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話題 畜産の情報 2019年4月号

畜産の未来のために、女性の視点を活かす

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農場HACCP認証主任審査員・JGAP審査員 白戸(しろと) 綾子

1 はじめに

 平成27年に「女性の職業生活における活躍の促進に関する法律(女性活躍促進法)」が施行された。わが国は、6年後の37年には65歳以上の高齢者が人口の30%を超える一方、子供の出生数は年間78万人に減少すると推計され(国立社会保障・人口問題研究所、平成29年将来人口推計)、どこの国も経験したことのない少子高齢化に向かっている。生産年齢人口が減少する中、女性にさらなる活躍が期待されているが、同法では、働き手を増やすだけでなく、従来の性別役割意識の見直しや、男女ともに職業生活と家庭生活を両立できる社会の実現がうたわれている。それは、女性に着目して、活躍しやすい環境を整えることは、ひいては、男女ともに仕事でも家庭でも活躍できる「働き方改革」を推し進めることにつながる。
 さて、畜産業で働く女性の状況はどうだろうか?
 従来から、家族経営の一員として、多くの女性が家畜の飼育や経営管理に活躍してきた。きめ細やかな観察や丁寧な家畜の取り扱いは、生き物を扱う基本となる。最近は、大規模化した畜産農場で、従業員として雇用される女性が増えてきており、体力的なハンデを割り引いても、その働きぶりは高く評価されている。生産者を支える、農業団体、飼料・資材会社などにも、若手の女性を見かけることが多くなった。そして、家畜保健衛生所をはじめとする畜産行政機関では、若年層の半分は女性であり、産業動物診療にあたる獣医師の女性割合も急速に増加している(図1)。母校(帯広畜産大学)の女子学生比率が6割に達していると聞くと、畜産業界を志望する女子学生は今後も増えそうである。

 
図1 畜産関連獣医師の男女別年齢分布

2  畜産を核にした女性の集まり

 私が大学を卒業して畜産の仕事に携わるようになってしばらくの間は、周囲は男性だらけという状況が続き、そんな環境に特に違和感もなく順応していた。だが、この10年少しの間に、畜産分野で女性が主体となって作った集まりに加わり、女性ならではの感性、視点があることを感じている。仕事として畜産業に携わり、技術の向上や経営管理の改善に貪欲である一方、家庭や地域に根ざした視点を持ち、消費者との交流、次世代の育成、地域の活性化、環境保全への関心が高い。どの集まりも、畜産女性が自ら企画し、活動しており、やる気とエネルギーに満ちあふれている。
 

(1) 全国畜産縦断いきいきネットワーク
 飼養畜種を超えて、畜産を魅力あるものにしようと、牛・豚・鶏の女性畜産経営者が中心となって全国的な女性ネットワークが平成17年に発足した。発信力の高いメンバーが多く、審議会委員や農業委員等で活躍している。年1回、東京での大会が恒例だが、県単位でのネットワークも立ち上げ、勉強会や地域での畜産振興、消費者に向けた広報活動などを行っている(http://jlia.lin.gr.jp/joseinet/)。事務局は、公益社団法人中央畜産会が担当しており、会誌発行や若手後継者育成研修会、畜産団体や行政担当者との意見交換などを開催している。毎年の年次大会では、熊本県肉用牛生産者の那須真理子元会長のシナリオによる、カラスに扮して畜産問題を鋭く描く寸劇が大好評である。


(2) 全国モーモー母ちゃんの集い
 牛に対する情熱や愛情、誇りを持っている女性たちが自分たちで作り上げた全国の牛飼い女性による、牛飼い女性のための手作りの会。阪神淡路大震災の後、平成12年に淡路島で第1回全国モーモー母ちゃんの集いを開催した。固定した事務局はなく、その後は1年おきに開催希望地で実行委員会を立ち上げ、最大400名が参加する大イベントとなった。県単位の「モーモー母ちゃんの集い」での研修会や交流会も開催されている。今年は、兵庫県姫路市で第10回大会が開催される(図2 連絡先:10th.moumou.hyougo@hyotiku.ecweb.jp)。
 

