ばれいしょでん粉製造残渣物を活用したサーモン養殖の可能性〜魚粉の代替原料として〜
最終更新日:2024年8月9日
ばれいしょでん粉製造残渣物を活用したサーモン養殖の可能性
〜魚粉の代替原料として〜
2024年8月
地方独立行政法人北海道立総合研究機構
水産研究本部 さけます・内水面水産試験場
小山 達也
【要約】
水産業や農業における副産物を利用した飼料開発は餌の安定供給と低コスト化に加え、持続的な社会を維持する上でも重要な課題です。ばれいしょでん粉製造時、ホタテのむき身加工処理時、それぞれで生じる残渣から抽出したポテトたんぱくおよびホタテウロエキスを素材に試験飼料を調合しニジマスに給餌しました。その結果、それら試験飼料は魚粉を主要原料とした飼料と変わらない成長を示し、魚粉の代替品として充分に有効であることが確認されました。今後、水産業や農業における副産物を複合的に飼料原料として活用した資源循環型飼料開発への展開が期待されます。
1 研究のきっかけ
世界の動向が目まぐるしく変化している中、水産業の立ち位置も以前とは隔世の感があります。日本、とりわけ北海道に居ると実感しにくいのですが、最近の世界的な魚食の消費を支えているのは1990年代より右肩上がりに増産されている養殖魚介類によるところが大きく、今や世界の魚介類総生産量の半分以上を占めています。中でもサケマス類はスーパーの売り場でサーモンという名称の生食用の刺身や「さく」を目にすることも多いかと思いますが、4分の3が養殖物です。ところで、その養殖業に必要不可欠な餌の主原料である魚粉は需要が増大しているにもかかわらず、魚粉原料魚(アンチョビーなどのイワシ類)の減産も相まってすさまじい勢いで高騰を続け、養殖経営を圧迫しています。
こうしたことから魚粉代替原料の探索が急務で、その代替タンパク質源として植物性原料である大豆かすやコーングルテンミールが検討されていますが、魚粉飼料に匹敵する飼育成績を常に得ることは難しく、さまざまな模索が続けられ今日に至っています。これら植物性原料の供給について昨今の世界情勢を鑑みると自国で賄える原料は安定的な供給の観点から大きなアドバンテージとなりますが、先に示した二つはその多くを輸入しているのが現状です。ときに、北海道畑作農業の基幹作物であるばれいしょですが、このでん粉を製造する時の残渣物は一部が肥料として畑へ還元されるものの、大部分がコストをかけて廃棄処分されているかと思います。この残渣物中にはポテトたんぱく(写真1)が含まれていますが、その利活用は資源循環型社会構築の面からも大変有意義な取り組みになるはずです。このポテトたんぱくを魚の餌の原料にすべく研究が始まりました。
2 代替飼料の探索と開発および改良
これら飼料開発の取り組みは北海道による補助事業「循環資源利用促進重点課題研究開発事業」の公募型研究、課題名「食品製造残渣および水産系廃棄物を活用した養殖サーモン成魚用の低コスト飼料の開発」の一環として令和2年度から始まりました。試験にはニジマスを用いましたが、ニジマスは全国で養殖され、最近は地域の特色を前面にアピールした「ご当地サーモン」として、また、海面でもいけすで養殖される例が増えています。まずは単純にでん粉製造残渣物の廃液から抽出した乾燥粉末ポテトたんぱくを魚粉の代替品として、それぞれ10〜50%の割合で混合した餌をニジマスに与えました(写真2)。これら試験の結果ですが、いずれの混合割合の試験区とも
摂餌が活発とは言い難く、試験終了時(飼育50日目)の魚体重は減っているというありさまでした。実のところ、ポテトたんぱくには毒性物質であるポテトグリコアルカロイド(以下「PGA」という)が含まれているのです。海外でもこうした知見があり、厄介なPGA含量を低減したポテトたんぱくの使用についてアトランティックサーモンで調査した例があります。この海外の例を参考にでん粉製造残渣物から抽出したポテトたんぱくを酸で洗浄することで、PGA含量を低減した「酸洗浄ポテトたんぱく」の製造に、共に研究協力している企業が成功しました。
このPGAを低減した酸洗浄ポテトたんぱくを用いて同様の試験を行いました。約750グラムのニジマスを各池に14尾収容し、ある池の餌は全魚粉の餌、ある池の餌は魚粉の10%を酸洗浄ポテトたんぱくに置き換えた餌、さらに25%を置き換えた餌、50%を置き換えた餌を用い、40日間飼育試験を行いました。その結果について日間摂餌率、日間成長率、飼料効率を図1に示します。
PGAを低減したポテトたんぱくを原料に用いた餌で飼育した試験区を魚粉区と比べると10%、25%代替の餌で飼育した試験区では魚粉区と遜色ない成績を示しました。一方、50%代替すると全魚粉餌に比べ成績が劣る結果となりました。代替割合が高くなると成長しない要因を探るべく試験餌の成分分析を行ったところ、遊離アミノ酸、タウリンが魚粉餌に比べ少ないことが判明しました(図2)。
