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最終更新日:2010年3月6日
かんしょでん粉工場による担い手育成の取り組み 〜有限会社上原産業〜 |
[2009年6月]
【生産地から】調査情報部調査課 鹿児島事務所
平成19年度から始まった品目別経営安定対策においては、新たな担い手の育成を目的に、一定の要件(表1のB−1からB−4までの対象要件を指す。以下「本則要件」という。)を満たすことが、でん粉原料用いも交付金の対象生産者となるために必要となっている一方、平成21年度までの特例措置として、地域の1/2以上の生産者が参加する担い手育成組織の参加者(B−5)についても、交付金の交付を受けられることとなっている。こうした中、この特例期間の終了まで残り1年弱となり、特例対象者の本則要件への移行を促進し、また、耕作放棄地の増加を回避するために、各地で担い手の育成に向けた取り組みが行われているところである。本稿では、地域に根差した産業であるでん粉製造事業者として、担い手の育成に取り組んでいる南さつま地域の有限会社上原産業(以下、「上原産業」という。)の事例を紹介する。
南さつま地域(南九州市、枕崎市、金峰町を除く南さつま市)を主な集荷範囲とするでん粉工場は、ここで紹介する上原産業のほかに、南さつま農業協同組合(霜出でん粉工場)、株式会社加治佐澱粉工業、株式会社勝尾商店がある。
この4工場が要件審査申請を取りまとめている生産者数を見ると、南さつま地域では、平成19年から20年にかけて、B−5の生産者数が837名から489名へと大きく減少した(鹿児島県全体としても4,116名から3,078名に大きく減少している)。平成20年度の、南さつま地域でのB−5の全体に占める割合も、約38%と県平均より高いものとなっている。さらに、ほ場の区画整備があまり進んでいないため、作業の機械化が難しく、基幹作業(育苗、耕起・整地、畝立て・マルチ、植付け、収穫の各作業)の受委託が進みにくい状況となっている。このため、本地域では、B−5の生産者の本則要件への移行と担い手の確保が喫緊の課題となっている。
上原産業は、鹿児島県南九州市川辺町に位置するでん粉製造工場である。昭和14年に味噌・醤油の醸造および販売を開始し、でん粉の製造は昭和27年から行っている。有限会社としての法人格は昭和30年に取得した。
同社は、でん粉原料用いもの生産者でもあり、認定農業者としてでん粉原料用いもを栽培している。平成21年度には、新たに農業生産法人として認可されたところである。作付けしているほ場の大半は、廃作する生産者からの希望などにより、借り受けているものである。平成19年度の作付面積は488アール、でん粉原料用いもの出荷量は、約124トン、平成20年度は、作付面積547アール、出荷量約159トンであった。
育苗について、上原産業は、以前から、工場の敷地内にある2棟(1棟の面積は3アール)の育苗ハウスを活用して、平成12年に奨励品種となったコナホマレや同15年に奨励品種となったダイチノユメなど、従来からのでん粉原料用主力品種であるシロユタカよりもでん粉歩留りが高い新しい品種の苗の生産を積極的に行っていた。それは、自社でそれらの品種を先進的に栽培していくことはもちろん、希望する生産者に比較的安価な苗を供給することによって、新しい品種を普及させたいとの思いからであった。
平成19年度より開始されたでん粉原料用いも交付金制度に対応するに当たり、先述したように作業の機械化が難しい状況を踏まえ、基幹作業の受委託の推進には、上原産業は、育苗が最も有効であると考えた。また、上原産業に育苗を委託したいという生産者の要望も後述するアンケート調査などで確認できた。こうしたことから、同社は、育苗施設の拡大を決断し、平成20年度に2棟(1棟の面積は2アール)、平成21年度にはさらに4棟(1棟の面積は2アール)の育苗ハウスを知覧町に新設した。
