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ジャガイモシストセンチュウ抵抗性でん粉原料用ばれいしょ品種育成状況について

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最終更新日:2010年3月6日

でん粉情報

[2009年7月]

【生産地から】

北海道立北見農業試験場 作物研究部 馬鈴しょ科
池谷 聡



1.はじめに

 近年、ばれいしょの重要病害であるジャガイモシストセンチュウ(Globodera rostochiensis)の汚染地域が拡大しており、以前より問題は深刻となってきている。北海道立北見農業試験場馬鈴しょ科では各種用途ばれいしょ品種の改良を行っているが、ジャガイモシストセンチュウ対策として、すべての育成品種に必ず抵抗性を導入することとしている。この項では、線虫対策としての抵抗性品種の有用性を述べ、抵抗性品種の育成方法および抵抗性を持つでん粉原料用ばれいしょ育種の、現在の進行状況について紹介する。


2.ジャガイモシストセンチュウについて

 ジャガイモシストセンチュウは、日本では1972年(昭和47年)に後志支庁管内の真狩村および留寿都村において初めて発見された。当時てん菜の育苗に使われたペルー産のグアノ肥料からジャガイモシストセンチュウが発見されており、これが発生の原因となったと推測されている。その5年後の1977年(昭和52年)に網走支庁管内斜里郡においても発生が確認された。以後しばらくは上記2カ所の周辺地域で少しずつ発生が拡大していたが、1988年(昭和63年)に函館市、1995年(平成7年)に道北の美深町で発生が確認された。2000年(平成12年)以降では、十勝支庁管内3市町、富良野地方の2市町、北見市周辺、札幌市周辺などと発生地が飛び地的に拡大して、平成19年末での発生市町村は10支庁35市町村、発生面積は約10,000haに達し、全道に発生が広がっている。
 ジャガイモシストセンチュウは、ばれいしょの根に侵入して養水分の吸収を妨げ、植物体を枯死させる。また、卵の入ったシスト(卵嚢)を作り土中に残すことで繁殖するが、シスト内の卵は長い間ふ化能力を保ち、10年後でも数パーセントは生存する。そのため根絶が非常に難しい。さらに、増殖率が高くばれいしょを植え付けると数十倍に増殖する。


図1 ジャガイモシストセンチュウ発生地の拡大(北海道農政部調べ)

3.ばれいしょの被害

 ジャガイモシストセンチュウがばれいしょほ場で発生すると、収量が著しく減少する。図2に線虫密度と収量の関係を示した。線虫密度が上がるにつれて収量は減少し、植え付け時の線虫密度(乾土1g当たりの卵数)が150卵以上になると、収量は健全ほ場と比べて40%以下まで落ち込む。


図2 線虫密度と減収の関係
(供試品種「紅丸」、「ジャガイモシストセンチュウとその防除対策(北海道立中央農試)」より)

 また、ばれいしょを植え付けることで、線虫密度は大きく増加する。図3に、ばれいしょほ場における植え付け時と収穫時の線虫密度の関係を示した。緑色の線は、植え付け時と収穫時の線虫密度が同じになる点を示したものである。グラフは緑色の線から上方に大きく寄っており、収穫後に線虫密度が大きく増加することを示している。特に50卵以下の密度では、線虫密度は著しく増加する。このように、ジャガイモシストセンチュウは、線虫密度が増えることによって、風や流水などの自然伝播で拡大しやすくなる。


図3 植え付け時と収穫時の線虫密度の関係
(供試品種「紅丸」、「ジャガイモシストセンチュウとその防除対策(北海道立中央農試)」より)


4.防除方法

 上記のように、シスト内の卵は長期間生存し、ばれいしょ栽培時において比較的低密度で著しく増殖するため、防除は非常に困難である。
 現在行われる防除方法は、休耕、殺線虫剤、抵抗性品種などである。図4に各防除方法で線虫密度がどの程度減少するかを示した。

図4 防除処理による線虫密度の減り方
(「ジャガイモシストセンチュウ対策のための抵抗性品種の作付け指針(北農研セ)」その他より作成)

