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耕作放棄地を活用したでん粉製造企業による原料生産の取り組み

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最終更新日:2010年3月6日

でん粉情報

[2008年12月]

【調査報告】

鹿児島事務所 所長 肥後 宏幸


1.はじめに

 生産者の減少と高齢化が進む中、全国で担い手の育成と耕作放棄地の解消に向けた取り組みが進められているが、農地の効率的利用、新たな担い手の育成に資するため、意欲ある生産者への新規参入を促進する一環として、一定の要件を満たした農業生産法人以外の企業などの法人にも農地貸付方式による農業への参入の取り組みが進められている。
  また、鹿児島県のでん粉業界においては、生産者の高齢化や焼酎原料用いもの需要拡大などにより、でん粉原料用かんしょの生産量は年々減少し、でん粉工場が安定して操業を維持するための原料の確保が課題となっている。
  このような状況の中で、特定法人貸付事業により農業経営に参入する企業に耕作放棄地を貸し付けて耕作放棄地の解消に取り組む阿久根市と、その耕作放棄地をほ場に復元し、でん粉原料用かんしょの自給生産に取り組むでん粉製造企業の事例を紹介する。


図1 出水地域の位置

2.出水地域と阿久根市の概要


(1) 地勢と気候
  今回紹介するでん粉製造企業の株式会社枦(はし)産業が所在する出水地域は、鹿児島県の北西部に位置し、阿久根市、出水市、長島町の2市1町からなり、八代海に向かって広がる出水平野地域、東シナ海に面する阿久根地域、八代海に点在する長島地域に区分される。
  平地は、八代海沿岸などに開け、出水市では広大な水田地帯を形成しており、山地部は、山裾に耕地が階段状に開け、山腹は、果樹園、茶園、畑地などに利用されている。丘陵部が多い長島町は、果樹園や畑が開けている。
  八代海および東シナ海沿岸地帯は、出水地域の中でも比較的温暖で日照時間が長く、沿岸地帯と東南部の丘陵部は、やや気温が低く日照時間が幾分短い。長島は、本土に比べて多少温暖ではあるが、日照時間は幾分短めである。
  阿久根市は、東シナ海に面して約40キロメートルに及ぶ海岸線を持ち、暖流に接することにより無霜地帯もあり、農作物にとって良い環境にある。


(2) 農業の概要
ア.農産物産出額
  出水地域の平成17年の農産物産出額は403億3千万円で、鹿児島県の産出額の約1割を占めている。出水地域において産出額が最も大きい品目は肉用牛(75億2千万円)で、上位の4位までの畜産部門の品目が全体の約6割を占めている。かんしょの産出額は11億8千万円で出水地域では9位に位置している。
  阿久根市の農産物産出額は58億6千万円で、鹿児島県の1.4%に過ぎないが、肉用牛、鶏卵、ブロイラーの畜産部門が4割弱を占めており、他は米、なつみかん、さやえんどうなど生産規模は小さいが多彩な品目となっている。かんしょの産出額は2億3千万円で阿久根市では7位に位置している(表1)。


表1 農産物産出額(平成17年)
(単位:億円(%))
資料:平成17年農林水産省生産農業所得統計

図2 阿久根市内の耕作放棄地
〜セイタカアワダチソウが繁茂〜

イ.耕地面積とほ場整備の状況
  出水地域の耕地面積7,880ヘクタール(以下、ha)に占める普通畑(2,880ha)の割合は36.2%で、鹿児島県の割合(54.8%)より大幅に低い。耕作放棄地(1,341ha)の割合は17%で、鹿児島県の割合(9.6%)より高い。
  阿久根市の耕地面積(1,310ha)に占める普通畑(550ha)の割合は41.9%と出水地域の中でも高く、耕作放棄地(523ha)の割合は39.9%と大幅に高い。
  また、出水地域のほ場整備率(田畑)は、69.9%と鹿児島県より高いが、阿久根市では58.4%と低く、畑の整備率は38.1%と特に低い(表2)。
  阿久根市の耕作放棄地の割合が高い要因として、同市農政課は、農業従事者の高齢化に加え、畑地の基盤整備率が低く、ほ場面積が狭く地理的条件も悪いことから、面的な農地集積が困難な地域が多いことにより、離農の増加が大きいことを挙げている。


