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専門調査レポート(国内)畜産の情報 2019年2月号

畜産クラスター形成による生産拠点創出と競争力強化

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九州大学大学院 農学研究院 農業経営学研究室 助教 長命 洋佑

【要約】

 わが国における畜産の生産基盤が脆弱している現状を踏まえ、農林水産省は平成27年3月に 「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」を策定した。この中に示されている多様 な施策の中で、特に重要度の高いものが畜産農家と地域の関係者が連携して新たな生産拠点を 形成する「畜産クラスター」である。熊本県のJA菊池では、これを活用し、肉用牛経営において 飼養頭数減少への対応として、繁殖経営における飼養頭数の拡大を図るとともに、CBSなどへ の預託を活用することにより、地域全体で繁殖基盤の強化を図る取り組みが行われている。今後 同JAでは、肥育もと牛供給に資する生産基盤が整理され、数年後には黒毛和種肥育もと牛の出 荷目標である年間500頭を達成する見込みである。

1 はじめに

 近年、わが国の家畜生産は、高齢農家の離農や後継者不足による人手不足、飼料価格の高騰による経営の圧迫、安全・安心への関心や健康志向などによる消費者ニーズの多様化、海外での和牛肉への関心の高まりなどによる国際競争力の強化など、生産を取り巻く環境は大きく変化している。特に近年の肉用子牛市場の動向においては、過去に例を見ないほどの高値水準で推移している。10年ほど前は約30万円程で推移していた黒毛和種の子牛価格は、平成28年には平均約85万円まで値上がりし、現在も高い水準のままである。繁殖経営では高齢化などによる離農が進み、繁殖雌牛の頭数は22年の68万4000頭を ピークに27年には58万頭へと15%も減少するなど繁殖基盤は急速に弱体化している。繁殖雌牛の減少により、子牛市場への出荷頭数が減少したため、子牛価格は高騰し、肥育経営を圧迫している。その一方で、酪農生産では、肉用牛資源を確保することを優先するため乳用後継牛の確保・育成が困難となっており、供用期間の短縮も進んでいることから乳用牛資源や生乳生産量が減少している。
 こうした生産基盤が脆弱化してきたわが国の現状を踏まえ、農林水産省は27年3月に「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」(以下「基本方針」という)を策定した。今回の基本方針では、国や地域の関係者が生産者と一体となり、「人(担い手・労働力の確保)」・「牛(飼養頭数の確保)」・「飼料(飼料費の低減、安定供給)」のそれぞれの視点から、生産基盤の強化を図ることが最優先の課題となっている。課題への対応として、国、地方公共団体、関係機関などは相互に連携を強化し、地域全体で収益性を向上させる畜産クラスターをはじめとする施策を重点的に実施していく方針を示している。畜種別の取り組みをみると、酪農生産では、性判別技術を活用した優良な乳用後継牛の確保・育成を行うとともに、供用年数の延長や適切な飼養管理を図ることによる生産性の向上が期待されている。肉用牛生産では、繁殖経営の飼養頭数を拡大するとともに、キャトル・ブリーディング・ステーション(注1)(以下「CBS」という)への預託を活用することなどにより、地域全体で繁殖基盤の強化を図っていくことが期待されている。
 以上のように、これまで個々の畜産農家での取り組みが重視されてきたが、今後は、畜産農家と地域の関係者とが連携し、新たな畜産生産の拠点を形成することで生産基盤の強化を図っていくことが期待されている。そこで本稿では、畜産クラスター形成による生産拠点創出と競争力強化の取り組み実態を把握し、今後の課題について検討することを目的とする。具体的には、熊本県菊池市の菊池地域農業協同組合(以下「JA菊池」という)において畜産クラスター事業を利用し開設されたCBSの取り組みを事例として取り上げ、その実態を明らかにした上で、今後の家畜生産の課題検討に資する基礎的資料の提示を行う。なお、本稿では乳用牛および肉用牛に焦点を絞り、それらの取り組みについてみていく。以下、次節では、基本方針および畜産クラスターの取り組みについて整理を行う。第3節では、JA菊池における家畜生産の取り組み実態、第4節では同JAにおけるCBSの取り組み実態を明らかにし、第5節では、本稿のまとめを行う。