現在育苗している品種の内訳としては、工場の敷地内のハウス2棟のうち、1棟がダイチノユメ、もう1棟の90%がシロユタカ、10%がコナホマレである。知覧町の6棟については、2棟がダイチノユメ、1棟がシロユタカとコナホマレ、残り3棟がウイルスフリー苗(ダイチノユメとシロユタカ)となっている。
南さつま地域は、昨年11月〜12月に長雨となったことから、種いもの確保に失敗した生産者も多かった。このため、種いも用としてウイルスフリー苗を供給しようと、当初2棟の予定であったところを3棟とした。上原産業としては、この機会に、苗床を所有する生産者1人当たり100〜300本程度のウイルスフリー苗を配布することを考えている。ウイルスフリー苗によって種いもを更新することで、いもの型が揃い肥大も順調に進むことが見込まれるため、収量の向上につなげてもらいたいと考えている。
今年度は、通常苗を約20〜25万本、ウイルスフリー苗を約8万本生産できる見込みである。
表2 上原産業のでん粉製造実績 |
資料:農畜産業振興機構調べ |
図1 知覧町にある育苗ハウス |
図2 育苗ハウスでの作業の様子 |
(1) 担い手育成組織を通じて生産者の実態を把握
〜面談やアンケートを通じて、生産者と意思疎通を図る〜
でん粉原料用いも交付金制度の発足に伴い、南さつま地域の4工場は、協同して南さつま地域のでん粉原料用いも担い手育成組織(南さつま地域でん粉原料用かんしょ部会:事務局は南さつま農業協同組合)を立ち上げた。組織全体で話し合って地域の方針を決定し、自社に出荷する生産者の申請事務や地域の方針に沿った担い手の育成については、それぞれの工場が担当するというかたちをとっている。担当する生産者への交付金制度に関する説明などの方法は、生産者を集めての座談会形式が主となっている。
図3 南さつま地域でん粉原料用かんしょ部会の構成図 |
図4 座談会での栽培技術講習の様子 |
図のとおり、上原産業部会は、地区ごとに生産者を8つに分け、座談会をその地区ごとに開催している。座談会の開催通知は郵送しているが、高齢者や小規模の生産者の参加率は、なかなか向上しない現状である。そのため、今年に入って、南薩地域振興局農林水産部農政普及課の職員を講師として、植付け技術や病害虫対策などをテーマに栽培技術の指導講習を交付金制度に関する説明と併せて行い、参加を呼び掛けるとともに地域の技術力の向上にも寄与している。指導講習は好評で、参加者に話を聞いた生産者が後から資料を求めることもある。
でん粉原料用いもの売渡契約を締結する際などにも、アンケート調査や面談による聞き取りを行っている。その内容は、B−1、B−2の生産者に対しては、基幹作業を受託することが可能かどうか、可能な場合は、どの基幹作業をどの程度受託できるか、といったものである。B−5の生産者に対しては、基幹作業を委託する場合、どの基幹作業をどれくらい委託するのか、また、受託者はすでに決まっているのか、委託しない場合は、その理由、といった内容となっている。この結果を取りまとめることによって、生産者一人一人の実態を把握し、基幹作業の受委託の推進に役立てている。
(2) 基幹作業の受委託を推進
〜上原産業の育苗の受託と併せて、地域の生産者間で協力〜
(1)上原産業部会における要件審査申請の状況
上原産業部会の要件審査申請者は、平成19年度は405人で、20年度は354人に51人減少したが、21年度は昨年度とほぼ同数程度と見込まれる。4月30日現在で241名の生産者から申請書の提出があったが、その要件区分別の生産者数を見ると、B−4の生産者数は、36人とこの時点ですでに昨年度を上回っており、本則要件への移行が着実に進められている状況が分かる。
表3 上原産業部会の要件区分別生産者数 |
(注)平成19年度および平成20年度については、でん粉原料用いも交付金の交付実績があった者であり、平成21年度については、4月30日までに申請書の提出があった者 |
(2)本則要件への移行に向けた取り組み
