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種ばれいしょ生産の特徴と問題点:オランダの取り組みから問題解決のヒントを探る

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最終更新日:2024年4月10日

種ばれいしょ生産の特徴と問題点:オランダの取り組みから問題解決のヒントを探る

2024年4月

東北大学大学院農学研究科 教授 関根 久子

【要約】

 本稿では、国内における種ばれいしょ生産の特徴と問題点を整理し、それら問題解決のヒントをオランダの取り組みを参考に示した。国内のばれいしょ主産地の種子生産は、植え付けできる圃場(ほ じょう)が制限され、特有な作業のために長時間の労働が必要とされていた。オランダでは、圃場の制限を解除する仕組みを構築するとともに、育種および増殖段階を効率的にするF1種子体系の実用化を進めていた。

1 種ばれいしょの特殊性

 稲の増殖率が100倍以上、小麦の増殖率が約30倍であるのに対して、栄養繁殖をするばれいしょの増殖率は約10倍と低い。健全な種子に更新しながらばれいしょ生産を行うには、その10分の1以上の種子生産面積を確保する必要がある。

 また、種ばれいしょがウイルス病などの病害に感染すると薬剤による消毒が効かない。感染した種ばれいしょの使用は、病気をまん延させ、収量低下にもつながるので、健全な種ばれいしょの供給が必須となる。このため、種ばれいしょの生産に際しては、植物防疫法の下、植え付け予定の圃場検査や生育段階の検査などが植物防疫官により行われ、この検査に合格したもののみが種子として流通可能となる。稲や麦類においては、種子の供給量が不足すれば、販売用の生産物を種子として転用することもあるが、ばれいしょではこうした転用は、植物防疫法違反となる。そのため、ばれいしょにおける種子不足は、他の作物よりも深刻な問題となりやすい。

 本稿では、第一に国内における種ばれいしょ生産の特徴を把握し、第二に種ばれいしょ生産における問題点を整理する。第三に、これら問題解決のヒントをオランダの種ばれいしょ生産における検査制度やばれいしょのF1種子体系を参考に考えたい。

2 種ばれいしょ生産の特徴

 国内の種ばれいしょは、原種の95%、採種の97%が北海道で生産されている(植物検疫統計、2021年データ)。北海道における種ばれいしょ増殖体系を図1に示した。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構種苗管理センターから原原種が供給されると、原種圃で原種が、その原種を用いて採種圃で採種が生産される。そして、その種を用いて、販売商品となるばれいしょが生産される。

 先に示した植物防疫官による検査が行われるのは、原種圃と採種圃で、表1に示したように、使用予定の種ばれいしょ検査、植え付け予定圃場検査、各期圃場検査、生産物検査が行われる。種ばれいしょ生産の場合、使用予定の種子(原原種・原種)だけでなく、植え付け予定の圃場も検査される。圃場の土壌検診の結果、ジャガイモシストセンチュウが検出されると、その圃場では種ばれいしょを生産することができない。






 

 種ばれいしょ生産には、それ特有の作業があり、他の用途のばれいしょよりも多くの労働力を必要とする。表2に、でん粉原料(でん原)用、生食・加工用および種ばれいしょ生産における投下労働時間を示した。でん原用および生食・加工用と比較して種子用の投下労働時間は長いが、特に種子予措(よ そ)(種ばれいしょと使用器具の消毒、発芽促進と浴光育芽、種ばれいしょの切断)と病株抜き取りには多くの労働力を必要とする。

 種ばれいしょの種子(原原種・原種)は、それらが病気に感染していないか確認するため、また発芽や生育をそろえるために、手作業で切断される。その際、用いるナイフは病気のまん延を防止するために1回ずつ消毒される。また、種子に由来する病気の発生源が特定できるよう塊茎単位で植え付ける必要があり、時間を要する。ただし、生産者への聞き取り調査によれば、種子予措および植え付け作業については、全自動のカッティングプランターが使用できるようになり、生食・加工用と同程度まで労働時間の短縮が進んでいるとのことである。

