AIを活用した「ばれいしょ異常株検出支援システム」の開発〜種ばれいしょ生産の軽労化から担い手不足解消へ〜
最終更新日:2024年12月10日
AIを活用した「ばれいしょ異常株検出支援システム」の開発
〜種ばれいしょ生産の軽労化から担い手不足解消へ〜
2024年12月
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
種苗管理センター 生産連携部 連携推進課 小林 華代子
【要約】
種ばれいしょ生産は、国内のばれいしょ生産に使用される種となるばれいしょ生産のことで、植物防疫法に基づく検査で合格した健全な種いもしか流通できない仕組みとなっている。健全な種いもを生産するためには、圃場において異常株を判定し抜き取る作業が重要となっているが、これには目視で異常株を判定できる熟練の技術を持つ人材が必要になる。さらに、異常株を判定するために広大な圃場を何度も歩いて回る必要があり、判定技術の継承と軽労化が求められていた。
そこで、異常株の判定にAI(人工知能)を活用し、検出するプログラムを開発した。さらに、これを搭載する圃場管理車両の開発・改良を進め、現時点では試験圃場で時速2キロメートル、カメラ6台装着、95%以上の精度で判定できるシステムとなっている。このシステムを活用し、種ばれいしょ生産の課題解決に資することを目指している。
1 種ばれいしょ生産の現状
ばれいしょは世界四大作物の一つで、国内においても冷涼な気候に適しているため、北海道畑作の基幹作物として農業経営上の重要な作物に位置付けられている。
国内のばれいしょの生産量は約220万トンで近年は減少傾向にあるが、ポテトチップなどの加工用ばれいしょの需要はむしろ高まっている状況にある
1)。
ばれいしょは種いもを種苗として用いる作物であり、増殖率は10倍程度と稲の約50分の1の低さであることに加え、栄養体であることからウイルス病などに感染した種いもを用いると次代に引き継がれるため、国内では、植物防疫法に基づいた厳格な管理の下で種ばれいしょ生産・流通が行われている。
まず、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)種苗管理センターにおいて導入した新品種を無病化した後、数サイクルを経て原原種と呼ばれる種いもを生産する。次に道・県採種組合による原種生産、採種生産によって、種いもは種苗管理センターの原原種から約1000倍に増殖し、食用などに用いられる一般の生産圃場に行き渡る。それぞれの段階で植物防疫法に基づく検査を行い、合格した種いものみが流通する仕組みとなっている(図1)。
種ばれいしょ生産においては、病気に感染したばれいしょが、病原体を次代に引き継がないよう徹底した病害虫防除が必要であり、防除法の一つとして、病気に感染した株などの異常株を健全な株と見分けて抜き取る「抜取り作業」があり、多くの時間と技術が必要となる。一般のばれいしょ生産と比べると、この抜取り作業に1ヘクタール当たり40.4時間の追加労力を要しており2)、加えて生産者には、異常株を判定する技術も求められる。
主産地である北海道では、生産者数、面積ともに減少傾向であり、種ばれいしょ生産の軽労化が喫緊の課題となっている。
2 種ばれいしょ生産の課題
種ばれいしょ生産では欠かすことのできない抜取り作業だが、実際は生産者が1株ずつ目視で確認しながら広大な圃場を歩き、異常株を判定した上で掘り上げ、抜き取った株を袋に入れて圃場外に搬出する(図2)といった方法を取っていることが多い。この作業は萌芽が揃った5月下旬頃から8月上旬頃まで定期的に行われ、一日当たりの歩行距離は長い時で10キロメートルを超えることもある。また、抜取り作業中は、異常株を見逃さないよう集中力を要することから、肉体的だけではなく、精神的にも負担の大きな作業となっている。
また、異常株を的確に判定するためには、病気の種類や品種の違いによる病徴を把握するなどの経験・知識が必要なことが、種ばれいしょ生産に新規に参入するハードルとなっており、新規参入したとしても異常株を判定できる技術を身につけるには多くの時間を要する。
こういった課題に加え、営農者の高齢化も重なって、種ばれいしょ生産者や作付面積の減少が続いており、種いもの供給不足が懸念される状況にある。
3 「異常株検出支援システム」の開発経緯
種ばれいしょ生産の現状、課題から、異常株の抜取り作業を軽労化すること、また、異常株の判定を支援するための技術開発は、生産現場から強く求められてきた。
農研機構では、2021年度までのイノベーション創出強化推進事業などにより蓄積したAI画像認識技術を基盤とし、自動化された異常株検出支援システムを構築するため、原原種生産業務として異常株の抜取り技術のある種苗管理センター、AI開発や画像認識技術を専門とする農業情報研究センター、ばれいしょの病害虫に詳しい北海道農業研究センター、機材の加工や圃場管理を実施する北海道技術支援センターの4者が機構内で連携してきた。
