ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > チリにおける養豚生産の拡大可能性
チリの豚肉産業は、内需・外需ともに順調に推移することが見込まれるものの、大幅な増産は難しい状況になっている。その要因を以下の通り考察する。
ア 内需
現地パッカーによると、「ソーセージなどは国内で依然として人気であり、日本からも引き合いがあるものの、現地では日本の買い付け価格の倍以上の価格で取り引きされることから、輸出は難しい」としている。また、人口の増加による需要は今後も増えていくことに加え、1人当たり消費量に関しても、消費形態の多様化によって、高まっていくと考えられる。この要因として、関係者からは、
①以前は脂肪分が少ない部位が人気だったが、近年は脂肪分が多い部位やジューシーなソーセージなどの人気が高まってきていること
②日本同様核家族化が進み、料理に時間をかけない生活スタイルが定着し始めたことに加え、スマートフォンなどの普及などに後押しされ、デリバリーの利用が増えているとされており、同形態が進んでいるピザや中華料理など、豚肉を使用する料理がその手軽さから人気となっていること
などが挙げられた。以上から、今後もさらなる内需の拡大が期待される。
イ 外需
(ア)2018年の輸出量
外需は、中国向けを筆頭に、引き合いが強まっている。2018年のデータをみると、輸出量は、前年比17.0%増の14万9191トンとなった(表3)。要因としては、前述の通り生産量が増加したことに加え、①中国向けが、米中貿易摩擦等を背景に引き合いが強まったこと②ロシア向けが、最大の輸入元であったブラジルからの輸入を2017年12月〜2018年10月まで停止していたこと(注)から、引き合いが強まったことなどが挙げられる。
注:詳細は、平成29年12月27日海外情報「ロシア向け牛・豚肉の輸出停止に伴う現地の反応(ブラジル)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002090.html)および平成30年11月1日海外情報「ロシアがブラジルからの牛肉および豚肉の輸入を再開(ブラジル)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002325.html)参照。
(イ)2019年以降の輸出見通し
将来の輸出を見込むに当たり、チリ産豚肉の優位性について考える。チリ産豚肉の優位性としてまず挙げられるのが、疾病リスクの低さである。チリは、北をアタカマ砂漠、南を南極、西を太平洋、東をアンデス山脈と、四方を自然境界に囲まれている。故に、EUなどのように多国間での疾病がまん延する可能性が少なく、疾病の発生リスクが低いとされている。実際、口蹄疫、豚コレラといった家畜疾病は発生しておらず、安定的な豚肉供給国としての評価が高い。
加えて、世界的な豚肉輸入国でかつ規格などが厳しいことで知られる日本や韓国向けに長年輸出していることも一つの強みといえる。両国に長年仕向けていることで、「他国からの信頼を得やすい」と話すパッカーも多く、60カ国以上とFTAを締結していることも後押しし、輸出相手国の数は、同程度の輸出量であるメキシコと比較しても3倍以上となっている(表4)。加えて、日本および韓国向けは、2000年代の勢いは見られないものの、毎年一定程度の輸出量を保っている。現地関係者によると「顧客はある程度固定化されていることから、今後も安定的に推移することが見込まれる」という話も聞かれており、大幅な輸出量減は見込みづらいだろう(図10)。
また、中国向け輸出に関しても特徴がある。中国の輸入単価を見ると、チリ産は、中国の輸入元の上位10カ国のうち最も安く、同じ南米に位置するブラジル産は逆に2番目に高い(図11)。これは、両国が中国向けに仕向けている品目に違いがあるためで、中国は、いわゆる「部位を問わず何でも買う国」として知られているが、ブラジルは、骨を含む低価格帯の部位は、フェイジョアーダ(注)などブラジル料理として国内需要が高いため、中国向け輸出において、正肉比率が高まる。一方、チリではそのような部位の国内需要は少ないため、中国向けに多く輸出される。そのため、中国向けの輸出単価はブラジルよりも安くなる(図12)。
注:ブラジルの国民食ともいわれている、フェイジョン豆という黒豆と豚肉や豚のくず肉などを塩味で煮込んだ料理。
このような特徴を生かし、チリの豚肉は、中国にはうでや肩などの部位を、日本や韓国にはロインやバラ、肩ロースなどの部位を多く輸出することで、多様な部位の輸出に成功している。
加えて、中国は、アフリカ豚コレラの発生や米中貿易摩擦の影響により、EUや南米からの輸入量を増やすことが見込まれていることから、チリ産についても、限界はあるものの一定程度の需要があると予想される。
供給面を見ると、生産性向上に各社とも成功しているが、限界がある。加えて、前述の通り、環境規制が強化される一方、世論の声も年々厳しくなっており、世論に影響を与えるSNSの存在もある。このような中、現状を大きく上回る水準への飼養頭数の増加は見込めない。それを踏まえ、2019年以降の豚肉供給について、①環境対策②生産コスト③生産性向上の三つの要素から考察する。
ア 環境対策
各社、アグロスーパー社の事件を契機に、今まで以上に環境対策に取り組んでいる。コエクサ社とマックスアグロ社では、複数の農場でバイオダイジェスター(注)を導入した。以前までは、オープンラグーンにより嫌気性状況下に置くことでメタンガスを発生させていたが、これにより悪臭や自然発火の危険性などが伴うことから、両社は既存の農場においても可能な限りバイオダイジェスターへの転換を考えている。また、アグロスーパー社では、事件以前からバイオダイジェスターの導入は進んでいたが、事件以降、バイオダイジェスターの整備に加え、最新式の密閉型コンポストの新設にも投資を行っており、ウワスコの事件以降、「臭気を70%以上減少させることに成功した」と公言している(写真3、4)。アグロスーパー社の事件を契機に、チリ全体で環境への意識が高まり、各社とも環境対策への投資を余儀なくされている。その結果、小規模農家が多い日本や、農場当たりの土地面積が広大である米国やブラジルなどと比較して、環境対策に関しては先進的であると言える。