 病株抜き取りについては、6月中旬から8月下旬に行う。これは、植物防疫官による圃場検査の前後に、病気に感染した株を取り除く作業である。この作業については機械化が進んでおらず、依然として長い労働時間を要し、また病株発見には知識と経験も必要である。

 さらに、種ばれいしょでは、病気の発生を抑えるために病害虫防除や茎葉枯凋(こ ちょう)処理の回数が多く、これが投下労働時間を延ばしている。
 


 

 以上をまとめると、ばれいしょでは健全な種子の供給のために植物防疫法が適用されており、種ばれいしょが生産できる圃場は限定され、生産のために長い労働時間が必要とされていた。

3 種ばれいしょ生産における問題点

(1)圃場の制約

 2でも指摘した通り、種ばれいしょの植え付け予定圃場からジャガイモシストセンチュウが検出されると、その圃場では種ばれいしょは生産できない。さらに、シストセンチュウが検出された後に、「いなくなった」と証明することは困難で、過去に検出された圃場では、それ以降も種ばれいしょの植え付けはできない。

 図2は、北海道でジャガイモシストセンチュウが発生した市町村を黒く塗って表している。2022年6月8日時点で13市40町3村の圃場で発生している(農林水産省農産局地域作物課、2023)。発生を確認した市町村でも、ジャガイモシストセンチュウが検出されていない圃場では種ばれいしょの生産ができるので、黒く塗られた市町村内すべての圃場で種ばれいしょが生産できないわけではない。しかし、過去に検出された圃場の近くで、新たに確認されることが多い。

 北海道のばれいしょ主産地は、中央南側の十勝地域と東側のオホーツク地域であるが、オホーツク地域のばれいしょ産地では、ジャガイモシストセンチュウが検出された市町村が多くなっている。オホーツク地域の農協では、管内で種ばれいしょを生産したくても、圃場が確保できないことから必要な量が生産できず、十勝地域など他地域から購入せざるを得ない状況にある。
 
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(2)労働力の制約

 日本全体で、少子高齢化により農業経営体が減少しているが、図3で示したようにばれいしょ主産地の十勝地域では大規模化の進展が速い。労働力保有状況が変わらない中で規模拡大が進むと、労働集約的な作物の作付割合が低下する。
 



 
 図4は、十勝地域の中でも大規模化が進むA町畑作経営の経営規模とばれいしょの作付状況の関係を示したものである。横軸に経営面積、縦軸にばれいしょ作付割合(左)と作付面積(右)を示している。A町には、生食・加工用ばれいしょを生産する経営体と種ばれいしょを生産する経営体がある。A町で生産される種ばれいしょは基本的に町内で使用され、余剰分が町外に販売される。

 十勝地域の畑作経営では、一般的に「小麦→てん菜→豆類→ばれいしょ→」の4年4作でばれいしょを生産している。一つの作物が25%前後の割合で作付けされていれば、輪作のバランスがとれていると考えられる。

 図4の作付割合を見ると、生食・加工用については経営規模に関係なく、20〜25%の割合でばれいしょが作付けされている。作付面積を確認すると、経営規模に合わせて増えている。

 一方、種子用については、30〜40ヘクタール層を除けば、規模が拡大するほど作付割合が低下する。作付面積については、40〜50ヘクタール層までは増えているものの、50〜60ヘクタール層では縮小している。経営面積が拡大してくると、労働力を多く必要とする種ばれいしょの生産が難しくなることが表れている。なお、A町畑作経営の60ヘクタール以上の階層では、種ばれいしょは作付けされていない。

 A町における畑作経営の平均面積は45ヘクタールであり、今後も規模が拡大することが予想される。種ばれいしょは、生食・加工用ばれいしょよりも面積当たりの収入は高いが、大規模層が増え、これらが種ばれいしょの作付面積を減らすことになれば、町内全体の種ばれいしょ面積の維持は難しくなる。町内で必要な量の種ばれいしょが確保できなくなれば、町外への販売も困難となろう。
 