表2 耕地面積の状況(平成17年)
(単位:ha)
資料 耕作面積および普通畑は、市町村別統計書T
(平成18年7月15日現在)
耕作放棄地は、2005年世界農林業センサス
ほ場整備率は、鹿児島県農政部農地整備課取りまとめ

ウ.でん粉原料用かんしょの概要(平成19年産)
  出水地域のでん粉原料用かんしょの生産者(19年産交付金交付対象者)は1,322人で鹿児島県の約13%を占めるが、作付面積と生産量は県の約7%にすぎず、一戸当たりの作付面積と生産量は少ない。阿久根市の生産者は477人、作付面積は184ha、生産量4,510トンとわずかであるが、単収は比較的高い(表3)。
  でん粉原料用かんしょの生産者を年齢構成別に見ると、出水地域では、70歳代以上の割合は40.1%であるが、阿久根市では、45.9%と高く、高齢化が進んでいる(表4)。
  交付金の要件別に生産者の割合を見ると、出水地域において規模要件(0.5ha以上)を満たす生産者は26.2%で鹿児島県より低いが、特例要件の割合は65.2%と大幅に高い。
  阿久根市において規模要件(0.5ha以上)を満たす生産者の割合は18.9%とさらに低く、一方、特例要件の生産者の割合は74.4%と極めて高い状況にある。
  また、要件別の生産量では、出水地域の特例要件の生産量は3,884トンで、その割合は38%と鹿児島県より大幅に高く、阿久根市の特例要件の割合は40.3%と、さらに高い状況にある(表5)。


表3 地域別生産者数、作付面積、生産量(平成19年産)
資料:農畜産業振興機構取りまとめ資料
注:生産者数は、平成20年9月現在のもので組織を含む。

表4 地域別、年齢別生産者数
(単位:人、(%))
資料:農畜産業振興機構取りまとめ資料
注:平成20年8月5日現在の交付金交付対象者で法人を除く。

表5 地域別、要件別生産者数(上段)、生産量(下段)
(単位:人、トン、(%))
資料:農畜産業振興機構取りまとめ資料
注:平成20年8月5日現在の交付金交付対象者で法人を含む。

3.阿久根市における耕作放棄地の解消に向けた取り組み

(1) 農業特区制度の活用
  阿久根市は、農地法により農地の取得者が限られるという規制がある中で、農家の高齢化などにより農家数が激減し、耕作放棄地が増大する状況を解消するための対策に迫られていた。農業委員会の調査により、市内にある耕作放棄地500haのうち、利用可能な農地は200haあることが確認されたことから、同市は、企業が農業経営へ参入することを可能とする農業特区の制度を活用することとし、平成15年4月から認定を受けるための活動を開始した。
  農業特区の制度は、土地所有者と市が耕作放棄地の賃貸借契約を結び、市が仲介する形で農業経営へ参入しようする企業へ耕作放棄地を貸し付けるもので、耕作放棄地を借り受けた企業が自らの負担により耕作放棄地をほ場に復元し、耕作するものである。
  同市農政課によると、企業が作付けする作物の選定については、当時、焼酎ブームなどにより需要が多くなったかんしょと特産品となっているばれいしょに目を付け、参入企業の所得向上と併せて雇用の拡大を図るねらいがあったという。また、参入する企業については、公共事業などが減少する中で、耕作放棄地を造成改良できる重機などを所有する建設業者を農業の多様な担い手として期待したという。
  農業特区の認定を受けるに当たり、農業委員会や農業協同組合などから慎重論が出ていたが、事前に認定農家へのアンケート調査を実施し、担い手は経営規模について拡大よりも現状維持を希望していることから、企業が参入しても担い手の経営には問題がないことを確認し、構造改革特別区域計画を策定した。
  平成16年12月8日、首相官邸において斉藤洋三前阿久根市長に小泉首相から農業特区「アクネうまいネ自然だネ特区」の認定証が授与された(表6)。
  その後、同市は、企業だけでなく一般市民に対しても農業参入を促進するため市内79区を16区に分けて説明会を実施し、認定から半年後の平成17年5月に土地所有者と賃借契約を締結するとともに参入企業第一号として株式会社枦産業と農業特区協定および農地賃貸借契約を締結した。


