ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > 酪農経営の労働力減少に対応した多角的な取り組みと地域主体間の連携
〜北海道大樹町を事例として〜
ア 設立経緯と経営概要
酪農経営の法人化を通じた労働力減少への対応事例として、大樹町中島地区の農事組合法人マジカナファーム(以下「マジカナファーム」という)を訪問し、代表理事の戸枝勝巳氏(写真1)に聞き取り調査を実施した。
表1は、2018年10月時点におけるマジカナファームの経営概要である。
マジカナファームは、2003年に十勝地域で初めて設立されたTMRセンターである中島デーリィ・サポート(以下「中島DS」という)を母体とする。酪農家の共同出資でTMRセンターを立ち上げて、飼料収穫調製・TMR製造を共同で行い、労働負担軽減や飼料生産の効率化・品質向上を目指した。この取り組みの中で、2013年から中島DSの構成員で「経営統合=法人化」の検討を、大樹町農協の支援の下で開始した。この背景には、後継者不在や人手不足で構成員の経営存続に不安があり、中島地区で離農が発生しても家族経営では農地の引き受けには限界があることであった。また、中島DSの経営としても、構成員の飼養頭数は増加しておらず、飼養頭数減少や構成員数自体の減少による経営の不安定化が懸念されたことが挙げられる。
そこで、中島DSの構成員のうち新規就農で加わった1戸を除く、6戸の酪農家で、2014年6月にマジカナファームを設立した。総事業費5億円で、フリーストール牛舎2棟(写真2)、パラレルパーラー、乾乳舎・分娩房、パーラー舎・事務棟(写真3)、ラグーンを建設して、2015年11月に搾乳と生乳出荷を開始した。事業開始に当たって国の補助事業は利用していない。2016年には同規模の牛舎をさらに1棟増築した。
2018年10月現在で、飼養頭数は約1000頭、うち経産牛650頭、育成牛350頭である。法人構成員が法人化以前に飼養していた搾乳牛頭数合計の約2倍の規模となった。2017年度の生乳生産量は6815トン、調査時点での日量は19トンである。経営耕地は、牧草200ヘクタール、デントコーン100ヘクタール、合計300ヘクタールとなっている。
従業員数は14名で、役員6名、社員3名、ベトナム人技能実習生5名から構成される。ただし、社員は役員の家族(配偶者2名と後継者1名)であり、外部雇用ではない。シフト調整で常時2〜3名程度が休んでいるため、実働は10名程度である。
イ 外部委託とICT活用による省力化
マジカナファームの特徴は、作業委託と情報通信技術(ICT)の活用を通じて省力化を徹底している点である。
まず、飼料収穫調製、TMR製造は、中島DSが行う。中島DS自体も作業の外部委託を進めている。収穫後の牧草の運搬とバンカーサイロへの充填作業は外部委託であり、中島DSの構成員・作業員による作業は圃(ほ)場(じょう)内での牧草収穫、踏圧、TMR製造に限定される。デントコーンは収穫、サイレージ調製まで含めた一連の作業、そして農地へのスラリー散布をコントラクターへ委託する。 また、乳用雌子牛の牧場内での哺育は生後1週間程度までで、それ以降は、町内の酪農家が経営する株式会社J-Proコントラクトファーム(後述)へ預託する。その後、10カ月齢以降は大樹町営牧場へ移し、受胎後、18カ月齢頃にマジカナファームへ戻す。このように、マジカナファームでは、搾乳と牛舎内管理作業以外のほとんどが外部委託されている。
また、自ら行っている牛舎内作業も、ICTを活用して省力化を追求している。乳牛に取り付けた感知器を通じてリアルタイムで行動を把握し、発情時期をタブレット端末などに知らせる繁殖管理システム、タブレット端末上で繁殖予定・疾病履歴・血統などといった個体情報を一元的に管理するシステムを導入し、牛舎内作業を軽減する。
ウ 今後の課題
現状では、経営耕地に比べて飼養頭数が多いため粗飼料も不足傾向で、輸入乾牧草を購入している。農地が確保できれば、搾乳牛を800頭程度まで増頭する計画である。
また、中島地区は海沿いで河川に挟まれた地域であるため、ふん尿処理が課題であり、5年後を目標にバイオガスプラントを導入したいと考えている。
さらなる規模拡大で予想される搾乳時間の延長、ならびに構成員の半数が50代後半であることを踏まえると、外部雇用や次代の担い手の確保が求められると言える。
ア 事業概要
酪農家からの農作業受託を通じて労働負担軽減に資する事例として、南十勝酪農ヘルパー有限責任事業組合(以下「南十勝ヘルパー組合」という)を訪問して、事務局長の太田勝義氏に聞き取り調査を行った(写真4)。
表2は、南十勝ヘルパー組合の概要である。
南十勝ヘルパー組合は、1991年3月に大樹町の酪農家85戸で設立、翌年には忠類村(当時)の40戸、広尾町の57戸が加入して、3町村にまたがる広域利用組合となった。2017年度現在で組合員数(注3)は205戸、うち大樹町82戸、幕別町忠類地区50戸、広尾町73戸である。十勝地域の他の利用組合は50〜100戸程度でおおむね自治体単位であるから(注4)、南十勝ヘルパー組合の規模は大きく、かつ事業領域は広大と言える。