 ばれいしょ栽培を休耕して、ジャガイモシストセンチュウが感染できないてん菜や小麦、豆類などを栽培すると、線虫密度は30〜40%程度減少する。また殺線虫剤処理では、70%程度線虫密度を減少させることができる。しかし休耕や殺線虫剤処理の後、再びばれいしょ栽培を行うことで、生き残ったシストセンチュウが増殖し、防除効果を低減させる。特に殺線虫剤処理直後にばれいしょを栽培すると、平均で処理前の95%まで線虫密度が回復したという報告がある(「ジャガイモシストセンチュウ対策のための抵抗性品種の作付け指針(北海道農業研究センター、以下「北農研セ」)。
 一方、抵抗性品種は、80%以上線虫密度を減少させることができる。さらに抵抗性品種を継続的に栽培することによって、線虫密度を安定して減らしていくことが可能となるので、抵抗性品種による防除が最も効果的である。


5.抵抗性品種のジャガイモシストセンチュウ発生ほ場での収量

 3節で記したように、ジャガイモシストセンチュウはばれいしょの収量を著しく減少させるが、抵抗性品種ではどうであろうか。最近の研究(「ジャガイモシストセンチュウ対策のための抵抗性品種の作付け指針(北農研セ)」)の結果を以下に紹介する。感受性品種、抵抗性品種ともに線虫密度が低密度(乾土1g当たり10卵未満)では減収はほとんどみられなかった。線虫密度が中程度(乾土1g当たり10〜100卵)の場合、感受性品種はかなり減収してくるのに対して、抵抗性品種は高密度(乾土1g当たり100〜300卵)でも減収しないものが多かった。甚密度(乾土1g当たり300卵以上)では抵抗性品種も感受性品種ほどではないが減収した。一部の抵抗性品種では中密度から減収がみられるものもあったが、一般的には抵抗性品種は感受性品種よりかなり減収しにくいといえる。


6.ジャガイモシストセンチュウ抵抗性遺伝子について

 以上で紹介した抵抗性品種の遺伝子は、H1と呼ばれる単一の遺伝子で、ばれいしょの近縁栽培種Solanum andigenaに由来するものである。H1遺伝子は根に侵入した幼虫の根内での成熟を阻害する効果を持つ。ジャガイモシストセンチュウには5つのタイプ(Ro1〜Ro5)があり、このうちH1遺伝子はRo1およびRo4に抵抗性を持つ。日本に発生しているジャガイモシストセンチュウはRo1のみである。北見農業試験場においても、主にこのH1遺伝子を導入することで、抵抗性品種を育成している。


7.抵抗性品種の育成方法

 北見農業試験場では、育成品種にジャガイモシストセンチュウ抵抗性を導入することを必須の育種目標としている。
 H1遺伝子は、一つ持てば効力を発揮するので、多くの遺伝子がなければ効果が出てこない収量などの特性に比べて比較的導入しやすい。しかし導入しやすいといっても、抵抗性と感受性の親を交配すると後代は約半分しか抵抗性とならないので、抵抗性の選抜は母数の多い早期世代の個体二次選抜世代から行っている。ここで感受性と判定されたものをすべて廃棄し、中期世代では選抜されたものの確認試験を行い、後期世代では実際の線虫発生ほ場で栽培して効力を実地で確認している(特性検定)。
 個体二次世代の抵抗性検定は、現在DNAマーカーを用いて行っている。DNAマーカーは、DNAの目標の遺伝子に近い部分の塩基配列を、遺伝子のマーカーとして用いるものである。遺伝子の有無を調べる検定は、DNAを抽出してマーカーの配列があるかどうかをPCR(注1)という方法で確認する。H1遺伝子のDNAマーカーは北海道立中央農業試験場で開発されたものを用いている。このマーカーは遺伝子の両側の極近傍に位置しており、検定精度は99.9%以上ときわめて高精度である。そのほか、DNAマーカー検定は短期間で大量のサンプルを扱える(1日で200サンプル程度)という利点がある。
 そのほか、早期世代、中期世代の検定ではカップ法による検定も行っている。カップ法はカップ内にいれたジャガイモシストセンチュウ汚染土にばれいしょの小粒塊茎を植え付け、約2カ月後に塊茎から伸びてきた根にシストが着生しているかどうかを調査して抵抗性を判定する。直接シストセンチュウを感染させる方法の中では簡便で大量にサンプルを扱うことができるが、DNAマーカーに比べると、検定に要する期間が長いこと、精度が劣ること、実際に汚染土を使うので検定する場所によってはジャガイモシストセンチュウ汚染につながることなどデメリットが多いので、早期世代は今後DNAマーカーによる検定に切り替えていく予定である。