注1: 繁殖雌牛の分娩・種付けや子牛の哺育・育成を集約的に行う組織(農林水産省2018a)。

2 基本方針および畜産クラスターの取り組み

(1)基本方針の特徴
 今回の基本方針の特徴は以下の二つと言えよう。一つ目は、「人・牛・飼料」のそれぞれの視点から基盤強化の取り組み施策を整理したことである。二つ目は、畜産クラスターの構築を前面に打ち出し、畜産経営だけでなく、自治体や研究機関、メーカーなど他の関係者と連携することにより、地域全体で収益性の向上を図る取り組みに対する支援の強化方針を示したことである。

(2)基盤強化をめぐる課題と取り組み
 基盤強化の取り組みに関しては、表1に示す3点が基本的な取り組みとなっている。


それらは、「担い手の育成と労働負担の軽減」「乳用牛・肉用牛飼養頭数の減少への対応」「国産飼料生産基盤の確立」である。第一の「担い手の育成と労働負担の軽減」に関しては、新規就農の確保と担い手の育成、外部支援組織の活用、ロボットなどの省力化機械の導入などが期待されている。第二の「乳用牛・肉用牛飼養頭数の減少への対応」については、生産構造の転換などによる規模拡大、計画的な乳用後継牛の確保と和子牛生産の拡大などが掲げられている。第三の「国産飼料生産基盤の確立」については、国産粗飼料の生産・利用の拡大、放牧活用、飼料用米等国産飼料穀物の生産・利用の拡大などが求められている。
 酪農経営では、経営における収益構造の改善や飼養規模拡大のために、大型の機械や施設への投資負担が増大していること、高齢化・後継者不足などによる労働力不足、飼料生産基盤の確保が困難であること、規模拡大による環境問題やきめ細かな飼養管理への対応などが課題となっている。さらに、乳用雄子牛よりも価格の高い交雑種子牛の生産が増加していることから乳用後継牛の頭数が減少しており、生乳生産量の減少要因の一つとなっているため、優良な乳用後継牛を確保することも課題である。そうした状況下において、搾乳ロボットなどの省力化機械の導入、コントラクターなどの外部支援組織や放牧の活用などを進めることで、労働負担の軽減を図っていくことが重要な取り組みといえる。また、性判別技術を活用して、優良な乳用後継牛を確保しつつ、供用期間の延長や適切な飼養管理の徹底を通じて生産性の向上を図り、生乳生産基盤の強化と生乳の安定供給の確保を図っていくことも重要である。
 他方、肉用牛経営では、肥育経営で規模拡大が進む一方で、小・中規模の繁殖経営においては高齢化や後継者不足による離農が続いており、肉用牛の飼養頭数は減少傾向にある。飼養頭数の減少により、子牛価格が高騰しているため、肥育農家ではもと畜導入が困難となっている。肉用牛経営においては、飼養頭数の減少への対応として、繁殖経営の飼養頭数の拡大を図るとともに、キャトル・ステーション(注2)(以下「CS」という)やCBSへの預託を活用することにより、地域全体で繁殖基盤の強化を図ることが重要な取り組みである。さらに、子牛生産拡大のために、受精卵移植技術を活用した肉専用種の増頭を行うことや、生産構造の転換のために、繁殖・肥育の一貫経営への移行や肥育期間の短縮を通じた生産性の向上を図ることが重要である。

注2: 繁殖経営で生産された子牛の哺育・育成を集約的に行う組織であり、繁殖雌牛の預託を行う場合もある(農林水産省2018a)

(3)畜産クラスターへの期待
 基本方針に示されている多様な施策の中で特に重要度の高いものが畜産クラスターであり、地域全体の収益性を高める取り組みとして重視されている。畜産クラスターは「畜産農家と地域の畜産関係者がクラスター(ぶどうの房)のように、一体的に結集することで、畜産の収益性を地域全体で向上させるための取り組み」と農林水産省(2015)で定義されており、直面する課題解決に貢献しうる施策として期待されている。
 表2は、畜産クラスターの取り組み推進が期待されている六つの柱を示したものである。



