酪農の経営と技術を支援するために、酪農コンサルタントの視点を基に、これからの経営・技術支援の行く先というテーマで考えたい。昭和40年代以降、この分野は官が主導的な役割を果たしてきた。国の試験場(畜産試験場、草地試験場、地域農業試験場畜産草地部)が頭にあり、都道府県の畜産試験場がそれを支え、都道府県の中のいくつもの農業改良普及所が現場の酪農家を支援するという流れである。
しかし、冒頭に書いたような酪農家戸数の減少にスライドするように試験場と農業改良普及所の勢力も縮んできている。試験研究機関の雄であった畜産試験場と草地試験場を併せての研究者数は独立行政法人化以前(2000年・2001年)には207名であったものが、2016年には137名となり、同時に「試験場」という大看板が外され、「畜産研究部門」という名称に変わっている。本誌の2017年2月号で、筆者は北海道根室農業改良普及センターの取材をした際、1995年には根室管内には41名の職員がいたが、それが2006年には34名に、2015年には26名になっているとのことであった。都府県でも普及センターの統合が進んできている。
すう勢として、酪農家戸数と乳牛飼養頭数は冒頭に見たように減少しているが、酪農勢力は一様、一律に縮んでいるのではなく、多様化するとともに分化していると言ってもよいだろう。「家族経営と法人経営の分化」「個体乳量では6000〜8000キログラム階層と1万キログラム以上の階層の分化」「フリーストール・フリーバーン牛舎とつなぎ飼い牛舎の飼養形態の分化」「TMRセンターやコントラクター、育成牧場などの外部委託の有無」「規模拡大が進んでいる地域とそうではない地域」「雇用労働力の有無」などである。
また、乳牛の泌乳能力の高まりによって、高泌乳牛の飼養管理法に高度な知識と技術が従前以上に必要になると同時に、周産期疾病や繁殖成績の悪化という事例がみられていると聞く。そして、自由貿易経済の進展によって、国内の酪農家は諸外国の酪農家に対抗し得る経営的・技術的な競争力を備えなければならない時代に入ってきた。
「国の財政支援に依存するだけではなく、酪農家が自立しなければならない」という点を強固にするためには、「酪農家に寄り添う」ことができる相談相手としてのコンサルタントが必要と言えよう。
日本で酪農コンサルテーションをしている人達の数は、決して多くはない。その類型には「開業獣医師が顧客を中心として生産獣医療を施している」「農業団体、飼料メーカー、酪農器具・機械メーカーの技術顧問としてそれぞれの傘下・顧客酪農家の支援をする」「酪農家個人あるいは集団(TMRセンター構成員など)と契約を結んで支援をする」と大きく三つに分けられる。菊地さんのコンサルタントは2番目の分類に入る。
官であれ民であれ、つまり、農業改良普及センターの職員であれ、個人経営のコンサルタントであれ、酪農の経営と技術改善の要点は同じである。PDCAサイクルの実践を親身に、いかに精緻に行うかである。PDCAとは、Plan(計画)、Do(実践)、Check(点検・評価)、Act(改善)の鎖をいう。計画を「目的の計画」と「手段の計画」に分けると、目的の計画には、①数量の計画(個体と群の乳量水準)②品質の計画(体細胞数、細菌数、乳脂率、乳たんぱく質率)③コストの計画(生産原価)④日程の計画(年次目標)があり、手段の計画としては、①生産対象の計画(頭数、精液の選択、繁殖管理)②生産主体の計画(牛舎構造、購入飼料の選択、飼料作物)③生産方法の計画(飼料設計、飼料給与法、労働力)がある(図)。
点検に関しては、以下のことが評価されなければならないであろう。①牛舎内環境(飼槽や飲水器は清潔に保たれているか、牛舎内の換気は適切か、搾乳機器や施設の管理は適切か、床の乾燥状態は適切か、ハエ等の衛生害虫は駆除されているかなど)②作業(発情の発見・時間帯は適切か、飼槽の掃き寄せは適切に行われているか、分離給与においては給与回数や給与の順序は適切か、搾乳の手技と手順は適切かなど)③管理と記録(繁殖関連のデータは適切に利用されているか、草地の植生は把握されているか、空胎日数のバラツキは把握されているか、飼料の選択採食の有無と残食の種類、粗飼料と濃厚飼料の成分・栄養価の把握は十分か、乳量・乳質と飼料設計の関連は把握されているか、個体の観察はどのようにして行われているか、削蹄は適切に行われているか、疾病の把握と治療・対応は適切か、配合飼料の価格は把握され乳飼比は計算されているかなど)。こういった中には、前項にあったような作業効率の点検・評価も当然のことながら含まれる。実に多岐にわたっての「管理点」が含まれている。これらを単眼ではなく、複眼的に関連付けながら経営の向上を図っていくことが支援には求められる。つまり、「六つの柱」が必要であるということが実感できる。
この六つの柱をどのような仕組みで実践するか、それが今後の課題であろうが、重要なことは、恒常的な枠組みを構築する事であり、二つの形が考えられる。
一つは、官の組織の再編であり、もう一つは民の中での起業的な組織作りである。
官については、予算と定員の減少を食い止めながら、試験研究機関、農業改良普及センター、共済組合家畜診療所を再編して、六つの柱を包含する拠点を47都道府県に新たに設立するというのはどうであろうか。民の方では、農業団体や酪農関連企業が経済的な負担をしながら人材を確保し、酪農家の要望に応えていく形である。この場合には現在活躍されているコンサルタントの人達が中核になり、その周囲に、得意技を持つ人達が集合するという形になるであろう。
日本国内で730万トン前後の生乳生産量を維持する、あるいは、以前の水準に回復させるためには、どのような「酪農の経営・技術支援」をしていくかについての真摯な議論が必要であろう。その議論の中で参考になると思われる英国の事情を最後に紹介しておきたい。
英国では、1970年代から農業食料漁業省に属するAgricultural Development and Advisory Service(ADAS)が農業に関する試験研究と普及活動を行ってきたが、1986年にはこれが独立行政法人となり、1997年には完全に民営化された。この間に組織の縮小と人員の減少が行われてきた。民間への移行によりADASはコストの削減、サービスの効率化と強化、経営の合理化に励み、顧客との信頼関係を高めてきた。その結果、民営化により英国の酪農産業がコンサルタント業務を有料化しても、充分自立できるようになったと言われている。酪農分野ではイングランドおよびウェールズを中心に50万頭以上の乳牛のコンサルタントを請け負っている。しかし、農業の研究・普及指導分野においても競争原理の導入が図られたため、個人で開業しているコンサルタントや飼料会社所属のコンサルタント、Milk Marketing Board関連のコンサルタント業務との競争が激しくなっているとのことである(家畜飼料給与システム普及推進事業平成9年度海外調査報告書、平成10年3月、畜産技術協会)。
【謝辞】
今回、取材した菊地氏の出自は酪農家であり、大学卒業後2年半の間酪農に従事した経験を持つ。その後北海道庁に入り、美幌町と猿払村で併せて15年間農業改良普及センター(当時は農業改良普及所)に勤務された後、道の専門技術員として10年間酪農現場と密着した仕事をされた。現在は「きくち酪農コンサルティング」の看板を掲げて、全国を駆け巡っておられる。お忙しい中で、時間を割いていただいたことに感謝を申し上げます。