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〜福島県田村市の畜産の現状と課題〜

話題 畜産の情報 2019年3月号

8年経っての現実 
〜福島県田村市の畜産の現状と課題〜

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福島県田村市産業部農林課 課長 橋 博人

1 はじめに

 福島県の中通り、郡山から磐越東(ばんえつとう)線で4駅、30分ほどの場所に位置する田村市は、人口3万7000人、面積458.3平方キロメートル、いわゆる阿武隈高原に位置し、二つの鍾乳洞(あぶくま洞、入水鍾乳洞(国天然記念物))を観光資源として、かつては、たばこと養蚕・畜産で栄えた農業と観光が中心の地方都市です(写真1)。平成17年3月1日に旧田村郡のうち旧5町村(船引町(ふねひきまち)常葉町(ときわまち)都路村(みやこじむら)大越町(おおごえまち)滝根町(たきねまち))が合併し、田村市として発足しました。林野率が7割弱の中山間地域で、水田の基盤整備率は48%と県平均72%を大きく下回り、耕作放棄地率が4割と、数字で現実は察せられますが、これに東日本大震災の影響が加わり、農業・農村の現実は、大変に厳しいものがあります。

 
写真1 田村市の観光資源・あぶくま洞

2 田村市の畜産の現状

 田村市の農業産出額の1位は鶏卵(大規模法人)で、2位が肉用牛、3位が野菜となっており、畜産が地域を支える重要な産業です。
 田村市における牛の飼養頭数は、震災前の平成22年9月末には7521頭(ホルスタイン種1325頭、黒毛和種4799頭、交雑種等1397頭)であったものが、平成29年9月末で5668頭(ホルスタイン種248頭、黒毛和種3909頭、交雑種等1511頭)と25%の減となっています。
 また、古くからの繁殖雌牛の産地であり、国道沿いには、朽ちかけた「常葉牛」「都路牛」などの看板がいまだに残っていますが、近年の田村市産の子牛価格は、全国平均を100とすると、28年度で福島県産が102、田村市産が96、29年度は福島県産が102、田村市産が97であり、残念ながら、田村市産の子牛の評価は高くありません。
 このような中で、地域(農地と人口)を守るために必須な畜産業(農家)の将来像としては、土地条件(小規模で傾斜地が多い)の制約やインフラ(道路・水道など)の課題もある中で、大規模専業にこだわらない、低コストで持続可能な畜産を目指す必要があります。その中での大きな課題は、①自給飼料利用の制約②放牧の自粛③たい肥の滞留、問題の解決です。
 福島県における自給飼料利用の前提は、対象農地が基本的に「除染済み」でなければならず、未除染農地はセシウム汚染濃度が低くても畜産的利用は不可、放牧もできません。急傾斜地や小区画の草地は除染されておらず、「かつてのように野草地を活用して牛を飼いたい」とか、「めん山羊の放牧により地域興しをしたい」などの要望に応えられません。また、原発事故により一度失ってしまったたい肥の販売ルートを復活できずに、飼養頭数の維持・拡大に苦慮している畜産農家が多数います。この課題解決なしには福島の畜産の復活・再生は不可能であると思っており、今後の最大の課題です。
 

3 大型プロジェクトの進行と今後の展望

 このような中で、地域経済・畜産を支える大型プロジェクトは、着実に進行しています。
 まずは、有限会社はやま農場の育成鶏生産農場の建設です。同農場は、東日本大震災により福島県川俣町にあった採卵鶏農場の20万羽を処分したことから、新たな農場建設に着手、田村市船引町堀越に100万羽の育成農場を、東日本大震災農業生産対策交付金(注1)(以下「交付金」という)を活用して建設中です。平成29年度の第一期工事が終了し、すでに2棟の育成鶏舎にひなが導入され、事業が開始しています(写真2)。30年度(二期)工事分が完成・竣工すると飼養羽数は100万羽となり、育成鶏農場としては東洋一の規模となります。従業員として、地元を中心に50人以上の雇用も予定されており、地域経済への波及効果も期待されています。

