(2)企業戦略との関連性
輸出企業や大手生産者はAWに取り組んでいるが、その取り組みを(1)輸出戦略、(2)企業イメージの確保と関連付けて考えていた。
まず、輸出戦略について、複数の企業は「EU企業から取引条件として、AWの取り組みが求められる」との回答であった。
具体的な事例でみると、ファストフード大手マクドナルド社は自社のホームページで、AWの重要性を強調し、製品はAWに配慮して生産された食材を用いているとしている。また、ブラジルを含む主要市場で、遅くとも2025年までに100%ケージフリー(いわゆる「平飼い」)で生産された卵に切り替えるとし、すでに英国、ドイツ、フランスなどでは、このような鶏卵を食材とした製品を販売している。英国に拠点がある小売業大手のテスコも自社のホームページで、販売する食材の生産段階等において、AWの向上に取り組むとし、2025年までに100%ケージフリーで生産された卵に切り替えることも表明している。
多国籍企業やEUの小売業等のニーズを受け、ブラジルの大手食肉生産・輸出企業であるBRFおよびJBS
(注3)は、グローバルGAP
(注4)の取得に加えて、妊娠豚のストール飼いなどを全面的に禁止することを表明している(表4)。このような企業は輸出市場でシェアを確保するため、海外の小売業者等が求めるAWへの取り組みを進展させる必要があり、企業としては、畜舎・施設の改修を伴う取り組みにも積極的に投資を図るなど、AWの取り組みを輸出戦略の一つの柱に位置付けている。
(注3)BRF:2009年に、鶏肉生産第1位のSadia社と第2位のPerdigao社が合併してできた食肉企業。鶏肉および豚肉の生産、輸出量は国内第1位。
JBS:ブラジルに本拠を構える多国籍企業。世界の食肉企業の売上高で第1位の業界最大手企業。
(注4)主に欧州で普及している生産工程管理の取り組みの認証。
また、今回の調査では、AWに関して、企業は自社のイメージの毀き損の防止をいかに図るかに注力していることが明らかとなった。
現在、若者の多くは、ツイッター、フェイスブックなどSNSを利用するが、都市部に住む彼らは畜産の現場を知らないことが多々ある。このため、畜産のネガティブな情報に接すると、正しい理解のないまま、誤った情報を広く発信・拡散することがあり、国境を越えて、輸出相手国であるEU等の消費者に対してもイメージダウンにつながる場合もあるという。企業のイメージは、消費者の企業への理解と製品への信頼によって確立されるが、特に消費者の理解については、AWの取り組みと消費者の理解をいかに結び付けるのかが重要と考えていた。
この結び付きには「透明性の確保」が重要である。企業では、独自にAWに関する点検項目を含むGAPのガイドラインを策定・見直し等を行っているが、検討に当たっては、企業内に留まらず、大学関係者などの外部有識者や消費者も参画し、多様な意見を聴いているとのことであった。AWに関する企業の取り組みを可能な限りオープンな形にすることで、自社の取り組みを国内外に広く知らせ、企業のイメージの確立に注力していた。
今後、EUとメルコスールのFTAが締結された場合、EUとブラジルの食肉貿易分野における関係性はより深まり、このような取り組みの重要性は増してくるものと考えられる。
(3)消費者の購買行動との関連性
ブラジルにおける消費者の購買行動に触れる前に、まず、EUの消費者行動とAWとの関連性を述べたい。欧州委員会が域内の消費者に対して実施した調査(2005年6月発行、これ以降の公式の調査はない)によると「卵を購入する際に、飼養形態を意識するか」という質問(EU25)に対し、「放し飼い飼養(free-range or outside)のものを購入」が38%、「平飼い飼養(non-caged indoor)」が10%、「エンリッチドケージ」が5%と、飼養形態を意識しAWに配慮したものを購入する意向を示す者は約5割を占める。
次に、「採卵鶏のAWの取り組みに対し、対価を支払うか」という質問に対し、「支払わない」が34%だったものの、「価格の5%支払う」が25%、「10%支払う」が21%、「25%支払う」が7%、「25%以上支払う」が4%と、支払う者の割合は57%で、全体の5割を超える(図3)。
このように、EUでは採卵鶏の飼養形態が消費行動に影響を及ぼし、AWの考えに対応した飼養管理に応じて対価を支払うことを認めている。
今回の調査において、ブラジルにおけるAWについての消費者意識を把握することはできなかったため、今回の市場調査および関係者からのヒアリングを基に考察する。
サンパウロ市などのスーパーマーケットにおいて、卵の販売状況を調査した(表5)。卵の販売形態については、独立した卵売り場を設けている場合と、野菜売り場と併設している場合があった。前者の場合、消費者は平飼い飼養の卵(放し飼い卵を含む、以下同じ)、あるいは有機卵を選択できるものの、取扱数量は通常の卵が売り場面積を圧倒的に占めていた。後者の場合、野菜の陳列台の下に設けた棚に無造作に置かれ、平飼い飼養の卵などの販売はなく、全て通常の卵であった(写真4〜7)。
価格をみると、平飼いで生産された卵の単価は、通常の卵の約2倍であった。
関係者へのヒアリングによると、以下のとおりであった。
(1)サンパウロ州スーパーマーケット協会
「一般的な消費者はAWには関心はなく、卵を購入する場合、価格重視で飼養形態を意識することはない」
(2)ブラジル動物性タンパク質協会
「消費者はAWに配慮した飼養管理を望んでいるものの、対価を支払ってもよいという者はほとんどいない」
(3)ブラジル農牧研究公社
「平飼いで生産された卵は5%程度である。平飼い卵の生産量が少ないこともあり、小規模の生産者が一部の消費者向けのニッチな市場として出荷しているのに過ぎない。大規模生産者は、ケージ飼いに比べ2〜3割上がる生産コストに見合うだけの価格転嫁が見込めないと判断している」
(4)企業関係者
「若者を中心にAWの関心は高まっている。それでも、全体から見ると限定的」
今回の調査結果から把握できたことを整理すると次の通りである。
(1)低価格帯の卵の販売が主体
(2)平飼い飼養の卵や有機卵の販売は限定的
(3)平飼いで生産された卵の価格は、ケージ飼いで生産された卵の価格の約2倍
(4)多くの消費者の購買行動には飼養形態はほとんど影響しない
販売状況や関係者からの意見に基づくと、ブラジル国内の消費者がEUと同様に、卵を購入する際に飼養形態を意識することは極めて限定的であり、購買行動に飼養形態が影響を及ぼすことは、ほとんどないと考えられる。また、サンパウロ州スーパーマーケット協会によると、平飼いの卵を購入する消費者も少数いるが「平飼いのような自然な飼い方で生産された卵の方がおいしい」という考えがほとんどで、嗜好性で選択しているという。
しかし、都市部の若年層を中心にAWを意識している層はあり、このような層を意識し、経営戦略のターゲットとしている企業もある。食肉製品ではあるが、製品に「動物を大切に育てました」という独自のマークを付けて、国内市場で差別化を図る試みも見られる。このような動きが、国内市場へどのような影響を及ぼすのかは、中長期的に分析していく必要があると考える。