でん粉の特性から見たいも類の介護食への利用適性
最終更新日:2023年11月10日
でん粉の特性から見たいも類の介護食への利用適性
2023年11月
はじめに
超高齢化で注目されるようになった問題に誤嚥や窒息があり、日本では高齢者の肺炎の70%以上は誤嚥性肺炎と推定されている1)。誤嚥を防いで必要な栄養を確保するために、嚥下障害を持つ人に対して口を介さない経管栄養が行われることも多い。しかし、人は口から食べ物を摂取することで満足感を得てクオリティ・オブ・ライフ(以下「QOL」という)を維持しており、非経口で栄養摂取することは食事の楽しみや生きがいを喪失し、QOLの低下につながる。そのため、可能な限り口から栄養摂取できるように、食事のケアを行うことが重要である。
口からの栄養摂取に必要となるのが、嚥下機能に配慮し、やわらかく、飲み込みやすく調理した介護食である。そのほかにも、高齢者が嚥下しやすい食べ物には、食材が持つ物性を生かしたものがある。例えば、でん粉が主成分のいも類の中には、加熱してつぶすと特有の粘りを持つものがあり、嚥下機能に配慮した食事への活用が期待できる。
そこで、嚥下機能に配慮した介護食に対するでん粉の利用適性を調べるため、日本人が日常的に食べている4種類のいもから調製したペーストを例にして実験を行った。この結果を踏まえて、高齢者や嚥下が困難な人の介護食として適したいもの種類と成分について解説したい2)。
1 でん粉の介護食への活用
汁物や飲み物などの誤嚥を防ぐには、これらの食べ物にとろみを付けるとよい。かつては、多くの家庭で常備している片栗粉(ばれいしょでん粉)でとろみを付けていた。しかし、片栗粉は加熱によってでん粉を糊化させなくてはならないため、現在介護の現場では食べ物に加えるだけで簡単にとろみが付く増粘剤の使用が主流となっている。
これら増粘剤の主原料は、キサンタンガムやグアガムなど微生物が生産する多糖類が多い。ガム類は、でん粉と違って人が消化・吸収できないため、食べてもエネルギー源にはならない。一方、でん粉は、われわれが長年食べ続けている食品素材であり、エネルギー源としても利用されるほか、とろみの食感や風味などの特性も、慣れ親しんだものがある。そこで、でん粉を主成分とするいも類に着目し、これらを電子レンジ加熱で簡便に糊化させてペースト状にし、増粘剤として介護食に利用すれば、嚥下の補助に加えて高齢者に多い低栄養の予防にもつながると思われる。
2 介護食に適したいもの種類の検討
介護食にはどのような種類のいもが適しているのか、検討を行った。
(1)使用したいもの種類とでん粉の特性
材料として、ばれいしょ(品種名:男爵)、かんしょ(べにあずま)、さといも(土垂)、ながいも(ネバリスター)を使用し、皮付きのいもを電子レンジで加熱して可食状態とした後、皮をむいてフードプロセッサーで粉砕してペーストにした。
各種いも類のでん粉および成分の特徴を表1に示す。
(2)いも類ペーストと市販介護食のテクスチャー特性値
ぺーストのテクスチャー(口に入れたときの食感)を図1〜3(黒色棒)で示す。テクスチャー特性を示す用語として、「硬さ」「凝集性」「付着性」が用いられるが、それぞれの意味は表2の通りである。
硬さはながいもとかんしょが高く、さといもは最も低かった。凝集性はさといもとかんしょが高く、ばれいしょとながいもはそれらよりも低かった。付着性はさといもが最も低く、他は同程度であった。白色棒で示した市販介護食(以下「市販品」という)と比べると、さといもは硬さと付着性が同程度で、凝集性は高かった。
嚥下機能が低下した高齢者には、べたつきが小さく、咽頭部でまとまりやすい物が適している。硬さと付着性が市販品と同程度に低く、凝集性が高いさといもは、4種類の中では水分調整なしで介護食に適したテクスチャーであった。
一方、ペーストの水分を市販品に近い80%に統一したペーストのテクスチャーを灰色棒で示した。かんしょは硬さと付着性が低下したが、ばれいしょとながいもは硬さと付着性が高かった。凝集性はいずれも市販品と同程度であった。
これらより、いも類を介護食として利用するには、生いもの水分が多いさといも以外は、加水が必要であった。ただし、水分を80%に統一してもテクスチャーが大きく異なったため、いもの成分がテクスチャーに影響していると推察された。
(3)いも類ペーストと市販介護食の状態
ペーストの扱いやすさを比較するため、介護用食器で水分80%のペーストと市販品を直線と一口量(5ミリリットル)に絞り出し、状態を観察した(図4)。ばれいしょとながいもは硬くて付着性が高く線は途切れたが、一口量の形状はよく保たれた。さといもは途切れずに線を引くことができ、形状が保たれた。かんしょはやわらかく絞り出しやすかったが、形状を保てなかった。市販品は、いずれも線が途切れず形状が良く保たれた。
