前述のように、全道の中で、芭露支所管内の酪農は戸数の減少を全道平均よりも低く抑えつつ、1戸当たりの経産牛飼養頭数や経産牛1頭当たりの生乳生産量を高めている。すなわち、大規模化と同時に高泌乳を実現している。このような芭露支所管内の酪農経営を支える組織として、当該地域を管轄するTMRセンター「有限会社アグリサポートばろう(以下「当該センター」という)」を取り上げる。
(1)TMRセンター設立の経緯
前述のように、2002年2月1日に、3農協が合併してJAゆうべつ町が誕生した。合併農協の本所は、旧湧別農業協同組合の本所に置かれ、旧芭露農業協同組合の本所は、合併農協の支所になった。合併農協の場合、農協の信用、共済、販売・購買、営農指導の機能が本所に集中して、支所へわずかな機能が残るだけになることが多い。また、支所が多い広域農協の場合は、さらに支所が統廃合されることもある。
芭露支所管内の酪農家は、農協合併に伴う地域酪農の弱体化に危機意識を抱いた。そこで、管内酪農家が有志で集まり協議を繰り返した結果、最終的に管内酪農家である菊地厚氏を代表として、飼料給与体系の改善による乳量増加、酪農経営における飼料作物収穫管理作業などの外部化による労働力強化を検討した。
後述するように、農協合併時には、地域内にはコントラクターが存在しており、その機能をより発揮するためには、TMRセンターの設立が不可欠という結論に至る。既存のコントラクターにTMRセンターが加わることは、飼料生産に加え、飼料調製作業も外部化できることで、乳牛の飼養頭数拡大につながると考えた。
その結果、「ゆとりとやすらぎのある地域づくり」を実現するため農作業受委託事業を導入することとし、その柱として当該センターを設立することになった。
2003年に、当該センターの設立がJAゆうべつ町との間に合意され、2005年1月に前述の菊地氏を代表取締役として会社を設立し、管内15戸の酪農家を構成員として操業を開始した。
(2)TMRセンターの利用拡大と酪農経営の規模拡大
2006年6月から牧草410.15ヘクタール、トウモロコシ191.92ヘクタール分が、当該センターでTMRとして調製され、同年の8月から供給が開始された。2010年には、さらに10戸の酪農家が参加し、25戸が受益者になる。なお、2018年10月時点では、24戸である。
当該センターの利用により飼養管理作業が省力化されたことで、前述の菊地氏の酪農経営(有限会社菊地農場)では、2009年に経産牛の飼養規模を100頭から300頭に拡大している。また、2010年には、上田範幸氏(当該センターの現代表取締役)の酪農経営(株式会社ウエダファーム)も経産牛の飼養規模を70頭から300頭に拡大している。
経営規模の拡大により、所得増加が見込めることで、若者が地域酪農に定着する効果もみられた。菊地農場ではおいが農場長を務めるようになり、長男と次男がUターンで就農した。また、上田ファームでも、息子たちが就農している。さらに、後述のように第三者継承も現れている。
(3)TMRセンターの運営(出資と飼料作)
図の通り、多くのステークホルダーが、当該センターに関与していることが分かる。酪農家が構成員(出資者)でもあるため、1戸当たり14株を出資している。JAゆうべつ町も110株の出資を行っている。
原則として、受益者は経産牛1頭当たり40アールのほ場を準備する必要がある。通常、牧草だけでは経産牛1頭当たり1ヘクタールのほ場が必要であるが、当地ではトウモロコシができるので、40アールで経産牛1頭を飼養できることになる。また、経産牛を増頭している場合や新規参入の場合は、40アールを下回っても良いことになっている。
トウモロコシの播種、牧草やトウモロコシの収穫・運搬は、コントラクターである農作業受委託連絡協議会が行っている。その代金は、当該センターが支払うことになる。コントラクターのオペレーター、当初、受益者やJAゆうべつ町の職員だけであったが、地域の土木業者に委託して、オペレーターやダンプを提供してもらっている。コントラクターと地域の土木業者が連携しているのである。なお、牧草やトウモロコシの作付計画は、当該センターが担当している。
化成肥料や農薬の散布は、受益者が出役することになる。出役した場合の労賃は、当該センターが出役者に支払うことになる。また、トウモロコシの種子代・肥料代・農薬代を当該センターが補?している。さらに、ほ場を準備した受益者に対し、青田買い
(注)として、当該センターが代金を支払っている。青田買いの代金は、新規のほ場に対して、傾斜・広さ・肥ひ 沃よく・水はけなどから、普及センターが評価を行い決定している。このように、客観的な第三者の評価を導入しているところが優れている。
