でん粉 でん粉分野の各種業務の情報、情報誌「でん粉情報」の記事、統計資料など

ホーム > でん粉 > 調査報告 > ばれいしょでん粉の科学(2)

ばれいしょでん粉の科学(2)

印刷ページ

最終更新日:2010年3月6日

ばれいしょでん粉の科学(2)
〜高リンばれいしょでん粉の機能性およびそれを用いた開発製品〜

[2008年11月]

【調査報告】

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
北海道農業研究センター 芽室拠点サブチーム長 野田高弘


1.はじめに

 近年、体脂肪、皮下脂肪あるいは肝臓中への脂肪の蓄積によって引き起こされる生活習慣病の防止が極めて重要な課題となっている。日本における糖尿病患者は200万人以上おり、予備軍を含めると約1600万人にものぼると推定されている。糖尿病の危険因子として、血糖濃度の上昇があげられる。このような背景のもと、食品成分を由来とする脂質代謝改善剤や血糖濃度上昇抑制剤の開発に高い関心が寄せられている。
  根茎でん粉にはアミロペクチン分子に直接エステル結合しているリン酸基が存在し、ばれいしょでん粉には、このようなリン酸基が特に多く存在することが知られている。ばれいしょでん粉のようにエステル結合したリン酸基の多いでん粉をアミラーゼなどのでん粉分解酵素で分解した際、リン酸基近傍には酵素が作用できない。
  そこで、ばれいしょでん粉を直接摂食させた場合、でん粉中のエステル結合したリン酸基の箇所が消化されずに残ると考えられる。したがって、ばれいしょでん粉は、難消化性でん粉(注)のような健康機能を有すると推定できる。また、ばれいしょでん粉を原料として用いた食品・飲料にも上記のような健康機能が期待できる。
  筆者は、ばれいしょでん粉に含まれるリンに着目し、平成15〜19年度において独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター異分野融合事業「高度リン酸化でん粉(以降、「高リンでん粉」と省略する)およびアントシアニン色素を含有するばれいしょを用いた機能性食品の開発」の技術コーディネーターとなって産官学共同研究を実施してきた。第1報1)では、本プロジェクトの研究内容の中で、①高リンでん粉を含有するばれいしょの選定、②高リンでん粉の特性解明について述べたが、第2報では、③高リンでん粉の健康機能性の解明、④高リンでん粉を用いた開発製品について紹介する。

(注)難消化性でん粉
小腸の消化酵素で分解されないため、食物繊維として働くでん粉


2.高リンでん粉の健康機能性の解明


(1)α化でん粉の脂質代謝改善効果について
  高リンでん粉の健康機能性を調べるために、α化(熱糊化)ばれいしょでん粉の脂質代謝改善効果について動物試験を行った。


 材料および方法
  でん粉は、α化コーンスターチ(リン含量:137ppm)、ばれいしょ品種「紅丸」(低リン型、リン含量:644ppm)、ばれいしょ品種「ホッカイコガネ」(高リン型、リン含量:874ppm)のでん粉を用いた。ラットに5週間の投与を実施した2)
  測定項目は、総コレステロール(T-CHO)、中性脂肪および遊離脂肪酸の3項目とした。血液中にはコレステロール、中性脂肪、リン脂質、遊離脂肪酸の4種類があり、一般にはコレステロール(HDLコレステロール、LDLコレステロール)、中性脂肪の値が正常値を超えると脂質異常症と診断される。遊離脂肪酸は、脂肪細胞にある中性脂肪が分解して血中に出された物質である。でん粉を5週間投与した後、血液を採取し、まずT-CHOをコレステロールオキシダーゼ・N-エチル-N-(2ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3,5-ジメトキシアニリンナトリウム塩(DAOS)法により測定を行った。また、中性脂肪は酵素法(第一化学薬品(株)のクリニメイトTG-2試薬キット)、遊離脂肪酸は酵素法でアシル−CoAシンセターゼ(ACS)・アシル−CoAオキシダーゼ(ACOD)法により分析した。


 結果
  高リンでん粉(「ホッカイコガネ」)を摂取すると、コーンスターチと比較して中性脂肪は約30%低い値で、遊離脂肪酸も有意に低下するのに対し、総コレステロール(T-CHO)に大きな差異は見られなかった(表1)。低リン型のばれいしょでん粉(「紅丸」)の中性脂肪および遊離脂肪酸低下作用は、高リン型のばれいしょでん粉(「ホッカイコガネ」)ほど顕著な効果は得られなかった(表1)。


表1 高リンでん粉のラット血清脂質への影響
単位:mmlo/L
注:n=5,異符号間に有意差あり(p<0.05)

(2)未糊化でん粉の血糖値上昇抑制
  未糊化のでん粉にはレジスタントスターチ(難消化性でん粉)が多く含まれることから、α化でん粉以上に機能性が備わっていることが期待できる。そこで、未糊化でん粉を多く含む飼料を用いて血糖値上昇抑制効果について動物試験を行った。

