でん粉糖化処理副生物を活用した土壌還元消毒技術〜「糖含有珪藻土」がサツマイモ基腐病などの防除に効果を発揮〜
最終更新日:2025年12月10日
でん粉糖化処理副生物を活用した土壌還元消毒技術
〜「糖含有珪藻土」がサツマイモ基腐病などの防除に効果を発揮〜
2025年12月
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 植物防疫研究部門
(現・農林水産省 農林水産技術会議事務局)
野見山 孝司
【要約】
でん粉糖化液を珪藻土によりろ過する際に副生される「糖含有珪藻土」を用いた土壌還元消毒技術は、化学農薬に依存せず、微生物の働きにより病害虫を抑制する環境保全型の防除手法である。この手法は深層部まで還元状態を形成できるため、青枯病やネコブセンチュウなど難防除病害にも高い効果を示す。また、近年かんしょ栽培に大きな被害をもたらしたサツマイモ基腐病に対しても、苗床を土壌還元消毒することで育苗期に高い効果を示す。食品製造副産物を活用することで資源循環にも貢献し、「みどりの食料システム戦略」の目標達成に寄与する持続可能な技術として注目されている。
はじめに―土壌消毒の必要性と「みどりの食料システム戦略」への対応―
農業生産において、同一圃場にて同一作物を連続して栽培することは、土壌中における特定病害虫の密度増加ならびに肥料成分の偏在を招き、土壌の生物的・理化学的バランスを崩す要因となる。これにより、いわゆる連作障害が顕在化し、作物の健全な生育を阻害する事例が多く報告されている。
本来、輪作を導入することにより、連作障害の回避は可能であるが、現代の産地化された集約的生産体系においては、輪作の実施が困難な場合も少なくない。そのため、現場では土壌くん蒸剤を用いた化学的消毒が広く行われている。
しかしながら、近年、化学農薬や化学肥料の使用による環境負荷の軽減に対する社会的要請が高まりを見せており、持続可能な環境保全型農業への転換が求められている。国際的には、2015年に国連が採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」において、「飢餓の撲滅と持続可能な農業の促進」が主要目標の一つとして掲げられている。
国内においても、農林水産省は2021年に「みどりの食料システム戦略」を策定し、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する政策的枠組みを提示した(農林水産省 2021)。同戦略においては、化学農薬の使用量(リスク換算)を2030年までに10%、2050年までに50%削減することが目標として掲げられている。
現状では、主要な土壌くん蒸剤(クロルピクリンくん蒸剤、ダゾメット粉粒剤、D-D剤)による農薬使用量が、リスク換算値において全体の約51%を占めており、これらの削減は喫緊の課題とされている。かかる状況に鑑み、化学農薬に依存せず、環境負荷の少ない新たな土壌消毒技術の開発と普及が急務となっている。
本稿では、環境保全型農業の実現に資する技術として、でん粉糖化工程での副産物を活用した新規資材「糖含有珪藻土」による土壌還元消毒技術を取り上げ、その原理、処理手順、作物への効果ならびに今後の展望について紹介する。さらに詳しい内容に関しては、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)(2021および2025)、野見山(2025)をご参照いただきたい。
1 土壌還元消毒技術とは―手順と消毒の仕組み
土壌還元消毒技術とは、土壌中に易分解性有機物を混和し、かん水および被覆を施すことにより、土壌を嫌気的(酸素の無い状態)かつ高温の還元状態へと導き、病害虫の死滅を図る消毒技術である。本技術は、化学農薬を用いることなく、微生物の代謝活動を活用して土壌病害虫を抑制する環境保全型の物理的消毒手法として注目されている(農研機構 2021および2025、野見山 2025)。