今年度新たに基幹作業を委託したことによって、B−5からB−4へと移行した生産者は36名のうち33名であった。(残り3名については、昨年に引き続き上原産業へ育苗を委託。)この33名のうち、上原産業に基幹作業を委託した者は、12名である。その基幹作業の内訳は、育苗11名、耕起・整地1名となっている。他の21名については、座談会などで作業受委託に対しての意識が高まった生産者同士が話し合うことにより、成立したものである。過去2年にあった作業受委託は、上原産業の育苗によるもののみだったが、作業受委託のパターンに広がりが見られる。具体的には、生産者同士が、制度に対する理解が深まったことで、従来から行っていた作業受委託を契約として整理、書面化できた例や、耕運機、マルチ張り機など作業機械を所有し、労働力に余裕のあった生産者が、座談会等の説明を通じて意識を持ち、周囲の生産者の作業を請け負った例などがある。こうした生産者間の事例は、担い手育成組織の地区の代表者などが、責任感をもって取り組んでいる。
また、昨年度と比較して、要件区分がB−5からB−2へと移行した生産者が、12名あった。これは、休耕地などを借りて規模拡大し、50a以上の作付面積を確保した結果、面積要件を満たした者である。
(3)耕作放棄地の増加回避の取り組み
座談会などを通じて、生産者同士の結び付きがより密接になり、経営面積の規模拡大を考える生産者が、廃作する生産者と自主的に相談して、土地を借り受けるといった、農地の集積を図るとともに耕作放棄地の増加に歯止めをかけている例もある。昨年度B−5で申請していた生産者のうち、今年度に廃作するという者が13名あったが、そのうち10名のほ場が他の生産者によって借り受けられている。上原産業は、そういった取り組みを支援するため、アンケート調査や聞き取りの結果から、規模拡大を望む生産者へ、廃作を予定している生産者を紹介するなど仲介を行っている。
(3) 上原産業の思い
〜歩留り向上、原料確保と併せて地域に根差した産業としての役割を〜
今年度は、価格が低迷しているお茶からでん粉原料用いもシフトした生産者から苗を要望されたこともあり、現在の育苗ハウスの規模では、生産者へ苗の供給を行うと自社使用分が不足することが見込まれている。このように、生産者への苗供給は、自社のいも生産にとっては有利でない面もあるが、でん粉歩留りの高いダイチノユメやコナホマレが生産者に普及すれば、でん粉工場としても製品歩留りの向上が期待される。このため、上原産業では、可能な範囲で生産者へ苗の供給を行いたいとしている。今後も、より多くの生産者からの育苗の受託を可能とするために、できる限りハウスを増設していく予定である。
自社分の苗が不足した場合は、外部から購入することは考えず、大豆や麦を植え、自社で製造している味噌・醤油に利用するという代替案を用意している。この取り組みについても、いもの連作障害の予防や収益性を地域の生産者に実証できれば、地域農業の活性化につながるのではないかと前向きな考えがある。
でん粉工場の課題となっている原料確保については、地域の平均単収の向上により対応したいとの考えである。そのために、これまでの取り組みに加えて、現在、優良なたい肥の調達について鋭意検討しているところである。
それぞれのJA、でん粉工場の方々によって管内の生産現場の事情は異なるため、本稿で紹介した上原産業の取り組みがすべての地域に当てはまるものではない。しかしながら、本事例は、多くのでん粉工場の課題となっている特例要件対象者の引き上げや原料確保に対して、工場が自ら地域の生産者をリードする役割を果たそうとしながら向き合っているという点で、課題の解決に取り組む関係者に対する一つの示唆になるものと考える。
当機構もJA、でん粉製造業者の方々に対して、さまざまな事例などの情報を提供し、また、交付金制度に係る事務手続きの合理化についても知恵を出す所存であるので、ご意見・ご相談などがあれば機構の鹿児島事務所までお問い合わせいただければ幸いである。