 材料および方法
  でん粉にはかんしょ(リン含量:231ppm)、「紅丸」(低リン型、リン含量:564ppm)、「ホッカイコガネ」(高リン型、リン含量:813ppm)のでん粉を用いた。未糊化の高リンでん粉を多く配合した飼料(未糊化:糊化=8:2)をラットに5週間摂取させて、空腹時血糖値とインスリン値を測定した。


 結果
  リン含量が高い「ホッカイコガネ」摂取群の空腹時血糖値が対照群(スクロース)およびかんしょでん粉摂取群に比べて有意に減少し、インスリン値についても「ホッカイコガネ」摂取群で最も低い値を示した(表2)。以上より、未糊化の高リンでん粉は摂取後の血糖値上昇を緩やかにし、インスリン値を抑制することが明らかとなった。


表2 高リンでん粉を摂取したラットの空腹時血糖値とインスリン値
注:n=5,異符号間に有意差あり(p<0.05)

3.高リンでん粉を用いた製品の開発

 以上の結果より、高リンでん粉が脂質代謝の改善や血糖値の上昇抑制などの機能性を有することが示唆されたため、このでん粉を用いた製品の開発を試みた。


(1)動物試験による高リンでん粉製品の機能性
  リン含量の異なるでん粉を用いた発泡酒の試験製造を行い、得られた製品について比較検討を行った3)


 材料および方法
  高リンでん粉は、粘度が低く醸造適性の優れた斜里町農協中斜里でん粉工場製の分級機を用いて製造された極小粒でん粉(リン含量1125ppm)を用いた。ばれいしょでん粉に比べ明らかにリン含量が低い一般的なでん粉であるコーンスターチ(リン含量140ppm)およびかんしょでん粉(リン含量226ppm)も対照として用いた。発泡酒の製造試験では、副原料の特性をより引き出すために麦芽と副原料(でん粉)の使用比率を6:4とした。試験製造により得られた各発泡酒、ラガービール(麦芽100%使用)の試料について官能評価を実施するとともに、高リンでん粉が分解して生じるリン酸化オリゴ糖を高性能アニオン交換により測定した。また、各発泡酒、ラガービール、5%エタノールの投与2週間および4週間後におけるラットの血糖値について調べた。


 結果
①官能評価試験ならびにリン酸化オリゴ糖の測定
  官能評価試験において高リンでん粉の発泡酒は、オフフレーバー(ビール系飲料の風味を損ねる香りや味わい)が認められず高いスコアを記録した。リン酸化オリゴ糖含量の結果をみると、ばれいしょでん粉(高リン)の発泡酒では600ppmと明らかに高く、一方、コーンスターチおよびかんしょでん粉(ともに低リン)で試作した発泡酒では、ほとんど認められなかった(表3)。

②でん粉を副原料とした発泡酒等の血糖値の上昇抑制効果
  高リンでん粉で試作した発泡酒は、他のアルコール投与群(かんしょでん粉およびコーンスターチで試作した発泡酒、ラガービール、5%エタノール)と比べて、2週間および4週間後のいずれにおいても血糖値が低いことが確認された(表3)。


表3 高リンでん粉を使用した発泡酒投与によるラットの血糖値への影響
注:n=5,異符号間に有意差あり(p<0.05)

(2)ヒト試験による高リンでん粉製品の機能性
  動物試験では、未糊化の高リンでん粉を多く含有した飼料を摂取すると、摂取後の血糖値上昇が緩やかになる結果が得られた。そこで、未糊化のでん粉を多く含有する卵ボーロを用いて食後の血糖値上昇についてのヒト臨床試験を実施した。


 材料および方法
  20〜30代の健常な男女10名を被験者として、かんしょでん粉、高リンばれいしょでん粉(ホッカイコガネ)を用いて製造した卵ボーロ50g摂取後90分において採血を行い、血糖値を測定した。(でん粉の配合比率などは非公開。)


 結果
  通常、血糖値は空腹時血糖値80〜110mg/dl未満、食後2時間血糖値80〜140mg/dl未満が正常値であるとされる。
  本実験においては、摂取後90分において高リンばれいしょでん粉のボーロでは、かんしょでん粉の卵ボーロに比べて血糖値が有意に低下した(図1)。


図1.高リンでん粉を使用した卵ボーロ投与によるヒトの血糖値への影響
* 有意差あり(P<0.05)

4.おわりに

 高リンでん粉には脂質代謝改善効果、血糖値の上昇を抑制する効果を有することが確認された。また、高リンでん粉を使用した製品も血糖値の上昇を抑制することが明らかとなった。


5.あとがき

 本稿では、著者が技術コーディネーターとなって実施してきた生研センター異分野融合支援事業の研究成果の一部について紹介してきた。参画機関は、北海道農業研究センター、藤女子大学、帯広畜産大学、ハウス食品(株)、東京農業大学、十勝ビール(株)の6者であった。高リンでん粉を主原料に用いた発泡酒については、今後商品化をする予定である。


参考文献

1)野田高弘,でん粉情報,10,9-13,2008.
2)野田高弘ら,特開2006-045130.
3)永島俊夫ら,特開2007-135545.

このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:情報課)
Tel:03-3583-8713