注:バイオダイジェスターに関する明確な定義はないが、畜舎から排出されたふん尿を農場内に設置したビニール製のシートで覆ったラグーンに貯留してメタン発酵させ、メタンガスを大気中に排出させることなくエネルギーに変えるシステムである。バイオダイジェスターの導入は、土壌や河川の汚染を大きく低減するとともに、発生させたエネルギーを農場内の電力などへ用いることで、二酸化炭素排出量の削減にもつながるとされている。
環境対策の徹底に関しては、直接的な生産増につながる見込みは少ないものの、今後の生産阻害リスクを減らしているという点で、生産の安定性確保の一役を担っているといえよう。
イ 生産コスト
公式な生産コストは公表されていないが、あるパッカーへの聞き取りによると、1頭当たり約10万800ペソ(約1万9000円)と言われている。英国農業園芸開発公社(AHDB)が公表している主要豚肉生産国の生産コスト(枝肉1キログラム当たり)と比較しても、米国やブラジルには劣るが、EU主要国とは大きく変わらない(図13)。
インテグレーションシステムでは、農場のほとんどがパッカーの直営である(後述)こともあり、パッカーがどれだけの利益を上げているかは不明だが、チリは前述の通り日本や韓国などを中心に、ロイン系アイテムを多く輸出していることから、EU主要豚肉生産国とを比較すると、1割強高い単価での輸出が可能となり、少なくとも輸出では一定の利益を得ていると考えられる(図14)。
しかしながら、飼料費は国際情勢に左右される面が大きく、現状は安定していると言えるが、将来については不確定要素が大きい。飼料原料となるトウモロコシについては、5割強を輸入に依存している現状を考えると、新たな飼料原料の開発などのリスクヘッジが必要であると考えられる一方、今回の調査ではそのような話は聞かれなかった。
ウ 生産性の向上
前述したように、繁殖母豚の能力向上による繁殖成績の向上はもちろんのこと、飼料要求率の改善や平均枝肉重量の増加など、農場レベルでの管理体制も改善していることから、今後も生産性の向上による一定の生産量の増加は期待できるといえよう。
また、この点に関して強みとなるのが、チリ独特のインテグレーションシステムの仕組みである。
チリは元来養豚産業が盛んな国ではなく、外貨獲得のための産業として養豚産業が発展してきた。故に、家族経営の小規模農家が少なく、生産量の約8割強を大手3社(アグロスーパー社、マックスアグロ社、コエクサ社)が占めるという構図になっている。また、これら大手3社はインテグレーションが浸透しており、飼料工場での飼料生産から種豚生産、と畜から流通まで、すべての過程が垂直統合されている。そのインテグレーションの契約形態について、ブラジルやカナダの一部企業などでは、小規模農家に飼料や子豚などの必要資材を供給して、全頭出荷させる形が一般的だが、チリの大手3社ではほとんどが直営農場での生産となっている。これにより、企業としての意向や方向性が浸透しやすく、生産性の向上が図りやすい体制となっている。この現状を踏まえると、繁殖部門や管理部門の改善が生産量の増に反映しやすい状態となっており、今後もこの傾向は変わらないと考えられる。
以上のア〜ウを踏まえると、
①多くの豚肉生産国が抱える環境問題について、一度大きな事件と直面し、対応を余儀なくされていることから、今後大きなリスクになる可能性は低い
②生産コストはEU諸国と大差がないが、飼料原料価格の変動に伴うリスクは大きい
③生産性の向上が明確に図られている
という状況になっているが、今後伸びると思われる内需・外需に対応できるほど生産力が向上するかと問われたら、それは疑問である。少なくとも、おおむね現状維持とみるのが妥当だろう。
需要は引き続き堅調とみられる一方、生産面が追いつかないという状況になることが予想されるが、この状況をどのように解決していくのかは課題としてある。今後の需給の方向性としては、内需の部分を海外からの輸入品でカバーして、外需を国産品の輸出により対応していくということが考えられる。近年、輸入量は増加しており、単価も1トン当たり2400ドル程度と、輸出単価(3000ドル程度)との差が大きく、差別化が図られていることが分かる(図15、表5)。これら輸入品は、国内で人気が高いハムやソーセージなどの加工品に仕向けられているとされている。
しかしながら、他国の情勢が変化し、輸出の引き合いが少なくなることがあれば、チリの豚肉産業としては難しい状況に迫られる。安い海外産が国内市場に多く出回った場合、価格の問題からそれを国内産が取り戻すのは難しいだろう。実際に、直近の不安要素として、主要輸出先国であるロシアの動向が挙げられる。ロシアにとって最大の輸入相手国だったブラジルは、2017年12月から約11カ月間にわたって、ロシアへの輸出が停止された状況だったが、2018年11月以降、一部施設において輸出停止措置が解除され、11月に823トン、12月に5662トンの輸出が行われている(図16)。輸出停止が解除された施設は一部にすぎず、同国最大の輸出パッカーであるBRF社が除かれていることから、2017年以前の水準へ急激に回復することは考えにくいものの、ロシアの輸入量におけるブラジルのシェアが高まっていくことが予想される。現地パッカーの間では、2019年の輸出量は「ロシアとブラジルの関係次第で大きく変わる」という見方もされていることから、少なくとも前年比17.0%増という2018年並みの増加率にはならないだろう。
このように状況が不安視されている一方、強みとなるのが、輸出先の多角化である。前述の通り、FTAを多くの国と締結していることもあり、多くの国への輸出が可能になっており、その点に関しては、一つのリスクヘッジとして機能しているといえよう。