表6 阿久根市における農業特区の概要

(参考)農業特区とは
  平成14年12月に制定された構造改革特別区域法により、国内経済の活性化を図るため、規制改革を行うことにより、民間活力を最大限に引き出すことが重要であることから、地方公共団体や民間事業者等の自発的な立案により、地域の特性に応じた規制の特例を導入するための構造改革特別区域が設置されることになった。
  農業分野においては、同法第16条の規定による農地法の特例として、地方公共団体が耕作放棄地や遊休地が相当程度存在するものと認めて内閣総理大臣に対して認定を申請し、その認定を受けた構造改革特別区域をいわゆる農業特区と呼んでいる。
  農業特区においては、農業委員会又は都道府県知事は、地方公共団体又は農地保有合理化法人が一定の要件を満たす農業生産法人以外の法人に対して当該構造改革特別区域にある農地又は採草放牧地の使用貸借による権利又は賃借権を設定しようとするときは、これを許可することができる。
(一定の要件:当該法人の業務を執行する役員のうち一人以上の者が耕作の事業に常時従事すると認められ、かつ、地方公共団体又は農地保有合理化法人と当該法人とが農林水産省令で定める事項を内容とする協定を締結し、これに従い事業を行うと認められるものであること)


(2) 農業特区から改正農業経営基盤強化促進法へ
  阿久根市は、農業特区の認定を受けて企業を農業経営に参入させ、耕作放棄地の解消に取り組んできたが、国は、構造改革特別区域法に基づく農業特区が全国各地で導入され、一定の成果を挙げていることを受けて、農業経営基盤強化促進法の一部を改正し、市町村における農業経営基盤強化の促進に関する基本構想の中に特定法人貸付事業を盛り組むことで農業生産法人以外の法人などが農業経営に参入できる制度を創設した。改正農業経営基盤強化促進法が平成17年9月1日に施行されたことに伴い農業特区の認定に代わり特定法人貸付事業が導入され、農業特区制度は全国展開されることになった。


図3 農業経営基盤強化促進法に基づく特定法人貸付事業の流れ

(3) 特定法人貸付事業と耕作放棄地解消計画

ア.特定法人貸付事業の流れ
  改正農業経営基盤強化促進法に基づく特定法人貸付事業は、(1)市と農地所有者の間で農地賃貸借契約を締結し、(2)市と参入企業との間で協定を締結する。(3)市が仲介する農地の貸し借りについて、農業委員会が農業経営強化基盤促進法による利用権設定を行い、(4)企業は、耕作放棄地を借り受け、農業生産活動を開始する。(5)賃借料は、企業などから市を通して農地所有者に支払われる。
  契約期間は、耕作放棄地の再生に要する期間や農業生産の基盤を確立させるまでに要する期間を考慮し、最低でも3年以上とし、賃借料は、農業委員会が定める標準小作料を参考に設定されている。株式会社枦産業によると、市との契約期間は5年で、賃借料は参入当初は10アール(以下、a)当たり6,000円であったが、平成19年、20年は小作標準料金が下がり5,000円とのことである。


イ.耕作放棄地解消計画
  同市は、耕作放棄地解消計画を立て、平成21年度には50haの耕作放棄地の解消に向けて取り組んでいる。当初(17年度)、1haだった耕作放棄地の解消面積は、事業の進行とともに年々増加し、平成20年度には34.6haとなり、計画の20haを大きく上回っている(表7)。
  事業が順調に進んだ要因について、同市農政課は、農業委員会と地域に人望のある有力者との連携が実を結び耕作放棄地の斡旋が進んだこと、耕作放棄地が解消されていく中で、隣接土地などの農地所有者自らによる貸借の要望が生まれてきたこと、さらに真剣に農業に取り組む参入企業に対し、農協や関係機関も支援に乗り出したことなどを挙げている。


表7 耕作放棄地解消の目標と実績
(単位:ha)
資料:阿久根市「特定法人貸付事業の概要」から抜粋


(4) その他の支援

ア.市単独事業による助成

  長年荒廃した耕作放棄地を生産可能なほ場に復元するまでには、草木の除去(伐採・集積・抜根・排根・積込・運搬・処分)、深耕、整地の作業が必要である。
  阿久根市では、耕作放棄地を、そこに繁茂した草木の種類や状態により5段階に分類しているが(表8)、市内にはセイタカアワダチソウの段階が最も多く、草類やカヤ類に比べ除去作業に多額の経費を要し、参入企業の経営を圧迫している。
  このため同市は、参入企業の負担軽減を図るための支援として、平成19年度から市単独で「遊休農地解消対策事業」を実施している。この事業は、参入企業を含む農業の担い手に対し、10a当たり40万円を限度とし、造成費の4分の1以内の助成を行うものである。同市は、予算の関係もあり、19年度および20年度は200万円の助成額を計上した。
  この事業の今後の方向について、同市農政課の担当者は、参入企業の農業経営の動向を見極めながら検討したいとのことである。


