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調査・報告 学術調査 畜産の情報 2019年1月号

つなぎ飼い式牛舎におけるICTを活用した高精度発情検知技術の検討

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北里大学 獣医学部 動物資源科学科   
動物飼育管理学研究室 講師 鍋西  久

【要約】

 気圧、加速度センサーを搭載したネックベルトを用いて、つなぎ飼い式牛舎における牛の発情検知が可能となるツールの開発を目的とし、発情時における行動変化の検出、起居動作の自動識別プログラムを開発し評価を行った。つなぎ飼い式牛舎では、起居動作を発情兆候の指標として活用できる可能性が示唆された。また、新たに開発した気圧、加速度センサーを搭載したネックベルトと起居動作の自動識別プログラムによって、起居動作の変更を自動検出できることを確認したとともに、発情時における行動変化を検出できることを明らかにした。以上の結果から、気圧、加速度センサーを搭載したネックベルトと一連のシステムによって、自動的に発情を検出できるプログラムの開発検討を行ったが、今後頭数を増やしての実証研究が必要である。

1 調査研究の目的

 わが国における乳・肉用牛の飼養農家戸数と飼養頭数は減少傾向で推移しており、特に肉用牛においては、もと牛不足による慢性的な子牛セリ取引価格高騰の要因の一つとなっている。したがって、繁殖基盤の強化が喫緊の課題であり、増頭事業などの対策が講じられているところである。
 一方で、繁殖成績については数年にわたり低下傾向の一途をたどっている状況にあることから、繁殖成績の改善によって生産効率を高めることも重要な課題である。また、酪農家においては、早朝・深夜の搾乳や集送乳作業など、農業の中でもとりわけ過重な労働条件にあることから、「働き方改革」が指摘されている。
 乳用牛、肉用牛における大規模な調査結果から、分娩間隔を短縮するための効率的な対策として、発情発見効率を高めることの重要性が認識されている(鍋西,2014)。言い換えると、分娩間隔が延長している農家では、受胎率よりもむしろ発情発見効率の低下が空胎日数に大きく影響しているということが明らかとなっている。したがって、発情見逃しを減らし、人工授精を的確に実施すれば繁殖成績は改善できるものと考えられる。そのため、発情発見効率を改善するための新たな技術として、活動量の変化から発情を検知するシステムが普及するようになり、その導入効果が確認されている。ただし、システムの特性上、つなぎ飼い式牛舎においては発情時の活動量増加が顕著に表れないことから発情を検出することが難しく、導入農家は放し飼い式牛舎(フリーバーン、フリーストール)に限られているのが現状である。ところが、国内における酪農の飼養形態は約73%がつなぎ飼い式牛舎であることから(畜産技術協会,2015)、大部分の酪農家には対応できていない。
 しかしながら、つなぎ飼い式牛舎においては、発情時の顕著な活動量(歩数)の増加は認められないものの、立位継続時間の延長が確認されていることから、つなぎ飼い特有の発情時行動を捉えることで発情時期を特定できる可能性が示唆される。つなぎ飼い式牛舎における発情検出の試みとしては、牛床マットに設置した温度センサーで測定したデータから牛の立位時間を推定する取り組みが報告されているが、設備費が高額であるとともに、正確性や機動性について、いまだ改良の余地があるため、生産現場において普及する段階には至っていない。また、その他の事例として牛の鳴き声解析やカメラ撮影による発情検出の取り組み事例も報告されているが、いずれも研究段階での取り組みにとどまっている状況である。
 一方で、異業種分野に目を向けると、リモートセンシング技術、クラウドシステムをはじめとしたICT(情報通信技術)の活用が急速に進展し、農業分野への活用が期待されているところであり、農林水産省においてもロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業(スマート農業)を実現するための取り組みが始まっている。
 そこで本研究では、国内の大部分を占めているつなぎ飼い式牛舎に焦点を絞り、労働条件の改善を目指して、ICTを活用した新たな高精度発情検知技術の開発を目的とした。本研究では、近年特に測定精度が向上している気圧、加速度(注)センサーに着目し、牛のネックベルトに装着したセンサーでつなぎ飼い式牛舎における牛の立位、横臥姿勢を自動検出することによって、発情時に特有の行動変化を捉えることで牛の発情時期を特定する技術の開発を検討した。

注:単位時間当たりの速度の変化率のこと。

 

