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〜北海道大樹町を事例として〜

特集:生産基盤強化と働き方改革に向けた取り組み 畜産の情報 2019年2月号

酪農経営の労働力減少に対応した多角的な取り組みと地域主体間の連携 
〜北海道大樹町を事例として〜

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北海道大学大学院 農学研究院 基盤研究部門 農業経済学分野 講師 清水池 義治

【要約】

 本稿の課題は、北海道十勝地域・大樹町を事例に、酪農経営の労働力減少に対応した多角的な取り組みを考察することである。
 マジカナファームは、酪農経営の大規模化・法人化と農作業外部委託などを通じた省力化を行っている。南十勝ヘルパー組合は、ヘルパー稼働率が上昇する中でヘルパー確保に努めている。若手芸術家地域担い手育成事業では、芸術家としてキャリアアップを目指す移住者と、労働者を確保して事業を続けたい酪農家・関係組織をマッチングして、芸術活動と生活収入確保のための就業を両立させる意欲的な取り組みが行われている。
 これらの取り組みは相互に繋がっており、継続的な取り組みのためには関係する主体間での連携が重要である。

1 はじめに

 日本の生乳生産量は減少傾向にあり、酪農の生産基盤の維持・拡大が重要課題として認識されている。生乳生産維持・拡大の際の障害として、北海道では飼養管理上の労働力不足、今後の乳価水準、飼料生産・ふん尿処理上の労働力不足など、都府県では経営主の高齢化、飼養管理上の労働力不足、飼料生産・ふん尿処理上の労働力不足などが指摘され(中央酪農会議(2018)p.118)、労働力や酪農経営の担い手に関わる問題が多くなっている。
 生乳生産の過半を占める北海道はすでに多くの過疎地を抱え、各種推計で明らかなように今後も大幅な人口減少が予想されている。北海道では、こういった労働力・担い手問題が、現在、そして将来にわたって特に鋭く現れると言えるだろう。酪農経営の労働力・担い手の減少は、別の角度から言うと、既存の担い手や雇用労働者の労働負担の増大を意味している。
 国の政策面でも、従来の畜産クラスター事業など生産基盤強化・収益性向上対策に加え、2017年度からは「楽酪事業」など労働負担軽減対策が開始され、政策的な優先度も高まっていると考えられる。
 本稿の目的は、北海道十勝地域で畑作限界・酪農地帯と位置付けられる大樹町を事例に、酪農経営の労働力減少に対応した多角的な取り組みを考察することである。大樹町では、酪農経営の共同法人化や農作業外部委託といった比較的オーソドックスな対応に加えて、近年では、酪農などにおける雇用労働者として移住を促進する目新しい取り組みも開始している。前者の事例として農事組合法人マジカナファームと南十勝酪農ヘルパー有限責任事業組合、後者の事例として大樹町役場など複数の地域主体の連携の下で推進されている「若手芸術家地域担い手育成事業」を取り上げる。
 以上の課題を明らかにするために、まず、大樹町における酪農生産と関係する労働力の現状を把握する。次に、共同法人経営と酪農ヘルパー組合の事例から、農作業の外部委託と労働負担軽減の取り組みを分析する。その後、若手芸術家の移住を通じた酪農労働力確保の取り組みを、地域主体間の連携に焦点を当てて考察する。


 

2 事例地域の生乳生産と酪農労働力の状況

(1)大樹町農業の概要

 今回の事例対象地域である大樹町は、北海道の十勝地域南部に位置し、太平洋に面する自治体である。2018年1月現在で人口は5650人(総務省「住民基本台帳人口」)で、2015年の15歳以上就業者3106人のうち、農林漁業に980人(うち農業845人)、全就業者の31.6%が従事する第一次産業が中心の町である。最近では、民間企業による宇宙ロケット開発・打ち上げの試みが行われている町としても有名である。
 2015年の大樹町における販売農家数は140戸で、うち乳用牛飼養農家は105戸となっている(農林水産省「農林業センサス」。以下同じ)。農地利用は、牧草専用地5106ヘクタール、飼料用作物(牧草輪作含む)1194ヘクタール、てんさい555ヘクタール、小麦467ヘクタールといった状況である。十勝中心部と比較して畑作に適さない環境であるため、畑作は限定的で酪農中心の農業構造と言える。
 