それらは、(1)新規就農の確保(2)担い手の育成(3)労働負担の軽減(4)飼養規模の拡大、飼養管理の改善(5)自給飼料の拡大(6)畜産環境問題への対応である。また、畜産クラスターでは、「地域で支える畜産」および「畜産を起点とした地域振興」の両面からの取り組みの推進が掲げられている。
 前者の「地域で支える畜産」に関しては、近年、耕畜連携、地域特産品を活用した特色のある畜産物の生産、外部支援組織との分業化、農協などの出資による地域の生産拠点や研修センターの設立などが進められていることを背景に、地域の畜産農家と関係者とが連携・協力することで、地域全体で畜産の収益性を向上させることが期待されている。
 後者の「畜産を起点とした地域振興」に関しては、酪農および肉用牛生産の振興は、関連産業の発展などを通じて地域の雇用や所得の創出に資するものであり、同時に地域資源の有効活用により、農村景観の改善や魅力的な里づくりなどに結び付くことが期待されている。また、畜産クラスターの取り組みを活用し、地域の雇用、就農機会の創出、農村景観の改善を図るとともに、生産者と地域・都市住民との交流を通じて、地域のにぎわいを創出することも期待されている。

(4) 基本方針・畜産クラスター実施による成果
 基本方針および畜産クラスターの実施により、いくつかの成果が見られるようになってきている。畜産統計(農林水産省2018b)における家畜の飼養状況(注3)をみると、酪農生産における飼養頭数は、ここ10年間、毎年2%程度減少していたが、30年には16年ぶりに増加した。一戸当たり経産牛の飼養頭数に関しては、この10年間で10頭程度増加しており、大規模化が進展している。他方、肉用牛生産に関しては、繁殖雌牛の飼養頭数は、22年以降減少傾向で推移していたが、28年からは増加に転じている。また、肥育牛の飼養頭数は、繁殖雌牛と同様に22年以降、減少傾向で推移していたが、28年は増加に転じ、以降増加傾向で推移している。肉用牛生産においてもこの間、一戸当たり飼養頭数は増加傾向で推移しており、大規模化が進んでいる。

注3: 乳用牛の飼養頭数は、22年の148万4000頭、29年には132万3000頭まで減少したが、30年には132万8000頭へと増加した。繁殖雌牛の飼養頭数は、22年には68万4000頭であったが、27年には58万頭まで減少した。その後、増加しており、30年は61万頭となっている。肉用種における肥育用牛の飼養頭数は、22年は84万4000頭であったが、28年には72万頭まで減少した。しかし、その後は増加に転じ、30年は73万7000頭となっている。

 

3 JA菊池における家畜生産の取り組み

(1)JA菊池における家畜の飼養状況
JA菊池管内は、熊本県の中でも畜産経営が多い地域である。表3は、JA菊池管内における酪農および肉用牛肥育の飼養状況を示したものである。



酪農の飼養状況を見ると、この10年間、戸数は一貫して減少し続けている。同様に、経産牛の飼養頭数も20〜26年にかけて増減を繰り返しながらも減少傾向にあった。しかし、26〜27年にかけての飼養頭数は、後述するように、さまざまな事業実施や取り組みなどにより、経産牛は8390頭から9018頭へと大幅な増加を見せた。
28年は熊本地震の影響により飼養頭数が減少したが、29年には9000頭台へ回復し、現在は9127頭となっている。
 また、肉用牛肥育の飼養状況をみると、農家戸数は20年の99戸から減少傾向で推移し、30年は75戸となっている。肥育牛の販売頭数に関しては、20年(1万5221頭)から21年にかけて増加したが、その後は一貫して減少し続けており、30年には1万頭を下回る9975頭となっている。その結果、1戸当たりの平均販売頭数は、22年は最大162.1頭であったが、現在では133頭と、ここ10年で最も少ない頭数となっている。また、黒毛和種の肥育頭数に関しては、20年の7505頭から28年の4319頭まで減少していた。その後、29年には4401頭へと若干の増加を見せたが、飼養農家の離農により再び肥育頭数は減少に転じている。