2023年度には生物系特定産業技術研究支援センター(以下「生研支援センター」という)から「戦略的スマート農業技術の開発・改良(課題番号SA1-423J1)」の採択を受け、新たに民間から、生産者の視点で作業効率などに関する知見を有する十勝農業協同組合連合会、AI搭載の製品開発に実績のあるシブヤ精機株式会社の2者が加わることで、現場実装を目指す研究開発コンソーシアムを形成(図3)し、取り組みを加速化している。
4 システムの概要
本システムでは、ばれいしょ生産において大きな脅威となるジャガイモYウイルス病のモザイク症状や黄化症状、重要な病害と認知されているジャガイモ黒あし病の
萎れ症状や
矮小株などを検出対象としている(図4)。対象品種は、北海道において生産量が多いこと、加えて使用用途を意識し、生食用、加工用、でん粉原料用から1品種ずつ「キタアカリ」「トヨシロ」「コナヒメ」を選択した。でん粉原料用の「コナヒメ」は、シェアが高くシストセンチュウ抵抗性を持つことから、これをターゲットとした。
本システムは、撮影用のカメラと異常株を検出するプログラム(AI)を実装した処理装置、およびそれらを搭載する自走式の圃場管理車両により構成される。圃場管理車両を動かしながら撮影し、動画像に写った株もしくは葉をAIが異常か健全か判定する。異常株が検出された場合は、音やライト、画像によって通知する仕組みとなっている(図5)。
撮影用カメラは、最大6台設置できるようにし、1台につき1畦を撮影するため、一度に6畦分の異常株を検出することができる。従来の人が目視で判定する場合は、一度に2畦〜4畦を確認することが多く、システムを使用すれば最大3倍の効率化となる。
検出速度については、高性能計算機上で画像処理や結果出力を行うため、通信環境の影響を受けずに準リアルタイム検出(注1)を行える。
検出精度の目標は、北海道における抜取り作業期間(6月上旬〜7月中旬)における延べ4回の検出作業によって、植物防疫法で定められた罹病株の抜き残し0.1%以内を満たすため、作業1回当たりの精度目標を83%と設定した。
圃場管理車両は、地上走行車両を活用しており、これまで目視で判定していたように微細な病徴をカメラで捉えることに適している。また、撮影時が晴天の場合は、直射日光が正確な判定に影響を与えるため、日よけを設置して判定の安定化につなげている。加えて、検出した異常株は圃場管理車両に搭載して圃場外へ搬出できる。なお、抜き取る際は、これまでと同様人力で行う必要があるが、導入価格を抑えてシステムを普及させる観点から、除去作業を自動で行う機能は付与していない。
(注1)撮影した動画像に写った異常株を利用者の許容範囲内でのごくわずかな遅延時間で処理する方式。本システムでは、時速2キロメートル、6畦同時にわずかな遅延で処理することができる。
5 検出プログラムの開発
異常株を検出するプログラム(AI)は、AIの手法の一つである「教師あり深層学習モデル
(注2)」を使用しており、本システムでは、撮影した動画像を用いて異常株、健全株の教師データを作製し、深層学習モデルに学習させている。AIの性能は、この教師データの量と質によって左右される。
教師データの量については、特に、異常株の量を確保するために北海道農業研究センター、十勝農業協同組合連合会に専用の隔離圃場を設けて病気に感染させた種いもを植え付け、異常株の動画像データを収集している。通常の種ばれいしょ圃場では、異常株が発生しないよう管理されているため、このような専用の圃場が必要となる。
また、教師データの質を担保するために、種苗管理センターの熟練職員が教師データの作製を担当し、病徴が弱く異常株との判定が難しい画像も学習させることで、AIの性能を向上させている。
撮影した動画像から異常株を検出する手法については、ばれいしょの生育段階によって二つのアプローチを取っている。一つは、隣の株と葉が重ならない時期である生育初期で、1株ごとの切り出しが可能なため、深層学習物体検出モデルにより株の切り出しを行い、サイズ評価を行う。次に、切り出された画像を深層学習分類モデルに入力し、健全株か異常株かの分類を行う手法である(図6)。もう一つは、隣の株と葉が重なり合う時期である生育中期で、この時期は1株ごとに切り出すことは困難なため、一つの画像をグリッド分割して深層学習分類モデルに入力し、異常葉を含むか含まないかの分類を行う手法である(図7)。
(注2)教師あり深層学習モデルは機械学習の一種で、モデルが正解ラベル付きデータを学習することで、新たなデータに対して精度の高い推論を行えるようにする。ここで言う「教師データ」とは、健全や異常といった正解ラベル付き株画像を指す。
6 「異常株検出支援システム」の開発状況と今後の展望
圃場での実証試験では、時速約2キロメートル(通常の抜取り速度)で圃場管理車両を動かしながら、一度に6台のカメラで撮影し、検出した異常株を画面や音などで通知できたことから、システムが判定結果を適切に出力できることを確認している。また、精度については、2021〜2023年に撮影した画像を使ってモデルの学習およびテストをした結果、健全、異常それぞれの分類精度は95%以上に到達している。
