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ばれいしょでん粉の科学(1)〜高リンばれいしょでん粉について〜

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最終更新日:2010年3月6日

ばれいしょでん粉の科学(1)
〜高リンばれいしょでん粉について〜

[2008年10月]

【調査報告】

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
北海道農業研究センター 野田 高弘


1.はじめに

 でん粉は我々には欠かすことができない食品素材であり、でん粉を含む穀類やイモ類、これらのでん粉性作物から得られた精製でん粉は種々の食品に用いられている。また、でん粉を加水分解して得られるブドウ糖、異性化糖、水飴、サイクロデキストリンなどの糖化製品も食品の要素として重要な役割を果たしている。食品以外でも、製紙工業でのコーテイング糊料や段ボール接着用糊料など多岐にわたって使用されている。近年、でん粉の需要は国内で年間300万トン前後で推移している。国内で生産されるでん粉の大部分は、輸入トウモロコシを原料に生産されるコーンスターチで、年間生産量は約250万トンとなっている。国内では、九州地方で生産されるかんしょでん粉のほか、北海道において生産されているばれいしょでん粉がある。ばれいしょでん粉は、ここ数年においては年間20〜25万トンの生産量で推移している。

 筆者は、ばれいしょでん粉に含まれるリンに着目して平成15〜19年度において独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター異分野融合支援事業「高度リン酸化でん粉(以降、「高リンでん粉」と省略する)およびアントシアニン色素を含有するばれいしょを用いた機能性食品の開発」の技術コーディネーターとなって産官学共同研究を実施してきた。高リンでん粉については3章で詳しく述べることとするが、2回にわたり本プロジェクトの研究内容を紹介させていただく。第1報では、(1)高リンでん粉を含有するばれいしょの選定、(2)高リンでん粉の特性解明を述べることとし、第2報では、(3)高リンでん粉の健康機能性の解明、(4)高リンでん粉を用いた開発製品について述べることとする。


2.国内産ばれいしょでん粉

 ばれいしょは北海道の畑作地帯における重要な作物である。現在、北海道で生産されているばれいしょの約半分がでん粉原料用として取り扱われている。でん粉原料用品種の内訳をみると、昭和45年の統計では、「農林1号」(昭和18年育成)、「紅丸」(昭和13年育成)、「エニワ」(昭和36年育成)が主体であった。昭和55年以降、「コナフブキ」(昭和56年育成)、「アスタルテ」(平成5年育成)、「サクラフブキ」(平成6年育成)、「アーリースターチ」(平成8年育成)といった有望な品種が育成された。平成18年度の作付面積では、「コナフブキ」が86.7%と断然高い割合を占め、次いで「紅丸」が5.7%を占めていて、残りは「アーリースターチ」、「アスタルテ」、「エニワ」、「サクラフブキ」、となっている。

 でん粉の特性は植物の種類によって大きく異なり、同一植物由来のでん粉でも品種系統や栽培環境の相違により、でん粉特性は変動する1,2)。ばれいしょでん粉は(1)透明性に優れている(2)粘度が高い(3)糊化温度が低い−というような特有の性質を有することから、様々な固有用途がある3)。具体的には、水産練り製品、ハム、たれ、ソース、麺類、菓子類(エビせんべい、卵ボーロなど)、片栗粉、加工でん粉などがある。ばれいしょでん粉の需要拡大を図っていくためには、品種や栽培環境とでん粉特性との関連性を明確にし、でん粉そのものの特性を活かした固有用途向け需要を積み上げていく努力が必要である。


3.高リンでん粉とは

 でん粉中には高度に精製しても除去することが困難な微量のリンが存在し、このようなリンは大きく2種類に分けることができる。その1つは、でん粉のアミロペクチン分子に直接エステル結合しているものである。もう1つは、リン脂質の形ででん粉中のアミロース分子と複合体を形成しているものである。前者は根茎でん粉、後者は穀類でん粉に多いことが判明している。