(2)JA菊池における畜産クラスターの取り組み
 図1に示すようにJA菊池における畜産クラスターは三つの部会で構成されている。



肉牛作業部会では、新たな繁殖基盤としてのもと牛供給体制の取り組みが掲げられており、黒毛和種肥育もと牛を年間500頭出荷することを目標としている。26年度に畜産クラスター事業の計画を立ち上げ、翌年には、酪農家会員のグループ会社である潟Aドバンスが育成牧場建設に着手し、28年4月より事業の運営を開始している。現在のところ、熊本地震の影響や肥育もと牛の初回 出荷までに長期間の時間を要することなどにより、当初の出荷目標には届いていないが、同社による子牛生産の安定化やCBSの完成など、当該地区における肥育もと牛供給の体制は整いつつある。
 酪農作業部会においては、酪農経営における飼養管理の効率化への取り組みが掲げられており、年間出荷乳量7万2000トンが目標として掲げられている。26年度の畜産クラスター事業により、施設整備を行った経営やCBSに乳用牛を預託している酪農家において規模拡大が図られたこと、25年10月以降、収益性が改善されたことに伴い、生乳生産意欲が高まったことも影響し、当初の目標を達成している。現在は8万トン近くまで出荷量は増加したため、生乳出荷の目標を8万2000トンへと上方修正が行われ、予想を上回るペースで事業が進行している。ただし、肉用牛経営および酪農経営においては従事者が高齢化しているため、今後体力的な理由により離農していくことが予想される。今後は、いかに新規就農者を確保し、地域の生産基盤の安定化を図っていくかが重要な課題となっている。そのためには、搾乳ロボットなど新技術の導入や生産コスト削減のためにICT(情報通信技術)の活用を推進していくことが重要であるといえる。
 自給飼料作業部会では、22年にトウモロコシの価格高騰などにより配合飼料価格が高騰する中、国産飼料を基軸とした畜産システムの確立が急務となったため、効率的な飼料収穫体系の取り組みが柱の一つとして掲げられており、管内における飼料の作付面積を100ヘクタール増加させることが目標となっている。現在は酪農家の規模拡大により、飼料作付面積は拡大傾向にある。またその他に、作業請負組織の運営体制が整ったこと、畜産クラスターのリース事業により飼料収穫機械が導入されたことなどによって、作付面積は76ヘクタール増加した(注4)。しかし、飼料の作付面積の拡大に伴う労働力の確保や規模拡大に応じた機械導入が今後の課題となっている。

注4: ここでの作付面積は、イネWCS(稲発酵粗飼料)や飼料用米を含まない数値である。
 

4 JA菊池における畜産クラスターの取り組み〜CBSを中心とした生産拠点創出と競争力強化〜

(1)CBS設立の経緯
 JA菊池管内は、県内肥育牛生産の40%を占める一大肥育地帯である。しかし、肥育もと牛の一部は他県に依存する現状にある。先述したように、肥育もと牛は全国的に不足している。当該地域においても同様であり、この数年、繁殖雌牛の飼養頭数の減少により、子牛価格は急騰し、肥育農家の経営を圧迫している。
 こうしたもと牛供給が不足している状況に対応するため、JA菊池では繁殖基盤の強化に努めており、元々0頭であった繁殖雌牛を約4100頭まで増頭させてきた。しかし、管内で必要となる黒毛和種の肥育もと牛は約5000頭であり、肥育もと牛は供給不足の状態が続いていた。JA菊池では繁殖農家で繁殖雌牛の増頭や肥育農家に繁殖部門を導入する一貫経営などを推進してきたが、もと牛価格の高騰などの環境変化が重なり、個別経営および市場などの導入での対応は極めて困難な状況であった。
 そこで肉用牛の定量出荷の安定供給体制の構築、管内酪農家の規模拡大などによる乳用牛育成に対する労働負担軽減、乳用育成牛への黒毛和種受精卵の移植による肥育もと牛の供給体制の確立などにより、乳用牛および肉用牛の生産拠点を創出することを目的とするCBSが設立された(注5)。

注5: なお、JA菊池管内における繁殖雌牛頭数の実情について、平田(2018)は以下のように整理している。「平成11年の専門部会設立以来、繁殖牛頭数は加速度的に増加していくことになる。結果、専門部会発足当時、部会員30名、繁殖牛飼養頭数736頭、一戸当たり飼養頭数24.5頭であったものが、平成29年度では、部会員99名、繁殖牛飼養頭数4773頭、一戸当たり飼養頭数48.2頭(熊本県平均16.5頭)の実績となった」

(2)CBSの概況と事業フロー
 JA菊池のCBS(所在地は菊池市泗水町豊水)は、畜産クラスター事業「平成28年度畜産・酪農収益力強化整備等特別対策事業」を利用し設立された。総額約9億5000万円の事業費をかけて整備し、事業の核となる馴致舎(写真1)、乳用牛育成舎(写真2)、繁殖母牛舎(写真3)、分娩舎(写真4)、哺育舎(写真5)のほか、生産者より子牛を預かり管理・育成を行うキャトル育成舎(写真6)などが建設され、その総面積は約1.1ヘクタールである(表4)。
 
