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最終更新日:2010年3月6日
民間(商系)でん粉工場におけるでん粉かすの有効利用調査 〜神野でんぷん工場株式会社の事例〜 |
[2009年9月]
【調査・報告】札幌事務所 所 長 角田 恵造
所長補佐 北村 徹弥
平成21年8月現在、北海道内には、ばれいしょでん粉工場が17工場存在しており(うち農協系が10工場、民間(商系)が7工場)、農協系は大型合理化工場として稼働している。
今般、合理化式製法(注1)と昭和初期に主流だった在来式製法(注2)を併用してでん粉を製造し、その過程で発生するばれいしょでん粉の搾りかすを飼料として販売している十勝支庁更別村の神野でんぷん工場株式会社を調査する機会を得たので、報告する。
(注1)合理化式製法:でん粉を高速遠心分離器により分離、粒子を抽出する製法
(注2)在来式製法:でん粉を沈澱槽で自然沈澱させ、底に沈澱した粒子だけを取り出す製法
北海道の東に位置する十勝支庁更別村 (更別村ホームページより) |
更別村は帯広市から南へ35kmの地点にあり、東は幕別町、西は中札内村、南は大樹町と接している。村の総面積の約7割は耕地となっており、北海道を代表する農業地帯である。
平成20年度の農家戸数は239戸と、平成16年度と比較すると2.9%減少しているが、総人口は微増、世帯数は7.2%増となっている(表1)。
畑作は、小麦、豆類、てん菜、ばれいしょに加えてスイートコーン、キャベツなどの野菜も組み合わされた輪作体系が確立されている。
ばれいしょは、食用と加工用合わせて毎年2000ヘクタール前後が作付けされている。平成20年度の作付面積は1903ヘクタールと、平成17年度以来2000トン台を割り込んだが、小麦、豆類に次いで3番目となっており、販売額も、生乳、豆類に次ぐ更別村の基幹作物である(図1、図2、表2)。
一方、畜産業は、乳用牛は約6000頭が飼養され、年間約3万2000トンの生乳生産がある。また、肉用牛は、黒毛和牛を中心に約2100頭が飼養されており、耕種と畜産を合わせた農業産出額は年間約100億円に及んでいる。(平成19年2月1日現在 なんばんBOOK北海道農林統計協会編、JAさらべつむらホームページ及び更別村役場担当者より聞き取り)
表1 更別町の農家戸数等 |
資料:JAさらべつホームページ |
資料:JAさらべつホームページ |
図1 更別町における農畜産物の作目別販売高の構成(20年度) |
資料:JAさらべつホームページ |
図2 更別町における作目別作付面積の構成(20年度) |
表2 更別町における作目別作付面積の推移 |
資料:JAさらべつホームページ |
(1) 企業の概要
神野でんぷん工場(株)は、現社長の父梅吉氏が昭和22年に創業した。当時、更別地区にでん粉工場が10工場あった。現社長が昭和61年に経営を引き継いだ当初は、年間800万円の売上しかなかったため、大規模工場と商品の差別化を図るため独自製品の開発を計画、昭和62年に吸水性に優れた「つぶつぶでんぷん」の開発に成功し、発売を開始した。
昭和63年に有限会社化、平成10年からは株式会社化され、現在に至っている。従業員は6名で、9〜12月、3〜6月の操業期間のみパートを5名雇っている。
ばれいしょのでん粉かすは、大型の合理化工場においては、脱水後の乾燥処理等を経て飼料化され、販売される場合が一般的である。同社のような小規模のでん粉工場では、そのような設備がないため、以前は近くの農家に引き取ってもらい、土壌などへ還元されていたが、水分が多いため不評であった。
また、ばれいしょの「粉状そうか病」など病原菌などの残留の不安もあり、現在では土壌への還元はほとんど行われていない。
かすの一部を野積みにして家畜の飼料としていた時期もあったが、畜産廃棄物への規制が厳しくなるとともに、そのような形での処理もできなくなった。
(2) 「つぶつぶでんぷん」の製造方法などについて
神野でんぷんの製法は、現在のでん粉生産の主流である「合理化式」ではなく、古くからの製法である「在来式」である。同工場では、地元農家から、食用としては規格外品であるため、安価な価格で原料のばれいしょを仕入れることができる。