処理の基本的手順は、以下の通りである。まず、圃場全面に易分解性の有機物(糖含有珪藻土、米ぬか、小麦フスマ、糖蜜など)を均一に散布し、ロータリー耕起などにより土壌と十分に混和する。次いで、圃場全体が湛水状態となるまで多量のかん水を行い、地表面を透明な農業用フィルムで被覆する。これにより、外気の流入が遮断され、土壌中の酸素は急速に消費されて嫌気的環境が形成される。
被覆下では、太陽熱の作用により地温が30度以上に上昇し、土壌中の好気性微生物が有機物を分解する過程で酸素が消費される。酸素濃度の低下に伴い、土壌の酸化還元電位はプラス600ミリボルト程度からマイナス200ミリボルト程度へと低下し、還元状態が形成される。この環境下では、嫌気性微生物が優占し、有機酸(酢酸、酪酸など)や金属イオン(二価鉄、二価マンガンなど)が生成・溶出する。これらの物質は、病原菌や線虫に対して抗菌・殺虫作用を有し、土壌中の病害虫密度を効果的に低減させる。
土壌酸素濃度の低下や地温の上昇以外に、還元状態における微生物群集の変化や病原菌との競合も消毒効果に寄与していると考えられており、複合的な要因が相乗的に作用することで高い防除効果が得られる。本技術は、特に施設栽培において管理が容易であり、青枯病、フザリウム病、基腐病、ネコブセンチュウなど、複数の土壌病害虫に対して有効性が確認されている。
2 「糖含有珪藻土」とは
(1)でん粉処理副生物の可能性
糖含有珪藻土は、食品製造工程において、でん粉糖化液を珪藻土によりろ過する際に副生される固形資材である(写真1)。キャッサバやトウモロコシ、かんしょなどを原料とするでん粉の糖化処理過程において、糖化液中の不純物を除去する目的で珪藻土が用いられ、ろ過後には糖を含有した珪藻土が副生物として得られる。
本資材は、未利用炭素源を多く含むため、環境保全型農業の観点からも有効活用が望まれていたところ、土壌還元消毒資材として用いると、固形であるため圃場での取り扱いが容易であり、含有する糖分はかん水時に溶出して土壌深層部まで浸透する。これにより、地下60センチメートル程度まで還元状態を形成して、病原菌や線虫を防除することが可能となり、従来資材では困難であった深層部での土壌消毒を実現する。
また、窒素分が少ないことから、処理時に発生する還元臭(いわゆるドブ臭)が抑制され、処理環境の改善にも寄与する。これらの特性により、糖含有珪藻土は新たな土壌還元消毒資材として高い実用性を有するものと評価されている。
(2)従来資材との比較
以前より用いられてきた土壌還元消毒資材には、小麦フスマ、米ぬかや糖蜜などがある。これらはそれぞれに利点を有するものの、深層部への還元効果や作業性において制約が存在する。これに対し、糖含有珪藻土は、深層部への浸透性、作業の簡便性、臭気の抑制、経済性の各点において優れた特性を示す。
表に、主要な土壌還元消毒資材について、その処理量、資材経費、消毒深度、作業性、臭気などの観点から比較を行った。
このように、糖含有珪藻土は、従来資材の短所を補完しつつ、深層消毒の実現と作業負担の軽減を両立する資材として高く評価される。現在では、複数の企業より同等資材が市販されており、地域や用途に応じた選択が可能である。
3 土壌還元消毒の具体的な手順
糖含有珪藻土を用いた土壌還元消毒は、施設栽培における病害虫防除技術として実績を有しており、特にナス科野菜の青枯病やサツマイモ基腐病、ネコブセンチュウなどに対して高い効果が確認されている。本章では、実際の圃場において本技術を適用する際の基本的な処理手順について述べる。
処理の適期は、地温が30度以上に達する夏季(おおむね6〜9月)が望ましく、深さ40〜60センチメートルで30度以上の平均地温を確保することが消毒効果の発現において重要である。
(1)資材の散布
糖含有珪藻土は、10アール当たり1トン(1平方メートル当たり1キログラム)を目安として、圃場全面に均一に散布する。小面積の場合はスコップやシャベルなどによる手作業でも対応可能であるが、大面積においてはブレンドキャスタやライムソーワなどの散布機械を用いることで作業効率が向上する(写真2)。
(2)耕うんおよび鎮圧
散布後は、トラクターなどを用いて2〜3回ロータリー耕起を行い、資材を土壌と十分に混和する(写真3)。耕うんはできる限り深く行い、均平に仕上げることでかん水の均質化が図られる。排水性の高い圃場においては、耕うん後に鎮圧を施すことで土壌の空隙が狭まり、水分保持性が向上する。これにより、湿潤状態の維持が容易となり、消毒効果の安定化に寄与する。
