(1)調査対象農家の概要
以下では、搾乳ロボット利用形態が異なる北海道十勝地域の2戸の酪農家を比較する。概要を表1に示したが、A牧場は、搾乳を搾乳ロボットのみで行っており、労働力は家族2名と月2回の酪農ヘルパー利用である。飼養頭数は経産牛134頭、このうち搾乳牛はフリーストール牛舎で110頭を飼養している。B牧場は、労働力は家族2名と雇用労働力1名である。飼養頭数は経産牛120頭で搾乳牛は100頭であるが、搾乳ロボット牛群として64頭をフリーストール牛舎で飼養し、搾乳ロボット不適合牛を含む36頭についてはパイプラインミルカーを用いてタイストール牛舎で飼養している。
表2は飼養管理に関わる労働時間を示したものである。両牧場ともに北海道平均と比較すると少なく、特に「搾乳および牛乳処理、運搬」が大きく削減されていることが分かる。特にA牧場はすべての乳牛の搾乳をロボットが行うため、労働時間の削減が大幅に進んでいる。A牧場では、削減された労働時間を活用して、それまでコントラクターに委託していた自給飼料に関わる作業を自らで行うようになった。このことによって労働時間の削減幅は減少すると考えられるが、コントラクターへの支出も削減するため、搾乳ロボット導入による経費の増加を抑制することに成功している。
次に繁殖成績について検討したい。事例牧場では搾乳ロボットに付帯するソフトウェアとセンサーによって発情などを的確に把握することが可能になっている。表3は調査農家と十勝平均の繁殖成績を示している。この表で特徴的なのは、搾乳ロボットを活用している事例牧場における授精回数の少なさである。乳牛に装着されたタグ内のセンサーが、乳牛の動き・
咀嚼などを認知し、発情を予測している。これを適切に活用して、受胎率の向上に役立てているということがうかがわれる。B牧場ではこれによって分娩間隔の短縮化に役立てているといえる。
A牧場と十勝平均の分娩間隔はほぼ等しいが、その内容は異なる。十勝平均では平均授精回数が多いことから、A牧場よりも初回授精日が早い。A牧場は十勝平均よりも初回授精日が遅い。しかし、少ない回数で受胎していることから、適切に発情時期を見極め、成功する確率が高い時を見極めて授精しているということである。
これについてA牧場の実際の対応は、出産時期から逆算して、スケジュールなどの関係で適当ではない発情はあえて見送ることもあるということであった。搾乳ロボットから適切な情報を得られるために発情時期を見極めることが可能であり、受胎率を向上させることが可能になっていると考えられる。
(2)搾乳ロボット導入の経済性の試算
A牧場の導入事例を想定して、搾乳牛頭数110頭の経営に搾乳ロボットを2台導入した前後の所得の変化を試算する。
一般的に搾乳ロボットでは一日の搾乳回数が増えることで乳量が増加すると考えられ、その増加分は導入前と比してプラス10%とした。これに伴い飼料給与量も変化する。減価償却費については搾乳ロボットに加え、餌寄せロボット、バーンスクレーパーを必要な付帯施設として試算に入れた。搾乳ロボットの導入によって、自家労働時間が大幅に減少するが、これにより雇用労動力や外部組織に依存していた作業を自家労働で対応するとした。このほか搾乳ロボットの年間メンテナンス費用なども考慮している。
試算の結果を表4に示した。導入補助を利用しない場合は、搾乳ロボット導入による乳量増加により粗収益は増加するものの、それ以上に減価償却をはじめとした費用が増加する。両者の額はほぼ等しく、総計では若干の所得の減少となった。この結果について補足すると、搾乳ロボットの導入によって搾乳に関わる作業時間が大幅に削減された。その時間を活用し、外部に委託していた作業を自家労働で行うようになる。このような作業の外部委託などの変化がなく、単に搾乳ロボットなどの減価償却費が増加しただけであれば、年間の酪農所得はおよそ283万円の減少になる。しかし外部に支払っていた賃料などを削減することが可能になったため、所得の低下は軽微に抑えられたのである。
導入補助を利用して施設などを導入した場合には、主として減価償却費が大きく圧縮されることにより、所得は増加する結果となった。搾乳ロボットは高価な搾乳設備であり減価償却費が高額であるが、搾乳労働をはじめとして作業体系が大きく変化する。われわれの試算は、これにより、それまで外部に委託していた作業を内部化し、支出を抑えるなどすれば所得の減少を抑えることが可能であることを示している。
(3)搾乳ロボットに付帯する情報の活用について
搾乳ロボットの導入によって発生した労働時間の余裕をいかに使うかが、搾乳ロボットを導入した酪農経営の経営成果を大きく左右する要因であると考えられる。新たな作業の一つが、搾乳ロボットに付帯するシステムから得られるデータを分析して、さまざまな経営改善を図ることである。
近年の搾乳ロボットではセンサー技術との組み合わせにより、乳牛の行動や健康状態に関するデータが得られるようになった。ここではA牧場における飼養管理情報の活用と収益性の改善について検討する。A牧場では平成23年に搾乳ロボットを現在の機種に更新し、各種センサーによる情報を利用できるようになった。
同牧場は、空胎日数、分娩間隔、初回受胎率、平均授精回数などでみる限り、繁殖成績に大きな改善はみられていない。しかし除籍率は十勝平均やB牧場と比較すると低い水準にある。これは、高産次牛であっても受胎を成功させ、分娩と生乳生産を継続することで、生産した個体をより多く販売できることを意味している。
このことを示しているのが図1である。A牧場では、搾乳ロボットを更新した23年以降に除籍牛率が低下していることが分かる。その理由としてA牧場では、以前までであれば
淘汰対象となっていた乳牛でも、搾乳ロボットから得られる発情情報を活用し、適切な人工授精により除籍牛を減らしているのである。それは、単に受胎するまで何度も人工授精を試みることではなく、少ない回数で確実に受胎させているのである。
除籍される乳牛の人工授精回数はその経営の平均人工授精回数には算入されない。また受胎しにくい乳牛の除籍は空胎日数や平均分娩間隔の数値にも影響を与えるため、これらの数値については除籍率と合わせて判断することが重要であるといえる。何度も人工授精を試みても受胎せず、その結果「繁殖障害」として淘汰される場合、その数値はその酪農家の平均授精回数、平均分娩間隔には反映されない。
その評価であるが、A牧場では経産牛を134頭飼養しているが、図1のように除籍率が約10ポイント低下した場合、売却可能頭数は14.9頭増加する。ホクレン家畜市場のデータによると、25年度における初妊牛の平均価格63万円から生産費を差し引くと、1頭当たり約25万円の所得になる。これによって合計約380万円の所得増加につながると推計される。これにより搾乳ロボット導入による約100万円の所得の減少を差し引いても、合計で約280万円の所得の増加となる。
以上のように、A牧場の場合は搾乳ロボットに付帯する情報を分析し、人工授精を適切に行うという追加的な労働によって、個体販売を増加させ、減価償却費のねね増加による所得の低下を補っていた。しかしこれは除籍率を向上させることによって得られたものであり、もともと除籍率が十分低い牧場の場合は、このような所得の確保は限定的にならざるを得ないであろう。