(2)生乳生産と酪農労働力

 図1は、大樹町における生乳生産量と酪農家戸数などの推移である。

 
図1  大樹町の生乳生産量

 
 生乳生産量は、2000年度の7.4万トンから2017年度の10.3万トンと増加傾向にあり、この間の生産量増加率は十勝平均を上回っている(注1)。酪農家(乳用牛飼養農家)戸数は減少傾向にあり、2015年で105戸である。戸数減少率は十勝平均とおおむね大差ないが、2005〜2010年、2010〜2015年の各5年間では十勝平均より高い乳用牛飼養頭数増加率となった。その結果として、2005年以降、酪農家の規模拡大が進んだ。1戸当たり乳用牛飼養頭数は99.7頭→147.4頭→194.8頭(2005年→2010年→2015年)と拡大し、2015年の十勝平均である同160.8頭を上回っている。
 この生産増加と規模拡大の背景には、1994年から開始された大樹町農協による法人経営の設立推進がある。農協支援の下、離農問題が顕在化している地域に、酪農家共同出資型のメガファームが相次いで設立された(北海道地域農業研究所(2007)、p .83–84)。今回の調査対象であるマジカナファームを含む5法人の生乳生産量は、2017年度で大樹町農協内の4割近くに達し、大きなシェアを占めている(注2)
 図2に、大樹町における農業の担い手の状況を示した(畑作などを含む)。農家世帯員である基幹的農業従事者、農家雇用者である常雇いと臨時雇いの人数推移である。臨時雇いは延べ日数(人・日)から常雇い換算人数を試算した(図2の注3参照)。これによると、直近15年間で農業の担い手数はおおむね700人前後で推移しているが、その構成は大きく変化している。基幹的農業従事者の比率は、2005年の約9割から2015年の約6割まで大きく低下する一方、2015年の常雇い比率は3割強まで上昇した。基幹的農業従事者の減少を常雇いの増加で補っている形で、前述の法人経営設立と関連すると思われる。

 
図2 大樹町農業における担い手の構成
 

 ただ、町内の就業可能人口(15歳〜64歳)は減り続けており、常雇いと臨時雇いの担い手確保問題が今後さらに深刻化すると考えられる(実際に、2015年の臨時雇い数は2010年比で減少)。

(注1) 図1の生乳生産量は大樹町農協加入組合員のみで、大樹町生花・晩成地区の酪農家が加入する忠類農協分は含んでいない。両地区の生産量を合わせると、12万トン近くに達すると推定される。十勝地域の平均増加率は、ホクレン帯広支所受託乳量より計算した。
(注2) (株)酪農乳業速報「酪農スピードNEWS」第3834号(2018年11月22日付)、同・第3835号(11月26日付)で牧場名称と生産量を確認できた5法人のみ。


 

3 農作業の外部委託や省力化を通じた酪農労働力減少への対応

(1)農事組合法人マジカナファーム

 ア 設立経緯と経営概要
 酪農経営の法人化を通じた労働力減少への対応事例として、大樹町中島地区の農事組合法人マジカナファーム(以下「マジカナファーム」という)を訪問し、代表理事の戸枝勝巳氏(写真1)に聞き取り調査を実施した。
 

写真1 マジカナファーム代表理事の戸枝勝巳氏

 
 表1は、2018年10月時点におけるマジカナファームの経営概要である。
 マジカナファームは、2003年に十勝地域で初めて設立されたTMRセンターである中島デーリィ・サポート(以下「中島DS」という)を母体とする。酪農家の共同出資でTMRセンターを立ち上げて、飼料収穫調製・TMR製造を共同で行い、労働負担軽減や飼料生産の効率化・品質向上を目指した。この取り組みの中で、2013年から中島DSの構成員で「経営統合=法人化」の検討を、大樹町農協の支援の下で開始した。この背景には、後継者不在や人手不足で構成員の経営存続に不安があり、中島地区で離農が発生しても家族経営では農地の引き受けには限界があることであった。また、中島DSの経営としても、構成員の飼養頭数は増加しておらず、飼養頭数減少や構成員数自体の減少による経営の不安定化が懸念されたことが挙げられる。
 そこで、中島DSの構成員のうち新規就農で加わった1戸を除く、6戸の酪農家で、2014年6月にマジカナファームを設立した。総事業費5億円で、フリーストール牛舎2棟(写真2)、パラレルパーラー、乾乳舎・分娩房、パーラー舎・事務棟(写真3)、ラグーンを建設して、2015年11月に搾乳と生乳出荷を開始した。事業開始に当たって国の補助事業は利用していない。2016年には同規模の牛舎をさらに1棟増築した。