8.抵抗性を持つでん粉原料用ばれいしょ品種の育成について

 でん粉原料用ばれいしょは網走支庁管内東部で広く栽培されており、主産地となっているが、この地方はジャガイモシストセンチュウ発生地帯でもある。そのため、でん粉原料用でもジャガイモシストセンチュウ抵抗性品種の育成が重要である。これまで、でん粉原料用の抵抗性品種として「アスタルテ」「サクラフブキ」「アーリースターチ」「ナツフブキ」などが育成されてきたが、これらの枯凋期は中生か晩生あるいは極晩生であり、収量性を発揮するためには、でん粉工場の操業期間の初期か最後期の原料としなければならず、中盤の主力の部分はジャガイモシストセンチュウ感受性で中晩生の「コナフブキ」を用いるしかなかった。現在育成中の有望系統「北育13号」は、中晩生の枯凋期を持ち、ジャガイモシストセンチュウ抵抗性である。


写真1 「北育13号」の塊茎の形態

9 ジャガイモシストセンチュウ抵抗性のでん粉原料用系統「北育13号」について

 「北育13号」の塊茎と切断面の形態を写真1に示す。塊茎の形は扁球で、皮色は紫、肉色は白で紫の斑が入る。
 「北育13号」は、DNAマーカー検定ではマーカーが検出され、ジャガイモシストセンチュウ抵抗性のH1遺伝子を持つ確率が非常に高いことが明らかになっている。また実際の抵抗性であるが、ジャガイモシストセンチュウ発生ほ場における特性検定の結果を表1に示した。植え付け時の線虫密度を基準(100%)として収穫時の線虫密度を比較すると、感受性の「コナフブキ」は5,300%に増加したのに対して、「北育13号」は3.5%と著しく減少した。このことから「北育13号」は、抵抗性遺伝子H1の効果で高い線虫密度低減効果を持つと考えられる。


表1 「北育13号」における抵抗性の効果(北海道立北見農試平成17〜19年平均)

注 1)植え付け時の線虫密度を100%として収穫時の線虫密度と比較
  2)斜里町ジャガイモシストセンチュウ発生ほ場にて調査


 「北育13号」の収量成績を表に示す。北海道立北見農試およびでん粉原料用主産地である網走管内東部の斜里町現地ほ場とも、枯凋期はほぼ「コナフブキ」並みで、上いも収量は「コナフブキ」よりやや多く、でん粉価およびでん粉収量はほぼ「コナフブキ」並みである。
 また、「北育13号」のでん粉特性は、リン含量、離水率が「コナフブキ」より低く「紅丸」並で、品質がすぐれる(表3)。


表2 「北育13号」の収量成績(平成18年〜平成20年)

表3 「北育13号」のでん粉特性(ホクレン農総研平成16年〜18年平均)

 「北育13号」は、以上のように優れた特性を持つジャガイモシストセンチュウ抵抗性系統であるが、上いも平均一個重が「コナフブキ」の70%程度と小粒で、でん粉原料用ハーベスタで収穫の際に収穫しきれず野良生え(注2)になる塊茎が「コナフブキ」より多いのではないかと危惧されている。そこで、小粒傾向を改善するために平成20年に栽培試験を行った。
 上いも平均一個重を大きくするためには栽植密度を減らすことが定法であるので、栽培試験区を、栽植密度は標準植、密植、疎植の3水準と窒素多肥で疎植の1水準の合計4試験区を行い、疎植による効果を調査した。
 図5に試験区による上いも平均一個重の変化を示す。平均一個重は密植から標植、疎植、多肥疎植にするに従って20g程度大きくなり、かなり改善した。


図5 栽植密度の違いによる上いも平均一個重の反応(北海道立北見農試平成20年)
注)栽植密度:密植75cm×25cm(畦間×株間)=5333株/10a,標 植75cm×30cm=4444株/10a,疎植75cm×40cm=3333株/10a 窒素施肥量:標肥8kg/10a,多肥12kg/10a

 一方、ハーベスタで回収できない小粒塊茎の数が野良生えの多少には重要であると考えられるので、でん粉原料用ハーベスタが掘り残す可能性が高いと推測されるおよそ30g以下の塊茎数も上記4試験区で調査した。その結果を図6に示す。