「つぶつぶでんぷん」は、在来式工場の特徴を利用して製造する。沈澱法により比重の重い大きな粒子だけを抽出し、低温(70度以上)で長時間(4時間)かけて製造する。あえて時間をかけているのは、乾燥時間を長くすることにより、でん粉そのものを顆粒状にするとともに、本来持っている風味や甘味成分を残すためである。
また、一般的なばれいしょでん粉の粒の大きさは20〜100μである。合理化式工場で製造されたでん粉は小粒子と大粒子が混在しているが、つぶつぶでんぷんは100μ以上と大粒子であり、さらに吸水性に優れているため料理に適していると言われている。しかし、製造工程で粒の小さいでん粉を除去するため歩留りは一般的な製造工程の5割程度と低く、製造時間も長いためコスト面の問題もある。この問題を解消するため、粒の小さいでん粉を一般の合理化式でん粉にブレンドしたり、さらに粒の小さいでん粉はかまぼこなどの水産練り物用や豚の飼料として販売している。
現在、このような在来式によるでん粉の製造は、十勝地方では同工場のみで行われており、他地方でも士別市の(株)カワハラデンプン工場の例があるだけである。
十勝産ばれいしょを原料に在来製法で作る「つぶつぶでんぷん」の評判は、TV番組でも取り上げられるなど口コミで広がり、今では全国100カ所以上の飲食店と直接取引をしているとのことである。
(1) でん粉かすが飼料になるまで
北海道東部の主要な農作物は小麦、てん菜、ばれいしょおよび豆類である。てん菜の場合は、製糖工程で生産されるビートかすが飼料のビートパルプペレットとして、小麦も製粉後のかすはふすまとして、それぞれ飼料に利用されているが、ばれいしょについては、でん粉かすの水分含有量が多いことから大型合理化工場以外の工場では飼料への普及がなかなか進まなかった。昭和40年頃までは、でん粉かすを夏に天日乾燥して焼酎の原料として使用したり、豚を自家用に飼っている農家が、飼料としてでん粉かすを引き取るなどその処理に困らない時代もあった。しかし近年、畜産経営の大規模化により手間のかかるかすの利用が減少し、活用されずにいた。
こうした中、神野でんぷん工場では、平成15年以降の試行の結果、でん粉かすを発酵させてできた飼料については、家畜の嗜好性が上がることやカビが発生せず保存性に優れていることが判明したため、平成16年からはでん粉かすを発酵飼料(サイレージ)として本格的に製造する取り組みを開始した。
なお、神野氏は、畜産農家に「発酵飼料(製品名:でん粉かす混合サイレージ)は飼料全体の1割程度に抑えたらどうか」と提案して販売している。これは、家畜にでん粉を多く与えすぎると、乳酸アシドーシス病(胃の中で急激な乳酸発酵によりpHが下がり、胃中の微生物が死滅し弊害が起きる病気)になってしまう恐れがあるためである。
(2) でん粉かす飼料の原料
飼料には、発酵でん粉かすのほかにふすま、米ぬか、しょうゆかす、ビートパルプ、粉末おから、小豆あん粕などをブレンドしている(図3参照)。原材料比率は、発酵でん粉かすが約7割、次いでふすま、米ぬか、粉末おからの順となっている。米ぬかは、道央在住の神野氏の親戚から安定供給されているとのことである。ビートパルプは、飼料全体からみると少ない割合となっているが、飼料全体の発酵を促進するとともに、嗜好性にも良い作用を与えており、でん粉かす飼料の製造には欠かせないものとなっている。
当初は、発酵でん粉かす、豆乳かす、おからかす、ふすまを原料としていたが、豆乳かすが大手商社などにおさえられてしまい、安定確保できないことから現在の原料となった。
図3 ふすま、米ぬか、ビートパルプ、粉末おからなど副原材料のブレンド |
(3) 飼料の製造工程(製造方法)
でん粉かすは、でん粉の製造に伴い発生するので、主にでん粉製造期間である9月〜11月および3〜6月の間に確保している主な工程は以下のとおり。
(1)ばれいしょからでん粉を絞り取った後に出る「でん粉かす」をスクリュープレスで脱水し、フレコンバックに詰める。
(2)3〜6月に発生したかすは6カ月、9〜11月に発生したかすは1年以上発酵させる。
(3)(2)で発酵させた「でんぷんかす」をかくはん機に入れる。