 
 









CBSでは、常時850頭の飼養が可能であり、5台の哺乳ロボット(写真7、8)や自動給餌機(写真9)の導入などにより労働力の軽減を図っている。





 
また、分娩時などの事故防止や効率化のために、温度センサーで分娩や発情を監視する牛温恵や首に装着したセンサーで発情や病気を早期に発見する発情発見器などが整備されている(写真10)。

その他、CBSには隣接した畜産関連研修施設として「農業次世代人材投資事業・準備型(旧青年就農給付金)」対象の機関であり、研修施設も併設しており、後継者、新規参入者の研修施設としても利用できるようになっている。さらに、農場HACCP認証取得に向けた取り組みも行っている。人員体制に関しては、職員4名、嘱託職員3名、パート5名の12名の他に、業務委託を行っている獣医師1名の体制となっている。乳用牛育成舎では1 〜 2名の職員が配置され、入牧、受精卵移植(以下「ET」という)や人工授精(以下「AI」という)を含む繁殖管理、体測、入退牧の業務を担当している。
繁殖母牛舎では、ETやAIを含む繁殖管理、繁殖雌牛の導入、分娩、体測を行っている。肥育もと牛の管理に関しては、3 〜 5名で育成牛の導入、外部馴致、育成舎での飼養、もと牛の出荷などの業務を担当している。
 

衛生管理に関しては、常駐の獣医師1名と外部関係団体の獣医師、家畜人工授精師が担っており、薬品管理、繁殖雌牛の検診、治療、防疫、ワクチン接種などを行っている。その他、衛生・防疫に関しては、毎日の消毒、各牛舎における除ふん作業、堆肥の切り替えしなどを2 〜 3名で担当している。圃場管理・施設内管理に関しては、2 〜 3名の職員が配置されており、飼料作付や収穫などの作業を行っている。従業員は毎日、午前7時45分には牛舎を巡回し、前日から牛の変化や異常の有無の見回りを行う。その後、午前8時15分ごろからミーティングを行い、1週間のスケジュールの確認、飼養牛の健康状態や問題点などについて話し合い、CBS全体での情報共有に努めている。その後の作業は、各牛舎の部門担当に任せているが、体重測定の場合は、人手が必要なため、従業員総出で協力している。また、分娩時にはスマートフォンにインストールしている牛温恵のアプリから連絡が届くようになっている。妊娠後期の牛は分娩予定日の30日前より夕方1回の給餌へ切り替えることで、約8割が昼に分娩をするようになったため、夜間に立ち会う必要がなく、分娩事故も減った。CBS設立時における事業フローは図2に示す通りである。
 

CBSの当初の事業では、JA菊池管内の酪農家から母牛となる乳用預託牛を最大240頭預かり、CBSでETを行い、黒毛和種140頭の子牛を生産する計画である。酪農家から受託する乳用牛の管理費は1日当たり700円程度である。なお、受胎が確認された乳用牛は、酪農家に戻され、生まれてきた子牛は生後1週間程度でCBSが酪農家から買い取る。買取価格はスモール牛(3、4カ月齢)の市場相場を参考にした価格設定となっている。なお、これら受精卵や取引後の管理にかかる費用はJAが負担している(注6)。
 また、JAが所有している繁殖雌牛200頭からAIによる黒毛和種を180頭生産し、合計320頭の子牛をCBSで飼育する。その他に、潟Aドバンスからの預託により、ETによる黒毛和種180頭を生産し、CBSで飼養する。ここでの受精卵に関してもJAが費用を負担している。これら三つのルートにより黒毛和種の子牛を生産・育成し、数年後に年間最大500頭出荷する計画である。

注6: ETは2回までJAが負担する。その後の受精に関しては農家の判断に委ねている。

 また、図3は、CBSにおける家畜飼養の流れを、図4はCBSの施設内マップを示したものである。
 
 

