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最終更新日:2010年3月6日
ばれいしょでん粉の副産物であるポテトたんぱく質の利用実態(1) 〜ポテトペプチドの生産実施例およびその健康機能性〜 |
[2008年8月]
【調査・報告】財団法人十勝圏振興機構
研究開発課 課長 大庭 潔
1.はじめに
十勝農業の歴史は畑作から始まり、開墾以来「豆の十勝」と称されるほど豆作に偏重していた。相次ぐ冷害により豆作は昭和30年代の11万ヘクタールから大きく後退し、代わって寒冷地適応作物のてん菜、ばれいしょと収益性の向上によって小麦の作付けが拡大してきた。この結果、主要4作物(小麦、てん菜、ばれいしょ、豆類)による輪作体系を構成し、4作物とも全道のシェアの4割を占める大規模畑作地帯となっている。しかし、品目横断的経営安定対策下で収益を確保するためには、生産コストの低減のほか、これら作物の新たな付加価値向上を図る必要がある。
北海道のばれいしょはその用途が生食用、加工原料用およびでん粉原料用と大きく三つに分かれており、その量的割合もほぼ等量である。そのなかでもでん粉原料用として利用される場合には、でん粉が製品の主体となりそれ以外の成分、すなわちでん粉かす、ポテトジュース(廃水)、ポテトプロテインについてはほとんどが未利用残渣物として排出されている(一部は飼料、肥料などに利用)。しかし、これら未利用残渣物には有用なたんぱく質および食物繊維が豊富に含まれていることから、新たな利用価値を見出せる可能性を秘めている。
本稿では、でん粉工場から排出されてくる未利用副産物中の有用成分の食品としての応用可能性を検討するため、ばれいしょたんぱく質に着目し、たんぱく質の抽出およびペプチドの分解・抽出方法について新しい生産技術の開発を検討した。さらに、得られたペプチドの健康機能性および様々な利用形態についても検討を行ったので紹介する。なお、本稿では平成17年度〜平成19年度十勝地域において実施された「文部科学省都市エリア産学官連携促進事業(十勝エリア一般型)」の内容を基に2回にわたって紹介する1),2),3)。
第1報目は、ポテトペプチドの生産、特性、および健康機能性について紹介させていただく。また、第2報目については、第1報目で紹介できなかった健康機能性とポテトペプチドのその他応用例を含めた様々な特性、展望について紹介させていただく。
なお、ポテトペプチドの生産については、コスモ食品株式会社および財団法人十勝圏振興機構食品加工技術センターを中心に実施された内容を紹介する。また、得られたポテトペプチドの健康機能性について、その効果さらには作用機序については、国立大学法人帯広畜産大学の福島道広教授を中心として実施されたものを紹介する。
2.ポテトペプチドの生産実施例
一般的にペプチドとは2分子以上のアミノ酸がペプチド結合をもって連結した形の化合物であり、構成アミノ酸の数によってジプペチド(アミノ酸数:2)、トリペプチド(同:3)などと称する。おおよそ10個以下のアミノ酸から成るものをオリゴペプチド、多数のアミノ酸から成るものをポリペプチドと総称する。通常、たんぱく質が体内に吸収される場合、たんぱく質そのままでは体内に吸収されず、アミノ酸まで加水分解され、腸管において吸収される。しかし、一部にはアミノ酸まで分解されないペプチドの形でも容易に体内に吸収されるとともに、様々な健康機能性効果を発揮することが知られてきている(図1)。
図1 たんぱく質、ペプチドおよびアミノ酸 |
また、大豆たんぱく質をはじめとする植物性たんぱく質はアルギニン、グリシンなど必須アミノ酸を豊富に含んでおり4)、血漿コレステロールを低下させるなど生体調節機能が明らかとなってきている。そこで、図2に示すようにでん粉工場副産物であるたんぱく質をペプチドに精製加工することにより高付加価値製品としての新たな有効利用を検討することは、国内で発生する未利用資源を有効利用することへとつながり、資源循環型社会の形成に大きく貢献することにもなる。
図2 でん粉工場副産物(たんぱく質)の有効利用 |