(3)かん水および被覆
圃場全面に均一なかん水を行うため、散水型のかん水チューブを60センチメートル〜1メートル間隔で敷設する(写真4)。次いで、圃場全面を透明な農業用フィルムで被覆・固定し、空気の流入を遮断する。かん水は、10アール当たり100〜150トン(1平方メートル当たり100〜150リットル)を目安とし、圃場全体を水田のようにぬかるませる(写真5)。ぬかるみの深さは、園芸用支柱などを用いて60センチメートル以上に到達していることを確認する。
なお、かん水チューブやフィルムは中古品の再利用も可能であり、破損箇所を補修すれば十分な機能を果たす。かん水後は、施設の出入口や天窓・側窓を閉じ、地温を上昇させる。
(4)消毒期間中の対応
地表面を被覆・固定した後、湿潤状態を3週間〜1カ月間維持する。消毒開始後3〜5日を経過すると、土壌の還元化が進行し、還元臭がかすかに漂い始める。地表面が乾燥しそうな場合には、湿潤状態を維持するため、追加かん水を行う。
(5)消毒後の対応
土壌の還元状態は、還元臭のほか、消毒終了直後のジピリジル反応(二価鉄イオンによる赤変)や土壌色の青灰化により評価する(図1)。被覆を除去した後、圃場を乾燥させ、還元臭が消失するまで数回耕うんを行い、土壌を酸化状態に戻す。還元状態のまま定植すると、根部の酸欠により生育障害を引き起こす。
施肥に関しては、土壌還元消毒により土壌中の窒素が無機化され、作物に吸収されやすくなるため、基肥量を減じ、樹体の生育状況を見ながら追肥で調整することが望ましい。
4 作物に使用した際の効果
糖含有珪藻土を用いた土壌還元消毒は、複数の作物において高い防除効果を示しており、特に土壌伝染性病害や植物寄生性線虫に対する有効性が確認されている。以下に、代表的な事例として、サツマイモ基腐病、ナス科青枯病、ネコブセンチュウに対する効果を述べる。
(1)サツマイモ(サツマイモ基腐病、苗床)
サツマイモ基腐病は、地際部の茎が褐変し、病斑が全身に拡大して枯死に至る重大病害である(図2a)。2018年に南九州・沖縄地域にて初発が確認されて以降、地域産業に深刻な影響を及ぼしてきた。
本病の防除においては、健全苗を育成するために苗床の清浄化が不可欠であり、糖含有珪藻土を用いた土壌還元消毒が有効であることが現地試験により示された。特に、処理作業においては、保水性向上のための資材混和後の土壌鎮圧と既設の頭上スプリンクラーを活用したかん水が奏功し、夏季に処理を実施した苗床では、翌春の育苗期において発病が確認されなかった(写真6)。これにより、本技術は苗床の防除体系に組み込むことが可能であると判断された。
(2)トマト(ナス科野菜青枯病)
ナス科野菜青枯病は、ナス科作物(トマト、ナス、ピーマンなど)に発生する土壌伝染性病害であり、高温期において急速に
萎凋・枯死を引き起こす(図2b)。病原菌(Ralstonia solanacearum)は地中深部に生息するため、従来の消毒法では十分な効果が得られない場合が多かった。
しかしながら、糖含有珪藻土を用いた土壌還元消毒により、地下60センチメートル程度まで還元状態が形成され、深層部の病原菌も消毒されることが確認された。処理後にトマトを栽培したところ、発病率は著しく低下し、複数作にわたって効果が持続した(図3および4)。接ぎ木栽培との併用により、さらに安定した防除が可能となる。
(3)トマト(ネコブセンチュウ)
ネコブセンチュウは、果菜類・根菜類・花きなどに広範な被害を及ぼす植物寄生性線虫であり、根部にこぶ(ゴール)を形成して養水分吸収を阻害する(図2c)。深層部に生息するため、通常の消毒法では十分な防除が困難である。
糖含有珪藻土による土壌還元消毒を実施した圃場では、消毒後に作土層(0〜30センチメートル)から深層部(45〜60センチメートル)にかけてセンチュウが検出されなくなり、トマト栽培においても根こぶの形成は認められなかった(図5)。これにより、本技術は線虫害に対しても高い防除効果を有することが示された。
おわりに―糖含有珪藻土を用いた土壌還元消毒の今後の可能性―