表8 耕作放棄地の状態と造成作業
資料:阿久根市農政課資料からの抜粋

イ.担い手アクションサポート会議の開催
  耕作放棄地では地力が低下していることや、参入企業の栽培技術経験や知識が乏しいことから、当初から採算に見合う単収を得ることが困難な状況にある。このため、阿久根市、農業委員会、農協、県地域振興局などの関係機関は連携して、農地の斡旋から作物選定、栽培技術の指導などに取り組んでいる。
  この一環として、関係機関と株式会社枦産業による「担い手アクションサポートチーム会議」を開催し、かんしょの作付け体系や栽培技術などについて協議し、同社の農業経営を支援している。


4.株式会社枦産業による原料生産の取り組み

(1) 株式会社枦産業の概要
  同社は、大正元年、かんしょ問屋として創業した。その後、国内が統制経済に入ったことからかんしょ問屋を中止し、昭和12年からでん粉製造に着手した。
  最初のでん粉工場は、昭和12年9月に薩摩郡高城町湯田口(現在の薩摩川内市湯田)に設立し、昭和14年9月には2つ目のでん粉工場を出水市荘に設立している。でん粉製造の経営が軌道に乗り、昭和16年10月には資本金12万円をもって合資会社枦商店を創立した。
  その後、鹿児島県内を中心に工場を設立し、昭和34年には9でん粉工場と1糖化工場を有していたが、昭和46年には合資会社を解散し、株式会社枦産業を設立した。
  近年、生産者の高齢化などによりでん粉原料用かんしょの集荷量が減少したことから、でん粉工場の整理を進め、現在は、出水郡長島町川床の1でん粉工場となっている。
  でん粉工場の整理を進める一方、従業員の年間雇用を確保するなどのため、昭和49年には飲食業、平成元年には水産練製品の製造販売業を開始し、でん粉製造部門を中心とした経営の多角化を進めてきた。さらに、平成17年には年々減少するでん粉工場の原料を確保するため、農業経営に参入し現在に至っている(表9)。


表9 株式会社枦産業の概要(平成20年2月現在)

(2) でん粉製造の概要

ア.原料集荷とでん粉製造の推移

  平成11年産まで5工場あった出水地域のでん粉工場は、原料の減少などに伴い、現在は同社を含め2社2工場となっている。また、原料の集荷は、鹿児島いずみ農業協同組合による一元集荷により行われ、2工場が出水地域で収穫されるでん粉原料用かんしょの約半数を分け合っている。2工場へ搬入される原料の集荷区域はあらかじめ決められ、同社の区域は、主に長島町と出水市内となっている。
  でん粉工場の減少に伴い、同社の原料処理量は増加し、平成14年産には7千トンを超えるに至った。このため同社は、工場の原料処理能力を平成17年産から10,200トンに高めたが、焼酎ブームなどにより原料の集荷量は減少し、19年産は4,151トンとなっている。
  この結果、平成9年産に81.7%だった工場の稼働率は、処理能力の向上と処理量の減少とが相まって、平成19年産は55.7%に低下している(表10)。


表10 株式会社枦産業のでん粉製造の推移
(単位:トン、%)
資料:株式会社枦産業提供
注:操業率は当社原料処理能力に対する原料処理量の割合

イ.製造設備の合理化
  同社のでん粉工場は、平成13年には精製設備(ノズルセパレータ)、脱水機および乾燥機、17年度には原料いも洗機一式、磨砕設備(高速ラスパー)、ふるい分け設備(遠心ふるい一次〜三次)を更新し合理化を図ってきたが、平成19年度には、でん粉の品質の向上を図るため、国が実施する「いもでん粉供給円滑化事業」を活用し、ステンレス製のでん粉乳タンクを設置した。現在は、でん粉工場の操業中の同時連続乾燥が可能となり、さらなるでん粉品質の向上とコスト低減を図るため、20年度から同時乾燥の完全実施を目指している。
  製造設備を更新した結果、製造歩留りは、平成14年度の30.0%から、19年度には32.6%と、2.6ポイント上昇した。この上昇分により得られるでん粉は、19年産の原料処理量(5,679トン)を基に換算すると約150トンに相当する。
  また、でん粉工場の省力化が図られ、工場の従業員数は、平成16年度の14名から17年度以降は8名に縮減され、この縮減分の従業員を農業部門にて年間従事させることが可能になった。
  さらに、高性能で効率的な設備に更新したことに伴い、30代の従業員も従事し、従業員の若返りが図られたという。