生後1日齢から15日齢までは、外部馴致舎で飼養される。ここでは、管内で預託を行っている酪農家から買い取られた子牛など、最大20頭の飼養が可能となっている。その後、外部哺育牛舎へ移り90日齢まで飼養される。約300日齢までは、キャトル育成舎で飼養される。ここで飼養された子牛は、管内の農家へ相対取引で販売される。もと牛の供給価格は、直近の熊本県もと牛市場における去勢牛および雌牛の平均価格を参考に設定している。

(3)CBSにおける家畜の飼養状況
 以下では、CBSにおける家畜の飼養状況に関して、先に示した酪農預託部門、繁殖雌牛部門、肥育部門および飼料生産部門に関する取り組みの実態と課題についてみていく。
 第一に、酪農預託に関しては、CBSが開始されたころは2、3戸の預託で始まった。現在では、CBSの日常業務に理解を示す酪農家が増えたことや、畜産クラスター事業により飼養頭数を拡大した農家において育成牛が増頭したため、20戸の預託農家からの乳用育成牛221頭(31年1月10日現在)を受託するまでに広がった。なお、預託農家の多くは畜産クラスター事業を利用し飼養頭数拡大をした農家である。1戸当たりの預託頭数は10数頭であるが、最も多いところで30頭の預託を行っている。また、事業計画では最大240頭が目標頭数であるが、現在はその約9割が飼養されている。
 乳用育成牛に関する繁殖成績は、30年1〜 3月のETによる受胎率は39%、1カ月当たりの分娩頭数は10 〜 15頭程度であった。ETに関しては外部の家畜人工授精師などが行っていたが、CBSの乳牛の性格や特徴をつかみ切れていなかったことが影響し、低い受胎率であった。その後、全農などによる定期的な同期化計画を実施した結果、4 〜 9月末までの黒毛和種の受胎率は65%まで向上
した。目標である70%以上は達成間近となっており、毎月のヌレ子確保が実現化されつつある。なお、ホルスタイン雌牛におけるAIの受胎率は約86%となっている。
 また、協力育成牧場である潟Aドバンスとの関係をみると、CBS設立当初はヌレ子の取引に関していくつか課題を抱えていた。一つ目は、受胎し、分娩した後のヌレ子買取の価格が折り合わなかったことである。二つ目は、分娩後の病気や事故などにおけるリスク負担の問題である。ヌレ子の引き取り(集畜)が毎週月曜日に行われていたため、生後7 〜15日齢での引き取りとなっていた。現在で
は、双方におけるヌレ子の受け入れ体制が整備され、生後0 〜 3日齢での引き取りが行われており、買取価格にも折り合いがついている。なお、ETに関しては預託農家と同様2回まではCBSの負担となっている。
 第二に、繁殖雌牛に関しては、現在自己所有牛170頭(1月10日現在)が飼養されており、計画での飼養頭数200頭の約8割強が飼養されている(黒毛和種が約97%、F1が約3%)。導入牛は、管内や熊本県の家畜市場が大部分を占めているが、その他に宮崎県や鳥取県などからも導入している。もと牛自体が不足していることや子牛価格が高騰しているため、当初の計画通りに導入が進んでいない。こうした不足分は、現在、JA菊池管内の初妊牛が交雑種の導入やCBSで飼養していた雌牛の自家保留で補っている。繁殖状況に関しては、AIによる受胎率は4 〜 8月末までで61%となっており、今後70%以上を目標としている。また、30年4 〜 9月末までの分娩頭数は27頭となっている。今後は、計画的な交配の実施により回転率を向上させ、子牛の生産基盤を確立していくことが期待される。
 第三に、肥育もと牛に関しては、生後91日齢までの牛が42頭(CBS外部でのヌレ子29頭、CBS内部でのヌレ子13頭)、91 〜300日齢の牛が52頭(CBS外部でのヌレ子36頭、CBS内部でのヌレ子16頭)の計94頭を飼養している。現在の問題は、馴致舎において生後0 〜 100日齢までの牛に下痢などが発生した場合、哺育舎へ移動する日齢となっても他の子牛への感染を防ぐ観点から回復するまでの間、馴致舎の個別ケージで飼養されるため密飼い状態となり、スムーズな飼養管理の妨げになることである。これは、馴致舎では最大20頭までしか飼養できないため、下痢などが発生すると外部から子牛の受け入れが困難となるためである。こうした要因は飼養環境が変化するなどの影響が大きいといえる。特に飼養環境変化に関しては、CBS設立当初の計画では、生まれてきた子牛の引き取りは1週間に1回であったが、生後0〜3日齢の引き取りとなったことが影響したと考えられる。なお、引き取りに関しては、分娩が毎月30 〜 40頭であるため、ほぼ毎日の集畜となっている。今後、計画当初の肥育もと牛410頭を達成するためには、CBSでの育成牛・繁殖雌牛の飼養頭数を増加させ、CBS内での繁殖実績を向上させることが必須である。また、年間500頭を出荷していくためには、1カ月当たり40頭の分娩頭数が必要となる。現在、目標達成が可能な飼養環境が整いつつあるが、今後は繁殖雌牛の自家保留によって頭数を確保していくことも重要である。
 最後に、飼料生産についてみていく。現在、JA菊池では、保有している飼料畑8ヘクタールで粗飼料の生産を行っており、給与飼料の2割を賄っている。飼料生産に関しては、イタリアンライグラス8ヘクタールおよび夏牧草を8ヘクタールそれぞれ2回転作付しており、延べ面積としては32ヘクタールとなっている。購入飼料に関しては、系統配合飼料や乾牧草、わら、TMRなどである。また、家畜ふん尿の処理に関しては、1週間に1回以上、各牛舎から堆肥舎へ搬出を行っている。そこで処理された堆肥は、JAが所有している牧草地へ還元している(写真11)。