 ばれいしょでん粉には、リンがエステル結合した形で特に多く存在し、リン含量換算で400〜1300ppm程度含まれている2)。また、ばれいしょでん粉のリン含量には、品種間に明らかな差異が認められていて、例えば、「エニワ」、「コナフブキ」は、「紅丸」、「農林1号」に比べリン含量が高いことが知られている2)

 でん粉中の結合型リン酸基は、でん粉の物性に影響を与えていることは前から知られ、リン酸基を多く含むものは粘度が高いということが多数のばれいしょ品種由来のでん粉を用いて証明されている2)。ばれいしょでん粉ゲルを長期間にわたり冷凍保存した時、離水が起こる場合があるが、離水はでん粉中のリン酸基に関係しており、リン含量が低いものほど離水しにくい傾向にあるといわれている。したがって、水産練り製品、たれ、ソースなどの用途には低リン型のばれいしょでん粉が適している。

 一方、高リン型のばれいしょでん粉を用いれば食感の良好な即席麺などが得られることも分かっている4,5)。ばれいしょでん粉のようにエステル結合したリン酸基の多いでん粉をアミラーゼなどのでん粉分解酵素で分解した際、リン酸基近傍には酵素が作用できないため、分解終了時にリン酸基を有するオリゴ糖が生じることが明らかになっている。釜阪らは、ばれいしょでん粉からこのようなリン酸化オリゴ糖の製造技術を確立するとともに、リン酸化オリゴ糖にカルシウム吸収性を促進する効果および抗う蝕予防効果を見いだしている6,7)。高リン型のばれいしょでん粉は、リン酸化オリゴ糖製造用として利用するのも有望といえる。


4.高リンでん粉を含有するばれいしょ品種の選定

 高リンでん粉を含有するばれいしょ品種の選定のためには、でん粉粒中のリンを化学的に定量する必要がある。このために用いられる湿式灰化法は、迅速さに欠けるだけでなく、硝酸などの薬品を扱うことによる危険も伴うため、一般分析に適しているとは言い難い。したがって、でん粉中のリン含量に関しては簡易定量法の確立には至っていないのが現状であった。

 そこで、元素番号11であるナトリウムより重い元素の分析が非破壊で可能である蛍光X線元素分析装置(図1)を用いたばれいしょでん粉中のリンの簡易定量法の精度について検討した8,9)


図1 蛍光X 線分析装置のしくみ

 検量線において良好な結果が得られ(R2=0.948)、検量線作成時と異なる試料を用いて検量線の評価を行った結果、推定誤差(RMSEP)が29ppmの高い精度での推定が可能であった。リン含量が未知のばれいしょでん粉試料について、本法および従来の湿式灰化法ででん粉中のリン含量を10回測定した。本法では平均値は802ppmで、相対標準偏差は2.0%となったのに対し、従来法で測定した場合は、平均値は805ppmで、相対標準偏差は2.2%であった。以上より本法の再現性は従来法と同様に高いことがわかった。本法により、北海道農業研究センターが保有するばれいしょ475品種・系統におけるリン含量を調べた(図2)。


図2 蛍光X 線分析装置によって測定した多数のばれいしょでん粉のリン含量
分布と高リンでん粉を含有する主要ばれいしょ品種

 ばれいしょでん粉の中でも高リンでん粉を含有する優良品種として「とうや」、「ホッカイコガネ」、「キタムラサキ」、「ノーザンルビー」、「シャドークイーン」などを選定した。


5.高リンでん粉を用いた機能性飲料の実用化に向けて


(1)高リンでん粉の特性解明
  〜でん粉の大きさとリン含量について〜

  ばれいしょでん粉粒子の大きさは、他のでん粉に比べて幅が広く、2〜100マイクロメートル(μm)の範囲である。斜里町農協中斜里でん粉工場では、風力を利用した分級機によるサイズ毎に分級したでん粉が製造されている。高粘度タイプの高リンでん粉以外に、分級機を用いて製造された粒子径の小さいでん粉も高リンでん粉として知られている。