糖含有珪藻土を用いた土壌還元消毒技術は、化学農薬に依存することなく、種々の土壌病害虫に対して高い防除効果を示す環境保全型の消毒方法として、多くの高い成果を挙げている。特に、地下深層部までの還元化が可能である点において、従来資材の限界を克服し、青枯病、基腐病、ネコブセンチュウなどの難防除病害に対して有効性を示したことは、技術的にも実用的にも大きな意義を有する。
本技術は、作業工程においても特段の複雑性を伴わず、資材の散布・混和・かん水・被覆といった一連の処理は、既存の農業機械や施設設備を活用することで十分に対応可能である。また、糖含有珪藻土は食品製造工程において副生される資材であり、資源循環の観点からも持続可能な農業の構築に資する。
いくつかの地域では、本技術を活用した「グリーンな栽培体系」への転換が進められており、実証試験に基づく技術マニュアルも公開されている(鹿児島県 2023、埼玉県 2023)。これらの取り組みは、みどりの食料システム戦略の実現に向けた先導的事例として位置付けられ、今後の全国的な普及に向けた礎となる。
一方で、さらなる普及に向けては、露地圃場への展開、処理適期の拡大、少量かん水による還元形成技術、簡易被覆法の開発、ならびに土壌微生物叢の機能解明などの技術的な課題が残されている。これらの課題を克服することにより、本技術は将来的に安定的な農業生産の維持に貢献し得るものと期待される。
以上、本稿において、糖含有珪藻土を活用した土壌還元消毒技術の原理、資材特性、処理手順、作物への効果、ならびに今後の展望について述べた。本技術が持続可能な農業の一助となることを願うものである。
謝辞
ここに紹介した成果は、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」(管理法人:生研支援センター)および生研支援センターの戦略的スマート農業技術等の開発・改良(JPJ011397)「輸出拡大のための新技術開発」、「かんしょ輸出産地を支えるサツマイモ基腐病総合的防除体系の開発」(2022〜24年度)の支援を受けて得られたものである。
【参考文献】
1)農林水産省(2021)「みどりの食料システム戦略トップページ」
〈https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/index.html〉(2025年11月3日アクセス)
2)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(2021)
「新規土壌還元消毒を主体としたトマト地下部病害虫防除体系標準作業手順書ーサンプル版−」
〈https://sop.naro.go.jp/document/detail/12〉(2025年11月3日アクセス)
3)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(2025)
「サツマイモ基腐病を防除する苗床の土壌還元消毒技術標準作業手順書ーサンプル版−」
〈https://sop.naro.go.jp/document/detail/72〉(2025年11月3日アクセス)
4)野見山孝司(2025)「新規資材「糖含有珪藻土」を活用した土壌還元消毒技術」『農研機構研究報告』
第20号:53〜60.doi: 10.34503/naroj.2025.20_53、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
5)鹿児島県(2023)「グリーンな栽培体系への転換(県園振協曽於支部)」〈https://www.pref.kagoshima.jp/ao11/2022gurisapo/2022gurisapo.html〉(2025年11月3日アクセス)
6)埼玉県(2023)「グリーンな栽培体系への転換サポート」
〈https://www.pref.saitama.lg.jp/b0905/documents/20230726.html〉(2025年11月3日アクセス)
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