ウ.原料確保の必要性
  でん粉工場のコスト低減を図るには、原料を増やし、稼働率を上げることが必要である。
  平成18年産のでん粉工場全体の稼働率は66%とされているが、同社の19年産の稼働率は約56%で10ポイント程度低い。同社では、採算ラインの稼働率を60%と見ているが、そのためには最低でも6千トンの原料が必要であるという。平成19年産の原料処理量は5,679トンで、その大宗を占める一元集荷の原料は、生産者の高齢化が進む中で減少することが予想され、自給生産による原料確保の必要性は高まっている。


(3) 原料確保のための自給生産の取り組み

ア.農業事業部の設立

  原料の自給生産の必要に迫られた同社は、平成17年に阿久根市が農業特区の認定を受け耕作放棄地を借り受けることが可能となったことから、同年に農業事業部を設立し、でん粉原料用かんしょの生産を開始した。

(1) 認定農業者としての認定
  同社は、平成18年10月に認定農業者の認定を取得している。

(2) 作業員
  農業事業部の従業員は、発足当初は7名だったが、作付面積の拡大やでん粉工場の設備更新により、現在は正社員と準社員を合わせて9名となっている。このうちの4名は、でん粉工場の稼動時には工場勤務となっている。
  農作業は、正社員が機械のオペレーターとなり、苗の植え付けや収獲作業は、臨時作業員を雇用し対応している。苗の植え付け作業には4、5名、収穫作業には10名を雇用しているが、これらの臨時作業員は、近隣の高齢者や女性であり、地域の雇用安定にも貢献している。同社によると、ほ場の規模拡大を図るには、女性の労働力が必要だが、女性の就農希望者は少ないという(表9)。

(3) 作業機械と育苗施設
  保有する作業機械は、アクションサポート事業などの支援を受けるための地域の要件が満たされていないことから、自己負担により調達した。できるだけ初期投資を抑えるため、中古品の買取やリース、自社の社員からの借用により調達したという。
  ほ場が60haになった場合は、作業員の体制を2組の作業班に編成し直すので、作業員の人数と機械器具類の保有台数は変わってくるという(表11)。
  将来は、農作業の機械化一貫体系により労働生産性の向上を図ろうとしているが、借り受けた土地は狭いうえに各地に点在し、なかなか機械化が進まないことから、今後は、ほ場の集団化を図る必要があるという。
  育苗施設は、20年度はハウスが15a、トンネルが15aの規模で、自社で賄いきれない苗は関係する生産者より提供を受けている。21年度には、合わせて60aの育苗施設を確保するという。


表11 株式会社枦産業農業事業部の概要(平成20年9月現在)
資料:株式会社枦産業提供

(4) ほ場と生産量
  ほ場の面積は、平成17年の8haから年々増加し、19年度には29haに達したが、21年度には60haを目指している。
  でん粉原料用かんしょの生産量は、ほ場の拡大とともに増加し、初年の153トンから平成19年には594トンに達し、21年度には60haのほ場から約2千トンの生産を見込んでいる。単収は、10a当たり2トンと低いが、近隣で高単収を挙げている農家などから指導を受けて、3トンを目指している(表12)。


表12 株式会社枦産業のでん粉原料いもの生産状況
(単位:ha、トン、トン/10a)
資料:株式会社枦産業提供
注:ほ場はすべて耕作放棄地からのものである。

イ.耕作放棄地復元の取り組みと支援の活用
  農地の斡旋や賃借については、農業委員会や市が行うが、ほ場への復元作業については、参入企業が行い、それに要する経費も参入企業の支出となっている。
  ほ場への復元には多大な経費を要することから、同社は、阿久根市が平成19年度から市単独で実施する遊休農地解消対策事業を活用し、造成費について約150万円の補助を受けている。
  また、株式会社クボタが実施する「クボタeプロジェクト」を活用し、20年9月に50aの耕作放棄地を復元した。
  この「クボタeプロジェクト」は、耕作放棄地の解消と発生防止に向けて、集落営農や市民グループなどが、市町村役場や農業委員会などと連携して進める耕作放棄地の農用地への再生活動を支援するもので、農地の復元整備に対して農業機械とオペレーターの提供を行っている。