これらより、ペーストの状態が市販品に最も近いのはさといもであった。なお、かんしょは、生いもの水分が最も低く、糊化によってでん粉に水和する水が他のいもより少ない。また、かんしょのでん粉は他のいもよりも膨潤力が低い3)。そのため、ペーストの水分を80%に調整すると、でん粉が保持できない遊離水が多くなり、流動性が増したと推察された。
嚥下しやすい食べ物の性質として、やわらかで付着性が低く、均質でなめらかで、離水が少ないことが指摘されている4)。ながいものでん粉はアミロース含有量が高く5)、ばれいしょはでん粉粒が大きく崩壊しやすい。そのため、ながいもやばれいしょはでん粉粒から溶出したアミロースが水素結合を介してゲル化することにより、硬く流動しにくいペーストになったと推察された。
(4)いも類の粉末とでん粉の糊化粘度特性
種類によってペーストの性状が異なる要因を明らかにするため、いも類の主成分であるでん粉の糊化粘度特性を、ラピッドビスコアナライザー(以下「RVA」という)で検討した(図5)。いもの凍結乾燥粉末で測定したRVAの波形を左に、いもから精製したでん粉で測定した波形を右に示す。
粉末の場合、ばれいしょは70.0度、かんしょは77.5度、ながいもは80.2度で急速に粘度が上昇し、でん粉粒の膨潤が最大に達すると最高粘度のピークが出現し、その後ブレークダウン(粘度の低下)が起こった。一方、さといもは他のいもとは異なり、粉末を水に懸濁するだけで粘度が生じた。また、加熱すると他のいもよりも高い94度付近から穏やかに粘度は上昇し、測定終了時まで粘度上昇は続いた。
次に、さといもの粉末が他のいもと著しく異なる糊化粘度特性を示す要因を検討するため、いもから精製したでん粉で再度RVA測定を行った。その結果、さといも以外のいも類ではでん粉と粉末の波形に大きな違いは認められなかった。一方、さといもは粉末とは異なり、でん粉では未加熱の状態で粘度が発生することはなく、加熱によって81.6度付近で急速に粘度が上昇し、その後最高粘度やブレークダウンも確認できた。
これらより、ばれいしょ、かんしょ、ながいもは、でん粉の糊化粘度特性にでん粉以外の成分の影響は少ないと推察された。一方、さといもには粘度を付与する水溶性成分が含まれることや、いもの状態で加熱するとでん粉は緩やかに糊化して粒の崩壊が起こらないことから、ペーストの状態にはでん粉以外の成分も関与していることが示唆された。
以上から、さといものペーストは他のいも類のペーストよりもやわらかくべたつきが少ないため、料理に混ぜるなどして使用すると、エネルギー源にもなる嚥下補助食品として利用可能と思われた。
おわりに
日本のみならず世界中の多くの国や地域では、人口の高齢化に伴って介護食を必要とする人たちが増え続けている。口から食べ物を摂取することは、人のQOLを向上させる大きなポイントである。そこで、嚥下を補助する食品として、でん粉含有量が高いいも類を積極的に利用することは、誤嚥の防止のみならず、エネルギー摂取の点からも期待できると考える。この実験結果が介護食を必要とする方々の参考になれば幸いである。
【参考文献】
1)Teramoto, S. et al.(2008). High incidence of aspiration pneumonia in community- and hospital-acquired pneumonia in hospitalized patients: a multicenter, prospective study in Japan. J. Am. Geriatr. Soc., 56, 577-579.
2)新井映子(2022)「いも類ペーストの介護食への利用適性」『日本調理科学会誌』55巻第6号pp.1-5. 一般社団法人 日本調理科学会
3)Wickramasinghe, H.A.M. et al.(2009). Comparative analysis of starch properties of different root and tuber crops of Sri Lanka. Food Chem., 112, 98-103.
4)栢下淳(2017)「摂食嚥下障害患者に対する適切な食形態の選択」『The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine』54巻8号.pp.691-697. 公益社団法人日本リハビリテーション医学会
5)Huang, C-C. et al. (2010). Effects of mucilage on the thermal and pasting properties of yam, taro, and sweet potato starches. LWT-Food Sci. Technol., 43, 849-855.
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