ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > 秋田県における日本短角種の生産と販売
鹿角市は秋田県の東北部に位置し、市域の一部は十和田八幡平国立公園に指定されている中山間ないしは山間の地域である(図1)。火山や温泉もあるが、比較的なだらかな山間地も多く、また、冬は積雪量が多く厳しい寒さとなるが、夏は日当たりが良く比較的冷涼な心地よい気候となり、日本短角種の放牧には適した地理的条件を有している。
秋田県全体としてみると、やはり黒毛和種の産地であり、日本短角種はマイナーな存在である。また、鹿角市についても肉用牛飼養頭数全体に占める日本短角種の割合は高くはない(注1)。そのような環境の中で、日本短角種はどのように生産されているのかを概観してみる(図2)。
鹿角市での肉用牛の飼養は、日本短角種から始まったが、黒毛和種も次第に増えてきて、現在の状況となっている。
市内には4カ所の公営牧野(放牧場)があり、そのうち3カ所で日本短角種の放牧が行われている。全体で450ヘクタール程度の牧野があり、飼養可能な頭数にはまだ余裕があることから、増頭は可能な状況にある。
鹿角市の肉牛生産の振興策では、当初は肥育牛の増頭の計画であったが、子牛価格の上昇に伴い、繁殖牛へと振興策の目標を転換している。現在、繁殖農家は平均して3〜4頭の繁殖牛を飼養し、米や果物との複合経営を営んでいるのが、標準的な姿であるという。しかし、農業者の高齢化などに伴い繁殖農家戸数は市内全体でも10戸程度に減少しており、増頭を可能にしているのは、鹿角支所での取り組みがあることが大きな要因となっているが、これについては後述する。
鹿角市の日本短角種は、地域の歴史や風土に育まれた畜産物であり、鹿角市や小坂町(以下「鹿角地域」という)の畜産団体や県などの行政機関が設立した「かづの牛振興協議会」では、平成30年(2018年)12月に農林水産省へ地理的表示(GI)保護制度への登録申請を行っている(注2)。以下、本稿では、鹿角地域で生産販売されている日本短角種の牛あるいはその牛肉を「かづの牛」として記述していくこととしたい(注3)。
注1:平成30年(2018年)2月現在で、鹿角市の肉用牛飼養頭数は1481頭であり、うち約500頭が日本短角種である。なお、鹿角地域での日本短角種の飼養頭数はピーク時で約3000頭であり、その後減少してきたが、後述のような行政や生産者の努力により、近年、減少傾向に歯止めをかけ、増頭へと転換することに成功している。
2:秋田魁新報Web版 2018年12月27日(https://www.sakigake.jp/news/article/20181227AK0004/ 2019年4月20日閲覧)
3:かづの牛の定義は、鹿角地域で生産された日本短角種である。鹿角地域には鹿角市と小坂町があるが、鹿角市は、花輪町、十和田町、尾去沢町、八幡平村が昭和47年(1972年)に広域合併してできた市である。
かづの牛の流通の状況は、どのようになっているのかを検討してみたい。これまでの説明でもたびたび触れてきたように、鹿角市での日本短角種の牛肉の生産量自体が限られている状況にあるが、鹿角支所を中心にかづの牛の生産者は、この状況にどのように対応しようとしているのであろうか。
まず、かづの牛を含めて日本短角種の牛肉への需要について簡単に触れておくと、消費者が牛肉に求めるものが変わりつつあることに注目しておきたい。牛肉に対しては伝統的に「さし」と呼ばれる脂肪交雑が求められ、「さし」が入った牛肉ほど高級であり高値がつくという状況であった。しかし、健康への関心が強まる中で牛肉への嗜好も変わってきて、脂肪が少ない、いわゆる赤身肉への嗜好が強まっていることは注目される(注5)。
注5:消費者の牛肉の嗜好が赤身肉へ変わってきていることについては、例えば、日本政策金融公庫の消費者動向調査などを参照のこと。(https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/topics_170926a.pdf 2019年4月20日閲覧)
聞き取り調査を行う中でも、地元のかづの牛生産の関係者の間では、現在は健康志向の高まりから赤身肉の人気があるため、かづの牛の需要は伸びていて、増頭して生産量を増やせば確実に売れる状況にあると判断している人が多いように感じた。
かづの牛の出荷については、平成29年度(2017年度)には74頭を出荷、2018年度では約80頭の出荷を予定している。その出荷先は、東京方面、鹿角地域以外の秋田県内、鹿角地域にほぼ3分の1ずつとなっている。東京方面は食品卸売会社、ハム製造会社などが、秋田県内および鹿角地域は、地元スーパーおよび直売所(かづの牛工房)などがあるが、その他に、後述する特徴のあるレストランなどのフードサービス関係の企業も重要な販売先になっている。
東京方面の出荷先としては、食品卸売会社や会員制食材スーパーなどがある。
食品卸売会社とは、7年ほど前から取引を開始している。同社の社長が秋田県出身者であり、比内鶏産地の視察にきた際にかづの牛の生産現場を見てもらったのがきっかけであった。徐々に取引が拡大し、今日では主要な取引先の一つとなっている。
会員制食材スーパーは、主にレストランのシェフを顧客としており、毎月2頭分を出荷し、それを約9店のレストランに分けて納入している。個人経営の食肉店経由での販売では限界があり、成長が見込めない状況になってきているために、流通経路としては会員制食材スーパーを介在させることにより、末端の外食企業へのルートを確保できることとなり、少しずつ取扱量が増えている状況である。
また、大手ハム製造会社への販売も行っている。この者との取引は、昭和55年に当時の秋田県内の畜産農協の連合会が窓口になって枝肉の流通先を開拓したのが始まりであり、古い取引先である。この取引先を通して、高級品を扱っているデパートなどの小売店での流通ルートも確保し、販売力強化を図っている。
秋田県内での販売先としては、年間12頭分が秋田市内のレストランなどの実需者への販売、10頭分が地元スーパーの鹿角市や大館市内の店舗での販売となっている。その他に、秋田県内では、肉専門の取扱店Dも特徴のある取引先となっている。Dは、かづの牛の牛肉にドライエイジングを施した肉の販売、肉バル形態のレストランの経営などで注目されている。かづの牛の赤身肉の特性を生かした料理を提供することで、Dでもかづの牛の肉の需要が伸びている。
また、地元産品販売やフードサービスや企画を手掛ける県内企業と共同で、地元や秋田市での飲食店への売り込みも行っている。この企業は、地元の大湯地区にある道の駅内でカフェを経営しており、そこにかづの牛を納品していることを契機に、共同で事業を行い、まずは県内からスタートして、県外へと展開していく予定である。地元での知名度を上げることが狙いであり、そのためレストランなどのネットワーク作りをしている。今後、肉バルなど特徴のあるレストランにターゲットを絞って展開していく予定である。つまり、一般的なレストランなどの実需者に販売するよりも、最初から日本短角種の牛肉の特徴や価値を知っていて、その肉を使ってみたいという声があるところを中心に販売するという考えである。2年後には枝肉で月に3頭分を売りたいというのが鹿角支所の側の希望であった。