写真2 フリーストール牛舎  写真3 パーラー舎・事務棟

 

表1 農事組合法人マジカナファームの経営概要

 

 2018年10月現在で、飼養頭数は約1000頭、うち経産牛650頭、育成牛350頭である。法人構成員が法人化以前に飼養していた搾乳牛頭数合計の約2倍の規模となった。2017年度の生乳生産量は6815トン、調査時点での日量は19トンである。経営耕地は、牧草200ヘクタール、デントコーン100ヘクタール、合計300ヘクタールとなっている。
 従業員数は14名で、役員6名、社員3名、ベトナム人技能実習生5名から構成される。ただし、社員は役員の家族(配偶者2名と後継者1名)であり、外部雇用ではない。シフト調整で常時2〜3名程度が休んでいるため、実働は10名程度である。


 イ 外部委託とICT活用による省力化
 マジカナファームの特徴は、作業委託と情報通信技術(ICT)の活用を通じて省力化を徹底している点である。
 まず、飼料収穫調製、TMR製造は、中島DSが行う。中島DS自体も作業の外部委託を進めている。収穫後の牧草の運搬とバンカーサイロへの充填作業は外部委託であり、中島DSの構成員・作業員による作業は圃(ほ)場(じょう)内での牧草収穫、踏圧、TMR製造に限定される。デントコーンは収穫、サイレージ調製まで含めた一連の作業、そして農地へのスラリー散布をコントラクターへ委託する。   また、乳用雌子牛の牧場内での哺育は生後1週間程度までで、それ以降は、町内の酪農家が経営する株式会社J-Proコントラクトファーム(後述)へ預託する。その後、10カ月齢以降は大樹町営牧場へ移し、受胎後、18カ月齢頃にマジカナファームへ戻す。このように、マジカナファームでは、搾乳と牛舎内管理作業以外のほとんどが外部委託されている。
 また、自ら行っている牛舎内作業も、ICTを活用して省力化を追求している。乳牛に取り付けた感知器を通じてリアルタイムで行動を把握し、発情時期をタブレット端末などに知らせる繁殖管理システム、タブレット端末上で繁殖予定・疾病履歴・血統などといった個体情報を一元的に管理するシステムを導入し、牛舎内作業を軽減する。


 ウ 今後の課題
 現状では、経営耕地に比べて飼養頭数が多いため粗飼料も不足傾向で、輸入乾牧草を購入している。農地が確保できれば、搾乳牛を800頭程度まで増頭する計画である。
 また、中島地区は海沿いで河川に挟まれた地域であるため、ふん尿処理が課題であり、5年後を目標にバイオガスプラントを導入したいと考えている。
 さらなる規模拡大で予想される搾乳時間の延長、ならびに構成員の半数が50代後半であることを踏まえると、外部雇用や次代の担い手の確保が求められると言える。
 


(2)南十勝酪農ヘルパー有限責任事業組合

 ア 事業概要
 酪農家からの農作業受託を通じて労働負担軽減に資する事例として、南十勝酪農ヘルパー有限責任事業組合(以下「南十勝ヘルパー組合」という)を訪問して、事務局長の太田勝義氏に聞き取り調査を行った(写真4)。
 

写真4  南十勝ヘルパー組合事務局長の

 
 表2は、南十勝ヘルパー組合の概要である。
 南十勝ヘルパー組合は、1991年3月に大樹町の酪農家85戸で設立、翌年には忠類村(当時)の40戸、広尾町の57戸が加入して、3町村にまたがる広域利用組合となった。2017年度現在で組合員数(注3)は205戸、うち大樹町82戸、幕別町忠類地区50戸、広尾町73戸である。十勝地域の他の利用組合は50〜100戸程度でおおむね自治体単位であるから(注4)、南十勝ヘルパー組合の規模は大きく、かつ事業領域は広大と言える。
 役員会は、大樹町農協・忠類農協・広尾町農協の組合長3名からなり、大樹町農協組合長が代表を務める。実際の事業運営は、10名の委員で構成される事業運営委員会が担当する。年1回、3地区合同の地区推進会議が開催され、事業報告・計画などの承諾を得ている。
 2018年10月現在のヘルパー数は18名である。この専任ヘルパーとは別にサブヘルパー制度(注5)があり、2018年度で登録数は13名である。

