加え、“沖縄黒糖”と“サミット”という一見すると関係のなさそうな単語を組み合わせたネーミングの面白さも手伝って、地元紙などのメディアに取り上げられた。また、その後もソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などを利用して、黒砂糖組合からも業界の窮状を説明する情報を積極的に発信したことで、これらをきっかけに、食品メーカーや飲食業界からの引き合いが増え、沖縄県産黒糖を使った期間限定の商品が販売されるなどの成果を得た。
 

(2)JAおきなわの取り組み

 伊平屋島、伊江島、粟国島、小浜島、与那国島の5島で含みつ糖工場を運営し、沖縄県産黒糖の生産量全体の約4分の1を生産するJAおきなわ(沖縄県那覇市)は、令和3年10月、黒糖をめぐる諸課題の解決を推進する専任部署「マーケティング戦略室」を設置した。背景には、組織の成り立ち上、とかく生産現場や生産者が抱える課題ばかりに目が向きがちな中で、生産された商品を「誰に売るか」「どう使ってもらうか」という作り手・売り手にとって最も大切な新規開拓や営業努力がおろそかになっていたという反省がある。

 このため、同室では、(1)さまざまな業種および企業との交流・商談・協業を促進し、黒糖消費のすそ野を広げる(2)現代の食の志向やライフスタイルに合った新しい食スタイル・食シーンを提案・創出する―ことを業務の柱として掲げている。

 最初に取りかかったのは前者(1)の取り組みである。とはいえ、チームメンバーのほとんどが営業経験やノウハウがない中で、取引先が構築した既存チャネルを浸食することなく、JA自ら販路を開拓することは至難の業であったという。それでも、流通業者や食品バイヤーに対して地道なアプローチを続け、令和4年度には県内外の12社の商品で原料供給が決まり、販売量は対前年度35%増を達成し、新規事業立ち上げ2年目で結果を残した。

 他方、さらに販路を拡大していくためには、生地の混ざりが良く、溶けやすい黒糖みつやパウダーなど二次加工した原料の確保が不可欠であることも実感している。「生産管理やターゲット層が全く異なる製品を、自社の工場だけで対応していくのは難しい。このため、加工黒糖メーカーの協力を得ながら、さらなる販路開拓に取り組んでいく」と言い、今後は加工黒糖メーカーとの連携を一層強化していく意向を示した。

 現在は、後者(2)にも着手している。県内外で活躍するインフルエンサーを活用し、特に若者に向けて彼らが魅力的に感じる情報をSNSなどで発信してもらう取り組みを積極的に展開している。

 また、サトウキビの品種や栽培された土壌、自然環境の違いによって、味も、香りも、食感も島ごとに個性があり(図6)、歴史の荒波にもまれながらも、琉球王国の時代から今日に至るまで脈々と受け継がれてきた製糖技術によって生み出される黒糖は、「テロワール」(注3)に通ずるものがあるとし、それぞれの「島らしさ」を伝える商品の開発、食味体験イベントなどを通じて新しい価値を提案、創出することにも力を注いでいる(写真2)。

 これらの取り組みは即効性がないものの、代替性のない・比較されない独自の地位を構築することで、指名買いし続けてくれる購買層を増やすことにつながると思われる。担当者は、「“沖縄の家庭で昔から親しまれている日常の茶菓子”といった文化的な側面での価値についても、現代的な価値観と融合し、未来につなげたい」と意気込む。
 

(注3)一般に、ワインとその原料となるブドウが生産される土地の地形、気候、土壌などの自然条件・風土に、それらと共生・結合した人々の営みを含んだ空間を示す概念として使われている。そこで生産されるワインの品質や特徴、味わいに強く影響を及ぼすと言われている。現在、その概念は農畜産物や水産物、農産加工品に至るまで幅広く用いられている。

 


 

5

3.新しい時代を見据えた支援・協業の形

 県内では沖縄県産黒糖の需要喚起への協力を、単なる支援や社会貢献ではなく、多様化する社会の変化に対応して着実に成長し続けるための将来への投資と捉えて推進する企業が増えている。中でも、以下で紹介する2社はそのトップランナーである。
 

(1)株式会社沖縄ファミリーマートの事例

 株式会社沖縄ファミリーマート(沖縄県那覇市。以下「沖縄ファミマ」という)は、離島を含め330以上のコンビニエンスストア(以下「CVS」という)を運営し、県内の企業売上高でトップ5(令和5年3月現在)に入る小売業者である(写真3)。

 同社では、甘く煮た金時豆にかき氷を乗せた「沖縄ぜんざい」の有名店の味をベースに独自のアレンジを加えたかき氷と、「黒糖おいしさ再発見!」と題し、沖縄県産黒糖を使った商品9品目を県内の全店舗で販売した(後者は現在終売)。