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4 問題解決のヒント

(1)ジャガイモシストセンチュウ発生圃場の植え付け制限の解除

 3では、ジャガイモシストセンチュウが検出され、種ばれいしょが生産できる圃場が少なくなっていることを指摘した。ジャガイモシストセンチュウの発生は、日本だけではなく、海外のばれいしょ主産国でも問題とされている。

 オランダは、世界最大の種ばれいしょの輸出国である。ばれいしょ作付面積16万3000ヘクタールのうち、4万3000ヘクタールが種子用で、26%もの面積を種子用が占めている(CBS: Centraal Bureau voor de Statistiek, Statistics Netherlands、2022年データ)。日本で植物防疫所が行う種ばれいしょ生産に関する検査は、NAK(Nederlandse Algemene Keuringsdienst voor zaaizaad en pootgoed van landbouwgewassen, Dutch General Inspection Service for Agricultural Seeds and Seed Potatoes:オランダ農作物種子および種ばれいしょ検査協会)が実施する。日本と同じように、植え付け予定圃場検査、各期圃場検査、生産物検査を行う。

 オランダでもジャガイモシストセンチュウが検出された圃場では、種ばれいしょは生産できない。しかし、日本と異なるのは、一度検出した圃場でも、前回のばれいしょ栽培から6年が経過し、適切な防除対策を取った上でジャガイモシストセンチュウが検出されなくなったら、再び生産できる点である。

 このルールについては、浅野ほか(2017)に詳しいが、こうした過去の発生圃場での生産を可能にしているのは、多数のサンプルを検査できる土壌検診の仕組みである。種ばれいしょを栽培する圃場すべてはもちろんのこと、一部ではあるが一般ばれいしょを生産する圃場までも検査している。多くのサンプルを検査することで一時的に検出数は増えるが、国内のジャガイモシストセンチュウの発生状況を把握するためには、必要な過程だと考えられている。

 筆者が、2023年6月にオランダで話を聞いたNAO(Nederlandse Aardappel Organisatie, Dutch Potato Organization:オランダばれいしょ協会)でも「過去に検出した圃場から、ジャガイモシストセンチュウを皆無にすることは難しい。しかし、人が密度をコントロールできれば、発生圃場の指定を解除しても問題はない」と話していた。
 

(2)F1種子の使用

 2で指摘した通り、種ばれいしょ生産には特有の作業がある。特に、病気に感染した株を取り除く抜き取り作業については、長時間の労働を要し、大規模経営では種ばれいしょの作付面積を拡大できずにいる。この問題を解決するために、日本では、圃場内の病株を、AIを用いて判別する技術の開発が進められている。この技術が実用化されれば、労働力が限られる経営体でも種ばれいしょ面積の維持・拡大が可能となろう。

 ここでは、種ばれいしょ生産の労働力に関する問題について、別の視点から考えたい。先に示したように、オランダは世界一の種ばれいしょ輸出国である。種ばれいしょの輸送にはコストが掛かるが、オランダでは種ばれいしょよりも低コストで輸送できるF1種子の開発が進められている。写真ではオランダの民間会社ソリンタ(Solynta)が開発したF1種子を示した。この種子はケニアに輸出され、現地でこれを用いた栽培が開始されている。




 図5では、慣行の種ばれいしょとF1種子を用いた体系の比較を行っている。はじめに、育種段階を比較する。種ばれいしょ体系で交配育種を行う場合、他殖性であるために一つの組み合わせ集団内では同じ性質を持つ子は生まれずすべてばらける。そこで1組み合わせに由来する集団から優良系統が約10年かけて選抜される。一方、F1種子では、自殖性のために、交配から得られる種子は均一になる。優良な純系を複数作出すれば、それらを組み合わせて選抜でき、育種効率は飛躍的に上がる(實友、2024参照)。

