最終更新日:2010年3月6日
でん粉情報 |
[2009年11月]
【話題】北海道大学
名誉教授 出村 克彦
今年の北海道農業は天候不順による作柄不良の被害が深刻な年であった。特に畑作物への影響が大きかった。北海道畑作の位置づけは、我が国の畑作物の最大の供給地であり、北海道農業の基幹部門である。畑作の概況を見ると、全国の畑地面積の35%、畑作物産出額の30%を占め、北海道内での畑作農業は道内の耕地面積の36%、産出額の18%を占めている。さらに、全国に占める生産量(平成20年度)では、小麦62%、てん菜100%、馬鈴しょ79%、豆類(大豆22%、小豆89%、いんげん96%)であり、食料自給率への寄与は大きい。北海道畑作農業は、小麦、豆類、でん粉原料用馬鈴しょ、てん菜の4作目を中心に十勝、網走が畑作主産地帯である。十勝は畑作4品を中心とした4年輪作、網走は、豆類を除く畑作3品を中心とした3年輪作の作付体系となっている。
近年の畑作物の動向を表1でみると、畑作4品で30万ha弱で推移しているが、平成19年度より導入された品目横断的経営安定対策(現水田・畑作経営所得安定対策)の基準期間とされる平成18年度以降減少傾向となっている。集団の機械化収穫体系が整備されている小麦の作付けが一番多く1150千haとなっており、次いで、てん菜が66千ha、豆類が55千ha、馬鈴しょが53千haとなっている。畑作4品の動向を見よう。
表1 畑作物の作付実績(北海道)(ha)
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資料:北海道農協中央会調べ
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小麦については、ホクシンから新品種きたほなみへの作付転換を進めており(21年産より実施し、23年産より全面転換の予定)、きたほなみはホクシンより収量性が20%程度高いため自給率の向上にも大きく貢献できる。
豆類は、加糖あんの輸入増加により小豆面積が大きく減少した。また、大豆は新たな経営所得安定対策導入前のかけこみによって平成18年度は一時的に増加したが、その後は減少している。21年度の水田フル活用対策によって、転作大豆が増加する見込みとなっているが、消費流通対策が十分でないため在庫が積みあがっており、畑作大豆への影響が大きい。
でん粉原料用馬鈴しょについては、専用種面積の減少から北海道の馬鈴しょでん粉生産計画数量240千トンを切ったため、20年産は糖化用途向け馬鈴しょでん粉の交付金対象数量135千トンのうち20千トン返上し115千トンとした。21年産についても200千トンを切る生産見込みのため、昨年以上の返上が見込まれているが、でん粉工場の操業率も低下し加工費に与える影響も大きい。
てん菜は、新たな経営所得安定対策の導入によって、生産性向上メリットの減少や20年度の燃油・飼料・生産資材(特に肥料)の高騰の影響を受け肥料代が嵩み所得が減少することから減少傾向にある。
網走地区においては、近年豆類が増えてきているが、気象条件から作付けができない地域もあり、第4の作物を模索しているところである。また、地力の回復のためには、休閑緑肥の導入が必要である。これら4品の作付減少に対して、土地利用型野菜(人参等)、飼料作物の作付が増加している。北海道畑作農業の持続的発展のためには、4品の安定的作付の確保が重要であり、輪作体系の維持の観点からも生産に見合った十分な所得の確保が必要となる。
畑作農業の課題は、4品目の輪作体系を維持しながら経営を営むことにある。再生産を継続する原動力は言うまでもなく生産者の所得・収益の確保であり、自給率向上への観点からも畑作物の生産量の確保が必要である。前述したように畑作の作付面積は減少傾向にある。以下、てん菜の生産、経営動向を小麦、馬鈴しょと比較で見てみる。
反収および作況を見ると、小麦、馬鈴しょ、てん菜は天候に恵まれた19年度を挟んで生産は堅調であり、てん菜は420万トン(てん菜糖で68万トン)を上回る供給を達成した。これに反して今年度は、天候不順により大幅な生産減となっている(表2)。
表2 10a当たり収量・収穫量・(作況指数)
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(kg/10a)(千t)
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資料:農林水産省「作物統計」
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18年度の畑作経営(販売農家)の農業粗収益は2,449万円、所得率32.7%で、農業所得は802万円である。19年度より水田・畑作経営所得安定対策の導入が採用されたために畑作収入に含まれていた交付金の一部が共済・補助金等の受取金に計上され、粗収益の比較の基準が同一ではないが、19年度の農業粗収益は2,559万円、農業所得率は31.8%、農業所得は813万円となっている。畑作物の収益性を見ると作物の作柄により変動しており、16年度からいずれの作物も10a当たりの所得は減少している(表3)。
表3 畑作物の10a当たり所得(円)
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資料:農林水産省「生産費調査」、19年度以降は新政策のため公表されず。