(注3) 当組合ではヘルパーを利用する酪農家を「利用者」、後述する役員を「組合員」と呼称している。
(注4) 北海道酪農ヘルパー事業推進協議会ホームページ(http://hokkaidorakunouhelper.com/index.php)、2018年12月1日アクセスより。
(注5) 専任ヘルパーで対応できない場合の予備要員としてのヘルパーで、酪農家の子弟が多い。よって、予備要員としての対応も限界がある。

 

表2 南十勝酪農ヘルパー有限責任事業組合の概要
 

 ヘルパー組織は、1名のチーフリーダーの下、各班4〜5名で構成される4班体制で、各班にリーダー1名が配置される。班リーダーは新人教育のほか、シフト調整を担当する。
 利用料金は、ヘルパー1名につき1日(朝晩2回)当たり基本料金8500円に加え、搾乳頭数規模別に、39頭以下1万円、40〜99頭1万1700円、100頭以上1万3000円が加算される。
 利用料金収入のみでは事業運営が難しいため、事業領域の自治体から600万円(大樹町280万円、幕別町130万円、広尾町190万円)、3農協から600万円(大樹町農協250万円、忠類農協170万円、広尾農協180万円)の運営補助金の助成を受けている。


 イ ヘルパーの稼働状況
 地区別のヘルパー稼働延べ日数を示したのが、図3である。
 

図3 地区別のヘルパー稼働延べ日数

 
 これによると、2014年度を除いて稼働延べ日数は増加傾向にある。2013年度は合計で4174.4日であったが、2017年度には約1割増加して4653.2日になった。うち2割から3割が傷病時利用である(注6)。地区別では、大樹町はほぼ横ばいなのに対して、忠類地区と広尾町では増加し、2017年度には広尾町での稼働延べ日数が大樹町を上回り、最も多くなっている。大樹町は飼養頭数の割に日数が多くないが、これは大型法人経営の多さと関係している。組合員1戸当たり稼働延べ日数は、2017年度で年間22.7日になり、2週間に1回程度の利用頻度である。

(注6) 2010年度に傷病互助制度が設けられた。傷病時利用は優先対応となり、利用者に1日1万円が支給される。


 図4に、ヘルパー数とヘルパー1名当たり稼働延べ日数を示した。ヘルパー数は、2013年度20名、2014年度19名、それ以降は18名で推移している。1名当たり稼働延べ日数は上昇傾向で、2017年度には258.5日である。2013年度と比べると、50日も増加している。土日・祝日を除いた平日数は年間245日程度であるから、平均的に1割程度の頻度で休日出勤を求められていることになる。  
 年間稼働延べ日数の増加とヘルパー稼働率の上昇は、家族経営における労働力減少や高齢化などによる労働負担軽減のニーズの高まりを、反映したものと思われる。
 

図4  ヘルパー数とヘルパー1名当たり稼働

 

 ウ ヘルパー確保対策と今後の課題
 南十勝ヘルパー組合ではヘルパーは月給制で、年1回の定期昇給、年3回の賞与、役職・家族・住宅といった諸手当、労働・社会保険、年金・退職金制度を整備し、他のヘルパー利用組合と比較して遜色ない待遇としている。他にも、移動手段として全ヘルパーに自動車を貸与し、ヘルパー向け住宅(希望者には食事提供もあり)も整備している。
 このように待遇を充実させているが、最大の課題はやはりヘルパーの確保である。現状でもヘルパーの半数近くが勤続年数3年以下であり、出入りは多い。短期間での作業習得や農家ごとへの対応が容易ではないこと、また早朝からの搾乳といった作業時間へ馴染めないことが要因と考えられるそうだ。
 そのため、帯広市以外にも、2015年からは東京の合同面接にも参加し、インターンシップにも積極的に取り組んでいる。今後は道内の農業高校などの訪問も強化する予定だ。
 基本的に、ヘルパーは道内出身者が多いが、現在でも3分の1程度が関東など道外出身者である。就農希望者も一定数おり、実際に就農、あるいは関連業種に就職した者もいる。ヘルパーを退職したとしても、ヘルパーは農業関係職のキャリアパスとして位置付けられていることから、その点は大いに意義があると言えよう。