タウリンは植物性の素材にはほとんど存在しないことが知られています。また、遊離アミノ酸にはアルギニンやヒスチジンなどの必須アミノ酸(魚類が体内で生合成できず餌から摂取しなければ要求量を満たさないため飼料から供給される必要があるアミノ酸)が含まれますが、そうした必要とするアミノ酸の不足、またはバランスの悪さが魚の成長に悪影響を及ぼしたと考えられ、魚粉の代替割合を高めるにはもう一ひねりのアイデアが必要だと考えさせられる実験となりました。
話は変わって北海道のホタテですが、その水揚げ量は30万トン以上と北海道水産業の大きな柱となっています。肉厚でうま味に富んだおいしいホタテですが、ホタテ加工時に出てくるウロ(中腸腺)にはカドミウムが蓄積されているため非可食部位として処分されています。そのホタテウロは年間で2万から2万5000トン発生していますが、厄介なカドミウムを除く「脱カド」という技術について地方独立行政法人北海道立総合研究機構エネルギー・環境・地質研究所がその方法をブラッシュアップし、適正に処理した品物の大量生産が可能となりました。このホタテウロエキスについて成分分析したところ、遊離アミノ酸が魚粉に比べ非常に豊富であることが分かっています(図3)。
酸洗浄ポテトたんぱくを原料にした飼料はその代替割合が高くなると遊離アミノ酸の不足から満足した成長が期待できないが、この脱カドしたホタテウロエキスを添加することで全魚粉餌と同等の成長を望めるかもしれないと考え、ホタテウロエキスを混ぜた餌で飼育試験を行いました。
魚粉の半分を酸洗浄ポテトたんぱくに置き換え、それに遊離アミノ酸が魚粉餌と同量となるようホタテウロエキスを添加した餌で68日間飼育したニジマスの飼育試験結果が図4です。開始前は約300グラムの魚が終了時には約450グラムになりましたが、その日間成長率、飼料効率を比較したところ50%代替餌は魚粉餌と変わらないパフォーマンスを示し、ホタテウロエキスを添加したならば50%代替でも充分に置き換え可能と判断されました。ホタテウロエキスとの組み合わせでポテトたんぱくの代替割合を高める道筋ができたわけです。
こうした実験結果に基づいて民間養魚場でも魚粉の50%を酸洗浄ポテトたんぱくに代替し、それにホタテウロエキスを添加した餌を89日間給餌する試験を行いましたが、その飼育試験でも魚粉餌と同等の成績を収めました(写真3、4)。
3 食味試験の結果
ところで、こうした代替飼料で育てたニジマスの味はどうなのか?おいしくないならば元も子もない話であり、ポテトたんぱくの活用を検討するに際し確認しておきたい重要な事柄の一つです。この点について先の民間養魚場での試験後のニジマスを食味官能試験に供しました。試験は三点識別法という方法で、二つは同じ餌で育てたニジマスのお刺身、残る一つは違う餌で育てたお刺身、これら3点を用意し、どれが他の二つと異なるかをパネリストが選択する試行です(写真5)。試験には22人のパネリストが参加しましたが、正答者は8人でした。この結果を統計学的に処理したところ対照餌と試験餌のそれぞれで給餌飼育したお刺身の食味に違いは識別されず(当てずっぽうに答えても確率的に1/3は正答、つまり正答者8人の中には22/3=7.3人を含んでいる可能性がある)、食味の点からもポテトたんぱくとホタテウロエキスを活用した低魚粉飼料は問題ないことが示されました。筆者もこれら試験に供したニジマスのお刺身を試食しましたが、双方ともおいしく、両者の違いを判定するのは至難の業と感じたところです。
4 今後の展望
低魚粉飼料の材料の一つとしてポテトたんぱくは大きな可能性があることを紹介しました。北海道におけるばれいしょ生産量は年間180万トンと聞いておりますが、そのうちのでん粉生産用に回っているのは約80万トンと推測します。ばれいしょからのポテトたんぱく抽出量は1〜2%とのことで、計算するとおおよそ1万2000トンものポテトたんぱくが生産可能で、北海道の魚類養殖飼料の必要量を十分に賄えると考えるところです。
現在の日本における養殖産業はブリやマダイの養殖主産地である西日本に軸足があり、養魚用飼料工場の多くもそれら地域に点在し、残念ながら北海道にはそうした工場がないのが現状です。ばれいしょの主産地である北海道でポテトたんぱくを原料にした飼料工場が出来たならば、東日本におけるサーモン養殖を展開するうえで大きなプラス要素になります。
ばれいしょとホタテを組み合わせた餌によるサーモンの養殖。農業と水産業がタッグを組むことで成立する一大産業への発展も夢ではないと考えます。各地域の特色を生かし、かつ、今までは処分していたモノを有効活用する無駄のない生産活動。将来の地球を憂えたうえで考える三つのキーワード「持続可能、資源循環、地産地消」。上記の一大産業はこれらを内包した地球に優しいモデルケースになるのではないでしょうか。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272