タイのキャッサバをめぐる情勢〜生産量維持に向けた取り組みと課題〜(後編)
最終更新日:2025年11月10日
タイのキャッサバをめぐる情勢
〜生産量維持に向けた取り組みと課題〜(後編)
2025年11月
【要約】
タイではキャッサバモザイク病の被害が拡大し、主要輸出先である中国でのキャッサバ製品の需要が減少傾向にある中、同国のキャッサバ産業は、安定したキャッサバ製品の供給と輸出を実現させるため、大きな転換点を迎えている。課題を抱えながらも、新たな輸出先の開拓や高付加価値品種であるワキシーキャッサバの開発などにより、今後も世界のキャッサバ産業をけん引していくと考えられる。
はじめに
タイのキャッサバおよびでん粉の生産・輸出動向を把握するため、2025年6月に同国最大のキャッサバおよびでん粉の生産地であるナコンラチャシマ県を中心に現地調査を実施した。本稿では、前編(25年10月号
〈https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_003423.html〉)のキャッサバモザイク病(CMD)への対応状況に続き、近年の同国のタピオカでん粉の生産や貿易の動向を示した上で、高付加価値化への取り組みなど、同国のキャッサバ産業の今後の姿を考察する。
なお、本文中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月中・月末平均の為替相場」2025年9月末日TTS相場の1タイバーツ=4.70円を使用した。
1 タイのでん粉需給動向
(1)キャッサバの仕向け
タイでのキャッサバの利用は多岐にわたり、キャッサバチップやペレットなどの一次加工品のほか、タピオカでん粉やエタノールなどの高付加価値商品の生産原料に用いられている。タイタピオカ貿易協会(TTTA)によると、2023/24年度(10月〜翌9月)は、国内で利用されるキャッサバの65%が国内産、35%が輸入品であり、このうちでん粉への仕向けは72%(前年度比15ポイント増)、チップ・ペレットは28%(同15ポイント減)であった(図1)。同年度は、キャッサバモザイクによるキャッサバ生産量の減少に加え、チップやペレットの主要輸出先である中国での政策変更により、中国国内での需要と輸入量が減少したことで、でん粉への仕向け割合増加につながった。
同年度に生産されたでん粉の消費状況を見ると、24%(総供給量の17%)がタイ国内で消費され、残りの76%(同55%)が輸出された。タイタピオカでん粉協会(TTSA)によると、国内でのタピオカでん粉の用途は甘味料が35%と最も多く、次いで乾麺などの食品や調味料、化工でん粉、製紙などとされている(図2)。国産のタピオカでん粉についてTTSAは、原料作物のキャッサバが高収量品種であることや、でん粉が非遺伝子組み換え認証を取得していることなどを強みとして挙げ、50年以上絶え間なく進化を続ける国内キャッサバ産業の優位性を強調している。
(2)増加するキャッサバの輸入
タイのキャッサバ生産は、トウモロコシやサトウキビ、ゴムなどの他品目との競合に加え、農地そのものの拡大も難しい状況にあることから、作付面積の増加は難しいとされている。そのため、近年は、ラオスやカンボジアなどの近隣国からより安価なキャッサバやその一次加工品の輸入が増加している(図3、4)。また、天候不順やCMDの影響によりキャッサバ生産量が減少していることも影響し、2024年の輸入量は452万トン(前年比12.2%増)とかなり大きく増加した。その内訳はチップが266万トン(同14.9%増)、キャッサバが138万トン(同28.9%増)であり、主要輸入先はラオスが241万トン(同22.0%増)、カンボジアが208万トン(同3.4%増)であった。今後もタイ国内のキャッサバ生産量の減少が続く場合、近隣国からのキャッサバ輸入は増加するとみられる。
(3)でん粉の生産動向とでん粉工場での取り組み