ア.取り組み概要
 与那国島産の黒糖みつを用いた沖縄ファミマの「沖縄ぜんざい」は、令和4年8月9日の発表からわずか10日ほどで予定数量の10万個に達し、販売を一時休止するほどの人気商品となった(写真4)。今年は、増産体制を整備した上で昨年より前倒しして5月から店舗への出荷を始めた効果により、8月時点で販売数57万個を突破し、その後も勢いは衰える気配を見せていない。

 この商品は、与那国島産らしい軽く焦がしたような香ばしさと、黒糖本来のまろやかで優しい甘さが広がる素朴な味わいに仕立ててあり、シニア層にはどこか昔懐かしさを感じられる一方、「Z世代」と呼ばれる10代から20代前半までの層には“自分たちなりの昭和”を感じられる味と、レトロ感を演出したパッケージが逆に今までにない新鮮なものと映っているようで、幅広い層から多くの支持を得ている。

 沖縄ぜんざいは、県内の食堂や喫茶店、専門店のほか、スーパーマーケット、CVSなどの至るところで1年を通して気軽に食べられる商品として販売されている。また、嗜好品の部類でもあり、県内の人口(注4)に基づく商圏の市場規模はそれほど大きくない。このような環境下で累計出荷数が72万個を超えるという実績は、爆発的な売れ行きと言える。

(注4)沖縄県の人口はおよそ146万人。





 

 今年6月から「黒糖おいしさ再発見!」と題して発売した沖縄県産黒糖を使った商品は、黒糖そのものの良さ・風味が生かせる商品を開発したいという思いから、商品群はデザート、菓子パン類に絞った。そして、それぞれに個性・特長がある風味・味を最大限引き出す最適な食材の組み合わせが何かを試行錯誤しながら試作・検討し、3カ月という短い開発期間で完成させた(写真5)。

 黒糖を含めた砂糖を使った食品は、美容や健康を意識する層から敬遠される傾向にある。その層は、年々広がっており、糖質やカロリーの少ない食品へのニーズが高まっている。今回、商品開発に当たっては、そういった層やニーズを意識するあまり、黒糖の持ち味である風味や味わいが損なわれては本末転倒との考えの下、いずれの商品も黒糖の使用量を極端に減らしたり、副原料で甘みを調整したりしていない。そのため、黒糖の豊かな香りと、素朴で余韻が残る甘みがしっかりと感じられる味に仕上がっている。

 こうしたこだわりは、消費者の心にも確実に届いているようで、こちらの商品も発売から2カ月程度で予定数量に達し、好評を博した。このうち、カップアイスは、株式会社ファミリーマート(東京都)の商品開発担当者の目に留まり、全国で販売が開始されることとなったという。





 商品開発チームのほとんどが県内出身者で構成されており、自分たちが本当においしいと思えるものならきっと売れるという信念と、県民の味の好みを熟知しているからこそ、このようなヒットにつながったとも言える。


イ.沖縄県産黒糖に対する評価と課題
 今回の企画では沖縄県産黒糖8トン程度を調達し、商品には伊江島産、多良間島産、与那国島産、西表島産のほか、複数をブレンドしたものが採用された。商品ごとの原料の産地指定は沖縄ファミマが行っているものの、同社から委託を受けて実際に商品を製造する食品メーカーの多くは、取引している加工黒糖メーカーを通じてパウダーや黒糖みつに加工されたものを仕入れている。

 理由としては、含みつ糖工場から出荷される形状は、「ブロック」「粉状」「かち割り」の3種類のみであり、そのままでは(1)割る・砕くなどの工数が増えるまたはその設備が必要となる(2)液体に溶けにくい(3)生地に均等に混ざらない−など扱いづらい面があることから、含みつ糖工場から直接仕入れることは難しいと判断したものと思われる。

 他方、担当者は「今回のような特定の原料にスポットを当てた商品であれば、調達価格が多少高くても利用する」としながらも、「年間を通じて一定量を継続して調達することとなった場合、生産された年によって味や色の濃淡、風味に違いが生じることを、どこまで許容できるのかといった点は検討する余地がある」と言う。

 全国での販売を視野に入れたとき、県外の食品メーカーの協力が不可欠となるが、それぞれが独自に定める厳しい規格基準を満たせるか未知数の部分があり、今後、商品開発を進める上でのボトルネックとなる可能性を示唆した。

 しかしながら、「今回の企画を通じて、初めて産地ごとの味の違いを認識した。今後県内で販売するものは、8島の黒糖それぞれの味わいやその年の風味の違いを逆手にとって、良さや魅力として訴求できる商品を開発できればと考えている」と語った。
 