 

4 若手芸術家の移住を通じた酪農労働力確保の取り組み
 〜「若手芸術家地域担い手育成事業」を対象として〜

(1)事業概要と経過

 大樹町では、2016年度より地方創生事業の一環として、町外から移住した若手芸術家が町内での就業と芸術活動との両立を目指す「若手芸術家地域担い手育成事業」(以下「本事業」という(注7))を実施している。本事業の概要と経過を把握するため、大樹町企画商工課を訪問して聞き取り調査を行った。
 本事業は、基幹産業である農業の担い手を確保したい大樹町と 、若手芸術家の啓発・育成などを事業とする株式会社AGホールディングス(以下「AG」という)とが接点を持ったことからスタートした。芸術大学などを卒業した多くの学生は芸術家の仕事だけでは生活が難しい点もあり、別の仕事のために芸術を諦めざるを得ない状況にあるという。そこで、朝晩の搾乳作業が中心で昼間の時間が空いている酪農ヘルパーであれば、生活のための仕事と芸術活動とを両立できるのではないか、という発想である。

(注7) 2016年度の事業名称は「若手芸術家を酪農地帯でインキュベーションする協働プログラムモデル事業」で、2017年度より現在の事業名称となった。

 図5に、本事業の枠組みを示した。本事業の実施主体は若手芸術家地域担い手育成協議会で、南十勝ヘルパー組合、大樹町農協(注8)、大樹町商工会、事業委託先のAG、大樹町などで組織される。同協議会の主な活動は、大樹町に移住したい若手芸術家と担い手を確保したい農林漁業・商工業を、モニターツアーを通じてマッチングし、移住および就業支援を行うこと、実際に移住した若手芸術家に活動場所であるアトリエを提供することである。2016年度はヘルパー組合に限定した事業で開始されたが、2017年度以降は、ヘルパー組合に加えて、酪農家といった農林漁業全般、さらには商工業にも対象を拡大している。

(注8) 南十勝ヘルパー組合が加入している関係で、忠類農協と広尾町農協も含む。
 

図5 若手芸術家地域担い手育成事業の枠組み
 
 
 2016年度から毎年度、1週間から10日間程度のモニターツアーを夏、あるいは初冬に実施し、毎回2〜5名が参加している。参加者は関東、近畿、中部など全国各地からである。ツアーの内容は、酪農家での搾乳作業などの体験や地元芸術家との交流、アトリエ・町内施設見学などである。希望があれば個人視察にも対応する。
 アトリエは、中心市街地から車で15分程度離れた尾田地区で使われなくなっていた建物(旧児童館)を改修したものである(写真5)。現在のところ、光熱水費も含めて無償である。
 
写真5 アトリエ外観
 
 本事業の予算額は、2016年度は1200万円(主に事業告知、モニターツアー経費など事業委託費)であり、地方創生加速化交付金の交付を受けている。2017年度は800万円、2018年度は700万円であり、地方創生推進交付金の交付を受けている。
 

(2)若手芸術家の移住と地域活動

 2016年度以降、本事業を通じて大樹町へ移住し、就業する若手芸術家は2名である。製作場所である尾田地区のアトリエを訪問し、芸術家の佐川麻代氏(写真6)、下山明花氏(写真7)から聞き取り調査を実施した。大樹町での生活開始時期は、佐川氏が2016年10月、下山氏が2017年3月である。現在は二人とも町営住宅で生活している。

