(1)地域の概要
群馬県は、農業産出額の4割を畜産が占める畜産県である。酪農も盛んで、2017年の「牛乳乳製品統計調査」によると生乳生産量は全国第4位、乳用牛の飼養頭数は全国第5位(平成30年畜産統計)、さらに都道府県別の生乳産出額は北海道、栃木県に次ぐ全国第3位(平成28年農業産出額及び生産農業所得(都道府県別))となっており、都府県酪農の雄として知られている。また、酪農家一戸当たりの平均飼養頭数は66.7頭と、都府県の平均である56.3頭と比較しても多頭飼養が進展した地域である。
県内中央部に位置する赤城山の山麓地域にある前橋市や昭和村を中心に、大規模な酪農法人、いわゆるメガ・ファームが点在し、これらが県内酪農をけん引する一方で、各地に家族経営による酪農が見られる。
一方で、他の都道府県と同様に、酪農従事者の高齢化と酪農家数の減少が、大きな課題となっている。酪農家数は、2008年の805戸から、2018年のわずか10年間で552戸まで減少している。つまり、3分の1を超える酪農家が離農している状況にある。
こうした現状に対して群馬県では、公益社団法人群馬県畜産協会(以下「畜産協会」という)を中心に、高齢化などを理由に離農を考えている酪農家と、酪農を始めたい人を結び付け、その酪農業を継承させる第三者継承事業を2014年から開始している。
(2)取組沿革と背景
群馬県では、2011年8月に「畜産経営継承システム」と名付けられた第三者経営継承システムの構築を開始している。この取り組みは、群馬県が県の単独事業として始めた経営継承検討事業を、畜産協会に委託したことが契機となっている。
表1には、事業受託後の畜産協会の取り組み沿革を示した。同事業は酪農における経営継承システムの構築と、同事業に参画してくれる酪農家の掘り起こしを目的としていた。
畜産協会では、1年目に経営継承システムの骨子を作り(2011年作成開始、2014年3月制定)、2年目には、その骨子を持って、群馬県内の酪農ヘルパー利用組合に対して制度の説明のために巡回を行った(2012年)。こうした地道な普及活動を続ける中で、県北部にあるJA利根沼田の管内で離農を考えている酪農家が2戸おり、そのうち1戸が第三者への経営継承を検討しているとの情報を掴むことができた。
2013年1月には、移譲を希望する酪農家を含めてJA利根沼田の関係者に対して経営継承に関するヒアリング調査を実施し、2014年からの本格的な経営継承事業の実施が決まった。経営継承事業の実施が決まると畜産協会が中心となり、地元JAや市町村、県段階の各組織で構成されるワーキングサポートチームを発足させた(2014年3月)。
図1には、群馬県における経営継承事業をサポートする「ワーキングサポートチーム」の構成を示している。畜産協会では、地域農協の支援が重要と考え
(注1)、まずJA利根沼田と同JAが管轄する利根沼田デーリィヘルパー組合に協力を要請している。
そのあとで、第三者継承事業に関わりのある行政機関などを招集している。市町村や農業委員会に加え、県段階の農業組織(群馬県、県農業会議、県農業公社、日本政策金融公庫)を含めて「ワーキングサポートチーム」を構成している
(注2)。このように、「地域段階」から「県段階」へと支援を拡げられるボトムアップ式の経営継承の支援組織づくりを行った点に特徴がある。
(注1) 本事業では、技術習得などのため、ヘルパー業務と研修をセットとして提供しており、群馬県の場合、ヘルパー利用協会の事務局を担っているのが地域農協になるため地域段階での支援組織化が重要になる。
(注2) 各機関の役割分担は、市町村(就農支援施策や人・農地プランの推進)、農業委員会(農地の利用権設定)、県農業会議および農業公社(県段階の就農支援の窓口)、県畜産課および畜産協会(経営継承事業の推進役)、日本政策金融公庫(青年等就農資金などの融資に関する助言)となっている。
継承予定者の募集は、畜産協会のホームページや新・農業人フェアなどを通じて行った。すると県内で働く獣医師から、近隣地域の酪農法人に勤務するT氏が独立を希望しているとの情報が寄せられた。この情報をもとに、人選を進めT氏が継承予定者として決定した。
人選に当たっては、ワーキングサポートチームが採用試験を実施している。試験は、筆記と面接と実技の3科目であった。いずれも、継承予定者となるT氏のコミュニケーション能力を問う内容であった。実技試験は、継承先となる牧場で初めて会う牧場主との共同作業を実施し、移譲予定者との相性の確認や作業を通じた人物評価を行っている。コミュニケーション能力を重視した理由は、移譲予定者の持つ飼養管理の技術・ノウハウや取引先といった人的ネットワークなどの無形資産の継承を円滑に進めたいという畜産協会の意向があったことによる。