平成29年の飼料作の実績は、牧草720.71ヘクタール、トウモロコシ465.17ヘクタール、その他77.10ヘクタールで、合計1262.98ヘクタールにも上る。芭露支所管内の酪農家戸数は、表1のように、2017年度に44戸であった。そのうち、24戸が当該センターの受益者である。
さて、芭露支所管内の飼料作面積は約1600ヘクタールとのことであった。それ故、当該センターを利用しない酪農家(20戸)の作付面積は、約400ヘクタールということになる。表1の2017年度の芭露支所管内の経産牛飼養頭数が3525頭なので、経産牛1頭当たりの飼料作面積は、約45アールということになる。
注: 当該センターは、農地所有適格法人(発足当時は、農業生産法人)の資格を持っていないので、飼料作のための農地を借り入れることができない。そこで、立毛の状態を買い入れるというやり方をとっている。それが、「青田買い」と呼ばれる仕組みである。
(4)TMRの製造
図の通り、牧草・トウモロコシは、コントラクターから当該センターへ供給されることになる。配合・単味飼料やサプリメントは、当該センターが、JAゆうべつ町を通じて、複数の飼料会社から購入することになる。
飼料設計に関しては、芭露支所管内に立地する「株式会社ゆうべつ牛群管理サービス」のコンサルテーションを受けている。さらには、米国のCVAS(Cumberland ValleyAnalysis Services)ラボへ飼料分析を依頼している。このような努力によって、良質なTMRを安定的に受益者へ供給することが可能になるのである。供給するTMRの種類は、表2の通り4種類である。
2018年1月における1日当たり製造量は、約130.8トン(搾乳牛用103.2トン、育成牛用14.1トン、乾乳牛用13.5トン)であるので、経産牛への日供給量は116.7トンになる。同じ時期の受益者の経産牛飼養頭数が1894頭であるので、1日1頭当たり平均で61.6キログラム給与していることになる。
なお、2017年の総出荷乳量は1万9581.8トンであるので、経産牛1頭当たり出荷乳量は1万338キログラムになり、高泌乳を実現していることが分かる。
なお、従業員は、製造部門で男性6名、事務部門で男性1名、女性2名である。地域に貴重な雇用機会を提供していることになる。
(5)農作業受委託連絡協議会(コントラクター)
芭露農協時代に話は戻るが、1991年のガット・ウルグアイラウンド農業合意を契機に、毎年度、生乳換算で約13万7000トンの指定乳製品などが輸入されることとなり、また法律で定められた関税などを支払うことにより誰でも指定乳製品などを輸入できることとなった。このような国際化の進展に対処する観点からも、農協管内の酪農家は、所得を確保するために、経産牛飼養頭数を拡大した。その結果、1人当たり年間労働時間が3000時間以上になっていた。そこで、旧芭露農協では、1995年に酪農家84戸に対して、農作業受委託事業に対する意向調査を実施した。「農作業受委託事業が早急に必要である」と回答した酪農家28戸(33.3%)、「2〜3年以内に希望する」と回答した酪農家20戸(23.8%)、「様子を見ながら早い機会に」と回答した酪農家が12戸(14.3%)、「従来通り共同または個人でやりたい」と回答した酪農家が24戸(28.6%)であった。なお、「従来通り共同または個人でやりたい」と回答した24戸のうち、「近年中に縮小または廃業する」と回答した酪農家が11戸含まれていた。
旧芭露農協は、1996年度に、「芭露地区作業受委託連絡協議会」(以下「連絡協議会」という)を設立した。事務所は農協内に置かれた。なお、農協の管内が、@芭露地区、A計呂地・志撫子地区、B上・西・東芭露地区の大きく三つに分かれるが、@とAの農作業受委託作業班が1996年度に設立され、Bの農作業受委託作業班が1997年に設立された。
そして、連絡協議会に加入したのは、84戸の酪農家のうち44戸であった。2002年2月1日の農協合併に伴い、44戸全員が、現在の連絡協議会に参加している。
JAゆうべつ町の本所管内にもコントラクターがあるが、オペレーターは全員、本所の職員である。それに対して、芭露支所管内のコントラクターは、利用組合方式になっている。本所からオペレーターが応援に来るが、主力となるのは地域の土木業者や酪農家である。なお、機械はJAゆうべつ町の所有であり、会計もJAゆうべつ町が担当している。