 次に、増殖段階を比較すると、種ばれいしょの増殖率は10倍と低く、新しい品種を開発しても十分な種ばれいしょの量を確保するために6年を要する。この間、病害の感染リスクにさらされ、保管には巨大な種ばれいしょ保管施設が必要となる。一方、F1種子は増殖率が高く土壌病害の感染はない。保管のための巨大な施設も必要ない。

 最後に、生産段階を比較すると、種ばれいしょよりも種子の方が小さいので扱いやすい。ただし、種子を播種(は しゅ)して生産した場合、初期生育が遅く長い栽培期間を必要とし、また茎の数が少ないために、種ばれいしょを植え付けて生産するよりも収量が低くなってしまう。種子を開発し販売しているソリンタでは、F1種子の育種速度が速いことから、品種開発により種ばれいしょ体系との収量ギャップは埋められると自信をみせていた。現在、F1種子を用いるケニアでは、育苗することで種子と種ばれいしょの収量ギャップを埋めていた。育苗については、キャベツなどの育苗・移植技術が応用できる。

 日本で、F1種子を導入するには、品種や栽培技術の開発といった問題が残されているものの、健全な種子の安定供給のための一つの策として期待は持てる。
 
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おわりに

 本稿では、第一に国内における種ばれいしょ生産の特徴を示した。ばれいしょでは、健全な種子の供給のために植物防疫法が適用されており、生産できる圃場の制限、特有な作業のための労働が必要とされていた。

 第二に、種ばれいしょ生産における問題点を整理した。北海道のばれいしょ主産地であるオホーツク地域では、ジャガイモシストセンチュウの発生により、生産できる圃場が制約されていた。また、十勝地域では、労働力保有状況が変わらないまま規模拡大が進むことで、労働集約的な種ばれいしょは大規模経営で作付面積が縮小されていた。

 第三に、こうした問題解決のヒントを得るために、オランダの取り組みについて示した。オランダでは、過去にジャガイモシストセンチュウが検出された圃場でも、再び種ばれいしょを生産するためのルールを構築していた。これは、土壌検診を多数行う仕組みを作ることで可能にしていた。また、規模拡大が進む中で、健全な種子を安定供給するための一つの方法としてF1種子体系を提示した。F1種子体系は、種ばれいしょ体系と比較して、育種および増殖段階を効率化する。しかし、これを日本に導入するには収量を確保するための技術開発といった問題がまだ残されている。

 多数の土壌診断を可能にする仕組みの構築や、F1種子を用いるための品種開発や技術開発など、日本でオランダと同じような取り組みを行うには、まだ時間が必要であろう。ただ、本稿が日本の種ばれいしょ生産が抱える問題の解決に少しでも寄与できれば幸いである。

謝辞

本研究は、科学研究費補助金(21K19173)の助成を受けたものである。

【参考資料】
・浅野賢治・串田篤彦・奈良部孝(2017)「ジャガイモシロシストセンチュウ対策に係る海外先進地事例調査報告」『農研機構研究報告 北海道農業研究センター』206、pp.21-48.
・北海道農政部(2019)『北海道農業生産技術体系(第5版)』公益社団法人北海道農業改良普及協会
北海道農政部食の安全推進局農産振興課(2008)「北海道のいものすべて」〈https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/nsk/potato/imosubete.html
・農林水産省農産局地域作物課(2023)「ばれいしょをめぐる状況について」〈https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/imo/attach/pdf/siryou-4.pdf
・實友玲奈(2024)「バレイショ遺伝資源の利用と開発:これまでのバレイショ遺伝資源の利用とバレイショF1育種に向けた研究」『化学と生物』62(2)、pp.88-93.公益財団法人日本農芸化学会
・関根久子(2023)「経営規模拡大下における種子用バレイショ生産の安定化に向けた課題と条件ー北海道十勝地域A町を対象にー」『農業経済研究』95(3)、pp.177-182.日本農業経済学会

 

 

 

 

 

 

 

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