(1)CBS設立の経緯
JA菊池管内は、県内肥育牛生産の40%を占める一大肥育地帯である。しかし、肥育もと牛の一部は他県に依存する現状にある。先述したように、肥育もと牛は全国的に不足している。当該地域においても同様であり、この数年、繁殖雌牛の飼養頭数の減少により、子牛価格は急騰し、肥育農家の経営を圧迫している。
こうしたもと牛供給が不足している状況に対応するため、JA菊池では繁殖基盤の強化に努めており、元々0頭であった繁殖雌牛を約4100頭まで増頭させてきた。しかし、管内で必要となる黒毛和種の肥育もと牛は約5000頭であり、肥育もと牛は供給不足の状態が続いていた。JA菊池では繁殖農家で繁殖雌牛の増頭や肥育農家に繁殖部門を導入する一貫経営などを推進してきたが、もと牛価格の高騰などの環境変化が重なり、個別経営および市場などの導入での対応は極めて困難な状況であった。
そこで肉用牛の定量出荷の安定供給体制の構築、管内酪農家の規模拡大などによる乳用牛育成に対する労働負担軽減、乳用育成牛への黒毛和種受精卵の移植による肥育もと牛の供給体制の確立などにより、乳用牛および肉用牛の生産拠点を創出することを目的とするCBSが設立された(注5)。
注5: なお、JA菊池管内における繁殖雌牛頭数の実情について、平田(2018)は以下のように整理している。「平成11年の専門部会設立以来、繁殖牛頭数は加速度的に増加していくことになる。結果、専門部会発足当時、部会員30名、繁殖牛飼養頭数736頭、一戸当たり飼養頭数24.5頭であったものが、平成29年度では、部会員99名、繁殖牛飼養頭数4773頭、一戸当たり飼養頭数48.2頭(熊本県平均16.5頭)の実績となった」
(2)CBSの概況と事業フロー
JA菊池のCBS(所在地は菊池市泗水町豊水)は、畜産クラスター事業「平成28年度畜産・酪農収益力強化整備等特別対策事業」を利用し設立された。総額約9億5000万円の事業費をかけて整備し、事業の核となる馴致舎(写真1)、乳用牛育成舎(写真2)、繁殖母牛舎(写真3)、分娩舎(写真4)、哺育舎(写真5)のほか、生産者より子牛を預かり管理・育成を行うキャトル育成舎(写真6)などが建設され、その総面積は約1.1ヘクタールである(表4)。
CBSでは、常時850頭の飼養が可能であり、5台の哺乳ロボット(写真7、8)や自動給餌機(写真9)の導入などにより労働力の軽減を図っている。
また、分娩時などの事故防止や効率化のために、温度センサーで分娩や発情を監視する牛温恵や首に装着したセンサーで発情や病気を早期に発見する発情発見器などが整備されている(写真10)。
その他、CBSには隣接した畜産関連研修施設として「農業次世代人材投資事業・準備型(旧青年就農給付金)」対象の機関であり、研修施設も併設しており、後継者、新規参入者の研修施設としても利用できるようになっている。さらに、農場HACCP認証取得に向けた取り組みも行っている。人員体制に関しては、職員4名、嘱託職員3名、パート5名の12名の他に、業務委託を行っている獣医師1名の体制となっている。乳用牛育成舎では1 〜 2名の職員が配置され、入牧、受精卵移植(以下「ET」という)や人工授精(以下「AI」という)を含む繁殖管理、体測、入退牧の業務を担当している。
繁殖母牛舎では、ETやAIを含む繁殖管理、繁殖雌牛の導入、分娩、体測を行っている。肥育もと牛の管理に関しては、3 〜 5名で育成牛の導入、外部馴致、育成舎での飼養、もと牛の出荷などの業務を担当している。