2 発情時における行動の変化について

 つなぎ飼い式牛舎における発情時の行動を明らかにする目的で、北里大学獣医学部附属フィールドサイエンスセンター十和田農場内つなぎ飼い式牛舎で飼育されている肉用種繁殖雌牛を用いて、発情時の行動を検証した。
 4頭の供試牛を用いて、発情日を含む前後2日間の計5日間の行動をビデオ撮影し、解析に供した。1分ごとに牛の行動を立位(採食も含む)と横臥に分けて測定、記録した。得られたデータを基に1日ごとの総起立時間、最長起立継続時間、起居回数を測定した。
 また、加速度センサーが搭載されたネックベルトを供試牛に装着し、試験期間中の加速度を測定し、解析に供した。
 なお、発情観察は8時30分と17時に外部兆候の観察および直腸検査によって行い、発情を発見した日を発情日とした。
 発情日前後の総起立時間・最長起立継続時間を図1−1、2に示した。総起立時間、最長起立継続時間ともに非発情日と比較して発情日に有意に増加した(P < 0.05)。
 
図1−1 発情日前後の総起立時間
 
図1−2 発情日前後の最長起立継続時間

 発情日前後の起居回数・加速度を図1−3、4に示した。起居回数は、非発情日と比較して発情日に有意に減少した(P < 0.05)。加速度は、有意差は認められなかったが、非発情日と比較して発情日に増加する傾向がみられた。
 
図1−3 発情日前後の起居回数


 
図1−4 発情日前後の加速度


  総起立時間、最長起立継続時間ともに、発情日に有意に増加した(P < 0.05)。牛は、非発情日に対して、発情日には立位時間の延長が認められていることから(Oshi et al.,2005)、つなぎ飼い式牛舎においても発情時には立位時間が延長することが明らかとなった。また、発情1日後においても立位時間の延長が認められた。牛の発情持続時間は約10〜27時間と報告されている(加茂前,2008)。このことから、発情日の翌日も発情が継続していたと考えられた。
 起居回数は発情日に有意に減少した(P < 0.05)。このことから、起居回数は発情による立位時間の延長により、減少したものと考えられた。
 加速度は、有意差は認められなかったが、非発情日と比較して発情日に増加する傾向が認められた。一般的に発情牛は多動になると報告されている(Oshi et al.,2005)。このことから、発情日において、立位時間中に足踏み、くび振りなどの動作が増えた結果、加速度が上昇したものと考えられた。
 以上のことから、つなぎ飼い式牛舎では、起居動作を発情兆候の指標として活用できる可能性が示唆された。
 

3 センサーによる起居動作識別の可能性について

 気圧センサーによって牛の起居動作を識別できるか検討するため、新たに開発した気圧センサーを用いて牛の立位時と横臥時の(けい)()高に合わせ、実験的に起居動作を再現した際の気圧の変化を交互に測定した。
 実験的に牛の起居動作を再現した際における動作変更時の気圧推移を図2に示した。センサーを2分ごとに牛の立位と横臥の頸部高に動かした結果、立位時に気圧が下降し、横臥時に気圧は上昇した。立位時、横臥時に気圧が顕著に変化したため、牛において気圧センサーを用いた起居動作の識別ができる可能性が示唆された。

 
図2 牛の起居動作を再現した際における動作変更時の気圧推移

 

4 起居動作変更時の気圧、加速度の推移

 気圧センサーと加速度センサーを搭載したネックベルトを装着した供試牛2頭を用いた。供試牛の行動変化(立位→横臥、横臥→立位)を、スキャンサンプリング法を用いて観察し、起居行動変化前後の5秒間における気圧および加速度の変化を測定した。なお、測定は5回反復実施した。
 立位→横臥時の気圧変化・加速度変化を図3−1、2に示した。立位→横臥時において、気圧は約13Pa上昇し、加速度は瞬間的に上昇した。
 
図3−1 立位→横臥時の気圧変化


図3−2 立位→横臥時の加速度変化
 
  横臥→立位時の気圧変化・加速度変化を図3−3、4に示した。横臥→立位時において、気圧は約12Pa低下し、加速度は瞬間的に上昇した。
  高さ1メートルによる気圧差は、気温や加速度、重力などにより異なるが、一般的に約12.6Pa(気温0〜9℃の場合)変化すると報告されている(矢野, 2013)。このことから、本研究における起居動作の変更時の気圧差も一般的な値と近似したデータとなった。
 加速度は立位→横臥、横臥→立位の行動変化時にともに瞬間的に上昇した。これは、行動変化時の運動によって加速度が瞬間的に増加したものと考えられた。これらのことから、気圧、加速度センサーを組み合わせることで、牛の起居動作(立位→横臥、横臥→立位)の自動識別ができる可能性が示された。
 
図3−3 横臥→立位時の気圧変化


図3−4 横臥→立位時の加速度変化

 
 

5 起居動作(立位、横臥)の自動識別について

 気圧センサーと加速度センサーを搭載したネックベルトを装着した供試牛2頭を用いた。
 前項で得られたデータをもとに起居動作の自動判別プログラム(以下「プログラム」という)を新たに開発した(図4−1、2)。センサーで得られたデータについて、起臥識別パラメータである起臥識別時間、起臥識別気圧差、安静識別時間、安静識別加速度の最適値を定めてプログラムに入力した。プログラムはそれぞれ、起臥識別時間:2秒、起臥識別気圧差の起:3Pa、臥:5Pa、安静識別時間:5秒、安静識別加速度:5Gとして、起居動作の自動識別精度を求めた。測定時間は1時間とし、各頭5回反復実施した。