図6 栽植密度などの違いによる30g 以下の塊茎数の変化(北海道立北見農試平成20年)
注)栽植密度、窒素施肥量は図5を参照

 密植から疎植になるに従って30g以下の塊茎の数はやはり減少した。しかし「コナフブキ」の標植と比較すると「北育13号」の疎植の改善効果は不十分であった。また多肥疎植では反対に30g以下の塊茎数が増える傾向があった。
 以上を受けて、今後は実際に「北育13号」をでん粉原料用ハーベスタで収穫した場合の掘り残し塊茎の調査を行うこととした。掘り残し塊茎の調査は、大きさと数を調査するとともに、野良生えになるか否かは冬期の土壌凍結深が問題となるので、塊茎の土中分布についても調査する予定である。またハーベスタ収穫での疎植の効果や、ハーベスタ収穫後のプラウ耕やスタブルカルチ処理の影響についても調査する予定である。これらの結果などから、野良生え対策に目途が立てば、「北育13号」の品種化を目指す予定である。


10 「北育13号」以降のジャガイモシストセンチュウ抵抗性有望系統について

 「北育13号」の後続系統として、現在試験中の「北育17号」と「北系38号」を紹介する。
 「北育17号」の特性を表4に示す。「北育17号」はジャガイモシストセンチュウ抵抗性遺伝子H1遺伝子を持ち、線虫密度を低下させることができる。「北育17号」の枯凋期は「コナフブキ」より2週間早い「中生」で、でん粉収量はほぼ「コナフブキ」並みである。でん粉特性はリン含量、離水率とも「コナフブキ」より低く「紅丸」並みで、でん粉品質は優れる。これまで中生で「コナフブキ」並みの収量の品種・系統は存在しなかったので、特にでん粉工場操業期間初期の原料ばれいしょの収量性改善に有効ではないかと期待している。


表4 「北育17号」の特性(北海道立北見農試平成18年〜20年平均)

 「北系38号」の特性を表5に示す。「北系38号」もジャガイモシストセンチュウ抵抗性遺伝子H1遺伝子を持ち、線虫密度を低下させることができる。「北系38号」は「コナフブキ」より枯凋期が遅いが、収量は「コナフブキ」より15%程度多収である。でん粉品質は「紅丸」にやや及ばないが、「コナフブキ」よりリン含量、離水率はかなり低く優れる。単年度の成績のみでまだ明らかではないが、もし枯凋期が「コナフブキ」とそれほど差が無ければ、「コナフブキ」と置き換えることででん粉原料用の収量を全体的に改善できる可能性があり、期待している。
 これら2系統は、上いも平均一個重は「北育13号」より大きいので、「北育13号」のような野良生えの問題はないと考えている。品種化は、「北育17号」は3年後、「北系38号」は5年後の予定である。


表5 「北系38号」の特性(北海道立北見農試平成20年)
(注1)PCR法:DNAの特定部位をDNAポリメラーゼと呼ばれる酵素を利用して増幅させ、遺伝子配列の決定や遺伝子の定量などを行うための実験手法
(注2)野良生え:前年度収穫時にこぼれた小さな塊茎が、翌年に芽を出し雑草化すること

参考文献その他
  1. 田口啓作,村山大記 監修:馬鈴薯 昭和52年 グリーンダイセン普及会
  2. 知識敬道:馬鈴薯概説 平成11年 全国農村教育協会
  3. 独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構 北海道農業研究センター:ジャガイモシストセンチュウ対策のための抵抗性品種の作付け指針 平成16年(北海道農業試験会議 普及推進事項)
  4. 北海道植物防疫協会:北海道病害虫防除提要 平成16年
  5. 北海道立中央農業試験場:ばれいしょの病害虫抵抗性選抜に有効なDNAマーカー 平成21年(北海道農業試験会議 研究参考事項)
  6. 村上大記 編著:ばれいしょの大敵ジャガイモシストセンチュウの防ぎ方 昭和56年 北海道澱粉工業協会,ホクレン農業協同組合連合会,北海道馬鈴しょ生産改善協議会
  7. 山田英一,高倉重義,上野賢司,今友親,高宮泰宏:ジャガイモシストセンチュウとその防除対策 昭和57年 北海道立中央農業試験場