(2)ダブルツリーbyヒルトン那覇首里城の事例

 ダブルツリーbyヒルトン那覇首里城(沖縄県那覇市)は、90カ国以上で展開するヒルトン・ワールドワイド社(米国)のホテルブランド「ダブルツリーbyヒルトン」が運営するホテルの一つである(写真6)。

 同ホテルは、館内のレストラン、カフェラウンジなどで沖縄県産黒糖を使用した料理やスイーツを期間限定で提供した。





 
ア.取り組み概要
 令和4年7月から9月まで開催された「沖縄黒糖×SUI(首里)マルシェ」と題したランチビュッフェイベントでは、伊平屋島産と多良間島産の2種類を使用した料理が月替わりのメニューも含め常時10種類以上提供され、コロナ禍前と変わらない集客があった(写真7)。

 また、普段は8〜9割が県内在住の利用客であると言うが、今回はホテルの宿泊者の利用が平時と比べ2倍ほど増え、県内外の多くの利用客から好評を得た。想定以上の反響を受け、イベント期間を12月まで延長し、さらに今年4月から約1カ月間限定で、沖縄県産黒糖とイチゴを組み合わせた特別なメニューを提供した。いずれの期間も、週末を中心に満席状態が続く人気ぶりとなった。

 




 この成功の裏側には、料理の味や量だけでなく、メニュー構成や調理法、会場のレイアウトに至るまで利用客の立場に寄り添い、質の高いホスピタリティを目指すホテルならではの戦略がある。

 その一つが、「食べる楽しみ」と「健康」の両立である。特に後者に関しては、沖縄県産黒糖が行き場を失っている現状を目にしたり、耳にしたりしたことがある消費者であっても、「黒糖」に対する印象は必ずしもポジティブなものばかりとは言えない。なぜなら、健康や体型管理のことを考えれば、「糖類・糖質を摂りすぎたくない」と考えている人も少なからず存在するからだ。

 そこで、そういった客層にも足を運んでもらえるよう、メニュー全体で栄養バランスが整うことに最も気を配ったと言い、「付け合わせやサラダなどで野菜が多く摂れるメニューを増やしたり、スープの味付けをいつもより薄めにしたりするなど、普段とは異なるメニュー構成にし、健康を意識する利用客でも、いわゆる『罪悪感』なく食事を楽しんでもらえる内容とした」と、担当者は話す。

 また、黒糖を使うと、どうしても仕上がりが茶色く、地味になるという難点があることから、色鮮やかな緑黄色野菜で彩りをプラスし、会場の装飾を華やかするなどして、見た目を含めておいしさが伝わる工夫も凝らしたという。

 そして、料理に沖縄県産黒糖が使われていることが分かるようポスターやPOPを設置したほか、8島の黒糖が試食できるスペースも用意し、イベントの趣旨が利用者にしっかりと伝わるよう努めた。さらに、イベント開始前には社内で沖縄県産黒糖の特徴や現状について理解を深めるための勉強会を実施し、接客スタッフが利用客からの質問に答えられるよう準備したという。

 イベント開催に際しては、地元のテレビや新聞などのメディアに取り上げられたことによる集客効果を享受しながらも、こうした緻密で魅力的なメニュー構成、会場作りによる集客努力が功を奏したと言える。

 

イ.沖縄県産黒糖に対する評価と課題
 このイベントを機に黒砂糖組合の助言を受けながら、沖縄県産黒糖を今後も安定的に調達できるよう独自の調達ルートを構築し、使い勝手が良い粉状のものを数トン程度(注5)仕入れている。その中で、料理長は、「多良間島産は、口に入れると溶けていく食感と、甘みがしっかりしているが、柔らかくまろやかな後味があり、メイン料理からスイーツまで幅広い料理に使えると感じた。伊平屋島産は、甘さの後に程よい塩味、渋みがあり、煮込み料理との相性が良いと感じた」と評価する。

 また、料理スタッフからの意外な回答としては、「料理に甘さを加えるという用途だけでなく、食材の風味を引き立てたり、食材との組み合わせで複雑な味わいを生み出し、素材としての可能性の高さを実感した」「特性や特徴を知る良い機会となり、料理のレパートリーの幅が広がった」という意見もあった。これは裏を返せば、黒糖を使って料理を作るという機会・経験がこれまで意外と少なかったということでもある。要因としては、黒糖というと「かち割り」のような固形状のイメージが強く、水などの液体に溶けにくく、調理に手間と時間がかかるため、大量の料理を短時間で仕上げなければならない調理の現場では不向きな素材だと考えられてきたのかもしれない。そういう意味で今回のイベントは、多くの料理スタッフの先入観を覆すきっかけになったものと思われる。