 
図4−1 新たに開発したプログラムの画面



図4−2 気圧、加速度による起居動作の自動識別

 
 実際の行動(正解)とプログラムが識別した行動(予測)の比較を図4−3に示した。実際の行動時では、立位が54.6%、横臥が45.4%となった。一方、プログラムが識別した行動時では、立位が55.1%、横臥が44.9%となり、実際の行動時と近似した値を示した。実際の行動とプログラムが識別した行動の起居動作のプログラムにおいて、91.6%の精度で立位、横臥を分類できた。以上のことから、本研究で開発したプログラムを用いて発情検出を検討できる可能性が示唆された。

 
図4−3 実際の行動(正解:上)とプログラムが識別した行動(予測:下)の比較

 

6 開発したプログラムによる発情検出の検討

 北里大学獣医学部附属フィールドサイエンスセンター十和田農場内つなぎ飼い式牛舎で飼育されている肉用種繁殖雌牛3頭を用い、気圧センサーと加速度センサーを搭載したネックベルトを装着した。発情日を含む前後2日間の計5日間の行動をビデオ撮影し、供試牛の行動を立位と横臥に分けて測定、記録し、1日ごとの総起立時間、最長起立継続時間、起居回数を測定するとともに、気圧センサーと加速度センサーから得られたデータをもとに、プログラムが識別した行動と照合した。
 なお、発情観察は8時30分と17時に外部兆候の観察および直腸検査によって行い、発情を発見した日を発情日とした。
 発情日前後の総起立時間・最長起立継続時間を図5−1、2に示した。総起立時間、最長起立継続時間ともに発情日の1日前、2日後と比較し、発情日に有意に増加した(P < 0.05)。
 
図5−1 発情日前後の総起立時間



図5−2 発情日前後の最長起立継続時間
 
 発情日前後の起居回数・加速度を図5−3、4に示した。起居回数、加速度ともに、有意差は認められなかったが、起居回数は非発情日と比較して発情日に減少、加速度は増加する傾向が認められた。

 
図5−3 発情日前後の起居回数



図5−4 発情日前後の加速度
 

  実際の行動(正解)とプログラムが判別した行動(予測)の比較を図5−5、6に示した。ビデオ観察による実際の行動では、非発情日に比べ、発情日に立位時間が増加した。一方、プログラムが判別した行動においても非発情日に比べ、発情日に立位時間が増加した。
 
 
図5−5 発情日前後の1日当たりの立位、横臥時間の割合



図5−6 発情日前後の1日当たりの立位、横臥時間の割合


 なお、発情日において、実際の行動では立位が57.5%、横臥が42.5%、プログラムが判別した行動時では立位が58.5%、横臥が41.5%となり、実際の行動時と近似した値を示した。実際の行動時とプログラムが判別した行動時の適合率は83.4%の精度で立位、横臥を分類した。
 総起立時間、最長起立継続時間ともに、発情日の1日前、2日後と比較して、発情日に有意に増加した(P<0.05)。また、有意な差は認められなかったが、起居回数は非発情日と比較して発情日に減少、加速度は増加する傾向がみられた。これらの結果は前項の結果と同様の結果であることから、気圧、加速度センサーを用いて、発情時の行動変化を検知できる可能性が示唆された。
 実際の行動とプログラムが識別した行動時では、非発情日に比べ、発情日に立位時間が延長した。発情日において実際の行動とプログラムが判別した行動における誤差が立位、横臥それぞれ1%と大きな変化は生じなかったことから、発情日における行動変化をほぼ正確に捉えていることが確認された。
 プログラムが判別した行動と実際の行動の適合率は、前項の結果よりも適合率がわずかに低下したものの、80%以上の精度で立位と横臥を分類した。分類精度を高めるためには、識別パラメータを最適値に再設定する必要性があると考えられた。

 

7 今後の課題

 本研究で用いた気圧、加速度センサーによって、つなぎ飼い式牛舎における発情時の行動変化を捉えられることを確認した。また、起居動作の自動識別プログラムを用いて、発情検出の指標として有効となる立位時間延長の自動検出によって、発情を検出できる可能性が示唆された。
 しかしながら、本研究における供試頭数は小規模であるため、実用化のためには今後さらに頭数を増やしての実証研究が必要である。


参考文献
Nabenishi et. al. 2018. Automated Detection of Estrous Behavior in Tie-Stall Using Barometer and Accelerometer.
J Reprod Dev. 2018 Nov 3. doi : 10, 1262/jrd. 2018-087. [Epub ahead of print]
 
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