(4)副原料である「粉末おから」「ふすま」「ビートパルプ」「小豆あんかす」などに加え、かくはん機内でブレンドする。(図4参照)
(5)1袋500キログラムのフレコンバックに詰め、3〜6月に発生した製品は3カ月、9〜11月に発生した製品は6カ月再発酵させる。
図4 発酵でん粉かすとその他の原材料をかくはん |
(4) 飼料の特徴等
でんぷんかすには乾物換算ででん粉が約40%含まれており、ビニール袋に密閉してフレコンバックに入れ保管すると、自然に乳酸発酵、酢酸発酵などの有機酸発酵とアルコール発酵が進む。これらが安定するのは約3カ月かかる。フレコンバックに詰めてから一週間たつとpH値が4以下に下がり、その後は何年経っても腐敗しない。しかし、水分が80%あるとかすが凍結し、商品にならないことから発酵に最適な水分(50〜60%)に調整する必要がある。
水分調整のため、スクリュープレスによる脱水を行うほか、ふすま、粉末おからなどをブレンドし、フレコンバックに詰めて工場の敷地内で熟成させる。
でん粉かすを利用して製造した飼料には、以下の特徴がある。
(1)1年以上経てもpH4以下が持続しており、雑菌が死滅するためカビが発生しない。また、そうか病菌も死滅する。
(2)未開封で3年間保存可能(「賞味期限」が長い)。
(3)ビールかすのサイレージと比較して水分が少ないため、零下20℃の冬でも凍結の心配がない。
(4)乳酸、アルコールおよび酢酸発酵による果実臭が、家畜への嗜好性を高めている。
また、在来式の製法により発生するでん粉かすには合理化式のかすよりもでん粉の残量が多く、栄養価も高いと考えられている。また、でん粉かすの成分に粗タンパク質が含まれているが、この成分が不足すると乳量や無脂乳固形分が低下するため、畜産農家はこれを最も欲しがるとのことである(図5)。
現在の出荷先は、北海道内の約20者で、道外には出荷していない。
出荷農家の経営形態別割合をみると、酪農および肉牛肥育農家と養豚農家の比率は、6:4で前者がやや多い状況となっている。
主な取引先は、生キャラメルで有名となった花畑牧場、同牧場に豚を供給している民間会社、道東の根室支庁の酪農家であり、個人農家にも販売を行っている。全体の出荷数量は、月平均80トンとなっている。
飼料の種類は、「でんぷん粕発酵混合飼料(植物性混合飼料)」となっている。また、販売正味重量は500キログラム(フレコン袋)、定価は15,750円(税込 送料別)となっている。
図5 副原材料を追加する前のでん粉かす |
(5) 畜産農家の評判
(1)花畑牧場(玉田養豚部長)
約1000頭飼養している。
昨年9月から神野でんぷんの飼料を1〜2割混ぜて豚に給与している。使い始めてから感じたことは、飼料の給与量が以前に比べて微減したことや、発酵飼料であるため整腸作用が働き、健康な豚が多くなったと思われることである。また、背脂肪が良くのるようになり、肉質の評判が良い。
(2)渡辺牧場(酪農家渡辺道明氏)
神野でん粉が販売を始めた当初の平成16年夏から使用している。現在は、毎月15袋(7500キログラム)を神野でんぷんから購入している。
一日2回(朝7時半、夕16時 図6参照)、乳牛65頭に給与を行っている。使い始めてから感じていることは、夏場でも嗜好性が低下せず、乳量も落ちないということである。
牧草を含め使用する飼料総量にでん粉かすサイレージ量の占める比率は8%程度である。
図6 夕方の給餌風景 |
神野氏は、水分60%のでん粉かすサイレージは、水分の低い飼料と比較すると輸送コストがかかるため、道外よりも近隣の道東を中心とした販売に力を入れていきたいとのことである。
また、自らは飼料メーカーではないことから、今後畜産農家への販路を拡大するためには、販売実績がなければ畜産農家が買ってくれないことを認識しており、着実に販売実績を積み重ね、口コミで自然に広がって欲しいと話してくれた。
神野氏は、将来的にはでん粉かすからの発酵飼料製造を増やし、同業者間での交流や勉強会の開催などにより飼料の改善を図りたいと考えている。
でん粉の製造については、伝統の製法を守りつつも、飼料の開発などでん粉以外の分野については、独自のアイディアで新たな製品を作り出そうと試みている神野氏の取り組みに今後も期待したい。