英国の調査会社であるGlobalData UK Ltd.によると、近年のタイのタピオカでん粉生産量は増加傾向で推移していたが、直近2023年のでん粉生産量は325万トン(前年度比21.0%減)と前年に比べ大幅に減少した(図5)。タイ国内には100以上のでん粉工場があるとされ、このうち、同国最大のキャッサバ生産地であるナコンラチャシマ県には26のでん粉工場が立地している。
今回、同県に立地するタピオカでん粉工場の一つであるRatchasima Green Starch Co., Ltd.(以下「RGS社」という)を訪問した。同社工場は年間を通じて操業しており、原料調達量の多い10月〜翌3月が繁忙期となっている。原料処理量は1日当たり平均1400トン、でん粉生産量は同400トンである。一般的に同規模の工場では、300人程度の従業員が必要とされるが、同工場はカメラを用いたモニタリングなどにより省力化を実現し、190人の従業員で対応可能となっている。工場の屋上と廃水用ため池に太陽光パネルを設置し、また、工場で発生した廃水はバイオガスの生産に利用されるほか、水処理の後にキャッサバの洗浄に利用されるなど、環境に配慮した持続性の高い生産を行っている。キャッサバは周辺の生産者から搬入され、その買取価格は平均取引価格や搬入量を見ながら柔軟に設定しており、キャッサバのでん粉含有率1%ごとに買取価格を決定している(写真1)。
RGS社のタピオカでん粉の製造工程は、1)集荷したキャッサバから砂などを取り除き洗浄、2)洗浄したキャッサバを粉砕し、でん粉と他の物質を分離、3)でん粉から不純物を取り除く処理をした後、脱水・乾燥させ水分を13%以下に調整、4)乾燥させたでん粉をふるい機で検査し、基準を満たしたでん粉を計量して包装−となっている(図6)。同工場で生産されるでん粉はすべて天然でん粉であり、2〜3年前は食品用と工業用がそれぞれ50%ずつ生産されていたが、直近では95%が食品用となっている。これは海外需要の高まりに応えた結果であり、食品用の8割は中国、マレーシアおよび台湾などに輸出される。食品用はカップ麺、乾麺、タピオカパールや練り物に、工業用は製紙や衣料繊維に使用され、用途によって品質水準が設定されている。
同工場はキャッサバ生産者に対し、栽培品種の選別、キャッサバ収穫時のカット方法、生産についての優良事例の紹介や最新情報の共有など、キャッサバ生産に必要な支援や指導を行っている。また、同工場周辺にはタイタピオカ開発機構(TTDI)や国内最高水準の農学部を擁するカセサート大学が立地しており、品種の相談や技術評価など円滑な支援を受けることが可能となっている。この結果、同工場はでん粉含有率が高いキャッサバを買い取ることができ、でん粉工場と生産者の双方にとって良い循環が生まれている。
しかし、同工場へのキャッサバの供給量は3年前から3割程度減少している。この要因についてRGS社は、キャッサバ価格の下落による競合作物への転作やCMDの感染拡大による収量減の影響と分析している。また、中国がベトナムやラオスなどからのでん粉輸入量を増加させたことで、タイのでん粉輸出価格が下落したことも買取価格を上げることができない一因であるとしており、生産者の作付け意欲を維持するため、RGS社では知識および技術の提供や指導のみならず、高齢化対策にもつながる機械化や省人化にも取り組んでいる。
(4)でん粉およびキャッサバ製品の輸出
近年、タイのタピオカでん粉輸出量は300万トン程度で推移している(図7)。2024年は321万トン(前年比11.7%増)で、輸出先上位のいずれも前年から増加した。内訳は、最大の輸出先である中国向けが188万トン(同2.2%増)、次いでインドネシア向けが27万トン(同19.2倍)、台湾向けが25万トン(同4.0%増)となった。化工でん粉輸出量は100万トン程度で推移している(図8)。24年は106万トン(同3.6%増)で、輸出先上位のうち日本以外は前年から増加した。内訳は、最大の輸出先である日本向けが28万トン(同3.1%減)、次いで中国向けが23万トン(同0.2%増)、インドネシア向けが11万トン(同19.9%増)となった。