衛生管理に関しては、常駐の獣医師1名と外部関係団体の獣医師、家畜人工授精師が担っており、薬品管理、繁殖雌牛の検診、治療、防疫、ワクチン接種などを行っている。その他、衛生・防疫に関しては、毎日の消毒、各牛舎における除ふん作業、堆肥の切り替えしなどを2 〜 3名で担当している。圃場管理・施設内管理に関しては、2 〜 3名の職員が配置されており、飼料作付や収穫などの作業を行っている。従業員は毎日、午前7時45分には牛舎を巡回し、前日から牛の変化や異常の有無の見回りを行う。その後、午前8時15分ごろからミーティングを行い、1週間のスケジュールの確認、飼養牛の健康状態や問題点などについて話し合い、CBS全体での情報共有に努めている。その後の作業は、各牛舎の部門担当に任せているが、体重測定の場合は、人手が必要なため、従業員総出で協力している。また、分娩時にはスマートフォンにインストールしている牛温恵のアプリから連絡が届くようになっている。妊娠後期の牛は分娩予定日の30日前より夕方1回の給餌へ切り替えることで、約8割が昼に分娩をするようになったため、夜間に立ち会う必要がなく、分娩事故も減った。CBS設立時における事業フローは図2に示す通りである。
CBSの当初の事業では、JA菊池管内の酪農家から母牛となる乳用預託牛を最大240頭預かり、CBSでETを行い、黒毛和種140頭の子牛を生産する計画である。酪農家から受託する乳用牛の管理費は1日当たり700円程度である。なお、受胎が確認された乳用牛は、酪農家に戻され、生まれてきた子牛は生後1週間程度でCBSが酪農家から買い取る。買取価格はスモール牛(3、4カ月齢)の市場相場を参考にした価格設定となっている。なお、これら受精卵や取引後の管理にかかる費用はJAが負担している(注6)。
また、JAが所有している繁殖雌牛200頭からAIによる黒毛和種を180頭生産し、合計320頭の子牛をCBSで飼育する。その他に、潟Aドバンスからの預託により、ETによる黒毛和種180頭を生産し、CBSで飼養する。ここでの受精卵に関してもJAが費用を負担している。これら三つのルートにより黒毛和種の子牛を生産・育成し、数年後に年間最大500頭出荷する計画である。
注6: ETは2回までJAが負担する。その後の受精に関しては農家の判断に委ねている。
また、図3は、CBSにおける家畜飼養の流れを、図4はCBSの施設内マップを示したものである。
生後1日齢から15日齢までは、外部馴致舎で飼養される。ここでは、管内で預託を行っている酪農家から買い取られた子牛など、最大20頭の飼養が可能となっている。その後、外部哺育牛舎へ移り90日齢まで飼養される。約300日齢までは、キャトル育成舎で飼養される。ここで飼養された子牛は、管内の農家へ相対取引で販売される。もと牛の供給価格は、直近の熊本県もと牛市場における去勢牛および雌牛の平均価格を参考に設定している。
(3)CBSにおける家畜の飼養状況
以下では、CBSにおける家畜の飼養状況に関して、先に示した酪農預託部門、繁殖雌牛部門、肥育部門および飼料生産部門に関する取り組みの実態と課題についてみていく。
第一に、酪農預託に関しては、CBSが開始されたころは2、3戸の預託で始まった。現在では、CBSの日常業務に理解を示す酪農家が増えたことや、畜産クラスター事業により飼養頭数を拡大した農家において育成牛が増頭したため、20戸の預託農家からの乳用育成牛221頭(31年1月10日現在)を受託するまでに広がった。なお、預託農家の多くは畜産クラスター事業を利用し飼養頭数拡大をした農家である。1戸当たりの預託頭数は10数頭であるが、最も多いところで30頭の預託を行っている。また、事業計画では最大240頭が目標頭数であるが、現在はその約9割が飼養されている。
乳用育成牛に関する繁殖成績は、30年1〜 3月のETによる受胎率は39%、1カ月当たりの分娩頭数は10 〜 15頭程度であった。ETに関しては外部の家畜人工授精師などが行っていたが、CBSの乳牛の性格や特徴をつかみ切れていなかったことが影響し、低い受胎率であった。その後、全農などによる定期的な同期化計画を実施した結果、4 〜 9月末までの黒毛和種の受胎率は65%まで向上