でん粉工場からの副産物であるたんぱく質は、でん粉を製造する過程で水とともに排出されてくる。通常、これらの排水は嫌気および好気処理による廃水処理を行うのが一般的であるが、昨今では、廃水処理における負荷を減少させるため、含まれるたんぱく質を取り除く工程が追加されるようになった。このようにして得られたたんぱく質がポテトペプチドの原料として利用される。図3に示したように、たんぱく質を酵素処理し、ろ過、pH調整、減圧濃縮およびUHT(超高温)殺菌工程などを経てスプレードライにより最終的に淡黄色のポテトペプチドを含んだ粉末が調製される。以後、この粉末をポテトペプチドという。
得られたポテトペプチドの一般成分組成を表1に示した。たんぱく質が量として約80%含まれており、次いで炭水化物、灰分、脂質の順であった。
図3 ポテトペプチド生産実施例 |
表1 ポテトペプチドの一般成分 |
3.ポテトペプチドのアミノ酸組成および分子量分布
得られたポテトペプチドを高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析計に供し、アミノ酸分析を行ってその配列を決定した。その結果、アミノ酸組成は、大豆たんぱく質と比較して、グルタミン、アルギニンおよびシステインで低い値を示したが、必須アミノ酸(図4)の必要量からみた場合は非常に優れたペプチドであると考えられる。さらに、分子量850前後に主要なピークが検出され、アミノ酸が5〜6個前後結合している数種のペプチドと推測された。
次に、このようにして得られたポテトペプチドの健康機能性について、その効果さらには作用機序について紹介する。
図4 必須アミノ酸必要量 |
Ile :イソロイシン Leu:ロイシン Lys :リジン Met:メチオニン+ Cys:システイン Phe:フェニルアラニン+ Tyr :チロシン Thr :トレオニン Val :バリン |
4.ポテトペプチドの健康機能性
(1)ラットに対する脂質代謝改善効果5)
①血清脂質改善機能
先に得られたポテトペプチドの有効性についてラットを用いた動物実験で脂質代謝に及ぼす影響を確認した。
方法
ラットはFischer344雄ラット8週齢を用いた。食餌はAIN93G(ラット標準飼料)のみを投与した基本食群、基本食の20%をカゼインに置き換えたカゼイン食群(対照群)、同様に20%をポテトペプチドに置き換えたポテトペプチド投与群および、20%を大豆ペプチドに置き換えた大豆ペプチド投与群を設け、比較を行った。投与期間は4週間とし、毎日摂取量、体重増加量を測定、毎週頚静脈より採血を行い、善玉コレステロール、悪玉コレステロールおよび中性脂肪濃度を測定した。投与最終日にはネンブタール麻酔後、肝臓および盲腸を採取した。
結果
4週間の試験の結果、摂取量、体重増加量、肝臓重量および盲腸重量には各群間での差は認められなかった。さらに、肝臓では病理所見によりすべての処理群とも正常であることが確認された。
ポテトペプチドを投与したときのラット血清脂質濃度への影響を図5に示した。4週目の血清中の総コレステロール濃度は、対照群に対して大豆ペプチド投与群で有意に低下していたが、ポテトペプチド投与群では低下傾向は示すものの、対照群と比較してその差は有意なものではなかった。しかし、4週目の善玉コレステロール(HDL-コレステロール)濃度では対照群および大豆ペプチド投与群と比較してポテトペプチド投与群で有意に増加していた。さらに投与期間を通して、ポテトペプチドは善玉コレステロール濃度を有意に上昇させていた。4週目の悪玉コレステロール(Non-HDLコレステロール)濃度では、対照群に対して、ポテトペプチド投与群および大豆ペプチド投与群で有意に低下していた。血清中性脂肪濃度は基本食群に対してポテトペプチド投与群で有意に低下、大豆ペプチド投与群で低下傾向がみられた。
以上の結果から、ポテトペプチドには善玉コレステロール濃度の増加および中性脂肪濃度の低下効果が認められるとともに、すでに特定保健用食品として認められている大豆ペプチドと同等の健康機能性を有していることが推測された。
図5 ポテトペプチド投与によるラットの血清脂質への影響 |
● 基本食 ● ポテトペプチド食 ● 大豆ペプチド食 ● 対照群(カゼイン食) |
②血清脂質改善効果の作用機序
次に、ポテトペプチド血清脂質改善効果の作用機序を解明するため、肝臓および糞便中の脂質および脂質代謝に係わるmRNA注)発現量について検討した。