一方、タイのキャッサバ製品の輸出量は、中国の需要低下などを反映し、24年は209万トン(同54.1%減)と大幅に減少した(図9)。内訳はチップが206万トン(同53.8%減)、ペレットが3万トン(同69.2%減)であった。主要輸出先である中国向け輸出量は、207万トン(同54.0%減)と大幅に減少した(図10)。中国は飼料用途のほか、エタノール生産のためタイからチップを輸入していたが、近年はチップの代替として石炭やトウモロコシの利用を増やしており、24年のチップの輸入量は206万トン(同53.3%減)と大幅に減少した。
タイにとって、でん粉およびキャッサバ製品の輸出は外貨獲得の面でも重要であることから、近年、同国では主要輸出先である中国向けに依存する状況から脱却するため、新たな輸出市場の開拓に努めている。飼料用途の可能性があるサウジアラビアなどの中東諸国やニュージーランドとの交渉を進めており、タイ商務省は25年5月にサウジアラビアの飼料企業と会談し、同国向けに飼料原料として2万トンのペレット輸出が実現した。
2 世界から注目されるタイのワキシーキャッサバ開発
(1)ワキシーキャッサバ
アミロースとアミロペクチンからなる一般的な天然でん粉に加えて、今日ではアミロースを含まないアミロペクチンのみからなる天然でん粉もある。アミロペクチンのみを有するでん粉原料作物は、コメやトウモロコシなどの一部の穀類、またはばれいしょやキャッサバなどのいも類に見られ、これらの品種はワキシー種と呼ばれることもある。一般的に天然でん粉は20%程度のアミロースと80%程度のアミロペクチンからなり、両者の組成比がでん粉の物性を左右するが、アミロペクチンの多いでん粉を食品に使用すれば、アミロースを多く含むでん粉に比べてその老化が抑えられることが知られている。キャッサバでは先行して遺伝子組み換え(GM)によるワキシーキャッサバが存在していたが、TTDIは世界で初めて商業的に非GMワキシーキャッサバの開発に成功した(写真2、3)。ワキシーキャッサバを使用したワキシータピオカでん粉は、一般的なタピオカでん粉に比べて
糊液が透明であり、時間経過によるでん粉の老化の抑制や冷蔵冷凍などの低温条件下でも安定性に優れるなどの特徴を有している。ワキシータピオカでん粉は近年、世界的に需要が高まっており、日本からの関心も高い(写真4)。
(2)TTDIによるワキシーキャッサバの開発
2006年に国際熱帯農業センター(CIAT)は、ワキシーキャッサバ(AM206-5)を育成したが、商業栽培には向かない低収量品種であった。TTDIは、タイが世界最大のタピオカでん粉輸出国であり、同国がワキシーキャッサバを開発することは、今後、同国のタピオカでん粉が世界市場で米国産コーンスターチやEU産ばれいしょでん粉など、他国・地域のでん粉と競争していく上で重要であると思案した。そこでTTDIは08年3月にCIATとパートナーシップを結び、タイの気候風土で商業栽培が可能なワキシーキャッサバの共同開発に着手した。09年にはTTDIから資金提供を受けたCIATからF2品種がタイに送られ、同年にTTDIの試験圃場でカセサート大学の育種チームにより1万6000本が定植された。4年間の選抜試験の末、13年に3品種のワキシーキャッサバ(HBwx1、HBwx2およびHBwx3)が選抜され、14年には植物品種保護法(1999年)に基づき新品種として登録された。その後、15年から現在に至るまで、ワキシーキャッサバの収量とでん粉含有量の向上のために、同3品種とTTDIの開発した商業品種と交配させることで「タイ・ワキシー」と呼ばれるハイブリッド5品種(HBwx4、HBwx5、HBwx6、HBwx7およびHBwx8)が開発されている。
(3)ワキシーキャッサバの生産状況と課題