 

5 CBSの取り組みと課題

 JA菊池における畜産クラスターおよびそれに基づくCBSの取り組みについての実態について明らかにしてきた。酪農生産においては、収益性が改善されたことや生乳生産意欲が高まったこと、畜産クラスター事業の利用により規模拡大が進んだことなどにより、当初の生乳出荷目標を達成するなどの成果がみられた。また、肉用牛生産においては、CBSの建設により、肥育もと牛供給のための生産基盤が整備されつつあり、数年後には黒毛和種肥育もと牛の出荷目標500頭を達成する見込みとなっている。
 CBSとしては、ステーションとしての利益を追求するのではなく、管内の畜産農家が意欲的に家畜生産を行えるような環境を作っていくことが大切であると考えている。育成した黒毛和種の子牛は市場出荷するのではなく全頭管内の肥育農家に供給することで、地域内一貫体制による黒毛和種子牛の出荷安定生産を目指している。これらの事業が軌道に乗れば、黒毛和種のみならず褐毛和種や酪農家のための乳用後継牛の生産につなげていきたい。
 以上のように本事例は、畜産クラスターを活用し、肥育もと牛供給のための生産拠点を形成するとともに、JA管内における競争力強化を図っている好事例であるといえる。その中心となっているのがCBSである。建設して間もないこともあり、さまざまな課題もあるが、現在では、それらの課題を克服しつつ、設立当初の目標達成に向けた取り組みの強化を図っている。今後のJA菊池およびCBSの展開が期待される。

【謝辞】
 今回の調査に当たり、熊本県県北広域本部農林水産部農業普及・振興課畜産支援班 飯星昭一
班長、JA菊池畜産部畜産企画課 谷山恵介課長、JA菊池畜産部キャトルブリーディングステー
ション事業所 御手洗直所長、同 水上和臣係長からは多大なるご協力を賜りました。この場を
借りて皆さまに感謝の意を申し上げます。

【参考・引用文献】
JA菊池資料(2017)「JA菊池キャトルブリーディングステーション」
JA菊池資料(2018)「平成29年度 菊池地域畜産クラスター協議会検討会資料」
農林水産省(2015)「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針― 地域の知恵の
結集による畜産再興プラン―「人・牛・飼料の視点での基盤強化」」
http://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/pdf/rakuniku_kihon_hoshin_
h27.pdf>2018年12月14日参照
農林水産省(2015)「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針―用語集―」
http://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/l_hosin/pdf/rakuniku_yougosyu.
pdf>2018年11月14日参照
農林水産省(2018a)「平成29年度食料・農業・農村白書」<http://www.maff.go.jp/j/
wpaper/w_maff/h29/h29_h/trend/part1/pdf/c6_0_00.pdf>2018年11月14日参照
農林水産省(2018b)「畜産統計」<http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/tikusan/
2018年12月1日参照
平田真悟(2018)「JA菊池における畜産経営新規就農への取り組みについて」「畜産コンサル
タント」Vol.54 NO.646、pp.49-53.