役員会は、大樹町農協・忠類農協・広尾町農協の組合長3名からなり、大樹町農協組合長が代表を務める。実際の事業運営は、10名の委員で構成される事業運営委員会が担当する。年1回、3地区合同の地区推進会議が開催され、事業報告・計画などの承諾を得ている。
2018年10月現在のヘルパー数は18名である。この専任ヘルパーとは別にサブヘルパー制度(注5)があり、2018年度で登録数は13名である。
(注3) 当組合ではヘルパーを利用する酪農家を「利用者」、後述する役員を「組合員」と呼称している。
(注4) 北海道酪農ヘルパー事業推進協議会ホームページ(http://hokkaidorakunouhelper.com/index.php)、2018年12月1日アクセスより。
(注5) 専任ヘルパーで対応できない場合の予備要員としてのヘルパーで、酪農家の子弟が多い。よって、予備要員としての対応も限界がある。
ヘルパー組織は、1名のチーフリーダーの下、各班4〜5名で構成される4班体制で、各班にリーダー1名が配置される。班リーダーは新人教育のほか、シフト調整を担当する。
利用料金は、ヘルパー1名につき1日(朝晩2回)当たり基本料金8500円に加え、搾乳頭数規模別に、39頭以下1万円、40〜99頭1万1700円、100頭以上1万3000円が加算される。
利用料金収入のみでは事業運営が難しいため、事業領域の自治体から600万円(大樹町280万円、幕別町130万円、広尾町190万円)、3農協から600万円(大樹町農協250万円、忠類農協170万円、広尾農協180万円)の運営補助金の助成を受けている。
イ ヘルパーの稼働状況
地区別のヘルパー稼働延べ日数を示したのが、図3である。
これによると、2014年度を除いて稼働延べ日数は増加傾向にある。2013年度は合計で4174.4日であったが、2017年度には約1割増加して4653.2日になった。うち2割から3割が傷病時利用である(注6)。地区別では、大樹町はほぼ横ばいなのに対して、忠類地区と広尾町では増加し、2017年度には広尾町での稼働延べ日数が大樹町を上回り、最も多くなっている。大樹町は飼養頭数の割に日数が多くないが、これは大型法人経営の多さと関係している。組合員1戸当たり稼働延べ日数は、2017年度で年間22.7日になり、2週間に1回程度の利用頻度である。
(注6) 2010年度に傷病互助制度が設けられた。傷病時利用は優先対応となり、利用者に1日1万円が支給される。
図4に、ヘルパー数とヘルパー1名当たり稼働延べ日数を示した。ヘルパー数は、2013年度20名、2014年度19名、それ以降は18名で推移している。1名当たり稼働延べ日数は上昇傾向で、2017年度には258.5日である。2013年度と比べると、50日も増加している。土日・祝日を除いた平日数は年間245日程度であるから、平均的に1割程度の頻度で休日出勤を求められていることになる。
年間稼働延べ日数の増加とヘルパー稼働率の上昇は、家族経営における労働力減少や高齢化などによる労働負担軽減のニーズの高まりを、反映したものと思われる。
ウ ヘルパー確保対策と今後の課題
南十勝ヘルパー組合ではヘルパーは月給制で、年1回の定期昇給、年3回の賞与、役職・家族・住宅といった諸手当、労働・社会保険、年金・退職金制度を整備し、他のヘルパー利用組合と比較して遜色ない待遇としている。他にも、移動手段として全ヘルパーに自動車を貸与し、ヘルパー向け住宅(希望者には食事提供もあり)も整備している。
このように待遇を充実させているが、最大の課題はやはりヘルパーの確保である。現状でもヘルパーの半数近くが勤続年数3年以下であり、出入りは多い。短期間での作業習得や農家ごとへの対応が容易ではないこと、また早朝からの搾乳といった作業時間へ馴染めないことが要因と考えられるそうだ。
そのため、帯広市以外にも、2015年からは東京の合同面接にも参加し、インターンシップにも積極的に取り組んでいる。今後は道内の農業高校などの訪問も強化する予定だ。
基本的に、ヘルパーは道内出身者が多いが、現在でも3分の1程度が関東など道外出身者である。就農希望者も一定数おり、実際に就農、あるいは関連業種に就職した者もいる。ヘルパーを退職したとしても、ヘルパーは農業関係職のキャリアパスとして位置付けられていることから、その点は大いに意義があると言えよう。
イ 酪農の魅力と製作活動への影響
二人とも就業を通じて酪農の魅力を実感しているようである。佐川氏の場合は、乳牛との触れ合いが精神的な安らぎに繋がり、下山氏も「酪農という仕事自体への愛着をまだ言葉にするのは難しいが、乳牛は単なる仕事の対象ではない」とのことだ。下山氏は、牧草ロールや農業機械、乳牛などを版画のモチーフとして取り込んでおり、実際に製作活動に影響を与えていると言える。