 
写真6 芸術家の佐川麻代氏


写真7 芸術家の下山明花氏
 
 佐川氏は名古屋市出身で、名古屋造形芸術大学日本画コースを卒業した。もともと北海道に憧れがあり、人生に一度は一次産業に関わる仕事をしたいと思っていた。芸術活動に力を入れたいと考えていたとき、本事業を知り、モニターツアーに参加した。ツアーに参加してみても移住後にどのような感じになるか想像しづらかったものの、とりあえず挑戦しようと移住を決意した。
 移住後は、地域から依頼のある肖像画のほか、地域イベントでライブペインティングを行うこともある。教育委員会主催のデッサン教室の講師を担当し、2018年7月からは週2回で市民向けの絵画教室を自身で開いている。普段の製作活動では抽象画が多い。絵画の作風が定まらないのが悩みであったが、最近は自身の作品の方向性が固まりつつあり、シリーズ作品に取り組みたいとのことだ。
 下山氏は札幌市出身で、東北芸術工科大学版画コースの卒業である。自給自足的な生活に憧れがあり、卒業後は北海道に戻りたいと考えていた4年生の時に本事業に興味を持ち、大樹町を訪れた。ホームステイ先での酪農体験は想像以上に大変だという思いを強くしたが、卒業後も芸術活動を続けられる可能性が高い道を選択したいと、移住を決めた。
 普段は風景を対象とする木版画を製作しつつ、2018年6月からは大樹町の道の駅で水彩画のポストカードを販売する。教育委員会主催で子ども向けの消しゴムはんこの教室を行ったが、今後は大人でも楽しめる内容でもやりたいと考えている。仕事との両立は簡単ではないが、体力的に慣れてきたら、精力的に版画製作を行いたいという。

 

(3)若手芸術家の就業状況


ア 就業実態
 佐川氏は2016年10月、下山氏は2017年3月に南十勝ヘルパー組合に就職し、ヘルパーとして働き始めたが、ヘルパーの業務と芸術活動との両立は容易ではなかった。そこで、ヘルパー組合側との話し合いを経て、佐川氏は2017年7月、下山氏は2017年12月にヘルパー組合を退職し、それぞれ、(株)J-Proコントラクトファーム(後述)と町内のメガファームのパート従業員へと転職した。
 佐川氏は朝夕の搾乳・哺育作業の間の昼間の時間帯を製作活動に当てている。下山氏は、朝は家族経営の酪農家、夕方はメガファームでの搾乳作業に従事し、午前中から昼過ぎの時間帯で製作を行っている。
 佐川氏が働いているのは、大樹町石坂地区の(株)J-Proコントラクトファーム(以下「J-Pro」という)である(写真8)。もともと家族経営の酪農家であったが、2005年に会社を設立し、哺育利用組合と農作業受託事業を始めた。搾乳牛を30頭程度まで減らしつつ、1カ月当たりの哺育受入頭数は60〜70頭程度である。ここ数年間は町内の法人経営が積極的に増頭していることもあり受入頭数が増え続けていて、哺育牛舎を増設している。

 
写真8 (株)J-Proコントラクトファーム
 
 J-Proの哺育・搾乳部門は、正社員2名、佐川氏、パート3名、役員1名の合計7名で行っている。パートは、正社員や佐川氏の休暇時対応の位置付けだ。J-Pro・取締役の山下展子氏(写真9)によると、自分自身が芸術に興味があることもあり、佐川氏には芸術活動を最優先で取り組んでほしいと考えている。芸術活動の多忙度に合わせた不規則勤務にも極力対応している。シフト調整は簡単ではないが、画期的な事業と考えているので協力したいという思いが強い。佐川氏の働きぶりについては、「採用から1年経って本人も慣れてきたようだ。子牛のちょっとした体調変化にも気付いてくれる」と評価する(写真10)。
 

写真9  J-Proコントラクトファーム取締役


写真10 牛舎内で哺育作業中の佐川氏
 

イ 酪農の魅力と製作活動への影響

 二人とも就業を通じて酪農の魅力を実感しているようである。佐川氏の場合は、乳牛との触れ合いが精神的な安らぎに繋がり、下山氏も「酪農という仕事自体への愛着をまだ言葉にするのは難しいが、乳牛は単なる仕事の対象ではない」とのことだ。下山氏は、牧草ロールや農業機械、乳牛などを版画のモチーフとして取り込んでおり、実際に製作活動に影響を与えていると言える。
 また、退職したヘルパー組合での経験も、二人とも非常に重要視していたのが印象的であった。ヘルパー組合での研修を通じて身につけた搾乳などの作業技術が転職先でも役立ち、さまざまな酪農家にヘルパーとして派遣されたことが町内の人間関係の構築に大きな意味があったと考えている。こういった豊かな人間関係は、二人の地域社会での芸術活動にとって重要な意味があることは間違いない。
 

