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最終更新日:2010年3月6日
でん粉工場における排水処理技術 〜UASB形メタン発酵処理システム〜 |
[2009年10月]
【調査・報告】株式会社東芝 水・環境システム事業部
水処理事業推進担当 田村 博
UASB(Upflow Anaerobic Sludge Blanket;上向流式嫌気性汚泥床)法は、高濃度有機性排水処理におけるメタン発酵法(嫌気性処理法)の代表的な処理方式である。四半世紀前にオランダで開発されて以来、各国で導入が進められ3000基ほどのプラントがあると推測されている。一般的には、省エネルギー、省スペースを特長としているが、技術的な観点から十分論ぜられているとは言えない。本報告では、高濃度であり、処理が困難であると言われてきた、ばれいしょでん粉工場排水を中心に技術のポイントとなる部分を紹介する。
排水の処理方法は、物理化学処理と生物処理とに大別される。前者の代表的な処理設備としては、沈殿池、加圧浮上装置、脱水機などがある。しかし、これらの物理化学処理では排水中に溶解している有機物の処理は困難である。そのため、一般的な食品工場排水においては生物処理が主体となる。
生物処理には、酸素を必要とする好気性処理と、酸素を必要としない嫌気性処理がある。嫌気性処理は、メタン菌を用いた処理であり、最終段階でメタンガスが発生することからメタン発酵処理とも呼ばれる。
国内では、1920年代に初めて下水処理場が建設されて以来、好気性処理の代表である活性汚泥法は、その構成が単純であることから、最も一般的な排水処理方法として広く用いられてきた。活性汚泥法とは、好気性微生物がフロック状の浮遊物(活性汚泥)となって排水中の有機物を分解する方法である。しかし、この方法は曝気が必要なためブロワ(低圧の空気を送り込む機器)の消費電力が大きいことや、多量の余剰汚泥が発生することなど、エネルギーとコストが多大であることが問題であった。
一方、メタン発酵法は、活性汚泥法の欠点を補い得るとして、ヨーロッパのみならず、日本においても、ビート、ビール、コーンスターチ、異性化糖、豆腐、ポテト、味噌、果汁などの食品分野において積極的に導入され、今や国内に250〜300基あると言われている。
その普及の要因の代表的なものを以下に示す。
(1)省エネルギー
(2)低ランニングコスト
(3)産業廃棄物(脱水汚泥)の削減
(4)省スペース
(5)維持管理の容易さ
しかしながら、以下に示す欠点あるいは問題点があり、慎重に導入を検討すべきである。
(1) | 35度程度までの加温が必要 |
(2) | 工程中に生成する酸に対し、ある程度の中和が必要(処理水のアルカリ度(アルカリ性である度合い、電離度に影響されない)により必要な苛性ソーダの量は異なる) |
(3) | メタン菌の増殖速度が遅いため阻害物に弱い |
(4) | 油分に極めて不適合である(前処理が必要) |
(5) | 有機物量の指標であるBOD(Biochemical Oxygen Demand;生物化学的酸素要求量)濃度が低いとメタン菌の維持が困難となる |
(6) | 既に活性汚泥がある場合、ランニングコストの差による新規UASBの設備償却年数が多くなる |
このような短所はあるものの、近年下水放流への切替が進んでおり、UASB単独での放流によってすでに述べたように大きなメリットが出るため、今後も導入は進んで行くものと予測される。
メタン発酵による有機物の分解工程を図1に示す。最初に加水分解工程でタンパク質や多糖類などの高分子(ポリマー)が低分子(モノマー)になり、次の酸生成工程で酢酸などの低級脂肪酸となり、最終のメタン生成工程でメタンと二酸化炭素に分解される。
図1 有機物の分解工程 |
好気性処理と嫌気性処理が異なるのは、最終段階のメタン生成工程であって、好気性処理の場合はここが酸化反応となる。具体的に代表的な酢酸の分解を比較してみる。
つまり、好気性の場合には(ブロワによる)酸素の供給が必要であり、エネルギーを生まないが、嫌気性の場合は酸素が不要でメタンガスというエネルギーを生むことが分かる。
UASBの内部にはグラニュールと呼ばれる(正式名はGranular Sludge)メタン菌の集合体がある(図2、図3)。これは、酸生成菌とメタン生成菌がお互いに絡み合って直径1〜2mmの球状になったものである。