図2 「全国モーモー母ちゃんの集い」開催チラシ
 

(3) 畜ガールズ(産業動物に興味のある女性の会)
 産業動物に関心のある獣医師や生産者が参加し、産業動物に関連した仕事を通じて社会に貢献することを目的としている。ただ、女性が産業動物分野で活躍することを阻害する要因が存在することも確かで、女性の悩み相談にも応じている。それらの課題を解決し、男女ともに仕事と生活のバランスを取って活躍できる時代を作ることを目指すとしていることから、会員は男女を問わない(https://chiku-girls.jimdo.com/)。事務局は宮崎大学農学部の産業動物臨床繁殖学研究室が担当しており、ウェブサイトでの情報提供、学会での活動報告、ワークショップの開催などを行っている(図3)。産業動物獣医師の長時間労働、緊急対応への問題提起も行い、メンバーの勤務する家畜診療所では、繁殖健診と飼養管理指導を含む生産獣医療契約を増加させて、農家の生産性向上と緊急対応診療の減少、診療所の収益改善を進めた。
 

図3  畜ガールズワークショップin 世界牛病学会の様子

 

(4) SAKURA会
 北海道広尾町の酪農家である砂子田(すなこだ)円佳(まどか)さんは、1人で酪農経営を始めた中で仲間に助けられた経験から、農業関係で働く女性の会となるSAKURA会を発足させた。北海道の酪農・農業などに携わる女性を中心とした交流会を開催し、若手、子連れの参加者も多い(図4)。平成29年から「酪農女性サミット」を開催している。また、SNSを活用して情報発信、情報交換を行い、快適な作業着の開発や食育活動にも取り組んでいる(https://www.facebook.com/groups/sakura.agri)。
 

図4 SAKURA 会開催チラシ
 

(5) いわて牛飼い女子会
 岩手県の肉用牛生産と酪農振興を目的に、岩手県内の酪農家、肉用牛生産農家の女性グループが活動している(https://www.facebook.com/ushikaijoshi/)。県庁畜産課が事務局を務めているものの、各地のグループごとに勉強会や地域間交流、消費者への広報活動など自主的に企画し、畜産施策への提案も行っている。その活動成果は、SNSでの発信や年次大会で報告し、畜産業に対する一般消費者の認知度の向上に寄与している(図5)。

 

図5 いわて牛飼い女子会の様子
 

 こうした女性主体での集まりは、初対面でも旧知のように打ち解け、畜産・農業・そのほかの話題で大いに盛り上がることができる。既存の考え方にとらわれず、さまざまなアイデアが飛び交う。何よりも、気持ちの交流があり、心温まる時間は、明日へのエネルギー源となる。時には、寸劇やゲームを取り入れ、「楽しい時間」にする工夫を凝らす。こうした発想の柔軟性や、共感を中心とするコミュニケーションは、一概には言えないが、女性が得意とするところだろう。また、そこに立ち会った男性陣も、きっと楽しい気分を味わうことができる。機会があれば、ぜひ畜産女性の集まりに参加してみてください。

3  畜産の未来に多様性と持続性をもたらすために

 畜産の現場には、より多くの女性が携わるようになったが、組織的な決定を行う場に、まだ女性の姿は少ない。何か課題があって方針や対応策を考える時、柔軟な発想や多様な考えは、より良い解決を生み出す助けになるはずである。また、これからの畜産において、経営の仕方、生産物の販売は、今まで以上に個々の工夫や独自性を求められるだろう。みんなで同じように作り、同じように売れる時代ではなくなっている。畜産が持続していくためには、状況に応じて変化していくことが求められるはずである。多様であることの価値を認め、身近にいる畜産女性の異なる感性や視点を活かしていってほしい。
 また、畜産業が存続していくために、担い手の確保は差し迫った課題である。家畜を飼う仕事は、多くの知識・技能を必要とし、体力的にも楽な仕事ではない。何かしら魅力が感じられなければ、その大変さを乗り越えて働き続けていくことは難しいだろう。畜産経営の後継者育成や従業員の雇用では、性別よりも、仕事への熱意や個々の能力を見極めて判断する必要がある。幸いにして、畜産に興味を持つ女性は増加傾向である。彼女たちを畜産業界に取り込み、そして末永く活躍できる環境を整えていくことが畜産業の未来につながる。やはり「働き方改革」は待ったなし、である。



(プロフィール)
昭和55年 帯広畜産大学畜産学部獣医学科卒業
   57年 農林水産省入省
平成20年 独立行政法人家畜改良センター 岩手牧場長
   26年 同センター 個体識別部長
   28年 同センター 茨城牧場長
   30年 同センター 退職
現在、農場HACCP認証主任審査員、JGAP研修講師・審査員を全国各地で務めている。

 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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