(4)今後の事業展開に向けた課題

 前節で検討したように、家族労働力の高齢化・減少を受けて酪農ヘルパーの需要は増加傾向にあり、ヘルパーの稼働日数も増えてきている。酪農家の要望に応えて作業をしなければならないヘルパー組合の性格上、芸術活動を優先する働き方は結果的に難しかったと言える。しかし、農業が未経験の移住者が、酪農現場での作業スキルを習得し、地域社会で幅広い人間関係を構築する上で、酪農ヘルパー組合は就業の入口として意義があるとも思われる。ヘルパー組合は、若手芸術家が移住して最初の3カ月から6カ月間だけ研修目的で就業する場として位置付け、その間の若手芸術家の賃金の全て、あるいは一部を本事業の実施主体である育成協議会で負担するといった方法も検討してもよいかもしれない。
 今後も同様の若手芸術家を従業員として受け入れるに当たっては、芸術活動の状況に応じた柔軟な就業ができる雇用先をどれだけ確保できるかにかかっている。多くの従業員がいるメガファームだけではなく、J-Proのように従業員数が多くない経営でもやり方によっては受け入れが可能である。J-Proにおけるシフト調整の方法などを地域で共有することも必要であろう。当然ながら、事例で検討したように休暇対応の要員としてパート従業員を雇用するための負担は決して小さくはない。持続的な就業に向けては、こういった負担を地域社会でシェアし、軽減する枠組みが求められる。具体的には、若手芸術家の休暇時にヘルパー派遣を優先して受け入れられる、あるいは若手芸術家の休暇対応要員として位置付けられるパート従業員の雇用費用の一部助成といった方法である。
 また、前提的に重要なのは、芸術活動の意義を理解し、芸術家としての生き方を尊重することである。酪農と同様に、芸術も社会を成り立たせている重要な要素である。同時に、それは単に芸術家の要望に地域の側がひたすら応えればいいというものではない。日常不断のコミュニケーションを通じてお互いの立場を理解し、芸術活動と営農が共に継続可能な解決策を模索することこそが重要と言えよう。

 

5 おわりに

 労働力不足への対応は、地域における農業生産、そして地域社会の維持にとって喫緊の課題である。本稿で事例地域とした大樹町でも、さまざまなアプローチを通じた対応が行われていた。マジカナファームでは、酪農経営の大規模化・法人化や徹底的な農作業外部委託を通じて、担い手や労働力の減少に対応し、南十勝ヘルパー組合は労働力減少でヘルパーの稼働が高まる中でヘルパー職員の確保に努めていた。そして、若手芸術家地域担い手育成事業では、芸術家としてキャリアアップを目指す移住者と、労働者を確保して事業を続けたい酪農家・関係組織をマッチングして、芸術活動と生活収入確保のための就業を両立させる意欲的な取り組みが行われてきた。
 重要な点は、これらの取り組みが全て繋がっていることである。例えば、酪農ヘルパー組合は芸術家をヘルパーとして確保して業務を継続する一方、芸術家を雇用する酪農家は芸術家の休暇時にヘルパーの派遣を受ける。また、法人経営は芸術家に働く場を提供する一方で、芸術家の働く預託牧場に育成牛を預けて持続的な経営を可能にしている。このように、労働力確保に向けた対策は地域におけるさまざまな主体間による連携が必須であることを、本事例は示しているだろう。
 大樹町に移住する芸術家が今後も増えていけば、一定の芸術家グループが形成されていくと思われる。芸術家同士が就業面で支え合う関係が生まれることに加え、グループでの展示会やオークションの開催など、芸術活動の面でも相乗効果が期待できる。そういった活動の積み重ねが農村文化の創造に繋がっていく。地域社会は経済活動だけで成り立つのではない。農村文化の存在は、住民の幸福度向上やアイデンティティ形成に資することで、持続的な地域社会の実現に貢献するのである。

 
【参考文献】
・中央酪農会議「平成29年度酪農全国基礎調査結果報告書(経営実態調査分析事業)」、2018年3月。
・北海道地域農業研究所「北海道における農業生産法人と農協─地域農業との連携の視点から─拠点型法人─」、北海道地域農業研究所報告書、号番418−274、2007年3月。
・農林水産省生産局畜産部「畜産・酪農をめぐる情勢」、2018年12月、2018年12月12日アクセス。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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