図2 グラニュールの外観 |
図3 グラニュールの断面 |
図4にUASBの基本構造図を示す。グラニュールは反応槽底部にあり、排水は底部分配管より流入し、各噴流管より下部に噴出される。槽内では緩やかな上向流が形成され、有機物が分解される。構造としては沈殿槽一体形の装置とも考えられる。
図4 UASBの基本構造図 |
メタン発酵槽の内部にはGSS(Gas Solid Separator;気固液分離装置)があり(ここでは図を簡略化している)、発生したバイオガス(メタンガスと炭酸ガス)をグラニュールや処理水と分離し回収する(他社は水中での回収)。
東芝のUASBの構造の特長を以下に示す。
(1)バイオガスの回収を気相部で行うためGSSは開放されており、スカム(水表面にできる膜状の浮きかす)やグラニュールによる閉塞はないが、他社ではGSSは、じょうご(漏斗)を逆様にした構造のため、その内部あるいはガス配管中でのスカムやグラニュールの閉塞が懸念される。
(2)越流堰(せき)手前に潜り堰を設置して、バイオガスに持ち上げられたグラニュールが潜り堰にぶつかって、速度を低下させると同時に速やかに沈降し、越流しない構造としている。
UASBは日本導入時の初期のタイプを除いて、上向流速を1m/h程度に保つため、処理水の一部を循環させている(図5)。その結果生じる回転流により、グラニュールは自己造粒(菌体のみで球形の菌の集合体を形成すること)する。それ以外の効果として、pH緩衝機能、圧密化防止、低級脂肪酸の拡散、運転開始時の加温機能、流入高濃度水質の緩和などがあげられる。
図5 UASBにおける循環の仕組み |
高濃度水質の流入に関しては、排水処理における重要な課題の一つである。活性汚泥法ではステップ流入を除いて、原則排水は1ヶ所からの流入となる。また返送汚泥量も原水量に比較してさほど大きくない。従って、流入点付近の菌体は、高濃度排水の流入時に多大な有機物負荷を受けることになる。一方、UASBでは原水の流入は1個/㎡程度の噴流口から、底面に均一な流量で行われる。さらに、上向流速を一定に設定することにより、設計原水濃度により循環量が異なるため、原水が高濃度であっても合流してUASBに流入する水質が緩和される。
この結果、原水のBOD濃度が高い場合でも処理が安定していれば(除去率が高ければ)、流入BOD濃度は原水に比べて十分小さな値となり、底部接触面における過負荷が緩和されることが推定される。また、逆に除去率が悪くなった場合には、循環負荷によりさらに処理が悪化することが考えられ十分な注意が必要である。従って、原水濃度の高い場合には、循環負荷も考慮した余裕が設計に求められる。
(1)有害物質対策
ばれいしょには人体にも有害な物質がいくつか含まれており、有名なのはソラニン(Solanine)である。また、サポニン(Saponin)という界面活性剤と同等の物質も含まれている。ソラニンは芽や皮を取り除けば、排水中の濃度が低くなって排水処理に悪影響は及ぼさない。サポニンは苦味成分であるが、濃度が低いため影響がでないと考えられる。しかしあまり知られていないが、ばれいしょには他にも有害物質があって、PI(Protease Inhibitor)と呼ばれる。タンパク質の分解を阻害するもので(人も生でジャガイモを食するとお腹をこわすのはこれが原因)、排水処理を行うに当っては一定値以下に除去する必要がある。特に、でん粉工場においては、でん粉を回収した後の有機物はほとんどタンパク質となるため、PIの除去が重要となる。方法としては、SS(固形分)と共に除去するか、80度以上の熱で分解するかである。
(2)季節稼動対策
でん粉工場の稼動時期はおおむね9月〜11月末の3カ月である。排水を受入れる前の循環ラインによる加温と汚泥負荷(単位菌体量が処理する有機物量)を小さく設定することに注意すれば、UASBの立ち上げはそれほど難しくない。ただし、好気性処理がある場合は、馴養をうまく行わないと(特に硝化菌)、窒素除去を含めた立ち上げが困難になる。また、いずれの場合も、立ち上げ用の排水(あるいは有機物)の確保が望ましい。
(3)BODと窒素の関係
でん粉工場の排水の主成分は、前述の通りタンパク質である。各工場の生産工程にかかわらず、BOD/N比は約10であり、前処理でSSおよび阻害物を除去した状態では、アルカリ度が十分ある(いずれアンモニウムイオンが分解してくる)ため、苛性ソーダなどによる中和は不要である。