方法
4−(1)の方法で飼育されたラットから肝臓および糞便を採取し、脂質含量、コレステロール含量等の測定を行った。さらに、採取された肝臓からRNAの抽出を行い、逆転写、ポリメラーゼ連鎖反応およびサザンブロッテイング法により発現量を決定した。
結果
ポテトペプチド投与によるラット肝臓および糞便中の脂質濃度への影響を表2に示した。肝臓中のコレステロール濃度では大豆ペプチド投与群において、対照群およびポテトペプチド投与群と比較して有意に低下していた。ポテトペプチド投与群では対照群と有意な差はみられなかった。糞便中への脂質排泄量では、全脂質濃度が対照群で最も低く、大豆ペプチドおよびポテトペプチド投与群では有意に増加させていた。特に、ポテトペプチド投与群は最も多く脂質を排泄させていた。
表2 ポテトペプチド投与によるラットの肝臓および糞便脂質への影響 |
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肝臓中の脂質代謝に係わるmRNA発現について図6に示した。
LDLの主要たんぱく質であるアポたんぱく質BのmRNA発現量はポテトペプチド投与群で最も低く、次いで大豆ペプチド投与群であった。対照群は他の2群に比べ有意に高い値を示した。HDL-コレステロールの受容体であるSR-B1mRNA発現量は、ポテトペプチド投与群で他の2群に比べ有意に高い値を示した。コレステロールから胆汁酸に異化する時の律速酵素である7α水酸化酵素(CYP7A1)mRNA発現量はポテトペプチド投与群で大豆ペプチド投与群より有意に高い値を示した。脂肪酸合成酵素(FAS)mRNA発現量は3群間で有意な差は認められなかったが、血清中性脂肪濃度の挙動と一致し、ポテトペプチド投与群、大豆ペプチド投与群、対照群の順に増加していた。
以上の結果より、ポテトペプチドは糞便中への脂質の排泄量を増加させ、さらに脂質代謝に係わるmRNA発現量に影響を与えることが認められた。今後はさらにHDL-コレステロールの上昇など、そのメカニズムが不明な点を検討する必要がある。
図6 ポテトペプチド投与によるラット肝臓中の脂質代謝関連遺伝子mRNA 発現への影響 |
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第2報では本稿で紹介できなかったもう一つの健康機能性の効果である肝毒性抑制効果について述べるとともに、ポテトペプチドのその他応用例を含めた様々な特性、展望について紹介させていただく。
参考文献
1) | 文部科学省都市エリア産学官連携促進事業「十勝エリア平成17年度共同研究成果報告書」 |
2) | 文部科学省都市エリア産学官連携促進事業「十勝エリア平成18年度共同研究成果報告書」 |
3) | 文部科学省都市エリア産学官連携促進事業「十勝エリア平成19年度共同研究成果報告書」 |
4) | Lopez, H. W., Levrat-Verny MA., Coudray C., Besson C., Krespine V., Messager A., Demiqne C., Remesy C. (2001) Class 2 resistant starch lower plasma and liver lipids and improve mineral retention in rats. J. Nutr., 131:1283-1289. |
5) | Liyanage et al. Potato and soy peptide diets modulate lipd metabolism in rats.Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 72(4), 943-950 (2008). |
6) | Ohba et al .Hepatoprotective Effects of Potato Peptide Against D-Galactosamine-Induced Liver Injury in Rats, Food Science and Biotechnology, in press (2008). |