 そこで、このようにして得られた極小粒子でん粉の理化学特性についても検討し10)、その結果について図3に示した。でん粉中のリンは、極小粒子(メジアン径:13.6μm)のものが大粒子(メジアン径:42.3μm)および小粒子(メジアン径:21.6μm)のものに比べて明らかに多く含まれたが、グルコースの結合部位は粒子径にかかわらず約70%が6位に結合していることが判明した。また、ピーク粘度は極小粒子のものが明らかに低い値を示した。


図3 分級機で得られた粒子径の異なるばれいしょでん粉のリン含量および最高粘度
注:分級でん粉の括弧内は、総リン量に対するグルコース6位結合型リン量の割合(%)を示す。

(2)リン含量と消化率の関連性
  でん粉からの機能性を有する飲料製造のための基礎的知見を得るために、リン含量の異なるでん粉を醸造用酵素により消化し、リン含量と分解率との関連性について調べた11)。ばれいしょでん粉36種と比較のためにリン含量の低いかんしょでん粉4種およびキャッサバでん粉3種を用いた。糊化したでん粉に耐熱性α−アミラーゼをまず作用させ、分解率を求めた。次いで、この分解液にグルコアミラーゼを用いてさらなる消化試験を行い、分解率を求めた。リン含量と分解率(耐熱性α−アミラーゼ分解後およびグルコアミラーゼ分解後)との間には、ともに正の相関性(p<0.01)が認められ、でん粉中にリン酸基が多く存在すると消化されにくくなることを裏付ける結果が得られた(図4)。


図4 でん粉中のリン含量と醸造用酵素による消化率との関連性
**P<0.01 *P<0.05

 ビール・発泡酒の副原料には、分離したでん粉ではコーンスターチが現在のところ用いられているが、今後、ばれいしょでん粉を用いることも有望視されている。高リンでん粉を副原料として用いれば、麦芽中のでん粉分解酵素によってもリン酸基の近傍が切断されず、それによって生じたリン酸化オリゴ糖は、ビール酵母によっても資化(注)できないため、機能成分であるリン酸化オリゴ糖を含んだ製品ができると考えられる。一方、ビール・発泡酒醸造時の糖化の際は糊化でん粉を用いるため、ばれいしょでん粉のような粘度の高いでん粉は、粘度による負荷が問題となる。分級の極小粒子でん粉は、高リンでん粉であるが、これまでに検討を加えてきた高粘度タイプのものとは異なり、低粘度の特性を活かしたビール・発泡酒の副原料として有望であると考え、十勝ビール(株)での発泡酒醸造試験に用いることに決定した。第2報では高リンでん粉を用いた発泡酒の実用化に向けての取り組みについて紹介する。


8.あとがき

 本稿では、著者が技術コーディネーターとなって実施してきた生研センター異分野融合支援事業の研究成果の一部について紹介してきた。参画機関は、北海道農業研究センター、藤女子大学、帯広畜産大学、ハウス食品(株)、東京農業大学、十勝ビール(株)の6者であった。

(注)資化とは、微生物が多糖類などを栄養源として利用すること


参考文献
1)野田高弘,応用糖質科学,48,233-238,2001.
2)T.Noda et al.,J.Appl.Glycosci.,51,241-246,2004.
3)池谷聡,食の科学,291,20-29,2002.
4)T.Noda et al.,Starch/Stärke,58,18-24,2006.
5)野田高弘ら,特許第3959435号.
6)H.Kamasaka et al.,Biosci.Biotech.Biochem.,59,1412-1416,1995.
7)釜阪寛ら,特許第3240102号.
8)野田高弘ら,特開2006-064542.
9)T.Noda et al.,Food Chem.,95,632-637,2006.
10)T.Noda et al.,Carbohydr.Polym.,60,245-251,2005.
11)N.Absar et al.,Food Chem.,112,57-62,2009.

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