また、窒素を除去するためには、好気性処理が必要であり、下記反応式のように、まずアンモニウムイオンを酸化し、亜硝酸態(硝酸態)とした後、空気のない状態で有機物と接触させ、脱窒菌が亜硝酸態(硝酸態)の酸素を利用して有機物を分解する。その結果、残った窒素がガスとして大気中に放散される。この反応を起すためには、BOD/N比が2.5以上必要なため、全量UASBへ通すと、後段の好気性の入口でBODが除去され過ぎて(窒素はほとんど除去されない)、窒素除去ができなくなる。UASBでBOD除去率90%、窒素除去がないとした時に、17%以上はUASBをバイパスする必要がある。
士幌町農協でん粉工場の排水処理フローを図6に示す。
図6 でん粉工場排水処理フロー(JA士幌町) |
本設備は2001年から稼動し、今年9年目の運転を迎えた。その間行った工夫をいくつか紹介する。
(1)流量調整槽と低圧浮上設備
低圧浮上槽でタンパク分離のため硫酸を使用しているが、硫化水素阻害を防ぐために最少量としなければならず、流量調整槽の滞留時間を短くすることにより、酸発酵のみ起して、アミノ酸分解によるpHの上昇を抑える。結果的に発泡対策になる。
(2)バイパス
好気性処理設備による窒素除去のためのBOD/N比の確保のために加えて、硝化槽の温度低下と膜設備の透過流量低下を防ぐために行っている。
(3)酸生成槽
PI対策で1.3倍希釈を行っているが、希釈水(工水)を膜処理水と熱交換することで、加温エネルギーを削減している。当初は原水で熱交換していたが、タンパクによる目詰まりが多発したため変更した。
(4)pH調整槽
後段のUASBでアミノ酸がアンモニウムイオンに分解されて、十分なアルカリ度が生じるため、苛性ソーダの注入は行っていない。このことによって、ランニングコストの低減と好気性設備入口でのpH上昇を抑えている。
(5)硝化槽(散気管)
停電や好気性菌馴養時にブロワが運転、停止を繰り返し、微細気泡タイプの散気管が目詰まりを起すため、目詰まりせず溶解効率も高めのタイプの散気管に変更した。
(6)脱硫装置
バイオガスの有効利用(ここではガスボイラ)を行う際に、脱硫する必要があり、乾式脱硫(バイオガス中の硫化水素を酸化鉄と反応させて硫化鉄として除去する装置)を行っていたが、新たに生物脱硫装置(バイオガス中の硫化水素をイオウ酸化細菌を使ってイオウ単体あるいは硫酸に変換させる装置)を開発し、ランニングコストを大幅に低減した。
(7)水位計
流量調整槽および膜槽における、発泡による誤動作対策として、フリクト式水位計(フロート(浮き子)が上下することによりスイッチが作動する水位計)や電極式水位計は採用せず、投込み式水位計(水圧を測定して水深を求める水位計)を使用している。
UASBの応用として、反応効率を高くするために上向流速を数m/hとする高さ13メートル程度のEGSB(Expanded Granular Sludge Bed)やさらに高い内部循環形高速流動床なども順次導入が進められている。一方東芝は、メンテナンス性を重視して、地上部5メートル程度の直列2段の2―stage(Double Stage)システムを開発し、3基納入している。主に下水道放流基準300mg/L地区が対象であるが、BOD数万mg/L以上で産業廃棄物としている排水には非常に効果的である。設計除去率は96%であるが、実力値としては99%を超えている。
また、ばれいしょ、かんしょなどにはリンが多く含まれており、枯渇資源としてのリンの回収技術も急務である。メタン発酵処理水には大量のアンモニウムイオンがあり、またマグネシウムも必要量の半分程度含まれているため、MAP(Magnesium Ammonium Phosphate;リン酸マグネシウムアンモニウム)として回収するのが有効と考えられる。
ビート工場排水においては、でん粉工場同様、タンパク質が大量に含まれており、阻害物も少ないことから、UASB法が有効であるが、生産工程に起因する炭酸カルシウムによる配管、特に散気管には目詰まり防止に十分な配慮が必要である。
一方で一般の食品工場を見た場合、野菜加工残さなどをメタン発酵の応用により分解し、その消化液をUASBで処理することにより、全体として有機物処理と同時にエネルギー化ができる。このように、メタン発酵技術は地球温暖化防止策の一手段として、広く応用されていくことであろう。