図4 耕作放棄地の整地作業の様子

図5 「クボタeプロジェクト」による整地作業の様子
図6 復元したでん粉原料用かんしょのほ場

(4) さつまいも栽培技術向上への取り組み
  同社は、それまででん粉原料用かんしょの栽培技術に関する蓄積が無かったことから、栽培を始めた平成17年度の単収はわずか10a当たり1.9トンにとどまり、単収向上を図るための栽培技術を早急に取得する必要性を痛感することになった。
  このため、同社は、市や県普及センターの協力のもと、農協や高度な栽培技術を有し高単収を上げる近隣の生産者から基本的な技術について指導を受けて、ほ場の集団化、土作り対策、栽培管理など単収アップと低コスト生産を目指して取り組んでいる。まだ道半ばではあるとのことであるが、その内容を紹介する。

ア.耕作放棄地の集積とほ場の集団化
  栽培管理の効率化とコスト低減を図るために、極力ほ場の集団化を進めることとし、候補地の選定に当っては、大型機械やトラックの通行に支障のない農道の整備状況や耕作中止の年数が長すぎないこと、復元作業が進め易いことなどの条件を考慮して進めている。


イ.土作りと施肥
(1) 土壌診断と土壌改良資材の投入

  平成17年産からかんしょの栽培を始めたが、かんしょの生育不良や低単収の原因が、土壌の管理や施肥の方法によることが大きいことを痛感させられた。
  この改善策として、次の年から、土壌診断を実施し、その結果に基づきpH調整のための苦土石灰や有機質補給のためのたい肥の投入量を決めることとしている。
  土壌診断は、畑の一区画から2、3カ所の土壌を採取し、これを混ぜ合わせたものをJA鹿児島いずみの分析センターで診断してもらった。

(2) 施肥設計
  施肥設計は、土壌分析をJAに依頼したことから、JAの担当者に組んでもらった。
  pHの調整については、pH6を越えることのないよう苦土石灰の量を加減してもらった。たい肥については、長期間にわったって作物の栽培をしていなかったことから、有機質が極端に減少しており、普通畑より多い完熟たい肥6トンを使用することとした。肥料については、土壌にほとんど三要素が残っていないことから、標準値より多目に計画してもらった。

(3) 実施状況
  耕作放棄地を農地に復元した場合、地力が極端に落ちているため地力を回復させる有機物の供給、pHの調整など、土づくりを徹底して行う必要があるという。有機物が不足していると、養分の保持力が低下しせっかく施した肥料が吸収されにくく効果が発揮されないことから、平成17年度の栽培から、有機物の供給としてオガクズ由来のたい肥を10a当たり2トン投入し、化成肥料「くみあいからいも配合」(成分量:窒素8キログラム(以下、kg)、リン12kg、カリウム24kg)を10a当たり80〜100kg、苦土石灰を10a当たり80kgを使用した。しかしながら、1年目であったことや有機物の腐植化が進んでいなかったのか、十分に効果が現われなかった。この反省を踏まえさらなる地力向上を図るため、平成20年度から稲わらを敷料とした完熟牛糞たい肥を10a当たり6トン使用することとし、耕運前に畑地に苦土石灰と同時にたい肥を全面散布し大型トラクターで耕運した。今後も土壌診断を実施しながら肥料の吸収状況や腐植の状況をみてたい肥の投入量は減らしていく予定である。


ウ.優良品種の導入とウイルスフリー苗の植え付け
  品種は、単収とでん粉歩留まりが高いダイチノユメ、コナホマレ、シロユタカの3種を栽培しているが、さらに単収を高めるためウイルスフリー苗を植え付けている。ウイルスフリー苗は、鉢上げ苗を購入して育苗ほに定植し、そこから取ったものを30aの育苗ハウスで挿し苗増殖した苗を使用している。自社で使用しきれない苗は同社に関係する生産者にも提供し、品質向上や単収増にも貢献している。種苗にウイルスフリー苗を使用すると、イモの型がそろい肥大も順調に進むこと、種イモ育苗と比較して2月頃から育苗を開始でき、早期植え付けが可能となることから単収増になるとのことである。このほかに後期植え付け用として、種イモ育苗(トンネル30a)も行っている。植え付けは、現在のところ火ばさみなどを用いて人力植えである。