した。目標である70%以上は達成間近となっており、毎月のヌレ子確保が実現化されつつある。なお、ホルスタイン雌牛におけるAIの受胎率は約86%となっている。
また、協力育成牧場である潟Aドバンスとの関係をみると、CBS設立当初はヌレ子の取引に関していくつか課題を抱えていた。一つ目は、受胎し、分娩した後のヌレ子買取の価格が折り合わなかったことである。二つ目は、分娩後の病気や事故などにおけるリスク負担の問題である。ヌレ子の引き取り(集畜)が毎週月曜日に行われていたため、生後7 〜15日齢での引き取りとなっていた。現在で
は、双方におけるヌレ子の受け入れ体制が整備され、生後0 〜 3日齢での引き取りが行われており、買取価格にも折り合いがついている。なお、ETに関しては預託農家と同様2回まではCBSの負担となっている。
第二に、繁殖雌牛に関しては、現在自己所有牛170頭(1月10日現在)が飼養されており、計画での飼養頭数200頭の約8割強が飼養されている(黒毛和種が約97%、F1が約3%)。導入牛は、管内や熊本県の家畜市場が大部分を占めているが、その他に宮崎県や鳥取県などからも導入している。もと牛自体が不足していることや子牛価格が高騰しているため、当初の計画通りに導入が進んでいない。こうした不足分は、現在、JA菊池管内の初妊牛が交雑種の導入やCBSで飼養していた雌牛の自家保留で補っている。繁殖状況に関しては、AIによる受胎率は4 〜 8月末までで61%となっており、今後70%以上を目標としている。また、30年4 〜 9月末までの分娩頭数は27頭となっている。今後は、計画的な交配の実施により回転率を向上させ、子牛の生産基盤を確立していくことが期待される。
第三に、肥育もと牛に関しては、生後91日齢までの牛が42頭(CBS外部でのヌレ子29頭、CBS内部でのヌレ子13頭)、91 〜300日齢の牛が52頭(CBS外部でのヌレ子36頭、CBS内部でのヌレ子16頭)の計94頭を飼養している。現在の問題は、馴致舎において生後0 〜 100日齢までの牛に下痢などが発生した場合、哺育舎へ移動する日齢となっても他の子牛への感染を防ぐ観点から回復するまでの間、馴致舎の個別ケージで飼養されるため密飼い状態となり、スムーズな飼養管理の妨げになることである。これは、馴致舎では最大20頭までしか飼養できないため、下痢などが発生すると外部から子牛の受け入れが困難となるためである。こうした要因は飼養環境が変化するなどの影響が大きいといえる。特に飼養環境変化に関しては、CBS設立当初の計画では、生まれてきた子牛の引き取りは1週間に1回であったが、生後0〜3日齢の引き取りとなったことが影響したと考えられる。なお、引き取りに関しては、分娩が毎月30 〜 40頭であるため、ほぼ毎日の集畜となっている。今後、計画当初の肥育もと牛410頭を達成するためには、CBSでの育成牛・繁殖雌牛の飼養頭数を増加させ、CBS内での繁殖実績を向上させることが必須である。また、年間500頭を出荷していくためには、1カ月当たり40頭の分娩頭数が必要となる。現在、目標達成が可能な飼養環境が整いつつあるが、今後は繁殖雌牛の自家保留によって頭数を確保していくことも重要である。
最後に、飼料生産についてみていく。現在、JA菊池では、保有している飼料畑8ヘクタールで粗飼料の生産を行っており、給与飼料の2割を賄っている。飼料生産に関しては、イタリアンライグラス8ヘクタールおよび夏牧草を8ヘクタールそれぞれ2回転作付しており、延べ面積としては32ヘクタールとなっている。購入飼料に関しては、系統配合飼料や乾牧草、わら、TMRなどである。また、家畜ふん尿の処理に関しては、1週間に1回以上、各牛舎から堆肥舎へ搬出を行っている。そこで処理された堆肥は、JAが所有している牧草地へ還元している(写真11)。