 
写真2 はやま農場で育成中の若鶏

 
 次に、福島さくら農業協同組合(以下「JA福島さくら」という)は、生産基盤の維持および農家支援が可能な体制整備のため、子会社(株式会社JA和牛ファーム福島さくら)を設立し、キャトル・ブリーディング・ステーション(CBS)事業に着手、年度末までには施設などのハード整備が完了、31年度からの本格操業開始に向けた準備を進めています。事業の柱は、①地域の畜産農家から子牛を預かり育成・出荷する預託事業②自ら繁殖・育成出荷する繁殖経営事業であり(総頭数180頭規模)、新規就農者の研修機関としての役割も果たす計画です(写真3)。
 
写真3 (株)JA和牛ファーム福島さくら牛舎全景

 
 また、JA福島さくらが事業実施主体となり、交付金を活用して自給飼料生産・調整用機械などを導入・整備し、自給飼料生産面積の拡大と定着による、飼料の地産地消に基づいた地域畜産の再生についても、31年度から開始する予定です。
 さらに、個別畜産農家の奮闘ぶりとしては、原発から20キロメートル内である旧都路村での、株式会社和農の存在があります。若手畜産農家T氏など3名が法人を設立、現在敷地面積1.2ヘクタール、自力施工で牛舎などを建設中です。150頭規模での繁殖経営で、受精卵移植を活用しながら、自給飼料を基本とした低コストな経営を目指しており、除染済み農地での放牧も視野に入れて土地を取得しています(写真4)。

 
写真4 自力施工中の牛舎
 

 T氏は別途、任意組織「MKF(都路(M)機械(K)ファーム(F))カンパニー」の主要メンバーでもあります。当該組織は、25年に旧都路村の畜産農家5名で設立、自給飼料の確保と、畜産業の維持・拡大を目指し、機械の共同利用により避難指示解除後の水田を活用した稲WCS生産に取り組んでいます。機械は交付金を活用して導入、湛水直播(たんすいちょくはん)(注2)にも取り組んでいます(写真5)。初年度の20ヘクタールから30年度には収穫面積36ヘクタールまで拡大、生産技術を磨きながら、栄養価・嗜好性の高いWCS生産に取り組んでいます。
 
 
写真5 MKF カンパニーの稲WCS 収穫風景

 
注1:同交付金は、東日本大震災農業生産対策事業において交付されるものであり、同震災により被害を受けた農業用施設や営農用資機材等の復旧、ならびに生産資材などの購入経費への助成などを通じて被災地域の復興を図るものである。
  2:水田に種子をじかまきにする方法で寒冷地に適している。

 

4 田村市畜産の再生

 高齢化・担い手不足という全国共通の要因に加え、東日本大震災に伴う原発事故の影響から、震災後約8年を経過する現在でも、田村市の農業・畜産は方向性を求めてもがいています。時間の経過により、もう故郷に戻れない子育て世代の存在と、残った人間の高齢化の進行の現実が地域に重くのしかかっており、新たな道のりによる地域畜産の再生が必要だと思っています。
 耕作放棄地はたくさんあります。その影響でイノシシもたくさん(30年12月までのイノシシの駆除頭数1200頭)いて、その対策も農林課の大きな課題です。また、家畜ふん尿処理の方策として、新たなバイオマス発電などの検討も行っており、1戸でも多くの畜産農家が経営を継続・再開できるような環境を、できるだけ早く整備しなければなりません。
 改めて地域畜産の基本となる「耕畜連携」、また飼料とたい肥の「地産地消」体制の確立を目指して、国が定める32年度末までの復興・再生期間中に、国、県などの補助事業を十分に活用しながら、やるべきこと、できることを着実に実行するしかありません。
 
(プロフィール)
福島県出身、岩手大学農学部卒業
昭和58年農林水産省入省(畜産職)、家畜改良センター新冠牧場長、ALIC総括調整役、農林水産省畜産生産情報分析官などを経て、平成30年4月から現職

 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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