注:馬鈴しょはデンプン原料用馬鈴しょ |
10a当たり生産費は、表4よりてん菜の特色が見て取れる。何れの作物も生産費は横ばいで推移しているが、てん菜における生産費の割高さと労働費の高さ、これに対して小麦の労働費に低さが表れている。これは機械化が小麦で進んでいることと、てん菜における労働集約性と物財費特に肥料費の高さが原因である。10a当たりの投下労働時間を見ると(表4)、てん菜生産における多労性、多肥性がてん菜の生産維持を困難にしている。特に昨年度の肥料価格高騰の影響は大きい。因みに北海道庁で調査した畑作経営(調査農家56戸、平均耕地面積33ha)によると、19年度経営費2,987万円は21年度3,277万円(推計)となり、その影響額379万円のうち肥料代は340万円(90%)で,その多くはてん菜向けが占めている。
表4 10a当たり生産費・10a当たり投下労働時間
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資料:農林水産省「生産費調査」 注:馬鈴しょはデンプン原料用馬鈴しょ 生産費は全算入生産費 |
畑作物は需給調整のために計画的な生産の推進、適正な輪作体系の維持のために作付指標面積を設定しており、甜菜では6万8千haに設定されている。平成15年以降作付指標面積は引き下げられてきたことと、生産者の努力もあって指標通りの面積の作付け(指標面積との対比で99)が維持されてきた。しかし、19、20年以降は作付面積の減少により,指標面積のと対比では97と低下してきた。
てん菜、馬鈴しょは原料作物であり、実需者が加工業者という性質上、海外原料との競争条件にさらされている。でん粉原料用馬鈴しょについては、前述のとおり20年産は糖化用途向け馬鈴しょでん粉の交付金対象数量135千トンのうち20千トン返上し115千トンとした。21年産についても、昨年以上の返上が見込まれており、でん粉工場の操業率も低下し加工費に与える影響も大きい。てん菜は作付面積を守るため、てん菜糖生産量684千トンの流通可能数量(640千トンは交付金対象数量で、それを超える44千トンまでは年内の流通が可能。684千トンを超える数量については、当年は市場隔離を行い翌年の流通とする)を超える対応として、JAグループ自ら新たなエネルギー対応を検討するため、バイオエタノール工場を建設し、15千klのエタノール生産を目指している。
640千トンを超えるてん菜糖は、糖業者に砂糖の委託加工を依頼し、精製糖企業に対して販売してもらっているが、委託加工分の品代は3,000円/トン程度と交付金対象の砂糖の品代の1/3以下である。エタノール原料向けも同様の価格での提供を基本としている。いずれにしても、640千トンを超える砂糖については、生産コストを賄わないため、努力しても所得の向上につながらない矛盾を抱えている。この矛盾については、主として輸入粗糖からの調整金によって国内産糖に対する支援(生産者・糖業者)を行う糖価調整制度のため、国産が増えれば輸入量を減らすこととなり、調整金財源が減少するために、交付対象数量に上限が設けられているためである。これを打破するためには、調整金が不足する分については国が予算を確保して対応するという仕組みを作らなければならない。
これまで畑作物は個別品目ごとに政策価格が設定されていたが、畑作農家の収入をトータルで確保するために、平成19年度から品目横断的経営所得安定対策(現水田・畑作経営所得安定対策)が導入された。この制度の評価では、固定払い(緑ゲタ)が7割、成績払い(黄ゲタ)が3割の構成となっているが、黄ゲタの割合が少ないことから、生産性向上努力を行っても以前のように収入が増大しないというデメリットがある。しかし、災害年においては、緑ゲタの割合が高いことから、収入の減少を抑制できるという効果がある。
21年は低温、寡照、大雨の気象により平年作の確保が困難な状況であり、対策のメリットを享受できると見込まれるが、過去2年間は平年作を超える水準であったことから、以前のような生産性向上メリットを実感できない年であった。また、昨年は燃油、飼料、肥料の高騰により、経費が大きく嵩み、特に肥料の投入量が多いてん菜については、経営全体としての所得を確保する観点から作付けを減少させた。
新制度導入以降、畑作4品の作付面積が総じて減少傾向にあり、約30万haの畑地を適正な輪作体系のもと持続していかなければならない状況を迎えている。畑作4品に対する政策ということから、4品の作付けを行っている生産者に対して再生産可能な所得を確保することが本来の姿である。緑ゲタの基準期間等の見直しがなされない中では、制度の矛盾を抱えたまま進んでいくこととなるため、畑作4品に対するメリット付与が必要である。
政権交代による新たな政策「戸別所得補償制度」がどの様な制度設計でその効果がどの様に影響するのかは現時点では判断できない。畑作農業には輪作体系が不可欠であり、その維持には収益性はもちろん労働生産性やコスト削減が必要であるが、稲作、酪農のように単に規模拡大といったことでは対応できない複雑性を持っている。また、法人化や省力化に向けての直播技術の採用は緒に就いたばかりで、まだその実効性は発揮されていない。土地利用型の専業畑作の振興には、自給率の維持、地域農業の確立といった政策目標のもとにおける確固とした政策対応が不可欠である。