圃場管理車両については、晴天時における葉面反射光などが検出の妨げとなっていたが、日よけの設置により安定した検出が可能となり、植物体の成長に合わせてカメラ位置を調整し最適な被写体距離を調整できるようにしたことも、検出精度向上の一助となっている。
このように、システムの基礎的な技術開発は一定程度に達したことから、今後は種ばれいしょ生産の現場で運用するための改良を中心に進めていく。具体的には、2024年度から種苗管理センター原原種圃場に、2025年度には原種・採種圃場に試験導入し、運用した結果、見えてくる課題を解決していくこと、また、さまざまな生育環境に対応できるシステムとするため、試験導入と併せて原原種圃場、原種・採種圃場の試験圃場以外の圃場から撮影データを収集し、多様な株を学習、分類できるようAIの汎化性能を上げていくことを目指している。
また、検出プログラムの操作性を高めるGUI(注3)の開発や、ユーザーニーズの高い搭乗型自走車両の開発にも取り組んでおり、使用者の利便性や省力性の向上につなげていく。
さらに、すでに現場導入されている地域営農支援システムとの融合を図り、検出情報を営農に役立てようと取り組んでいる。検出した異常株をマッピングする機能と、異常株の位置まで作業者を誘導するナビゲーション機能を付与することで、検出作業と除去作業の分離が可能となる。例えば、担当者Aが自走車両で走行して異常株を検出し、営農支援システムで異常株の位置を圃場図にマッピングした後、担当者Bがナビゲーション機能を用いてマッピングされた異常株までピンポイントに移動して除去作業を行う、といった利活用が想定される。
加えて、取得した検出情報を、すでに整備されている生産履歴システムと連携させることで、他の栽培管理情報と一元管理することが可能となり、生産者とJA担当者との異常株に関する情報共有ができるようになるメリットや、異常株の発生位置や異常株の画像などを収集することで、圃場内の発生位置の傾向をつかみ、今後の栽培管理につながることが期待される。
(注3)Graphical User Interface(グラフィカルユーザーインターフェース)の略で、使用者が視覚的に使いやすいよう、コンピューターなどの画面上に表示されたアイコンやボタンを用いて処理の選択や確認などを行う機能。
おわりに
本システムの技術開発の取り組みは、種ばれいしょ生産関係者の期待も高く、早期に現場へ実装して欲しいとの声も聞かれるところであり、現時点では2026年度の運用開始を目指している。これらの声に応えるためにも、軽労化が実感でき、かつ使い勝手が優れる実用品にすることが重要であり、残された課題に対し、コンソーシアムの得意分野を生かし、アイディアを出しながら目標の達成に向けて取り組んでいく。
このシステムの普及により、種ばれいしょ生産者の労働負担軽減、異常株判定をサポートし、生産性の向上、担い手の増加に資することで種ばれいしょ生産、国内ばれいしょ生産の振興に貢献していきたい。
本研究は、生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」(JPJ007097)および「戦略的スマート農業技術の開発・改良事業」(JPJ011397)の支援を受け実施した。
【参考文献】
1)農林水産省農産局地域作物課(令和5年6月)「ばれいしょをめぐる状況について」〈https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/imo/attach/pdf/siryou-4.pdf〉(2024/10/28アクセス)
2)北海道農政部生産振興局技術普及課(令和6年3月)『北海道農業生産技術体系』第6版
3)谷口浩彰ほか(2023)「AIを活用した『ばれいしょ異常株検出支援システム』の開発 −健全な種ばれいしょ生産の軽労化と技術継承を目指して−」農研機構プレスリリース〈https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/ncss/160105.html〉(2024/10/28アクセス)
4)谷口浩彰(2024)「AIを活用した『ばれいしょ異常株検出支援システム』の開発 −種ばれいしょ生産の軽労化と抜取り技術の継承を目指して−」『いも類振興情報』No.160〈https://imoshin.or.jp/imoshin-viewer/pdf/160002.pdf〉(2024/10/28アクセス)
5)大石優ほか(2024)「動画像を用いたばれいしょ異常株検出」日本リモートセンシング学会 第76回学術講演会
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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