 それと同時に、課題も浮き彫りになっている。同じ多良間島産または伊平屋島産でも、仕入れた時期および包装された製品ごとに風味が異なることから、料理長がレシピを毎日微修正して、誰が調理しても均一な味付けになるよう調整するといった手間がそれなりにかかった。料理長や料理スタッフが、それを手間だと思うか、この手間も含めて魅力だと思うかによって、今後、仕入れの頻度、量に大きく影響する可能性がある。

 しかしながら、イベントが終了した現在も、ビュッフェレストランにおいて沖縄県産黒糖を使ったスイーツを必ず1品提供しているといい、3年ぶりに営業を再開したバーでは、料理長とバーテンダーがタッグを組んだお酒と産地ごとの黒糖の相性を楽しむペアリング企画も進行中で、当面は沖縄県産黒糖を使い続ける考えを示している。


(注5)調達量には、利用者(約3500人分)へ無償配布した家庭用小袋を含む。

 

【コラム】新たな需要獲得が期待される黒糖商品


 JAおきなわは、黒糖には他の砂糖と比べミネラルが豊富に含まれていることに着目し、災害時の避難生活におけるエネルギーとミネラルの補給に役立ててもらおうと、「おきなわ黒糖防災缶」を今年9月に発売した(コラム-写真1)。

  内容物は沖縄県産黒糖のみだが、特殊加工を施し、製造日から3年間の長期保存が可能で、一般に市販されている黒糖の賞味期限より2倍長いという。開発担当者は「小麦や卵など特定原材料等28品目不使用なので、食物アレルギーのある方も食べられる。また、停電が起きた際の熱中症の予防などにも役立つと考えており、従来の非常食を補完するアイテムとして活用してほしい」と話す。
            

 コラム-写真2は、特殊な製法で黒糖に漬け込んだ野菜や果物をそのままゼリーに閉じ込めた犬用のペットフードである。令和4年の年末ごろから販売を開始し、現在、県内の道の駅2カ所とファーマーズマーケット1カ所でのみ取り扱われている。原料となる野菜や果物も、すべて県産品を使用し、ファーマーズマーケットなどから廃棄されるものや規格外品を仕入れている。人間も食べられると言い、かなり甘みが抑えられていて、かすかに黒糖特有の風味が感じられる。
  商品を販売する株式会社CHURATHE(ちゅらざ、沖縄県那覇市)代表の吉村氏は、「旅先で、留守番しているペットへのお土産を買って帰る人が周りにたくさんいることに気が付いた」ことが開発のきっかけと話す。ペットにとって安全・安心なものであれば、なおさら購買意欲がそそられるという。

  黒糖を原料に選んだ理由は、一つに、沖縄の代表的な食べ物であるということ。そして、犬も人間同様、夏場は熱中症になりやすいことから、ミネラルが豊富な黒糖は熱中症の予防に役立つと考えた。また、甘さもプラスされるので、食いつきがいいそうだ。 



 
 

おわりに

 これまでに紹介した取り組みは、苦境にある状況を逆手に取り、窮状を訴えるだけでなく、魅力を改めて丁寧に見つめ直し、「らしさ」や「価値」を再定義した上で、実需者や消費者に対し商品の背景にある物語を伝え、感情に訴えるという、多面的、多層的なプロモーションによって大きな成果を得たと言える(写真8)。

 今後も需要をつなぎ留めるためには、サプライチェーン上のリスクの一つである「供給不足」が生じたときの対応・対策に応用できるかどうかがカギとなる。しかし、足元では、令和5年産のサトウキビについて春から続いた少雨傾向による生育遅延と、台風6号で受けた被害が大きく、黒糖の生産量は8000トンを下回る水準まで落ち込むとみられる。

 また、JAおきなわの担当者は、「産地(島産)を前面に打ち出し過ぎると、急な需要の高まりの際には欠品のリスクが高まってしまう」と話し、離島の限られた条件の中では生産量の増大余地が限られるという性質上、テロワールをどこまで訴求するかという点も悩ましい問題となっている。

 他方、精製工程を経た砂糖であっても、商品名としての「きび砂糖」や「てんさい糖」を愛用しているという消費者の声をよく耳にする。これらが示すところは、消費者の好感や共感を得ることにより購買意欲を喚起できるということである。

 グラニュー糖や上白糖などの砂糖は今も、北海道、鹿児島県南西諸島および沖縄県の生産者や関連産業に従事する人々のたゆまぬ努力と工夫に支えられて生産され続けている。その点においては、黒糖も、砂糖も何ら変わらない。このため、当機構としては産地・現場の思いを伝える架け橋となれるよう、分かりやすい情報の発信と客観的かつ正確な情報に基づく砂糖の正しい知識の普及に引き続きしっかりと努めてまいりたい。

 最後に、今回の調査にご協力いただいた関係者の皆さまに改めて感謝申し上げます。
 
6
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272