表13 株式会社枦産業の優良品種植え付けの推移
(単位:ha、%)
資料:株式会社枦産業提供

エ.活着力の向上と成育促進
  肥料の流亡防止、活着と初期成育の促進および雑草防除を兼ねて黒フィルムを使用したマルチ栽培が主体である。土壌に水分が十分あるときに、畦立およびマルチ被覆をした畑でも、晴天が続いて、土壌が乾燥する場合、活着率が低下することがある。これを防止するため苗の葉面蒸散作用を抑制する新資材を平成20年産から全面的に使用し効果が出ている。
  また、今後においては、少雨の時でも成育を促進できるような液肥の使用も検討することとしているという。


オ.雑草防除
  除草作業の労働力を軽減するため、全面マルチ栽培としているが、植穴周辺や畦間に雑草が生え単収の向上に影響を及ぼしている。耕作放棄していた土地は、特に多種の雑草が生えるが、除草剤をできるだけ使用しない低コストで効率的な雑草の防除対策を検討した。その結果、2〜3月の時期に畦立、マルチを被覆することでマルチ内にある雑草の種子は、晴天時にマルチ内の温度が高まることにより発芽力が低下することが確認されたことから、早目にマルチを行うことにしている。なお、イネ科の雑草の防除には、最低限の除草剤を使用するとのことである。


(5) 今後の課題
  同社は、これまでに多額の経費を農業経営に投資しているが、目標とする6千トン以上の原料を確保するためには、農業経営を早期に軌道に乗せることが必要である。そのためには、高単収を得るための栽培技術や60haに及ぶほ場の効率的な作付体系を早期に確立するとともに、それを可能にする労働力の確保や機械化の推進が必要であるが、耕作放棄地になるほ場は、狭く分散しているなど元々条件が悪いことから、機械化による作業の効率化のメリットが生かされにくく、今後は、好条件なほ場の集団化を可能な限り進めることが課題となっている。
  また、高めた地力を維持するためには、地域に多い肉用牛生産者との連携が有効である。
  さらに、一定量の原料を確保するためには、生産者の育成も必要であろう。出水地域では、特例要件により交付金を受ける生産者(863名)が3,884トンの原料を生産しているが、特例要件が切れる22年度以降もこれらの原料を可能な限り確保することが課題である。
  同社は、これまでも、一部の生産者を認定農業者へ誘導したり、50a以下の生産者に農地を借りさせ、交付金の対象となる生産者の育成に取り組んでいるが、今後も、基幹作業の受託などによるさらなる取り組みが求められるところである。


5.おわりに

 でん粉工場の操業を維持するためには一定量の原料を必要とするが、生産者の高齢化などにより生産量が年々減少する中で、今回はその必要性に迫られ、耕作放棄地を借り受けて、農業経営に参入した株式会社枦産業の事例を紹介した。
  企業の農業経営への参入は、農業特区制度の内容が改正農業経営基盤強化促進法の中に盛り込まれたことから、現在は、全国展開されているが、今回紹介した株式会社枦産業の自給生産の取り組みは、耕作放棄地が増加する他の地域においても参考になるものと思われる。
  阿久根市における耕作放棄地解消の取り組みは、株式会社枦産業による原料確保の必要性と相まって、当初の計画を上回って進んでいるものの、地力が低下した耕作放棄地をほ場に復元して採算が取れる単収が得られるまでには、長い時間と多額の経費を要し、それらの負担が参入企業の経営を圧迫しているという。このため、株式会社枦産業は、出来るだけ早期に単収を上げるため、阿久根市の支援や地域の関係者から栽培技術の指導を受けて精力的に単収の向上に取り組んでいる。
  でん粉工場が扱う原料は、一般の生産者によるものが基本であるが、工場の操業を維持するため、不足する原料を自給生産により賄うことは、ひいては一般の生産者のためにも必要なことであろう。
  出水地域におけるでん粉原料用いもの生産者が安心して農業を続けるためにも、同社の自給生産の取り組みが順調に軌道に乗ることを期待したい。