現在、タイのワキシーキャッサバから生産されるワキシータピオカでん粉は、国際市場からの高い需要を背景に、すべて海外向けに生産されている。また、非GM品種であることから、特にクリーンラベル(注1)対応が求められる欧州向けの食品用途としての引き合いが強い。ワキシーキャッサバの生産は、キャッサバ生産者にとって新たな雇用と収入の源となっているとされ、その苗はTTDIと契約を結んだ6企業を通じて国内の生産者に流通している。契約内容には、ワキシーキャッサバの取り扱いや栽培環境の整備などが含まれ、特に工場買取価格はTTDIと工場との取り決めにより、普及種の5割増し以上で設定することが義務付けられている(表1)。TTDIによると、これはワキシーキャッサバが非GM品種であり、そのでん粉は透明性、耐久性、弾力性などにおいて、一般的なタピオカでん粉より優れた特性を有するが、それらの特性付与には化学的処理が不要であるためとされている。
(注1)明確な定義はないものの、主に食品表示の簡素化を指す用語として利用され、化学合成された添加物やGM作物の使用を避け、食品パッケージに表示される原料を少なく簡素化し、分かりやすくするといった取り組み。
しかし、ワキシーキャッサバの作付面積は1万2800〜1万6000ヘクタールと、タイのキャッサバ作付面積の1〜2%程度に過ぎない。これはTTDIとワキシーキャッサバの生産に関する契約を締結し、ワキシーキャッサバの加工が可能なでん粉企業が上述6企業しかなく、また、そのうち本格的に商業的栽培を実施しているのは3企業しかないことに起因しているとされる。さらに、その他のでん粉企業やキャッサバ生産者はワキシーキャッサバの特性に一定の理解はあるものの、点滴かんがいシステムの導入など、栽培条件や上述の契約内容などが生産意欲を制限する要因となっている。
また、ワキシーキャッサバは普及種と同様にCMDに感染しやすいことから、CMD抵抗性を有するワキシーキャッサバの開発が長く望まれてきた(写真5)。そこでTTDIは、CMD抵抗性品種とワキシーキャッサバを交配させることで、25年にCMDへの抵抗性を有する4品種のワキシーキャッサバを開発した。TTDIと前述の6企業は、ワキシーキャッサバの生産拡大のためのプロジェクトをこれまで実施しているが、同抵抗性品種は27年に各社へ配布される予定となっている。各社は現在、同抵抗性品種の苗数を迅速に確保するための増産方法を検討しており、その方法には]20法および]80法(前編参照)のほか、組織培養が含まれる。
(4)ワキシーでん粉の今後
ワキシーでん粉の需要は近年高まっている。例えば世界のワキシーコーンスターチ生産量は増加しており、その価格は通常のコーンスターチに比べて高いとされる。ワキシーコーンの生産では他家受粉を防ぐため、通常のトウモロコシとは別の圃場でワキシーコーンを生産することが重要であり、より多くの作付面積や生産コストが要求される。対照的に、キャッサバは茎による苗の増産が可能であり、収量を種子に依存しないことから、ワキシーキャッサバの生産ではトウモロコシのような品種の交雑問題は発生しないという利点がある。収穫時に普及種との混合を防ぐことは重要になってくるが、ワキシーでん粉原料作物の生産の面においても、タイでのワキシーキャッサバ生産は有利があると言える。また、同国のワキシータピオカでん粉は、通常、化学処理を伴うことで得られるような化工でん粉の特性をあらかじめ備えていることから、加工や廃棄物処理のコストが化工でん粉より低く、製造工程での環境負荷が小さいという利点もある。タイでのワキシーキャッサバの生産は、今後、世界最大のタピオカでん粉輸出国である同国の地位をより確固たるものにしていくとみられる。また、業界としては、同国が長らく培ってきたキャッサバに関する知識と技術がワキシーキャッサバの新たな可能性を広げ、多用途で多様な特性を持つ高付加価値でん粉の開発につながることを期待している。