こうして選ばれたT氏は、2014年5月から酪農の技術研修を受けることになった。継承先の牧場では当時、高齢化による離農を検討していたため、34頭を飼養できる牛舎では、半数の17頭のみを飼養していた。T氏はその牛舎において、移譲予定者とともに作業することで飼養管理の技術をさらに磨いた。2014年12月には、移譲予定者とT氏の間に経営継承の合意がなされ、翌2015年9月に牛舎や施設、農地などの売買契約が締結された。1年3カ月の実地研修を終え、2015年11月からはT氏による営農が開始されている。
(3)群馬県における酪農経営継承システム
図2には、群馬県における酪農経営継承システムの流れを示している。最大の特徴は、継承予定者が酪農ヘルパー組織に参画し、酪農ヘルパーとしての業務を行いながら、移譲予定先での農業研修も並行して行う仕組みを構築したことにある。こうした仕組みを導入した理由は二つあった。
第1に、技術習得(研修)期間中の事故に備える目的があった。研修期間中に、万が一の事故が発生した場合、作業指示(研修内容の指示)を出した移譲予定者の賠償責任が問われる可能性がある。こうした事態を防ぐため、継承予定者を酪農ヘルパー利用組合の労働者とすることで、労働者災害補償保険(労災)に加入できる仕組みを導入した。このように基本的な労働環境を整備することで、移譲予定者(多くの場合、高齢者)のリスクを小さくしている。
システム構築の際、酪農ヘルパー組織の労働者として研修を可能とするため、JA利根沼田管内の酪農ヘルパー利用組合の規約改正を行っている。変更内容としては、ヘルパー利用組合の目的として「新たな組合員の確保育成を図る」という文言を付け加えるとともに、業務内容にも「新規就農者等の確保・育成」を明記した。この改正により、継承予定者は、ヘルパー業務の一環として技術研修を実施することができるようになった。
ヘルパー業務もあるため、研修期間中も出役による収入があり、生活費が確保できる。研修期間が進むにつれて、継承先の牧場での研修時間が徐々に多くなる仕組みになっている。これには継承に向けて、移譲予定者の持つ技術・ノウハウなどの無形の経営資源を習得するなど、移譲に向けた準備を本格化する狙いがある。
第2に、畜産協会には生産者によって「生産者を育てる」仕組みを導入したいとの目的があった。継承予定者が、酪農ヘルパーの出役を通じて、多様な飼養管理の方法を学ぶとともに、地域酪農家との顔つなぎとなることを意図したものであった。これにより営農開始後も地域の酪農家との良好な関係を築くことができている。村内には酪農家は6戸しかなく、地域としてまとまることが重要であり、ヘルパー出役を通じて、顔やパーソナリティを知ってもらい、地域の中に受け入れられることが重要と考えたためであった。
同システムを利用して継承予定者となるためには、採用試験に加えて次の六つの条件も設けている。(1)おおむね34歳以下の者もしくは就農予定年次の年齢が39歳以下の者(2)経営の参画に同意する3親等内の2名以上の労働力の確保が見込まれる者(3)営農および資金の調達に係る連帯保証人および連帯債務者が確保できる者(4)移譲者の経営基盤の譲渡を受けて営農を開始することを希望する者(5)原則、継承資産のある市町村に居住する者(6)継承予定地域への理解と集落で行われる行事などに積極的な参加を希望する者と定められている。酪農経営に加え地域社会における担い手となるような継承者像を提示することで、継承者にもその自覚を持ってもらうことにより、確実な地域への定着を図ることとなっている。
(4)課題と展望
群馬県における酪農経営継承システムは、移譲予定者が出た時点で、畜産協会がファシリテーターとして地域行政や農協を核に支援体制を構築し、第三者継承を推進するオーダーメード型の支援モデルと言える。このため、常に新規就農者を募集しているのではなく、移譲予定者と継承予定者の2人が揃った時点で初めて「ワーキングサポートチーム」を参集して支援を行う仕組みとなっている。
こうした事業の状況は、酪農での新規就農を希望する側に立つと、二つの課題が見えてくる。第1に、第三者継承を希望する酪農家を恒常的に把握していく必要がある。多くの酪農家が離農・廃業している状況に対して、2018年9月時点で、具体的な第三者継承への取り組みが1件にとどまっている。こうしたことから、今後、この仕組みを利用したいと考える離農予定者の把握に努めることも必要になるだろう。
第2に、移譲予定者と継承予定者の間での情報共有が欠かせない。高齢などを理由に離農・廃業などを考えている酪農家は新規の投資を行わない状況が見られる。このため、今回の事例でもあったように、飼養状況や設備環境において、移譲予定者の置かれている状況と、継承予定者の認識に違いが生まれている。移譲時には34頭規模の牛舎にも関わらず17頭飼養となっていたことや、一部施設(バルククーラー)の破損があり、後に修理代を継承者が負担するなどの事案があった。
以上より、同制度の展望を考察すると、離農・廃業予定者に対する十分な制度の周知・説明を実施することが肝要であり、その上で牛舎や搾乳施設などの有形資産を保全した形での経営移譲を行うことが求められるだろう。これらを実現していくためにも、畜産協会を中心に、行政、酪農関連組織、地域酪農家が連携することが一層重要性を持つと思われる。