多良間村では、積極的に規模拡大を行う大規模経営もある。以下では、飼養規模が最も大きい農業生産法人合同会社湧川畜産(以下「湧川畜産」という)について紹介する。
湧川畜産では、ICT(情報通信技術)を活用した省力化を進めつつ、規模拡大することで、労働時間の削減と収入の増大を同時に実現している。
(1)概要と経営方針
ア 経営概況
湧川畜産は、206頭の繁殖雌牛(平成30年12月現在)を飼養する和牛繁殖経営である。年間約180頭の子牛を生産し、うち約150頭を出荷している。繁殖雌牛は平均で12〜13産で淘汰しているため、毎年子牛を15頭強保留すれば、牛群が維持できる。現在、自家保留は20〜30頭であるため、淘汰される頭数との差し引きで、年間5〜15頭程度のペースで繁殖雌牛が増えている。40ヘクタールの土地で放牧を行い、そのほか30ヘクタールの採草地、繁殖雌牛用の牛舎3棟、子牛用の牛舎2棟を保有している。
労働力は、代表の湧川農さんと母親の和子さん、姉の伍子さんの3人が常勤で、年間に半年程度働く従業員が1人いる。この従業員は、県外在住の稲作農家で、畜産に従事した経験があるとのことである。
先代である父の朝教さんが今から40年ほど前に、繁殖経営を始めた時は投資を抑える経営方針だが、17年に農さんが就農してから畜舎を建設して飼養頭数を増やしたほか、人工授精や早期離乳、独自の飼料給与を行うことで子牛の品質を高めていった。
イ 就農するまで
農さんは、多良間村内の繁殖農家で最年少の33歳である。8人兄弟の末っ子で、中学生の頃から「将来、父親の後を継ぐのは自分だ」と意識し、繁殖農家として就農するつもりだったという。高校は、県内の工業高校に進み、溶接技術や機械の構造などを学んだ。
その後、農業大学校で家畜人工授精師の資格を取得したほか、牛の飼養管理について学び、17年に同校を卒業した後、20歳で就農した。
就農当時は、両親と農さんの3人で繁殖雌牛を90頭弱飼っていた。先代の朝教さんは、繁殖雌牛の群れと種雄牛2頭を自然交配させる「まき牛方式」で、分娩後は離乳まで母子放牧により飼養していた。また、13年までは畜舎がなく、放牧地内に設置した箱に配合飼料を入れて食べさせていた。多良間村の繁殖農家は、広い採草地や放牧地を持ち、施設や機械への投資を抑えることで、低コストで生産する経営が一般的であり、この頃の湧川畜産もこの方式であった。
ウ 農さんの経営
就農当初、従来の飼い方を続けようとする朝教さんと、人工授精などの手法を試したい農さんとの間で意見が食い違うことが多かった。しかし、平成21年頃に従来の方法で育てた牛の販売価格が20万円程度であったのに対し、自ら選定した血統の種雄牛の精液を用いて人工授精をし、早期離乳した子牛は40〜50万円と当時の多良間村の平均価格である30万円を上回ったことをきっかけとし、朝教さんは農さんの考えに沿った経営に切り替えることを決めた。
現在では、農さんが育てた子牛は、8カ月齢時の体重が村の平均より20〜30キログラム大きいことに加え、足首とももの筋肉が発達していて立ち方がきれいであると評価を受け、共進会でも頻繁に入賞している。
暑熱対策として、ミストを噴霧する装置をファンに取り付け、牛舎の天井に設置した際は、フレームの設計や鋼材の切断、溶接を自ら行った。工業高校で学んだ技術を生かすことで施設にかかる費用を抑えることを心掛けている。
また、人工授精も自ら行う。子牛の削蹄は手間がかかるので宮古島から削蹄師に来てもらっている。なお、繁殖雌牛は放牧して歩かせているので削蹄はしていない。
経営コンサルタントにより出荷までに必要となる経費は子牛1頭当たり45万円程度という結果が出たが、農さん本人としてはもう少し低いと感じている。
エ 宮古家畜市場への出荷
多良間家畜市場のセリは宮古家畜市場と同じ日の夕方から開催される。そのため、購買者は午前中に宮古家畜市場のセリへ参加した後、多良間家畜市場のセリへ参加する者もいる。多良間家畜市場の方が平均取引価格は低いが、農さんは、放牧を活用した多良間産子牛の品質に自信を持っており、「多良間のセリに来ればこのレベルの子牛が安く買えます」というアピールをするため、多良間家畜市場でセリの開催がない月
(注4)には、宮古家畜市場に出荷することがある。
宮古家畜市場で農さんの子牛を買った購買者が、新たに多良間のセリに参加し、高品質な子牛を落札することができれば、購買者と繁殖農家の双方にとって利益になると考えている。
注4: 宮古家畜市場は毎月開催、多良間家畜市場は年7回開催のため、年に5回は宮古のみの月がある。
(2)ICTを活用した省力化の取り組み
毎日の作業時間は早朝6時半からの2時間と14時からの3時間半ほどである。牛舎の見回りから始め、分娩の状況、脱走の有無、繁殖雌牛の発情を確認し、給餌を行う。これらに加え、ボロ出しと牛舎内の掃除、消毒を毎日行う。その他、必要に応じて壊れた柵の修繕、草刈り、堆肥散布などをする。
子牛の飼養頭数増加による哺乳負担を軽減するため、平成26年に哺乳ロボットを導入した。感染症の拡大といった問題は起きず、作業時間を大幅に短縮できたことに加え、哺乳ロボットにより、飲む量や速さが子牛ごとにデータ管理されることで、体調チェックに役立っている。
湧川畜産の経営面積は放牧地と牧草地を合わせ70ヘクタールにも及ぶ。そのため普段の見回りにはドローンを使い、牛の脱走や放牧場での分娩を見つけた時など、必要な時だけ現場に行く。ドローンに搭載されたカメラの映像は、スマートフォンの画面で見ることができ、画質は耳標番号を確認できるほど鮮明で、牧草の伸び具合や貯水池の水量の確認、放牧地内の牛の居場所の把握など幅広い用途に使っている。
ドローンは島内の港の空撮をしている現場に居合わせたときに「これは仕事に使える」と直感し、すぐに購入を決めた。
就農時に比べ、哺乳ロボットやドローンの導入によって労働時間は半分になったという。これにより、毎日の時間に余裕が出た上、飼養頭数を2倍に増加することで収入が増えた。
(3)自社と多良間村の繁殖経営の今後について
湧川畜産は、さらに増頭するため、100頭規模の牛舎の新築と、敷地内のアダン(注5)の森5ヘクタール分を採草地にする計画を立てている。規模拡大による従業員の確保については、島外からも労働力を得る必要があるとみているが、多良間島内には、来訪者が長期滞在できる宿泊施設が不足しているため、社員寮のような宿泊施設を作ることも考えている。
また、自社が規模拡大するだけでなく、島内の飼養頭数を維持するために、地域の年配の生産者の労働負担を軽減することも大切だと考えており、キャトルステーション(出荷まで子牛を預かり、共同で飼養管理を行う施設)の設置を検討すべきと考えている。
注5: タコノキ科タコノキ属の常緑小高木。日本では沖縄県や鹿児島県南部の諸島の沿岸域に分布する。