3 タイのキャッサバ産業の課題と今後
(1)キャッサバ産業の発展と問題点
これまで記してきた通り、キャッサバはタイの農工業にとって重要な作物である。現在、キャッサバ生産者は60万戸以上あり、キャッサバの加工や関連産業全体で100万人以上の雇用につながっている。また、同国は40年以上にわたり世界最大のキャッサバ製品の輸出国であり、2024年の輸出額は1102億7600万バーツ(5182億9720万円)に達した。これはキャッサバ製品生産に関わるサプライチェーン全体の技術革新によるものであり、キャッサバ栽培では、でん粉含有量の高い作物の収量向上や植え付け、機械収穫に適した品種開発などに注力してきた。また、近年、同国はキャッサバチップやペレットなどの一次加工品の輸出から、より高付加価値の製品への転換を進めており、前述の通り、その主力製品がタピオカでん粉と化工でん粉である。さらに、でん粉の製造工程では、損耗の最小化や水とエネルギー使用量の削減、廃水のバイオガス変換、バイオ燃料やバイオプラスチック生産への利用など、技術革新が進められてきた。
しかし、現在、同国のキャッサバ産業は長期にわたるCMD被害、ベトナムやラオスなどの近隣諸国がキャッサバ生産とでん粉産業の発展に注力したことででん粉とキャッサバチップ市場での競合が増すなど、いくつかの重大な課題に直面している。そこでタイ開発研究所(TDRI)は商務省と連携し、キャッサバ製品に関する貿易の安定化と強化に向けた調査を実施して、同国のキャッサバ生産と貿易の発展に向けた問題点と今後の指針についてまとめている。
(2)SWOT分析と喫緊の課題
TDRIによるタイのキャッサバ産業のSWOT分析(注2)によると、内的要因では、長らく世界最大のキャッサバ製品輸出国として世界をリードしてきた強みがある一方、生産性や生産環境のほか、中国依存の輸出などに弱みがあるとされた(表2)。また、外的要因では、でん粉や新産業分野での応用や東南アジア地域での中心的存在への成長機会などがある一方、中国での需要減少のほか、原料輸入や製品輸出に関係する懸念点などが脅威となっているとされた。
そのような状況の中でTDRIは、喫緊に解決が求められる主な課題として、1)CMD被害、2)収量と生産コスト、3)中国市場への依存、4)キャッサバの輸入−の4点を挙げている。CMDについては前編の通り、被害拡大は深刻である。収量ではCMD被害や土壌劣化の影響、生産コストでは肥料や人件費の上昇が際立っている。また、輸出では前述したようにタイは中国に依存しており、その政策変更やより低コスト生産が可能な近隣国への投資など、同国の動向がリスク要因となっている。さらに、キャッサバの輸入は近隣諸国の政策やそれらの国との関係性の観点から、輸入が減少したり、輸入が規制される可能性があり、加工産業や関連産業向けのキャッサバが長期的に不足する懸念がある。
(注2)戦略の構築、評価を行うため、業界や企業内部の強み、弱みや外部の機会、脅威を整理して分析する手法。
(3)タイのキャッサバに関する三つの政策提言
上記の課題を受けてTDRIは、タイのキャッサバ産業の安定化と強化に向け、1)生産、2)価格とコスト、3)貿易−の三つの側面から政策を提言している。
ア 生産に関する提言
タイ政府は、これまでCMDへの感受性が低い品種(例えば Kasetsart50)の植え付けを推奨してきたが、当該健全苗を植え付けたとしても2〜3世代後にはCMDの感染が確認される事例が多かったとされる。しかし、現在はCMD抵抗性品種(ITTHIシリーズ)が開発されており、これら抵抗性品種への転換が推奨されている。また、政府が組織培養によるCMD抵抗性品種の増産を加速させるための予算を割り当て、5〜6年以内にタイ全国での同品種の需要を十分に満たせる体系を構築すべきであるとしている。ここでは、前編で取り上げた]20法などの増産方法については触れられていないが、組織培養よりも低コスト・高効率で苗を生産できるとする報告もあることから、引き続き]20法などの利用や検討が続けられると考えられる。さらに、CMD抵抗性品種と高付加価値品種の交配による新たな品種作成の研究開発の加速も望まれるとしており、これは先述のCMDに抵抗性のあるワキシー種の開発が該当する。
