カナダ牛肉産業の今後の動向を見通すに当たり注目すべき動きとしては、現在、牛肉業界が一丸となって推し進めている「国家牛肉戦略」が挙げられる。2015年1月に業界によってカナダ全土を対象に導入された同戦略は、産業全体の競争力向上を目指す5カ年計画であり、取り組むべきテーマを四つに絞った上で、それぞれに目標を定めている。
同戦略により産業全体がボトムアップされれば、将来的に牛肉生産増や輸出余力向上につながる可能性もあると考えられる。しかし、2018年10月現在、戦略全体の達成度は15%にとどまっているとされ、残された課題の中には市場アクセス改善など、業界の努力だけで期限までに実現させるのは困難と考えられるものも含まれている。
ただし、2017年以降、戦略の原資である生産者課徴金(チェックオフ)の単価が増額されたことにより、目標の達成に向けた動きが加速するとみられている。また、チェックオフ制度の管理・運営を担当するカナダ肉用牛研究・市場拡大・販売促進庁
(注2)の事業計画をみると、業界の目指す方向性が確認できる。
こうしたことを踏まえ、以下では国家牛肉戦略の概要をはじめ、カナダ牛肉産業を支えるチェックオフ制度をめぐる最近の動きを報告する。
(注2) カナダの連邦牛肉チェックオフ制度において生産者から徴収したチェックオフ資金を管理する法的権限を有する組織。
(1)国家牛肉戦略の概要
世界的な牛肉需要が増加傾向にある中、牛群の縮小をはじめとするさまざまな課題により潜在能力を発揮できていなかったことに危機感を抱いたカナダ牛肉業界は2013年から、課題の解決に向けた本格的な議論を開始した。この結果、七つの業界団体
(注3)によって策定された「国家牛肉戦略(National Beef Strategy)」には、業界関係者のさまざまな意見が取り入れられており、重点分野として示された下記4項目には5年で達成すべき最終的な目標が設定されている。また、各項目の下には個別具体的な方策が定められており、その内容は多岐にわたる(表6)。
(注3) カナダ肉用牛生産者協会(Canadian Cattlemen’ s Association)、カナダ食肉協会(Canada Meat Council)、カナダ牛肉品種協議会(Canadian Beef Breeds Council)、持続可能な牛肉に関するカナダ円卓会議(Canadian Round Table for Sustainable Beef)、全国畜牛肥育協会(National Cattle Feeder' s Association)、肉牛研究評議会(Beef Cattle Research Council)、カナダビーフ(Canada Beef)
ただし、実際に目標達成に向けた諸策を行うのはCanada Beefや肉牛研究評議会(BCRC)といった非営利組織であり、これらの活動資金は主に生産者によって支払われる牛肉チェックオフである。
(2)牛肉チェックオフ制度
カナダでは2002年より連邦牛肉チェックオフ制度が実施されている。これは生体牛が販売される度に1頭当たり1カナダドルの課徴金(チェックオフ)を徴収し、これを原資として肉用牛生産に関する研究や国内外でのマーケティングなどを実施する制度である。カナダは他の主要生産国よりも牛飼養頭数が少ないことから、チェックオフの総徴収額も同様の仕組みが実施されている米国と比べると極めて少ない(表7)。ただし、1カナダドルのチェックオフを支払うことで肉用牛生産者が得る恩恵が14カナダドル相当に達するとの試算もあるように、生産者に大きく裨益する同制度をカナダではほとんどの肉用牛生産者が支持しているという。
(3)徴収単価の増額
単価は制度導入当初から一定であったが、牛群の縮小に伴う収入減やインフレによる通貨価値の低下を背景に、かねてから増額の必要性が唱えられていた。こうした背景から、国家牛肉戦略の円滑な実施という目的の下、2016年に2.5カナダドルへの増額が決定した。実際の増額時期は各州に委ねられたが、2018年10月時点では、オンタリオ州を除くほとんどの州において増額されている。
チェックオフ徴収額は牛飼養頭数に比例するため、最大のシェアを占めるアルバータ州の協力が最も重要とされていたが、同州では2018年4月より増額された(図11)。
(4)事業計画にみる方向性の転換
前述の通り、チェックオフ資金は国内外のマーケティングや肉用牛生産に関する研究に支出され、これらの活動はそれぞれCanada BeefとBCRCが主体的に行う。支出割合は例年、マーケティング費が約9割を占め、研究費は1割程度で推移していた。このうちマーケティング費の内訳をみると、2017/18年度は北米市場向けが約3割と最大であり、アジア市場の中では中国が最大(9.1%)で、日本(8.9%)がこれに次いでいる(図12)。
しかし、チェックオフ制度を司るカナダ肉用牛研究・市場拡大・販売促進庁の2018/19年度事業計画をみると、チェックオフ単価の増額により拡大した予算の仕向け割合は、マーケティングが縮小する代わりに研究が大幅に増加している(図13)。
この要因としては、第一にカナダ政府から拠出される研究予算が大幅に削減されていることが考えられる。これに加え、2011/12〜13/14年度におけるチェックオフ1カナダドル当たりの効果に関する調査では、マーケティングが13.5カナダドルであるのに対し、研究が34.5カナダドルであったとの結果が示されたことから、費用対効果の観点から予算配分が変更された可能性もある。
なお、連邦チェックオフのプログラム別支出割合は全ての州でそれぞれ定められている。したがって、上述の予算計画は、多くの州で研究費向け支出割合が従来よりも高く設定されたことによって実現した。最大拠出州のアルバータ州を例に挙げれば、かつては10%に過ぎなかった研究費向け割合は2018年10月現在、44%にまで増加されている。
(5)主な研究テーマ
研究活動を担うBCRCは、国家牛肉戦略を支えるべく「カナダ牛肉研究&技術移転戦略2018〜2023」を実施している。BCRCはこの戦略における目標として、(1)持続可能性と生産効率の向上、(2)消費者の信頼および牛肉需要の改善、(3)安全性をはじめとするカナダ産牛肉への信頼の向上、といった3点を掲げており、これらを実現するための主要研究テーマに次の8点を挙げている。今後の研究予算は、こうしたテーマの研究に充当されるとみられ、一連の研究の中には直接的または間接的に、牛肉の生産・輸出増につながるものもあると考えられる。
(1) 牛肉の品質
(2) 食品安全性
(3) 動物福祉
(4) 抗生剤の使用
(5) 飼料穀物および飼料効率
(6) 粗飼料および牧草の生産性
(7) 環境面での持続可能性
(8) 技術移転
以上をまとめると、カナダの牛肉業界は2018/19年度以降、マーケティングと研究活動という二つの車輪によって、牛肉産業の競争力強化に努めるとみられる。チェックオフ制度を導入している他国でも研究予算にこれほどまで多くを割いている例は珍しいが、他国よりも生産規模が小さい分、研究活動を通して生産効率の向上などに注力するのは、ある意味合理的であるとも考えられる。