生産環境については、キャッサバの残さやでん粉工場から発生する廃水などの管理や利活用に関するモデル研究を支援して生産環境が改善されることで、環境基準を満たす条件の下、キャッサバ生産地の近隣に加工工場が設置可能となるよう法制度を柔軟に改正することを提案している。また、廃棄物を工場外に搬出して処分することなく、BCG経済モデル(注3)の方針に沿って、工場内での肥料や土壌改良材の生産を推進するとしている。
(注3)2021年1月に政府が国家戦略として正式に導入。バイオ(Bio)経済(生物資源の活用)、循環(Circular)経済(資源の再利用とリサイクル)、グリーン(Green)経済(経済、社会、環境のバランスによる持続可能な開発)の考えを統合しており、農業・食品、健康・医療、バイオエネルギー・バイオ素材・バイオ化学、観光・クリエイティブ経済の4分野を主な対象産業としている。
イ 価格とコストに関する提言
でん粉含有量の高いキャッサバ生産を奨励し、生産者がインセンティブを得られるよう、でん粉含有率に基づくキャッサバの買取価格の再構築を提案している。現在タイでは、生産者がでん粉含有率30%のキャッサバを工場に持ち込む場合、基準となる25%のキャッサバよりも1キログラム当たり0.25バーツ(1.2円)高い価格で買い取られるが、隣国のベトナムでは同0.50バーツ(2.4円)とタイの2倍の買取価格となっている。また、政府による所得補償や価格介入といった政策の見直しも必要であり、長期的には市場メカニズムに基づく価格形成が望ましいとしている。
ウ 貿易に関する提言
直近ではCMDの被害拡大、長期的にはタイのキャッサバ産業進展により、将来的には同国内でのキャッサバが不足する可能性があるため、周辺国からのキャッサバ輸入を許可する政策の整備が求められるとしている。今後、同国のキャッサバ価格は、国内需給よりもキャッサバ製品の国際市場価格に左右されるとしており、国際競争力維持のため原料調達先の多様化が不可欠であると考えられる。
また、輸入需要が減少している中国向け輸出への依存を減らすために、新しい輸出先の拡大を図る必要があるとしている。前述の通り、脱中国依存を図るため、サウジアラビアやニュージーランドへのキャッサバ製品輸出が検討されており、一部は輸出が開始されている。一方で、2025年1月には中国大手輸入業者との間で大型取引の覚書が締結されるなど、引き続き中国は重要な輸出先であり続けると考えられる。
おわりに
タイのキャッサバ産業は、いま大きな転換期を迎えている。CMD対策や脱中国依存の必要性など、安定生産と輸出の実現に向けた課題が多く挙がる中、CMD抵抗性品種の開発と普及に向けた取り組みは、同国のキャッサバ産業に安定をもたらし、産業を支える一助になるとみられる。また、ワキシーキャッサバのような高付加価値品種の開発は、タイのキャッサバ産業を新たな段階へと引き上げる契機になると考えられ、関係者も相当な伸びしろを感じている。今回の現地調査では、いずれタピオカでん粉の多くをワキシータピオカでん粉に置き換えたいとの声もあり、生産や普及への熱意を感じ取ることができた。長年世界のキャッサバ産業をリードするタイで培われた経験と新たに開発された技術や品種の恩恵を最大限享受することができれば、世界で最も進むタイのキャッサバ産業は今後さらに発展する可能性があり、同国の強みを生かしたキャッサバ製品輸出の拡大も可能になると考えられる。引き続き、日本のでん粉市場で重要な位置付けとなっているタイのキャッサバ産業を注視していきたい。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272